駄目人間製造機(こたつ)のお話
昼食を食べ終え、俺と姉貴それから小雪はテレビを付けながらこたつで温まっていた。こたつの上に蜜柑が散乱していて、片付けようと思っても体が動かない。ちなみに散乱している蜜柑の三分の二は姉貴が食べたものである。長方形の形をしたこたつで、蜜柑はその真ん中の籠の中にある。姉貴は元々奥の方に座っていたのだが、手が届かなくて結局俺の向かい側に移動した。それから物凄いスピードで蜜柑は減っていった。
程よく温かさが密閉された空間は、たとえ足を温めるだけの目的で作られたとしても侮れない。ふと足の裏に不思議な感触が漂った。姉貴の足かとも思ったが、人の足にしては柔らかすぎる。それにふさふさしている。ふさふさしたのも別に気持ちが悪いわけでなく、むしろ気持ちいいぐらいだ。何処か触り覚えのある柔らかさと、ふさふさした感じにまさかと思い辺りを見渡せば、やはり小雪の姿が見えない。こたつ布団を捲ればそこには、見慣れた白いシルエットがあった。慎重に外へと取り出せば、ほかほかした小雪だった。猫はこたつで丸くなると言うが、あれは確かこたつの上じゃなかったか?まぁ確かに今年は寒いから仕方ない。小雪を膝の上に抱いていたら案の定、向かい側から手が伸びてきた。
「うわぁ、小雪ちゃんほかほか~。そしてもふもふ~」
「もふもふしてるのは毎日だけどな」
相変わらず手加減なしに姉貴は小雪をもふる。小雪も小雪で一切抵抗しなくなった。この数時間で立場が分かったのだろうな。もう俺も助ける事はしない。ただただ、眺めているだけだ。
「ねぇ凛空。そこの蜜柑取ってよ」
「自分で取れ。そしてこたつの上を片付けろ」
「えぇ~めんくさい。それに今小雪ちゃんもふってるしお願いします」
「駄目人間が出来上がってしまう……」
駄目人間製造機、通称こたつ。これの凄い所は使用している人間の気力、体力、思考力を根こそぎ奪ってしまうことだ。正に人類が生み出してしまった過ち。核爆弾なんかよりも恐ろしい最終兵器だ。てかこれさえあれば世界は平和になるのではないか?老若男女問わず使用でき、一家団欒を即作り上げる事が可能なこれさえあれば。とか考えてしまうほど、実は俺も思考力が減っていたりする。姉貴が動く気配はなく、ただじっと俺の事を見ている。期待の眼差しで。ため息交じりにも、仕方なく蜜柑を取ってやる。
「ほら」
「うん、ありがとー」
いくら小雪をもふっているとはいえ、さっき何のために移動したんだ。手を伸ばせばすぐ届く距離だろうに。それから姉貴はまた蜜柑をむさぼり始めた。もう、籠ごと渡してやった。先の事を考えた行動をとれるようになったのは、社会に出てからだろう。些細なことでも大きなことに繋がる職場で、次の事を考えた行動をとるのは正しく最善である。千手先を見据え手元を見よ。これが社内の教訓。そのままだが、クビになった今でも中々役立ってくてれる。
「ねぇ凛空ー。おやつないの?」
「いやいや、まだ蜜柑あるだろ……」
「え、もうないよ?」
〝ほれ〟っと籠をふらふらさせる姉貴。つい先ほどまで蜜柑が入っていた籠は、本当に何も入ってなかった。ありえん。あれだけ蜜柑与えたのに、まだ腹が減ってるのか。流石は異次元空間。計り知れないな。
「残念ながらこの部屋には、おやつなんてない!」
「えぇ!?」
目に見えて落ち込む姉貴。だが仕方ない。だって俺の部屋にはお菓子なんて置いてないんだから。本当に何もないのだ。駄菓子の一つも置いていない。
「むぅ~。じゃあ買ってきてよ」
「ふざけんな」
「こたつから出たくないでござる」
「だからって俺を使うな。自分で行け。すぐそこにコンビニあるから」
「じゃぁ、我慢する」
……本当にこたつって危ないんじゃないか?姉貴がどんどん駄目になっていく。ただでさえ駄目なのにこれ以上駄目人間になったら助けられないぞ。こたつの上に顎を置き、手はこたつ布団の中に入れ、それでも小雪は膝の上から離さない姿を見ると、もうすでに手遅れかもしれない。
突然、部屋のインターホンが鳴った。新年早々一体誰だろうか。俺に新年の挨拶をして来るような人なんていないはずなのだがな。あぁどうしよう、こたつから出たくない。うだうだしていれば、再びインターホンは鳴り響く。そして携帯まで鳴り出した。音からしてメールだ。携帯はギリギリこたつの上に置いていたので手に取ることが出来る。
〝早く出てこい。寒い〟
差出人は志野だった。まさかここまで来たのかあいつ。仕方ない、出てあげよう。重い腰を何とか持ち上げ、重い足を引きずりながら玄関へ向かう。玄関はリビングよりも寒く、体感的に二度ぐらい下がった感じだ。ドアノブに手をかけ、あまりの冷たさに反射で手を引っ込めた。服の袖で手を覆い、ドアを開ける。
「あけおめ、凛空」
「外寒いな、志野」
「第一声が寒いなはないだろ……」
「あけおめ」
「あけおめ。んで新年だし、一杯どうよ?」
そう言って志野は酒瓶を片手に、部屋に入って来た。そういえば志野と飲むのもいつ以来だろうか。まぁ、酒を飲むのは志野だけで俺はお茶を飲んでいるのだが。リビングには姉貴がこたつに突っ伏していた。まだ、この状態だったのか。小雪すでに寝てるし。
「あれ、星姉帰って来たんだ」
「ついさっき帰って来てから、この有様だよ」
「こたつに負けたんだな」
「こたつに負けたんだよ。まぁ姉貴はほっといて飲んでいいぞ」
志野は姉貴の事を星姉と呼ぶ。俺の実家は学校からそう遠くなく、志野は帰りによく立ち寄っていた。俺が高校生の頃の姉貴はまだ大学生で、暇があれば家にいた。だから、志野ともよく会っていた。この二人は異常にコミュニケーション能力が高いので、俺の記憶では二回顔を合わせただけで打ち解けていたような気がする。姉貴も別に酒が好きではないのだが、サークルの飲み会とかは良く行っていた。多分あれは、酒のつまみが狙いだったのだろう。楽しかったかどうかを聞いても返ってきたのは〝美味しかった〟だからな。しかも満面の笑みで。姉貴から揚げとか好きだもんな。
ぷしゅっとした柔らかな音と共に、志野は酒瓶を開ける。酒の匂いが仄かに香る。そして志野は、駅前の売店でから揚げを買ってきてた。何と有能なことだろうか。から揚げと酒の匂いが合わさって、居酒屋的な匂いになった。そして、人影が急に起き上がった。有り得ない速さで。
「食い物!」
「ほんとぶれないなお前!」
「おはよう星姉」
最早分かりきっていたことだ。から揚げを志野が持ってきた時点でもう察していた。いつも通りだ。
「あれ、志野君久し振り~」
「帰って来たんだね星姉」
相変わらずの凄まじいコミュニケーション能力。俺もその能力が欲しかった。
それから、姉貴がアメリカでした仕事を聞きながら酒を飲んだ。もちろん俺はお茶だ。から揚げは普通に美味しかった。だが、やはり姉貴の異次元空間は留まることを知らず、あれよあれよという間にから揚げが消費され、飲み始めて十五分もすれば無くなっていた。
「なぁ、姉貴。少しは遠慮するとかないのか?」
「だって美味しいんだもん」
「だもん、じゃねぇよ。十五分で無くなるとかどういうことだよ!」
「相変わらずその食欲は変わんないんだね星姉」
「凛空、なんか作って」
「頼むよ凛空」
出たよこの人任せ。姉貴の常套手段。しかも姉貴だけならず志野まで使ってきやがった。はぁ、全くこれだからこいつらは。でもまぁ、折角の酒の肴が無くなってしまっては流石にやるせないだろう。仕方がないから、何か作ってやるかぁ。こうやってほいほい作ってしまう俺にも問題があるんだろうな。
「……そんなに凝った物は作れねぇからな」
「わーい」
「よしキタ!」
こうして俺は、本日二品目の酒の肴を作り出すのだった。