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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
1.バーチャルファイター with [Luminous Dancer.apm]
4/46

3.

 バーチャルファイター。

 突如帝国中央区のスラムに現れた、異次元級の強さをもつストリートファイター。

 使う体術は古風なジウ=ジツと截拳道。気功術を多用し拳にチャクラ=プラーナを乗せて格闘するため、下手に攻撃を受けると筋肉が痙攣して上手く戦えない。

 最も特筆すべき特徴は、体全身を謎の発光物質で覆っていることであり、外見は一見半透明のクラゲのような姿だが、興奮するとフラッシュパターンを変化させる。その光は混乱魔術が付与されているのか、こちらの距離感を喪失させたり一瞬見失わせたり、眩暈や酩酊感を引き起こす作用がある。

 戦う目的は愛と家族。あとお金。悲しい宿命を背負っており、愛と家族を守るため、日々戦いに邁進している――。


「何だこれは」

「えへへ、格好良いでしょ?」

「何だ、これは」

「……えへへ」


 俺が一歩にじり寄ると、フリッカは一歩後ずさった。


 犯人はフリッカだ。それは俺にも分かった。何故ならば、俺がジウ=ジツと截拳道を使えることを知っているのは彼女だけだ。

 俺がスラムでストリートファイトしているとき、俺の体は常に『ルミナスダンサー.apm』の作る光パターンに包まれているのだから、相等の格闘術のプロでも俺の戦闘スタイルは分からないだろう。


 大体。


「俺がいつ格闘スタイルがジウ=ジツと截拳道だと教えた?」

「えっと、確か橙の魔術師さんに習ったんじゃ」


 何故か娘は俺の格闘術について知っていた。俺が未来でフリッカに教えたということだろうか。少なくとも現段階では彼女に何も教えたつもりはない。彼女が知っているのは、俺があくまで魔工技師で学者だというところだけだ。


「橙の魔術師に習ったのは気功術。格闘術は紫の魔術師に習った。ジウ=ジツはアッパレ・クノイチのマーシャルアーツだ」

「アッパレ?」

「Fantastic!(素晴らしい!)ってことさ」


 そうじゃない。

 紫の魔術師がアッパレ・クノイチで、ジウ=ジツがどういう秘術なのか、とかそういう話ではない。問題は別だ。

 何故バーチャルファイターの個人プロフィールが、ネット小説として公開されているのか、という事だ。






『バーチャルファイター面白いよな』

『今月のランキングでいきなり六位になったんだろ? すげえ』

『天使ちゃんマジ天使』


 ネット上の書き込みは様々であった。バーチャルファイターは『小説家になるお』という小説投稿サイトに上げられていた、連載ものの長編小説(予定)だ。


 設定はこうだ。ネオ・インペリアルタウンに住む普通のサラリーファイター、アカイアキラ。彼はある日突然、ヒーローカンパニー『マーブル・コーポ』からクビを言い渡され、途方に暮れる。このままでは家族を養っていけない。しかし次の仕事が簡単に見つかるわけでもない。そのまま路頭に迷っているのもアレなので自宅に帰ると、様子がおかしい。何と妻子はヒーローカンパニーのネオエンジニアだったのだ!「ダーリン、新しいスーツよ!」と渡されたのはルミナス・ゼリースーツ『バーチャルファイター』。どうやらアキラの為に新しいスーツを作ってくれたのだ。

「でも僕はもうクビだ」

「知っているわ。でも大丈夫! ダーリンはね、フリーランスのヒーローカンパニーとして戦えばいいのだから」

 妻はまだアキラに期待している。アキラのことをまだヒーローとして見てくれている。そうだ、まだ自分は戦えるのだ!

「分かったハニー、僕はバーチャルファイターとしてこのネオ・インペリアルを守ってみせる」

 自分の義肢を見ながら決意するアキラ! 行けアキラ! 家族を守るために、愛のために!


「何だこれは」

「え、えへへ……」


 俺の表情はきっと凄い表情になっているのだろう。フリッカが若干怯えている。


 俺はもう一回あらすじを読み直した。

 まずクビを言い渡される、という表現で胸が痛い。多分これって俺のことだ、最近凄く似た経験をしているので痛いほど気持ちが分かる、ていうか痛くて涙が出る。

 そして次だ、家族を守るために戦え、という表現。これは多分、今俺が無職でぶらぶらしているのを見かねて、フリッカが願望を書いたのだろう。彼女は多分心の底では、俺に働いて欲しいと願っている。定職についてしっかりして欲しいと。

 娘に心配されるとかマジ泣けてくる。パパ失格も良いところだ。


「ごめんフリッカ、泣きそう」

「ごめんパパ! 落ち着いて!」


 客観的に自分を捉えなおしてショックを受けただけだ。何のことはない。現実では更に娘を猜疑心から緊縛しているだけだ。更にクズだ。あれ俺死ぬ未来変えようとしてたけど、別に死んでも良くないか、寧ろ死んだ方が良いんじゃないか?


「フリッカ」

「ごめんパパぁ、許してぇ」


 半分涙目で泣いているフリッカ。心の中で泣いている俺。何だこれ。

 何だこの状況と思いつつ、自分がすべきことを思い出す。そうだ、聞かないといけないのだ。どうしてこんなことをしたのか。何が目的なのか。


「いいけど、教えてくれ。どうしてこういう小説を書いたんだ? 未来改変のために必要なのか?」

「……うん」


 まさかの肯定。彼女は続ける。


「コンテンツを作らなきゃだめなの。パパがいざというときに参照できるコンテクストコンテンツを用意して、メタファーを複数装備しなきゃだめなの、きっと」

「どういうことだ? メタファーを装備? 認知バイアスのことを言っているのか、あの、人にそれだと思われているからそれになるっていう」

「そうよパパ。パパにはファンタズマを身に纏って強くなってもらわないと。じゃないと殺されちゃう。パパ、色んなものを否定しちゃったから」


 否定。俺が否定したもの。俺は自分の功績を振り返った。


 俺はかつて何をした。魔術はこういうものであると解析した。万物の元はエレメンタル的であるが、属性をもつアトムでもなければモナドでもない、ましてやオーラでもエーテルでもないとした。

 俺は、魔術の根源はクォンタム・フィールドの海であると定義した。場の量子の海が無限に広がり、フェーズ相とゲージスケールで場を量子スケールに細分化した。何もない場は、フェーズにより赤色青色(色荷という意味ではない、ただの例えである)などの特徴を与えられ、ゲージと言うものさしで対称群に分解されていくのだ。

 ブレーンワールド解釈。この世に存在するマナは、つまり我々の住むブレーン界面に伝播された力であり、ゲージ変換するならば素粒子である。


 俺はその仮定で、ほぼ全ての魔術理論を包括したつもりだ。魔術理論は非常にチープでおおらかだった、古典物理学にも劣る唾棄すべき理論。重い物が軽い物よりも早く落ちる、などと正気を疑うような理論から構成された直感的な間違いだらけの理論。それらを正しい形で解釈し直し、包括し直したのだ。

 否定はしていない、と思う。だが否定をしたのかもしれない。エネルギーのことを粒と解釈するより、プールの水だと解釈したほうが正しい、と言い直したのだから。


「否定か。否定したから殺されてしまうということか」

「うん。だってパパ、この世の魔術理論を千年は進めたんだよ? たくさん否定してきたと思う。たくさんの魔術コンテンツに圧倒的理論強度でケチを付けて、その魔術コンテンツの魔術的意味を恐ろしく衰退させたと思う」

「そして、俺はその衰退を恨むものに殺されてしまうと。……逆恨みのような気もするが」

「そういう問題じゃないの。問題は程度なの。急だったのよ、パパ」


 急に改変すると恨まれてしまう。どうやらそういうことらしい。


 俺は思う。もしかしたら俺は悪魔だったのかもしれない。多数の神に対し、『便利なパブリックドメイン、一般参照可能な強力な関数モジュール』と不遜な発言をしてきたのだから。


「だからね、私はパパをテキストにしたいの。ううん、パパの持つ特徴や情報をミームとして参照可能なテキストに残したいの」

「? 論理が飛躍している気がする。俺は否定をしてきた、殺されちゃうかもしれない、だからテキストにするのか?」

「パパには、信じてくれる人が足りないのよ」


 フリッカの表情にある覚悟を俺は見た。真剣だ。

 彼女はふざけてそんな発言をしているのではないらしい。


「古くからある魔術を信仰してきた人は、パパよりも古来の魔術を信仰するもの。パパの意見は信じてもらえなくなる。パパはね、だから信仰によるパーセプションを受けないの。認知バイアスが掛からない代わりに、ゲインも得られないの」

「まあ、そりゃ俺の意見を信じろって言う方が難しいものな。俺結構訳分からんことを発言してきたし、しかも今となっては『朱の魔術師』の号の剥奪、信じる方が難しい」

「そう、パパは魔術師として信じてもらえなくなるの。むしろその古来の魔術のほうからパパは排斥されるわ。パブリックドメインにアクセス出来なくなるの」

「つまり?」



「パパは魔術が使えなくなるわ。徐々にね」



「……やはりか」


 俺は呟いた。「やはりか、って知ってたの?」とフリッカは無表情で聞いた。俺は頷いた。

 俺は知っていた。認識が世界に寄与することを。俺は既にマナの原理がどこにあるかを知っていた。人の情念が、アストラル的精神体の強い想念が、力を生み出すことを知っていた。それが素粒子フィールドの海を伝播し、ゲージ変換されて力にも粒子にもなることを知っていた。

 人の感情、人の思いこみは、魔力になるのだ。


 その上で。俺は認識された。

 魔術師の号を剥奪された。これはアカデミアからの死刑宣告だ。昔からよくあったことだ。魔術師の号を剥奪された魔術師は、魔術が使えない。何故かは知られていないが、今まで経験則上、そう世間に知られていた。


 簡単な理屈だ。世間が思うからだ。俺の魔術の能力が剥奪されたと考える。よって、俺には魔術パブリックドメインにアクセスする力がないと見なされる。パブリックドメインからの排斥だ。俺個人が作って、俺個人が信じている魔術は使えるが、社会が作った魔術にはアクセス出来なくなる。それどころか、俺個人が保有し俺個人が信じている魔術もまた、「朱の魔術師は魔術が使えない」という認知バイアスが掛かった状態のため、魔術が凄く発動させにくくなる認知の圧力を受ける。




 俺は、魔術が使えないと認識される。よって俺は魔術が使えなくなる。トートロジーが成立するのだ。奇妙な話だ。


「パパ、魔術学会から処分を受けたんでしょ? 号の剥奪って」

「ああ。おかげで多分俺は、これから先徐々に魔法が使えなくなっていくんだ」

「可哀相、パパ」

「……だな」


 俺の寿命はあともって三ヶ月か。魔術師としての俺が死んでいくのを、実は少しずつ自覚している。魔法が使いづらくなったのだ。昔はもっと突っかかりを覚えることなく魔術を使用できた。朱の魔術師として認められた時なんか最高だった。いつも以上の、自分の実力以上の魔力がみなぎってくるようだった。今はどうだ。魔術一つ使用するにも息を止めているかのような胸の詰まりを覚える。


 呼吸を奪われた魚のように、俺は口をぱくぱくとさせて喘ぐのみ。

 嫌な未来が頭を過ぎった。多分そう遠くない未来の俺だ。


「だから、信仰を集めるの。コンテンツで」

「俺が魔術を使うためにか」

「そう、まずはバーチャルファイターとして。次はもっと広いコンテンツで。どんどんパパにコンテンツを付与させていくの」


 フリッカは疑いもなく言いきった。

 コンテンツを付与し、メタファーを身に纏う。魔術を使えないという認知の圧力が魔術を使えなくさせているのなら、魔術を使えるというメタファーを身に纏えばいい。朱の魔術師が魔術を使えないのなら、バーチャルファイターが使えばよいのだ。


 フリッカは信じている。俺が魔術を使いにくくなっている現状のことを、『破門されたという認識』による呪いのせいで俺が苦しんでいる現状を、打破することを正義と信じて疑っていない。俺が魔法を使えないことを可哀相と思い、魔法が使えるようになることが自由になることだと思っている。


 フリッカのしたいことは分かった。俺に魔法を使って欲しいのだ。彼女の瞳をみた。期待する目だ。まるでバーチャルファイターのアカイアキラの妻子みたいに期待する目だ。お前はまだ戦える。そういう、俺の能力に対しての期待の目だった。一種の魔術だった。俺にこうあって欲しい、こうなって欲しい、そういう期待をかける魔術だった。


 ふと思った。フリッカ、俺はお前のためのヒーローになろうと。


「パパには変身ヒーローになって欲しいの。『朱の魔術師』は魔法が使えないかもだけど、『バーチャルファイター』なら『バーチャルファイター』らしい魔法が、『怪盗バロック』なら『怪盗バロック』らしい魔法が、『執事チャンバーレイン』なら『執事チャンバーレイン』らしい魔法が使えるの」

「そうか……は?」

「パパ?」


 思考停止。

 怪盗。執事。

 何言ってるのコイツ。

 え、つまりやるの? 俺怪盗になって執事になるの?


「そうやってね、もう一回パパに魔術師になって欲しい。魔法が使えるようになって、魔術学会に認められるようになって、そしたら」

「え、ちょ」

「……そうしたら、パパは胸を張って生きられるの。もう誰も殺さないの」


 真っ直ぐな目。つぶらな瞳。そう疑って信じない、曇りのない光。

 そうだ、きっと彼女は俺の未来を案じているのだ。俺は考える。俺は徐々に魔法がつかえなくなっていく。魔法協会が定めた除名宣告は、それほどに重い意味を持つ。


 だが、俺がもしも複数のコンテンツを保有していたら。魔術的ミームの発信地の中心に俺がいたら。オペラント条件付けられた特定ミームの中心に俺がいて、俺がそのミームとアンカリングされていたら。俺はアクセス可能な魔術コンテンツを得る。

 自由に利用可能な、そして自由に改変可能な魔術を――。


 そうではない。俺は冷静になった。同時にクラックの結果が出た。


「……なあ、お前のダッシュボード勝手にクラックさせてもらったんだけど」

「え」


 一秒止まる。

 怪しかったのだ。そもそもバーチャルファイターとかどうとか、何故そういうオペラ仕立てを俺が行なわなきゃいけなかったのか。どうして突然ストリートファイトなんかやって、しかもその小説をネット上にアップロードしなきゃいけなかったのか。一般人に認知して貰うならば、何故こういう形のコンテンツなのか、映像コンテンツという分かりやすい方法があったにも関わらず、どうして物語を世の中のコンテンツに、コンテクストとして発行しなければならなかったのか。


「ええええええええ! 乙女の脳味噌覗くなんてパパ信じられないキャーもう何サイテーそんなのフリッカ恥ずかしくて死んじゃうもうお嫁に」

「『怪盗バロック』『執事チャンバーレイン』ってお前の夢小説じゃねえか」

「ぎゃああああああああああああああ」


 何のことはなかった。フリッカの書きたかった小説だった。

 「あーっ!あーあーあーっ!あああっ!」と世界の終わりのような声を出して暴れる娘は可愛かった。超顔が赤かった。凄い勢いでヘドバンしていた。「いやーっ!いやあああっ!ああああっ!」とちょっと流石にうるさいので思いっきり抱き込んで顔を胸に押し付けて声を殺させた。しばらくの間あ"ーあ"ーうるさかった。




 結論。怪盗バロックと執事チャンバーレインは一旦没になった。

 その代わりバーチャルファイターは続投する事になった。何か人気らしいし、月間六位をいきなり叩き出したらしいし。言われて見れば、俺も何だか力が湧いてきたような気がしなくもない。コンテンツを味方に付ける、なるほどなかなか悪くない発想だった。

 ……フリッカはどうやら、影ながら怪盗バロックと執事チャンバーレインを諦めてはいないようではあったが。

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