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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
3. Captain of Love with [Utahime_NAVI.apm]
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15.


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「札束は!」


『強い!』


「――札束パンチ!」


 やはり、圧倒的な強さで射出される魔術は、ただの人間には受け止めきれるような代物ではない。チタン-カーボン強化骨格の人間でさえひしゃげてしまうような一撃なのだ。具体的に言うならば、あのサイボーグ・パワードに匹敵する威力を有している。

 加えて、そのこぶし一つ一つに太陽のミームがこびりついている。太陽が鉄塊のようなインパクトで殴ってきてることに等しい。生身で受ければ炭化して蒸発してなくなってしまう。これは太陽型2tトラックがぶつかるのと大差ないことである。


「札束、強すぎだろ」


 俺は思わずそう呟いてしまった。


 札束は、強い。

 それは人生を生きてきているからこそ分かってしまう。骨身に染みるのだ。札束の強さが。悪魔的、本能的と言ってもいいだろう。金はどうしても魂にこびりついた悪辣なミームである。

 札束パンチは、意味がある。札束ビンタにカタルシスを覚えるのであれば、結局はそういうことなのだ。


「――だけど、札束パンチ程度じゃ揺らがない、絶対的な経済圏があることを教えてやるよ」


 血を吐き出しながら、俺は強がった。

 札束は強い。――その経済圏の内側にあれば。札束は一種の共通幻想の魔法である。殆どの何かと交換することができる魔術。相手と自分の認識を利用した、物質交換と所有格交換の魔術である。


 量は、圧倒的な所有格である。札束を持っているものがいろんなものを所有するというのがこの世の正義。

 それは道理ではあったが――札束をいくら積んでも買えないものがあるというのは当然のことであった。


 無論、愛や心で殴り返すつもりは、今はない。

 もっと原始的な――同じステージで殴り返して殴り殺すのが、科学の正しいやり方である。

 いつだって科学の発展は、滅茶苦茶な道理を、パワーで押し切ってきたのだから。


「なんだそれは、弟子よ。愛か? 心か? 信念か?」


「半分正解だが――そんなもので強度試験してやるつもりはない。だって、愛や心、信念は、おいそれと試しちゃいけないだろ?」


「ふむ、一理あるが……ならどうやって勝つ?」


「切り札はそれ(・・)だが、それまでの過程で俺は圧倒する」


「笑止」


 再び飛び出す札束パンチ。

 世界の富の八%が祝福するこぶしの一撃は、人の生涯年収を百倍も千倍も上回るという膂力で、受け止めた人間を簡単に焼き尽くす。

 圧倒的な財力に裏打ちされた札束の一撃は、人一人の価値を平均生涯年収で算出すれば、相手を0.1%にも満たない塵芥へと零落させるのだ。


「札束は!」


『強い!』


「――札束パンチ!」


 強いと確認する行為は、ある意味強い。強いというミームが、強いという文脈が、この世に産み落とされるからである。強さは、強いという価値観の付与である。

 札束パンチは、その意味で魔術として完成されている。


 受け止める俺はぼろきれのようになって吹き飛ぶしかない。

 灼熱の太陽に焼かれて、圧倒的な暴力で吹き飛ばされて、俺は一体どうやって打開すればいいのか。


「強いな、札束は――価値があるならば、だが」


 しかし打開は、根底にある。

 見ているものが強いと思うから強いのならば、その強さの根底を揺るがすことが魔術の戦いの真骨頂だ。


「――ところで、偽造が簡単にできるものに、価値はあるのか?」











 札束製造機 ――無料で札束をコピーできる物質トレース補助アプリ――

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「パパ……?」


 小さなつぶやきが聞こえた。祈りを続けていたフリッカが、ようやく俺の行った、破壊的テロリズムに気付いたようであった。

 それはある意味で、構図を利用したパフォーマンスであった。つまり、無限にクローンを生み出せる人間というコンテクストを悪用して、無限にクローンを生み出せるという文脈にマネーフローを直結させたサイバーテロ。


 俺もまた、負けず劣らず、ジャハーンと同じポーズで胡坐をかいて同じように尊さをトレースする。オートランが、Ph.D.Engineが、アミューズメンタルが、俺のあり方を尊さのシンボルへと数値的に最適化させていく。


 手の形は同じく説法印。人差し指と親指をくっつけた、循環の証。――しかして、意味するところはお金そのものである。


「無限は強い」


 俺は呟いた。驚くことに、神のようなつぶやきだと自分でさえ感じた。俺を神だと崇め奉る存在が一気に増えたことが、その神々しさの原因であると言えた。神だ、神降臨、祭りだ、流石は朱の魔術師――そんなネットの書き込みが各所で爆発していた。

 ――札束のクローンを無限に発生させるということ。それは人工的に経済インフレを発生させて、資金を暴走させるということである。


「その強さ故、数字はどんどん意味をなさなくなる」


「――! 貴様ッ!」


 ジャハーンの札束パンチを、俺のインフレ札束パンチが受け止める。札束と札束がぶつかり合う冒涜的な光景が繰り広げられる。その威容に、俺はヤマタノオロチを思い出していた。


「お前――まさか!」


「そのまさかだ。札束コピーアプリを無料頒布した。フリーライセンスになっているから、誰でも札束を仮想世界からダウンロードできる」


「……!」


「この瞬間、札束はインフレの中に取り込まれ、ただの紙に零落することになる」


 神はいない、と俺は思う。

 貨幣インフレを作り出し、加速させるのはいつの時代も人間の欲望であった。もっと厳しいことを言うのであれば、世界中の人間が夢中になってしまうことが、今繰り広げられているということである。


 単純な問いである。

 今、一枚の紙幣でパンを買うことができるこの状況で、全ての人間が無数に紙幣を作り出せるようになったとして、そうなれば一分後にはパンは紙幣を百枚ほど積まないと買えなくなっているかもしれない。

 また一分経てば一万枚。

 また一分経てば百万枚。

 はやくパンに交換しないと、自分が今まで必死に貯めてきたお金がすべて、ごみのような価値になってしまう――それがインフレを突き動かす欲望である。


 このような刻一刻と価値が目まぐるしく変化する状況で、果たして人間は、神のことを崇めて信仰できるといえるだろうか。

 むしろ一刻も早く、手元の資金をすべてパンに置き換えようとするのではないだろうか。明日はパンが買えなくなっているかもしれない。だから今、紙幣二十枚ぐらい損をしても、紙幣百二十枚で無理矢理パンを買うのではないだろうか。

 そしてその二十が、四十となり、六十となり、オークションのように値がどんどんと膨らむことが、インフレーションなのである。


 神を信じる暇があれば、明日のパンを買うのが人である。

 ただ一つ崇める対象があるのだとすれば、それは資金を無限に作り出す錬金術を与えてくれた存在――つまり俺のみであった。


「ほぅら、世の中が明るくなっただろう?」


 太陽の灼熱に彩られる札束パンチに対抗するため、俺もまた、インフレ札束パンチに火をつけて拮抗させる。絵面は同じに整った。幾ばくかこちらには神々しさが足りないが、代わりに下品さがそれを補っている。

 札束に火をつける。

 その行為は恐ろしく、目に強い。


「――! 札束は!」


『強い!』


「――札束パンチ!」


 ジャハーンのこぶしが唸る。


「札束燃えてる!」

「強い!」

「燃える札束パンチ!」


 俺たち朱の魔術師もまた、札束をみるみる燃やしては、ショッキングな構図――コンテンツを世に供与し続ける。


「お前の札束は弱い、ジャハーン!」


「笑止! 貴様の札束こそ脆弱! お前の札束は太陽で燃えていない分単純に弱い!」


「違うな! お前の札束は再生数が少ないし、ダウンロード数もレビュー評価数も全然足りていない! 独りよがりの脆弱な魔術だ!」


 爆ぜる炎。灼熱が周囲に巻き散らかされる。

 いっそ美しい――と俺は思った。この炎はすべて、札束の炎である。

 全ては原始に回帰したのだ。魔術とはもともと呪術戦。つまり、有利な文脈で相手の魔術を台無しにし、世界を書き換えるという、書き換え合戦なのだ。


「札束は!」


『強い!!』


「――札束パンチ!」


 踊る聖者たちが加速する。【太陽の帝国】の神々しさが一段と増す。

 ありったけを振り絞るような、そんな札束パンチが空恐ろしい速度で降り注ぐ。流星群がもし向かってきたと見まがうような絶望の光景であった。


 それでも、俺の札束パンチにはしっかりとした価値が裏打ちされている。


『★★★★★レビュー:使い勝手の良いお札。いつでも取り出せて、非常に軽く、そして何よりなくならないのがよい』

『★★★★★レビュー:財布を持ち歩く必要がなくなった』

『★★★★★レビュー:任意の数字を打ち込むだけで、任意の札束を取り出せる仕様なのがGood』


 俺の作った札束製造アプリへの評価を、俺の生み出す札束への評価へと少しテクストをゆがめて流用することで、俺の札束パンチは、ジャハーンの札束パンチにはない価値を生み出すことができるのであった。


「札束は!」


『強い!!』


「――札束パンチ!」


 もう一度、空気が割れて太陽が吠えた。火山の噴火に見まがうような勢いと炎熱が、圧倒的なまでの強さを誇ってこちらにやってくる。

 それを受け止めるもまた、札束。

 しかもただの札束ではなく、今現在、加速度的にダウンロード数が増えているマスター版デザインの札束である。

 そして。


「ここからが科学の真骨頂――そろそろ、新しい札束で殴ってやる」


「!」


 俺はここぞとばかりに、ジャハーンの目の前まで詰め寄った。

 貨幣の最低条件――偽造不可能性を実現する媒体が、紙から進化して別のものになる瞬間。

 価値は、紙から、その新しい媒体へと移ることになるのだ。


「数学的に偽造が困難とされる新しい貨幣概念!」

「ブロックチェーン技術とビザンチン・フォールトトレランス問題に最適解を与える、暗号理論の真骨頂!」

「暗号通貨が――デジタルデータこそが、貨幣になり替わる!」


 ――それは、人々が価値を信じる貨幣そのものを、デジタルデータ化してしまうという技術革命であった。

 形のないものが、価値を持つ時代になる。

 むしろ、現実世界に形を持っているかどうかではなく、数学的に偽造が困難であるかどうかが、価値を保全する条件になるのだ。


「偽造ができるような、そしてインフレが簡単に実行できるような――そんな旧媒体の紙幣を、俺は、終わらせてやる」











 暗号通貨におけるインフレは、ほとんど問題ではない。通貨の発行プログラムに依存するが、殆どの暗号通貨は発行ロジックを数学的に計算して定めており、むしろ好きに印刷できる紙幣よりも厳密に管理されていると言えた。


 分散コンピューティングにより管理された、誰も左右できない貨幣量。それは、妙な政府が発行権を左右したりする貨幣よりも堅牢であると言えた。


「来いジャハーン! お前の、偽造が簡単な札束パンチと、俺の、数学的に偽造が困難な札束パンチで決着をつけてやる!」


 科学とは、こうやって世界を作り替えることである。

 人は誰しも、銀や金を浪費したくて銀貨や金貨にしていたわけではない。銀や金には価値があるから、という理由と同時に、銀や金を偽造するのが難しいから――という理由がそこにある。

 偽造することが数学的に困難である暗号データが生まれたとき、そちらのほうが、紙などよりもはるかに貨幣としての耐久性、もとい優位性が際立つのであった。


「たわけ! ――権力は!」


『強い!』


「――権力パンチ!」


「おっと」


 俺は、液状マナマテリアルを発生させて、ジャハーンが放った権力パンチを受け止めた。液状マナマテリアルに、ダイラタンシー性を付与することで、急激な衝撃を受けたときに液状マナマテリアルが反発する。

 そして全体として、剪断応力に対してまるで固体のような抵抗を示す状態に移行する。

 すなわち、衝撃が強ければ強いほど、それをがっしりと固定させてしまうのだ。


「――逃げるんじゃないぜ、ジャハーンちゃん(・・・)


「! ――札束パンチ!」


「来い! 札束パンチ!」


 刹那、交差する圧倒的な質量の攻防。ジャハーンの札束パンチは、確かに遥かに強いものである。それは普通の人間ならば重みに耐えきれず死んでしまうような、そんな代物である。

 それを、俺の高度に暗号化された札束パンチが打ち返す。

 暗号通貨で形成された、新しい形の経済力が打ち返す。

 数学的な計算力が裏打ちする、偽造困難な、理論のお金が打ち返す。


 偽造が可能な既存の貨幣には、偽造が数学的に困難なデジタル通貨は打ち砕けない。

 それは力だとか、強さだとか、そういった陳腐な議論を飛び越えて、もはや理論的にそうなのである。理論的に偽造そのものが困難なのだ。


「――」


「……ふ」


 ――衝突は、それでもほぼ互角。

 ここまで追い詰めてもなお、最後の一歩で押し切ることが出来ない――それが極彩色という圧倒的な存在であることも知っていた。


 無理矢理貨幣のインフレを引き起こして、貨幣の価値を暴落させて――そこまでしてさらに、理論的に偽造が不可能な新しい科学の概念貨幣をつかっても、互角という結果が関の山なのだ。


 だが、それでも俺は、かなりいい勝負をしたであろうと思う。

 太陽王に対して、ここまでのいい勝負を繰り広げた奴はいないはずである。











「……やっぱり、お前、女だったのか」


「……お前はいつも変わらんな。この助平め」


 ――だから、太陽()というテクストを、根底から覆すような一撃が、必要なのであった。


「Ippon!」


 と、少し遅れてけたたましい音声が鳴り響いた。

 それは俺のクローンたちが唱えた、回避不可能の絶対の一撃にして、俺の掌底を確実に相手に当てるための呪文。

 かくしてジャハーンの胸部には、俺の手の平がある。俺とジャハーンは、しばらく静止した時間の中にいる。



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