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極東のメイガス  作者:
序章 『芦屋楓』
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序章 『芦屋楓 ①』


 ────どうしようもなく、私は母が好きだった。

 贔屓目無しに美しく、それでいて気高い母が自慢だった。幼かった私の将来の夢が「およめさん」ではなく「おかあさん」だったあたり、本当にどうしようもなく、私こと『芦屋楓』はおかあさんが大好きで、憧れていた。

 だから、という訳でもないのだけれど────ある日、幼かった私に母が告げたその一言が、私の人生を決定した。


「楓、貴女は芦屋を継ぎなさい」と。


 ああ、それならばと。

 幼い私は、その意味を識らずに頷いた────。






「……んー。んー?」


 ひざしが、いたい。


「……あさぁ?」


 窓を貫く日光が、無理やりに目覚めを促す。日光を浴びないと人間駄目になるというが、それでも目覚めた直後の日差しというやつは容赦が無い。目を瞑って居ようが居まいがお構いなしに視覚を焼いてくるあたり本当に容赦が無い。全身を柔らかく包まれ、暖かくゆるやかに過ぎる微睡みの時間など知るかばかと言わんばかりである。

 もぞもぞと枕元を探る。ひやりとした鉄の感触。ソレが追い打ちを掛けてくる前に、乱暴に叩いて止める。あわれ目覚まし時計は今日も鳴ること無く強制停止。いや、世は事も無し。


「なら、ほんとに、いいんだけど────」


 そうもいかない。芦屋楓は学生である。一応、女子高生である。いや、別に学生であってもなくてもそんなことは関係無しに遅刻はたいへんよろしくない。渋々体を起こし、とりあえずパジャマをぽぽいと脱ぎ捨てシャワーを浴び、制服に着がえる。お洒落なブレザータイプの学生服が世に溢れている昨今、セーラー服というのもちょっとどうなの?なんて思わなくもないが、これはこれで動きやすくて悪くない、というのが率直な感想だった。

 母譲りの自慢の黒髪を梳き、簡単に整えれば、外行き用の芦屋楓の完成だ。本日も実に完璧である。朝食もそこそこに、さっさと家を出る。


 いわゆる高級住宅地、と呼ばれるようなエリアに芦屋の家はズドンと建っている。古めかしい洋館の住人は自分一人のみ。寂しくない……と言えばきっと嘘になる。母が『いなくなってから』はずっと一人でやってきた。いや、一人でいなくてはならなかったし、このあり方を変える気も無いし変わる気も無い。というか変えてはならない。『芦屋』を継いだ以上、それが自分の義務であり責任だったからだ。普段の通学路を普段と変わらない時間に通過し、普段と変わらない時間に登校し、正門を跨ぐ。と────。


「毎日毎日、頑張るなあ、アイツ」


 ちらり、と横目で校庭を見遣る。

 ────校庭の隅、短距離を何度も走って往復する男子生徒。同じクラスではあるが、話したこともない彼は、毎朝のように走っている。確か、陸上部のエースで、短距離走の専門家だったと風の噂で聞いたことがある。その脚に大きな傷痕がついてもなお────少なくとも自分の知る限りは、走っていなかった日は無かった。


「……」


 自然と、足が止まる。必死に走って走って走って────走り続けた先に何もないかもしれないのに、それでも走り続ける同級生。そのあり方が、どこか自分に似ている気がして。

 ────少しだけ、切なくなった。

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