夕飯のお話
美緒ちゃんオススメのペットショップで必要なものをそろえた後は、速攻でアパートに帰った。平日といえど、人が多くて長居することに耐えられなかったのだ。アパートに帰ってからは、買ったものを一通り開封して、小雪の住処を作っていた。キャットタワーとかいう物を作っていると、隣から小雪が不思議そうにこちらを覗いていた。作り終わった途端に上り始めた小雪を見ていると、子猫らしくて微笑ましい。気に入ってくれているのだろうとか思ったら、一番上で眠りに入っていた。やれやれ、本当に睡眠が好きな子だ。寝ている間にトイレとか設置していくか。ちょこちょこと休憩を挟みながら、何とか小雪が住めそうな空間になった。
……お腹が空いた。時計を見ればもうすでに六時だった。帰りついたのが確か三時半とかだったから、二時間以上作業してたのか。昼も食べてないし、そりゃ腹も空く。久し振りに外出したのと、先ほどの作業で疲労がたまり、あんまり凝ったものを作ろうという気にはなれない。なんかもう簡単に作って寝るか。幸いにも冷蔵庫の中は富んでいて、食材には困らない。うむ、何を作ろうか。あぁ、そういえば姉貴秘伝のチャーハンがあるじゃないか。一人暮らしをするのにチャーハンは必須という姉貴の謎の教えの下、いつしかチャーハンは眼を瞑ってでも作れるようになった。眼を瞑ってでも、というのは流石に誇張し過ぎだが他の料理よりも簡単に作ることはできる。めんどくさいからそれにしよう。ざっくりといつも以上に手を抜きながらチャーハンを作っていると、美味しそうな匂いに魅かれたのか小雪がキャットタワーから降りてきた。
「残念ながらお前のご飯じゃないんだよ」
そう言えば、少しムッとした様子で更にこちら側に寄って来た。可愛い可愛い。おっといかん、そんなことを言っている場合ではない。火を使っているから、早く小雪を遠ざけねば。
「安心しろ小雪。お前のご飯もちゃんとあるからな」
そう言えば、不承不承仕方ないといった感じで小雪はリビングに戻っていった。その後ろ姿は小さく頼りない感じで、何処となく俺と似ているような気がした。さて、チャーハンだけでは俺の腹は満たらないだろうから、他に何か一品欲しい。もう野菜炒めで良いか。腹が満たれば何でもいい。
普通の一人暮らしの男性ならここで酒の肴とかを引っ張り出してくるのだろうが、生憎俺は酒が飲めない。それだけならまだしも、炭酸すら飲めない始末だ。よくペットボトルのコーラを一気に飲み干す人を見かけるが、訳が分からない。喉が痛くならないのだろうか?俺はコップ一杯飲むことも不可能なのでそういう人を見かけたら、凄いなという尊敬の念反面、あんな物を飲むなんて馬鹿なのかという軽蔑の念もある。そんな俺はいつでもお茶しか飲まない。お茶以外が飲めないという訳ではなく、コーヒーやスポーツドリンクも飲めるのだが、コーヒーはカフェイン中毒が怖いし、スポーツドリンクはスポーツをしない俺が飲んでも良いのかという疑問が残り手を付けていない。飲み会でも麦茶しか飲めなかった。今思えばこういう所もリストラに響いたのだろう。新富課長は飲めないのなら無理に飲む必要はないと言ってくれたが、本来なら俺がとるべき行動は無理をしてでも飲むべきだったのだろう。まぁ、今更何を考えても遅いのだがな。
〝にゃぁにゃぁ〟と小雪の急かす声が聞こえる。この様子はかなりお腹を空かせている。まぁ待て、もうそっちに行くからな。自分の夕飯をテーブルに置き、小雪のご飯であるキャットフードを専用の皿に入れる。
「では、いただきます」
熱いうちに食べるチャーハンは、たとえ手を抜いていようが香ばしくて美味しい。隣を見れば小雪が物凄い速さでキャットフードを頬張っていた。よっぽどお腹空いてたんだな。昨日から、下手をすればさらに前から何も食べていなかったのかもしれない。そう考えると、そりゃ確かにこの速度になる。今日からはしっかり食べさせてあげようと思った。会社に勤めていたころは、テレビを付けボーッとしながら遅い夕飯を一人で食べていたが、今はテレビを見るよりも小雪を見ていた方が楽しい。何時間でも眺めていられる。
ある程度満足したのか、小雪は食べるスピードを落とした。すると俺の視線に気が付いたのか、不思議そうな顔をして俺を見つめ返してきた。可愛い。当然俺はテーブルの上に置いてあったスマホを手に取りカメラを起動。そして即座にシャッターを切る。この間にかかった時間は二秒と少し。何が起こったのか理解しきれず小雪がフリーズしている。その様子さえも逃さぬように俺は再びシャッターを切った。今度は連写で。ようやく意識を取り戻したのか、小雪が引いたような表情で俺から眼を反らした。あまりにも可愛いかったからつい撮ってしまったのだ。街中で自撮りしまくっているような人にはなりたくないと思ったが、今の俺は彼女たちと似たような者かもしれない。
このまま眺めていると夕飯が進まず、撮影を続けてしまいかねないので、仕方なく俺はテレビを付けた。この時間帯に家にいる事がまずなかったので、初めてみる番組だらけだ。音楽番組を発見し、液晶の向こう側で奏でられる演奏を聞きながら、しばし無言で手を進めた。気がつけば皿からチャーハンは消失し、野菜はキャベツ一枚だけになっていた。残りの一枚をしっかりと味わって箸を置いた。
「ごちそうさまでした」
小雪も丁度食べ終わったようで、満足げな表情で座っていた。
今までの空間が少しだけ狭くなったのを感じながら、俺と小雪は夕飯を食べ終えたのだった。