セイラの業
翌朝。世界の最果てへと出発する直前、一同は再び玉座の間に介していた。ソフィアの提案で、簡易的な決起集会を開くためである。
テーブルの、自身から左手側に並んで座った新顔三人を手で示しつつソフィアが口を開いた。
「こちらが決戦を前に、新たに加わっていただいた三人の精霊方です。エアさん、ノエル君と……それから私とお付き合いしていただいているセイラちゃんです」
「えっ、お付き合い!?」
ティナが驚きの声を発するが、それは他の者も同様らしかった。
場には動揺が広がり、各々が隣に座る者とひそひそ話を繰り広げている中で魔王が戸惑いながらもソフィアに問いかける。ソフィアを崇拝しつつも女性として意識している彼からすれば、それは重大な問題だ。
「ソフィア様、その、お付き合いというのは……」
「互いに互いを想い合っている恋人同士の関係、ということです」
ざわめきがより一層大きくなってしまった。しかしソフィアの凛とした瞳は、皆をしっかりと見据えたまま離さない。
対照的にセイラは、額に嫌な汗をにじませながら激しく動揺していた。まさかこんなことになってしまうとは、といった具合である。
以前世界最大のカジノ街シックスにて、端的に言えばソフィアを誘惑することで不正に金を稼いだセイラであったが、あの時は「大好き、とは言ったけど女の子同士だし……」くらいに考えていた。
だがソフィアを舐めてはいけない。この女神は、大好きと言われたあの瞬間から真剣にセイラとの将来を考えていたのである。
人間と神の結婚とは前代未聞ですが、無理ということはないでしょう。いざとなれば「幹部会」を裏から操って……とか、子供は「幹部会」ならぬ「子供会」が出来るくらい欲しいですねなんちゃって……とか。そこにそもそも「女の子同士」などという概念は存在していない。
これは余談だが、ソフィアは男性との恋愛というものには既に飽きている。
その容姿や親しみやすいと言えなくもない性格もあって、ソフィアは昔から大いにモテていた。もちろん最初の内はそれを悪くは思っていなくて、神として悠久の時を生きる中で少しずつ恋愛経験を重ねていく。
しかしさすがに食傷気味になっていた頃にアレスといううっとうしい男神に惚れられてしまって、とうとう男性との恋愛に対する忌避感が最高潮に達した。という経緯があった。とはいえ、現在はとある世界の人間の男に対して心を開いているようではあるが……それはここでは関係のない話だ。
閑話休題。
これどうすんのお前、というジンやノエルの視線を受けたセイラはたどたどしくもどうにか誤解を解く為の言葉を発した。
「あ、あの~ソフィア様。あれは誤解といいますか、その、本当にソフィア様のことは大好きなんですけど、あくまで神としてといいますか。そういった意味の大好きではなくて……」
「えっ。そっ、そうだったのですか。ごめんなさい、私はてっきりそういう意味かと……そうですよね。セイラちゃん可愛いからモテるだろうし、私のことなんて遊びに決まってますよね」
ソフィアはそう言ってあからさまに落胆した様子で俯いてしまった。今にも目尻から涙がこぼれそうなその表情に、玉座の間にいる全員からの槍のような視線がセイラに殺到する。
完全に自業自得なこともあって、セイラは瞑目して一つ深呼吸をすると意を決した表情になってから笑顔を作り、ソフィアに声をかけた。
「ふふっ、な~んちゃって。冗談ですよ。ちょっと試すようなことをしちゃいましたけど、私もソフィア様のことそっ、そういう意味で大好きです。これからもよろしくお願いしますっ」
絶望の闇の中で救いの手を差し伸べられたソフィアは、ぱぁっと太陽のような笑顔になり、頬を朱に染めながらセイラの手を握った。
「ありがとうございます。もう、セイラちゃんは本当に意地悪ですねえ。でもそういうところもすごく可愛いですよ。えへへ……」
既に口の端がひきつっているセイラは、これからどうしよう、と必死に思索を巡らせるのであった。
「え~それでは話が逸れてしまいましたが、もう一度円陣を組みましょう」
ソフィアはそう言って全員を立ち上がらせると、神聖魔法でテーブルを消した。この時の為に、ローズには別の街に移動してもらっている。
テーブルの中心があった場所に全員が円陣を組んでから手を差し出すと、ソフィアがティナに声をかけた。
「ティナちゃん、何か一言お願いします」
「えっ!? また私ですか!?」
「はい。何でもいいですよ」
どうやらソフィアは円陣を組むのが好きらしい。全員がそのままの姿勢で少し間が空くと、やがてティナからやや遠慮気味な一言が聞こえて来た。
「アカシックレコードを、壊そ~!」
「「お~!」」
こうして世界をかけた下界と天界との戦いは始まった。
魔王城前の平原にて。魔王軍はサキュバスたちの連れて来たドラゴンに、勇者パーティーと精霊たちはフェニックスに乗り込んでいく。
ちなみにソフィアは妖精姿になってフェニックスに乗っている。
「それでは参りましょう!」
ソフィアの合図で不死鳥とドラゴンたちが一斉に北へ向けて飛び立つ。フォークロアーではこれまで見ることのなかった、中々に壮大な光景である。
ドラゴンは「嵐竜」と「雷竜」の二頭がいて、それぞれに魔王軍が分かれて乗っていた。「嵐竜」には魔王とサキュバス三人娘と、そしてティノール。かたや「雷竜」にはウォード、ムガル、ヌチャピュリョスといった具合だ。
残る不死鳥にはもちろん勇者パーティーと精霊たちが乗っているのだが、何故かそこには門番兄弟のダイダロスとバルバロスも同乗していた。
「お~魔王様ハーレムじゃねえか。くぅ~よかったな~」
「雷竜」の背中にて。「嵐竜」の背中で魔王軍の女性陣に囲まれている魔王を見て、ウォードが頭を首の上に乗せて泣き真似をしながらそんな言葉を漏らす。
「魔王さんは元から魅力的な方ですから」
「まあ、魔王様があのハーレムを嬉しいとお思いになるかどうかはわからないが、もしそうならばよいことだ」
眼下の景色をのんびりと眺めながらのムガルの一言に、一人四天王が何度もうなずきながら追従する。
実際のところ、何だかんだで魔王軍というのは魔王のおかげで一つにまとまっていた。もちろんそれは崇拝している、という畏怖や尊敬の念が入り混じったような感情ではなく、ただ単純に好きといった感情からくるものだが。
強いし好き勝手やらせてくれるし、子供っぽいところもあって何だか放っておけない魔王が、幹部たちは大好きなのである。もちろん当の魔王が幹部たちに手を焼いて日々苦労していることは考慮されていない。
「それにしてもアカシックレコードねえ。正直今いちピンと来ないけど、魔王様がやるってんなら俺たちも戦うしかないわな」
「そうですね。それに僕、本当は人間と戦うのってあまり好きじゃなかったから……そうしなくてもいい世界が来るのなら、すごく嬉しいです」
「それに、そんな世界の方が友達が出来そうだからな。我もアカシックレコードを破壊するのに協力を惜しむ気はない」
ヌチャピュリョスが期待に目を輝かせながらそんなことを言った。新しい世界が来てもこいつには友達出来そうにないな……と思うウォードをよそに、ムガルが邪気のない笑みを浮かべながら口を開く。
「ヌチャピュリョスさんには今だって友達がいるじゃないですか。僕だってそうだし、ウォードさんもそうですよ。ね、ウォードさん」
「お、おう。まあ……そうだな、うん」
話を振られてしまうとそう返事をするしかないウォード。しかしそんな二人に感動した一人四天王は、目に涙を溜め始めて。
「おぉ……お前たち、そうだったのか。まさかこんな近くに友達がいたなんて。本当に大切なものというのは近くにあると気付けないのだな……」
そう言うと立ち上がり、胸を張って天を仰ぎながら叫んだ。
「決めたぞぉ! 私は、この世界の! 友達の為に戦う! 私が一人ではなかったことを教えてくれた、素晴らしい友達の為に!」
「わあ、さすがヌチャピュリョスさんはかっこいいなあ」
拍手をしながらの賛辞を贈るムガルにウォードは、そういえばこいつ、何気にヌチャの名前を噛まずに言えてやがるな……と心の中で驚愕するのであった。




