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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
3. Captain of Love with [Utahime_NAVI.apm]
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11.

 

「――こちらサイバー四課『歌姫』。朱の魔術師、コードネーム『Gemini Donor』、沈黙を確認しましたであります。繰り返します」


 と、歌姫NAVIの通信する声をよそに、状況は混乱を極めていた。

 焼かれ果てた亡骸。

 破壊し尽くされた大広間。

 手酷い傷を負った極彩色の魔術師たち。

 半分以上壊損したとはいえ、帝国館がその姿を保ったまま残っているのが、奇跡とも言えた。


【嘘だろ……あいつが……死んだ……?】


 黒の魔術師アミィの言葉は、その場にいた全員の気持ちを代弁していた。


 極彩色魔術師たちは全員、かつての同僚、朱の魔術師の痛ましい姿に気色ばんでいる。

 細った焼死体。

 命など、もはや確かめるまでもない。

 何故自爆したのか。

 命までは取るつもりはなかったのに、何故抵抗したのか。

 怒りを覚えるのは筋違いとは分かっているが、しかしやるせない感情はどこかに残る。


「娘を残して自爆する阿呆がおるか」


 と黄金の魔術師ジョゼットは吐き捨てていた。

 ロスマンゴールド財団のトップである彼は、あの男の無謀な行いに憤っていた。

 娘を持つものとして、あの破れかぶれの行為は看過できない。

 万が一、自分の娘に傷を負わせたらどうするのだろうか。たとえ爆風それ自体が無害であったとしても、爆風の余波はそうとは限らない。

 それに、自爆したところでどうなるというのか。

 考えれば考えるほどに不合理であった。


「――シナリオが狂ったわ。語り直しをしなくちゃだめね」


 蒼の魔術師も憤りを隠していなかった。

 自分に並び立つ才能を見つけたと思ったのに、結局はこの様である。


「娘のために命を張るアルフレート。それはサイボーグパワードとの戦いの時でも同じだった。その行為は自己犠牲の献身なのか、自分に価値を認めてないのか、あるいは自分は死なないものだという確信がどこかにあったのか……」


「カークウッドさん、アル君の過去改編はダメです。ついでに言うなら性格への干渉も許されません」


「エスリン、アンタがいう台詞?」


「……私の名前を覚えているのですね?」


「当然よ、私には忘れること(、、、、、)許されてない(、、、、、、)もの」


 と、蒼の魔術師と白の魔術師とが当事者にしか分からないやり取りを繰り広げる中、フリッカはただ一人言葉を失っていた。

 涙が、一筋だけこぼれ落ちる。


「……」


 パパ、という言葉が喉から出てこない。

 それほどまでに、彼女にとっては目の前の光景は衝撃でしかなかった。


 実のところ、フリッカは声を蒼の魔術師に奪われている。

 声の精霊リピカの本質としては、それはあまりにも致命的な封印であったが、しかしそれを差し置いてもなお、フリッカは言葉を失っていただろう。


 あれだけ、命は尊いと伝えたのに。

 あれほど、父の命を助けに来たのだと伝えたのに。

 父はあまりにも無為にその命を(なげう)ってしまったではないか。


「――さあ、願望器。運命を書き換えるだなどと大それたおままごとを止めるであります。相互参照のループで魔術的特異点を作ろうとしたところで、お前の命は生まれないでありますよ」


「……」


「声も出ないでありますか」


 いつの間にか、歌姫NAVIは辛辣な言葉でフリッカを詰っていた。

 酷く冷淡な声。

 電子の歌姫、人工天使、そしてプロトタイプのバックアップ(もう一人の)インフォモーフ(父親)

 それはもう一つの自分の可能性だと思うと、フリッカは空恐ろしくなるのであった。


「止めるでござる。フリッカ殿は親を亡くした身。この子の力には問題があれど、心の在りようには問題はござらん」


「紫の魔術的でありますか。言っておきますが、我々公安委員会は、別にお前を許しているわけではないでありますよ。異世界転生者は危険因子であります。今すぐにでもお前を引っ捕らえたいところであります」


「捕まえるには、お主では遅すぎるでござろう。お主には心がござらん。心眼がないのでござる」


「市民! 心や真贋(、、)判別は、そのどちらも人類管理システム(権限者)に許可されてないであります。倫理規範逸脱行為は慎むように、であります」


 頭上で展開される会話に、フリッカは、やはり違う、と確信していた。

 歌姫NAVIは、自分の可能性の一つではあるが、自分ではない。

 何故なら自分は、父の死をこれほどに深く悲しんでいる――。


「――市民! そもそも何故お前はマイマスターを止めなかったでありますか。自爆を唯一止められたのは、お前ただ一人でありますよ。何故マイマスターを説得できなかったでありますか!」


「……」


「お前の我が儘のせいで、マイマスターは死ぬ羽目になったでありますよ。いや、元から死ぬ運命だったマイマスターの死期を、無意味に早めることになったのであります」


「……」


「……いえ、あの市民はもうマイマスターではなかったであります。マイマスターであれば、一時の感情に身を任せて、極彩色六人と特位魔術師一人を相手に勝てない戦いを挑むこともなければ、最後に無意味な自爆を仕掛けることもないはずであります。あれは、マイマスターの殻を被った獣で――」


「……獣じゃ、ないわ」


 あるいは、目の前の歌姫NAVIは父の死を悼んでいるのかもしれない。

 自爆を止められなかったフリッカを詰るというのは、つまりそういうことなのだから。

 形はどうあれ、父の死に憤っているのだから。


 だが、どちらにせよそれはどうでもいいことだ。

 自分ならば、父のあの行為を獣とは言わない。

 あれは、尊い行為だ。


「撤回して。あれは、愛よ」


「――馬鹿げているであります!」


 頬を引っ叩く音がした。

 それが自分の頬からした音だと気付くのが遅れたのは、父の死に心の殆どを占められていたからなのかもしれない。


 痛くはなかった。

 父が死んだことのせいで、フリッカの心の大半が死んでいたからなのかもしれない。


「……やり直さなきゃ」


 ぽつりとフリッカがその言葉を漏らしたとき。


 蒼の魔術師が「その言葉を待っていたわよ」と意味深な笑みを浮かべ。

 白の魔術師が「やはり、貴方も時間を巻き戻せるのですね」と苦い顔をして。

 それぞれの魔術師が【……何だって?】「やはりのう、帝国が欲しがる訳じゃわい」「君が良くても、ボクたちにとってはそれは駄目だ」「フリッカ殿。怪しい動きがあれば、斬るでござるよ」と各々の反応を返し。

 歌姫NAVIが「市民! その行為は倫理規範を逸脱しているであります」と警告を飛ばし。

 橙の魔術師が「残念だが、その言葉は叶わないぞ」と重々しい口調で断じ。

 そして。




「――力が、欲しいか?」




 という声が、それらを全て飛び越えて、はっきりとこの場に届きわたった。


「え――?」


 その声に、この場にいた全員が、言葉を失ってしまった。

 その声だけは、この場にあるはずのない声なのだから。

 何故ならそれは、先程目の前で命を使い果たしたとある男の声である。


「力を欲するのであれば、強く心に願え。己の全てを擲ってでも叶えたいものがあるならば、強く声に叫べ。汝、それを求めよ、さらば与えられん」


 ――しかし、その声は、明らかに朱の魔術師の声。


「――お前は……俺……?」


 かすかな声が、それに応じた。

 その声は、地に転がる焼け細った亡骸(朱の魔術師)の必死の声だった。


 朱の魔術師は、かくして朱の魔術師と相対した。

 地に伏せる朱の魔術師に、そっともう一人が歩み寄る。


「言っただろう、俺。……俺が、俺たちがいると」


 優しく朱の魔術師を抱き上げるその朱の魔術師の視線の先には、――朱の魔術師。


「待たせたな」「よく持ちこたえた」「後は任せろ」「今お前に負けて貰っては困る」「さあ、――反撃開始だ」


 と朱の魔術師たちが次々と現れる。


「俺、俺、それに俺まで……! ぅぐっ……」


「無理をするな、この場は俺が引き受けた」


「お、俺……!」


 終わりなく出現する朱の魔術師。

 慌てて声を発しようとした朱の魔術師を、他の朱の魔術師が宥める。


「――さあ、俺! 今のうちに時間を稼ぐのだ! 俺はその間に、この俺と力の契約を結ぶ! 行くのだ!」


 朱の魔術師(焦げた亡骸)を抱きながら、その朱の魔術師は怒号を発する。

 それを受けて、まだまだ数を増やす朱の魔術師たちは、不敵な笑みでそれに応対した。


「ああ」「別に」「時間を稼ぐのは」「構わんのだが」


 それは明らかな勝利への確信。


「別に」「アレを」「倒してしまっても」「構わんのだろう――?」


 瞬間、凄まじい圧力を発した魔力の流れが、周囲に吹き荒れて場を支配した。











「な、な、何これ、何これ、何これ――!」


 フリッカは叫んでいた。

 目をぐるぐると回して数え上げるに、一、一〇、一〇〇、と桁がどんどんと膨らんでいく。

 そして恐ろしいことに、全てが俺、朱の魔術師本人である。


「そんな、全てが同じアストラルの光――!?」と悲鳴に近い声を上げているのは、白の魔術師エスリン。馬鹿な、馬鹿げている、とその声に焦燥を隠しきれていない。


「何だ、これはどうなっている!」と吼える橙の魔術師ジャハーン。

 全員が全員、あの朱の魔術師。

 たった一人相手でこの惨状だというのに、それが一〇〇を超えるとなると、もはや収集がつくはずもない。


「待たせたな、フリッカ」


 時間をたっぷりと置いて、俺はそう娘に告げた。

 俺の隠していた切り札のもう一つ。

 それは、同一の起源を持ち、尚かつ均一な遺伝情報を持つ同一個体の集団である。

 細胞核を魔術的培養して得たものを、そのままクローニングして、並列思考の演算器として活用。

 思考、知識をリアルタイムでバックアップして、必要なときにそれらを引き出す。


 かつて、サイボーグパワードと死闘を繰り広げたとき、一体どうしてあんなに命知らずなことが出来たのか。

 かつて、俺がアカイアキラに乗っ取られたとき、何処からバックアップデータを引っ張り出してきたのか。

 それらは全て、この朱の魔術師たち(ブラザーズ)の存在あってのことであった。


 俺たちは全てクラウド上で思考と知識をシェアしている。そしてお互いに対話を繰り返すことで機会(、、)学習を深め、より進んだ知見へと進んでいるのだった。

 データマイニングとディープラーニングにより支えられた、膨大な数の蘊蓄量。

 学問のありとあらゆるデータベースをクロールする、貪欲なまでの好奇心。

 俺は、早い段階からクローニング技術を自分に施すことで、圧倒的なまでの脳処理能力と情報収集能力を獲得することに成功したのである。


 朱の魔術師は大量に金を持っていながら、贅沢をしなかった。

 何故ならばクローニングに大量のマナ(、、)を消費するからである。

 朱の魔術師は極彩色魔術師でありながら、個の武勇を誇ろうとしなかった。

 何故ならばクローニングにより地力を底上げしているに過ぎないと自覚していたからである。

 朱の魔術師はステルスマーケティングが非常に得意であった。

 何故ならばクローニングにより大量のアカウントとアルゴリズムを生産可能だったからである。


 朱の魔術師は群知性である。

 全員が全員、同じコンテクストを有し、同じファンタズマを参照することができる、サイバネティクスとオカルティクスの結晶なのである。


「俺がどうして自分の生体化学的ロードマップを保有しているのか疑問に思わなかったのか? 赤の塔の内部にネットワークサーバーを置いているのは、俺がそれを欲してあるからだとは考えなかったのか? 認識齟齬魔術を開発したのは、人目を避ける必要があるからだとは疑わなかったのか? ……全ては、このクローニングにあるのさ」


 俺は、背後に連なる一〇〇〇を越える俺たちを知覚した。

 大丈夫、いける。

 ランチェスターの数理モデルが、オペレーションズリサーチの知識が、俺の勝利への確信を揺るぎなきものにする。


「――さあ、続けようぜ」


 そして、余りにもあんまりな彼我の圧倒的戦力の格差を前に、俺は戦いの第二幕の始まりを告げるのであった。

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