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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
1.バーチャルファイター with [Luminous Dancer.apm]
9/46

7.

「雑談はここまでだ。本題に移る」

「は、人をさんざ嘘吐き呼ばわりして、今更ビジネスか」

「そうだとも」


 グランデ・パードレは口元を丁寧に拭った。もう食事を終えるようだ。良く見たらすでに結構な量を平らげている。腹立たしい、俺だって食いたいわ。


「バーチャルファイターの使用している魔術、あれを我々に教えろ」

「断る」

「殴れ」


 指示されるや否や俺は殴られた。痛い。黒服のパンチ結構強いな。

 『La Cosa Unione』がバーチャル技術を要求することは予想の範疇だった。俺のルミナスダンサーのライトパターンは複雑だ。すぐに再現出来るようなものではない。ホログラム技術に任せて一から作り直すのも可能かもしれないが、出来ることなら俺から既存の魔術モジュールを貰った方が早いだろう。

 当然のノーサンキューだ。誰が渡すものか。


「立場は分かっているだろう? 我々もスマートじゃない方法は好き好まないのだ。無駄に拷問するほうも疲れるのだ、早く喋るといい」

「立場なら分かってるぜ。教わる立場なら『教えてくださいご主人様』ぐらい言いな」


 殴られる。またもや痛い。


『止めてパパ!』

「止めるもんか。俺は信義を守らない奴は大嫌いだ。一方的にフリッカの『バーチャルファイター』を奪いやがって」


 殴られる。黒服やグランデ・パードレどもはフリッカとは何だ、と分かっていない表情だ。ざまあみろ、と思った。意味もなく。


「信義を守らない? それはお前だろう。契約書に嘘を書き連ね、我々との契約を反故にした」

「嘘じゃないさ。フリッカにとってアカイアキラは俺なんだ」


 殴られる。同じ場所ばかり殴られているのでそろそろ痛みが危険域だ。ちょっと骨がやばいかも。


「あれは嘘じゃない。本物だ」

「本物? 何が本物だというのだ」

「バーチャルファイターだ。あれは本物の夢だ。超可愛い俺の娘フリッカが考えたヒーローで、家族の為に頑張るしがないファイターだ。世界で唯一のファイターで、俺しかできない」


 殴られる。ちょっと咽そう。ていうか吐くかも。


「主人公アカイアキラはパパなんだよ。ママのことが好きで、娘のことが好きで、息子のことが好きな、パパなんだよ。仕事をクビになったけど、家族から頑張れって言われたら頑張れるんだよ。スーツ着て戦うんだよ。返せよ」

「何だ、それがどうした」

「毎回戦闘では追い詰められるし、別に特別すげえ強い訳でもない。でも最後まで諦めなくって、痛くても苦しくても立ち上がるんだよ。パパだからだよ。返せよ」


 殴られる。グロッキーな気分だ。胃がひっくり返りそうだ、何もない空っぽだというのに胃液だけがせり上がってくる。


「本物なんだよ。返せよ。パパ頑張れって思って書いてくれたんだよ。こんな家族だったらいいなって思って書いてくれたんだよ。こんなパパだったらいいなって思って書いてくれたんだよ。返せよ」

「は、小説か。アレか」

「マジもんの本物なんだよ。あんなにきらきらした目で語るんだ、バーチャルファイターは格好良いんだからって。返せよ」


 殴られる。痛くて喋りたくない。じっとカタツムリのように丸まってやり過ごしたい。でもそれは嫌だ。もっと痛いのはフリッカなのだ。


「あれはフリッカのなんだよ! 人の娘の夢をかっさらっといて信義とか吼えるんじゃねえぶっ殺すぞ!」

「……」

「返せよ!」


 殴る手が止まった。黒服達は俺を睨みつけていた。睨み付けるだけで手は出さなかった。

 緊迫する空気。停滞したままお互いに無言のまま。俺は周りの黒服に一瞥もやることなく、ただ真っ直ぐグランデ・パードレを見ていた。

 グランデ・パードレも真っ直ぐ俺を見ていることに気がついた。


「……そうか。お前の娘のものか」

「返せよ」

「それは、我々の信義に反するな」


 ふう、と溜息深く、グランデ・パードレは被りを振った。

 我々の信義。そう語る口調はどことなく周りの黒服たちに言い聞かせるようなものであった。


「お前の娘、フリッカと言ったか。フリッカにとってアカイアキラは本物。お前にしか出来ないヒーローか。ならお前は嘘を吐いていないな。お前はヒーローだっただけだ」

「……グランデ・パードレ」

「チャンスをやろう」


 突如、グランデ・パードレは立ち上がり、俺の所までおもむろに歩いてきた。何かのチラシだ。『バーチャルファイター』と思しきヒーローがプリントされている。そのチラシを俺のそばに置いた。


「我々La Cosa Unioneはこの事業から手を引こう。全ての権利を『金の天秤』の奴らに売りつける。そのあと我々は一切関与しない。つまり、例えばお前さんのようなどこぞのヒーローパパが『金の天秤』主催の『バーチャルファイター』産業を滅茶苦茶にしようが、我々は無関係だというわけだ」

「……つまり」

「お前がもしも、コングロマリッド企業『セラノ・コンツェルン』の開発した強襲用機動兵器サイボーグ『サイボーグ・パワード』に勝てると言うのならば、我々の負けだ、ということだ」


 そのままグランデ・パードレは俺を素通りした。素通りして、そのまま背中越しに「送って差し上げろ」と命令した。黒服達は、俺を無言で立たせた。

 俺はその間呆然としてチラシを見ていた。『バーチャルファイターと戦える』と書かれたチラシを。






「お前らは嘘を許さない。ならどうして俺を呼び出すときに嘘をついた?」

「何のことだ?」

「悔しいなら一緒にロスマンゴールドを潰そう、とか」

「いや、悪いが何だそれは」


 送られながら思ったことを喋った。

 グランデ・パードレはこう言った。嘘は嫌いだと。ではつまりLa Cosa Unioneは嘘を極力吐かないマフィア企業なのだ。

 となると一つ矛盾が生じる。俺を呼び出したとき、彼らは嘘を吐いた。一緒にロスマンゴールドを潰そう、と誘っておいて急に監禁した。これは一体何なのだろうか。

 黒服は、途惑っていた。


「何を言っている? 我々は嘘など……、いや、嘘は」

「どうした」

「そもそもロスマンゴールドを潰すことは決まっていたではないか、予定通りお前はロスマンゴールドの作戦を滅茶苦茶にしに行く、いや、おかしい。確かお前を浚った時点ではそれは決定事項ではなかったはず。我々は嘘を吐いた……?」

「おい、どういうことだ」


 もしかして最初から予定通りだったのか、あの狸ジジイの。俺を唆してロスマンゴールドに迷惑をかけるつもりだったのか?

 それとも。

 俺は目の前の黒服のおかしい様子を見て、何かを感じた。何者かがシナリオを描いている、そして操ろうとしている。誰かが俺にロスマンゴールドに向かわせようとしている。


 秘書エスリンと目が合った。微笑まれた。認識と幻影の魔術のスペシャリスト。白の教団の記録の天使。

 俺はそのとき、認識をもし誤魔化すことができたら、嘘を吐いたことに気付かれないし、シナリオを思い通り運べるのでは、と思った。






「結論から言うと正解よ、パパ。あいつ等はいろんな場面で暗躍してるわ」

「そうか」

「白の教団の仕事はアカシアの光。アカシックレコードの永遠の絵画ギャラリーを修繕すること。ループしている輪廻を守ることよ」

「何それ」


 結論から言うと正解頂きました。

 La Cosa Unioneから解放された後、俺はホテルで傷を治していた。気功術。橙の魔術師に教えて貰った内功循環法で体内を活性化させていく。傷付いた組織や細胞を、これで元の形に修復するのだ。回復魔法と呼ばれる物に似ている。違いがあるとすれば、細胞分裂を司るテロメアを補充してくれるのがこの方法だ。回復魔法は、細胞分裂での再生ではなくビデオの逆再生に近い。

 そういえば回復魔法も白の教団の魔術モジュールだったな、と思いつつ話の続きを促す。白の教団とは一体。


「実はねパパ、世界って輪廻しているの。知ってた?」

「オッカムの剃刀って知っているか? 仮定する必要のない仮説を科学的説明に導入するのはよろしくない。世界が輪廻する証拠を示すんだ」

「……輪廻するんだもん、ぅう」

「だ、だよなだよな! 世界とかマジ輪廻しまくるわー! オッカムの剃刀とか言っちゃう奴はにわかのアホっすわー!」


 世界は輪廻する。その手の神話は実はたくさんある。

 白の教団の仕事はこうだ。世界に既にある虚空の記憶、アカシアの記憶を再現すること。この世界は、世界の記憶でしかない。夢の中をなぞっているのみ。だからこそ、我々には使命と役割がある。そのアカシアの記憶になぞられた世界を乱すことはアカシア自体を乱すことと考え、白の教団は、そのような不埒を許さない。


 馬鹿げた理論だ。このロジックにおいて何が危ういかと言うと、何とでも言いがかりが付けられるということだ。例えば白の教団にとって都合の悪い人物がいたとしよう。この人物に対して、「こいつはアカシアの記憶を背いた」となり何なり言いがかりを付けてしまえば、正当性をもって彼を始末できる。まさに一方的。アカシアの記憶は誰も確認することが出来ない、という意味では非常に危険な思想だ。


「その輪廻を守るために、天使がいるの」

「天使か」

「そう、記録天使エスリンよ」


 認識と幻影の魔術を使うもの。白い肌、白い髪、そして白い目。何もかもが白い違和感。天使。あいつも確かに、抜けるような白さと謎の違和感があった。そして不思議な雰囲気を纏っていた。あれこそオーラだと思った。


 そういえば。

 ふと聞こうと思って、すぐに口を噤んだ。何を聞こうとしていたのだ俺は。俺はフリッカに何かを聞こうとした。それは恐ろしい質問だ。聞かなくて心底良かったと思う。もし聞いていたら、何かを失っていた気がする。

 フリッカって、天使に似ているよな。白いし、運命を動かそうとするし。

 馬鹿げた質問だ。俺は思わず頭を振った。


「? どうしたの」

「恐ろしい話だと思ってな。多分だが、俺の未来に結構関わることになるだろうと思うと」

「……良く分かったねパパ。フリッカ達はね、白の教団を敵に回す事になるの。私の経験した未来でも。そして多分、今回の世界でも」


 フリッカ。お前は一体何をしようとしているんだ。そう質問することを躊躇った。


「えへへ、フリッカはね、パパを助けたいの」


 質問していないのに答をもらった。気がした。

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