車の重量は基本的に欠点でしかない
ドアの鍵を急いで閉めてから、シフトを【R】に入れる。
カーナビが後ろの様子を映し出すと、ギャーギャー騒ぐ不気味なものは、そこにもいることがわかった。
「ヒッ」
いかにそれが、人に見えなかろうと、何かもわからないものを、轢くというのは躊躇われる。
アクセルを踏めないでいるうちに、全周囲を囲まれてしまった。
1匹と数えるのか1人と数えるのか、とにかく囲んでいる内の1個体が、ボンネットによじ登りフロントガラスの前で、棍棒のようなものを振り上げた。
咄嗟にクラクションを鳴らすと、その個体は棍棒を取り落とし、周囲を囲んでいた個体も一斉に距離をとる。
これ幸いとクラクションを2、3度鳴らし、シフトを【N】に入れて空ぶかししてやれば、不気味な生き物達はそろそろと逃げて行った。
現代の静かな車でも、3700ccの唸りはなんとか相手を退ける程度には恐怖を与えられたらしい。
と、サイドミラーに馬に乗って向かってくる人影が写った。
どうやらこちらを目指しているようで、何か叫びながら近づいてくる。
もう一度、空ぶかしをしてみたが効果はなく、足を緩める様子もない。
怖くなった俺は、シフトを【D】にいれ、勢いよくアクセルを踏み込んだ。
この車はスポーツカーではない、高級セダン。所謂VIPカーであり、スポーツ走行よりも優雅な走りをコンセプトとされた車だ。
とはいえ、3700ccのV型6気筒エンジンは、強く踏み込まれたアクセルに呼応して低い唸りを上げる。
1800kgにもなる巨体を力強く引き、ものの数秒で100km/hに到達し、それでも尚、シートに押さえつけられるような加速は留まるところを知らない。
騎馬はみるみる遠ざかり、既にサイドミラーからはかき消え、ルームミラーでもその姿を砂粒のように小さくしている。
140km/hあたりで、挙動が安定しなくなり、未舗装路での限界を感じ始めたころ、フロントガラスに小さな橋が写った。
ダート路面でABSを効かせながら橋の目前で漸く停止すると、ホッと胸を撫で下ろす。
(知らない道でこんなスピードを出すのは止めよう。)
そう決意し、ふと周りを見渡すと、恐ろしい事実に気づいてしまった。
車が通れそうな道が無いのだ。
左右は相変わらずの森。
それも、一歩でも足を踏み入れるのを躊躇うような陰鬱な雰囲気さえ漂っている。
橋の対岸はと言えば見晴らしの良い平原になっているが、さりとてこの橋を渡ろうとは思えない。
木造なのだ。
一見しっかりとした造りをしているが、木造は木造だ。
車の重量に耐えられるとは思えない。
あるいは、軽自動車ならなんとかなったのかも知れないが、こちらはゆうにその2倍を行く重量級である。
(逃げなきゃよかった。)
当然、前にも横にも進めなければ、今しがた走ってきた道を引き返す他ない。
とはいえ、その道の先にはあの騎馬がいるのだ。
よしんば話の通じる相手だったとしても、初手で逃げを選んだ隆行の印象は最悪であろう。
俺はせめて追い付かれるという形ではなく、自分から行く形で接触を図ろうと思った。