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前日談のようなお話


 寒い冬の満月の日だった。夜遅く人気のない路地を、街灯が静かに照らしていた。


 四六時中ディスプレイと格闘し、心身ともに、主に眼がぼろぼろになった俺にはこれぐらいがちょうど良い明るさだった。十二月二十日の今日、柏木凛空(かしわぎりく)は二十五歳になった。そして五年務めた会社をクビになった。一生の思い出になる素晴らしい誕生日プレゼントじゃないか。


 この不景気の中、誰がいつクビになってもおかしくはない。


 そう割り切れることは俺が馬鹿だからではないと思いたい。これでも二十五年を一人の人間として生きて来たのだ。割り切ったと強がっていても心の方にはそれ相応の悲しさやら、悔しさやらがある。色んな感情が混ざり合って行き場のなくなったそれは、世界に向かう。向かってしまってはどうすることもできない。だってそんなときの対処法なんて、誰も教えてはくれなかったから。いっその事、死んでしまえば楽になるのだろうか。そもそも人生に満足していると腹の底から言える人は何人いるだろうか。そんな人間はごく僅かだろう。だってそうでもなければ世界は回っていかないじゃないか。すべての人が幸福な世界を望むなど、まるで絵空事だ。もっとも俺一人が不幸になったところで、誰の不自由にもならないだろうが。


 馬鹿で陳腐な発想が頭を埋め尽くす。あぁ全く、我ながら情けない限りだ。空を見上げるとオリオン座のベテルギウスが、紅く情熱的に輝いている。まるで俺に忘れるなとでも言っているかのように。お前の存在は意味のあるものだ。今がその時ではないだけで、いつか必ずその意味を成す。だからそれまで情熱的に生きていろよと。生きる意味を見つけることが出来たならそれだけで、俺という存在は報われる。車も人もいない交差点に一人立ち尽くす。吐き出した息が白く色づく。


 何も考えずにずっとこのまま立っていたかった。そうすることで少しでも世界から眼を背けたかった。


 十分ぐらい経っただろうか、俺は寒さに負け交差点を左に曲がった。いつもとは違う道で、少しだけ遠回りをする道。情けないと思うことなかれ、今の俺はもう世界と眼を合わせる事すらままならないのだ。


 だから俺は左に曲がった。自分を守るために。


 そして唐突だが俺は運命の出会いを果たす。


 とは言っても、魅力的な女性とかそんな夢のような話ではないのだが。


 もしもこの時いつものように直進してあのアパートに帰っていたら俺は、何ら変わらず飾り気のない色褪せた人生を送り続けていたことだろう。自分を守るために取った情けない行動は、結果的に自分を救う行動になったのだ。


 〝ふみゃ~〟と、弱々しい鳴き声が足元からした。視線を下にやるとそこには、段ボールの中にたった一枚の毛布だけを巻いている子猫がいた。白く透き通った毛並みは雪のような美しさで、小さな妖精に見えた。子猫相手に馬鹿な比喩だと思うかもしれないが、実際そう見えたのだ。


 段ボールの側面には、〝拾って下さい〟の文字。こいつも捨てられたのか、俺と同じように。そう思うといてもいられなくて、今にも凍え死んでしまいそうなその子猫をそっと抱きかかえた。案の定その体は冷え切っていて、もともと小さな体が一段と小さく見えた。どうしようか。俺のアパート、動物飼っても大丈夫だっただろうか。明日の朝、大家さんに聞いてみよう。まぁ、あの人なら二つ返事で許可が下りそうだがな。なんにせよ、今日はこいつを連れて帰ろう。素敵とは言い難いあの部屋に。俺の部屋も暖かいとは言えたものじゃないが、少なくともここよりはましだろう。さて、では当事者に聞いてみようじゃないか。


「俺の家に来るか?」


「みゃ~」


  先ほどよりも微かに力強い鳴き声で返事をした子猫の姿は、母親を見つけた迷子のように嬉しそうだった。

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