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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
3. Captain of Love with [Utahime_NAVI.apm]
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7.

 月も浮かび普段なら静けさに包まれる夜、砂漠の帝都はいつもと違って活気づいていた。

 道行く人々は互いに笑顔を浮かべながら、今日はいい日だと語り合っている。いい日になる、という言葉を交わしながら今日という日を祝福している。


 今日は帝国の皇子であり外交官でもある橙の魔術師ジャハーンと天使にして小説家のフリッカの舞踏会の日である。

 帝国貴族による舞踏会は、つまり、この二人が婚約関係にあるということを他貴族に知らしめるという意味合いがある。

 要は、皇帝一族が正式にフリッカを認め、同じ一族として迎え入れるということを周知させる意図があるのだ。


 婚約の儀、と呼ばれるそれは、一定の手順がある。

 時計台(世界の時の源)の下の大広場で二人で踊り、新しく夫婦となる二人の仲睦まじさをアピールする。

 そして、女性の方にガラスの靴を履かせて、二人で帝国一高いと言われる時計台を登るという試練を乗り越え、最後に二人で時計台のてっぺんにある願いの鐘を叩くというものだ。


 帝国の時計台の鐘は日夜鳴る訳ではないが、少なくとも帝国の貴族のカップルの数だけ鐘は鳴らされるので、帝都に澄んでいれば願いの鐘の音は聞き慣れたものになる。

 そのたびに帝都は祝福の空気に包まれるのだった。


「……砂漠に鳴り響く祝福の鐘か、中々どうして味があるな」


 一人ごちる俺は、フードを目深に被りながらいっぱしの冒険者っぽい格好でこの砂漠に潜入していた。

 正確には、砂漠の帝都に侵入するために『指名手配のロリコン犯罪者朱の魔術師』から変装して、一介の冒険者としてここにいるのだ。

 懐かしい認識齟齬の魔術を周りに振りまき、複数のアプリケーションを立ち上げて俺の周辺を探索。

 結果、橙の魔術師も歌姫NAVIも両方ともこの周辺にはいないことが分かった。


 新聞を読む。

 記事には、今夜行われるダンスパーティの共催者が帝国の七王とロスマンゴールド氏、グランド・パードレ氏、The Big Money氏という全世界の資産の九十%以上を保有する連中だと書かれていた。つまりこのダンスパーティの連中を全員誘拐することに成功すれば、それこそ金で世界を買えるわけである。

 残った十パーセントのうち八%は何なのかというと、ダンスパーティの主役の一人・橙の魔術師ジャハーンであった。

 げんなりする話であった。


「バーチャルファイターの作者とバーチャルファイター・レオの婚約の儀ねえ」


 今日はその結婚を祝うための前夜祭である。

 世界の富の九八%がそれを祝福している。そして帝国の誇る八大魔術師、極彩色魔術師の結婚を祝福するため魔術学会アカデミアもそれを祝福している。何なら公安委員会の歌姫NAVIとネットコミュニティ【歌姫NAVIに捕まえられ隊】のメンバー全員も何故か祝福している。

 国民的クソアニメ「バーチャルファイター・レオ」も、二人の婚約の儀を祝福するためのアニメーションを作成しているらしい。


『フリッカ。……なあ、もう呼びかけても通信は届かないのか? それともそろそろ通信可能半径にはいったんじゃないのか?』


『――』


『逆探知されてもいい。返事がないことのほうが辛い。なあ、何もされてないよな? 死んでないよな? 無事だよな? なあおい』


『――』


 ふと思いつきでフリッカに通信を送ってみるが返事は全くない。沈黙のままであった。

 バックアップインフォモーフ、だなんて言葉が一瞬だけ脳裏を過ぎった。俺を殺す、という言葉も同時にちらついた。だがそれは取るに足らなかった。

 殺されるなら本望である。嘘だ。殺されるのは嫌である。しかしどうせ死ぬらしい運命にいるという自分が、しかも一回死んでしまっている俺が、この上あと一回フリッカに殺されたところでどうということはないのではないかと思ってしまっているだけだ。


「……まあいいか。フリッカの考えてきたことのログはここにあるし」


 かつて念のため一度フリッカの脳内をハックしたときの記憶を思い返す。フリッカの夢小説のイメージがあまりにも鮮烈で失念しがちだったが、フリッカの考えてきたことはここにデータとして保存されている。

 ログは一回目を通したし、その中にはどこにも『朱の魔術師を殺す』とかそんな物騒な情報はなかったが、もう一回目を通す価値はありそうであった。

 というかもう一回これを隅から隅までチェックする必要が出てきたのだ。


「……絶対に助けるとも。仮初め(virtual)でも父は父だ」


 決意を新たに足を運ぶ。同時に俺は人混みから消える。視覚情報も消し去り、俺は完全に誰にも知覚されない存在へとなった。






 七つの石版が中心にいる人物を取り囲み、一種の物々しい雰囲気を醸し出していた。それは平たく言うと尋問であった。七つの石版は一つ一つに01、02、というアラビア数字が割り振られており、そしてそれぞれに「傲慢の王」「憤怒の王」などが書かれている。

 王七名による尋問。

 その異様な光景は、帝国のありかたを物語っていた。帝国は概念である。帝国というのは七つの国の連邦国であり、それぞれ七つの王を順番に回して『皇帝』にすることで成立している。

 故に、『帝国』は『機関』である。『帝国機関ロイヤルクラウン(宝石七つの王冠)』とは、各王の集いのことであった。


 橙の魔術師は、この帝国機関ロイヤルクラウンの子飼いの魔術師である。

 神の子と呼ばれる彼は、それ以外の生き方を知らなかった。


 王が次々に口を開く。


「此度はよくぞ任務を果たした、橙の魔術師ジャハーンよ」


「見事『揺らぎ(flicker)』を捕らえた。これにて我らが悲願へのピースはそろった」


「ついに我らの願い、永遠の命への答えが手に入る」


「強欲の王ロスマンゴールドよ。神の遺児にして太陽の子ジャハーンはついに、純正の極彩色魔術師を打ち破ったぞ」


 中央の人物――ジャハーンとフリッカは動かない。

 帝国機関ロイヤルクラウンに囲まれた二名は、そのまま微動だにしなかった。

 生まれたときから帝国の子にして神の子として生き様を否応なしに決定されている橙の魔術師ジャハーンは、当然この七王に逆らうつもりも口を挟むつもりもない。

 一方フリッカは、ただただ無言を貫いている。それこそが最適解である、といわんばかりの態度である。


 やがて七王による会話も収まり、一瞬だけ異常な緊張が生まれた。

 先に口火を切ったのは、七王であった。


「さて、相互補完の父子の娘、フリッカよ。弁解があるのならば聞こう」


「――弁解?」ようやく口を開いたフリッカは挑発するような笑みを浮かべていた。


「お前がしようとしたことは、白の教団の教義を犯すことのみではなかったのだ。世界改変に挑もうとは、たまげたことをしようとしたな、揺らぎの天使よ」


「世界改変をしようとしているのは白の教団の方よ、フリッカはただ幸せにさせたいだけ」


「傲慢な。幸せとは()の幸せだ」


「貴方達老人には関係ないわ、醜く生にしがみつく亡者さん達」


 亡者、という言葉に王達は「ふっ」「ほう」「くくく」と笑いを漏らしていた。自嘲のようなもの、感嘆したもの、あまりに可笑しくてついこぼれたもの、それぞれの笑いがあったが、概ねは無意味な笑いであった。石版越しに伝わる空虚さがそれを語っている。


「しがみついているのはお前の方ではないか? アストラルの声の精霊、書記天使(リピカ)よ」


「フリッカよ」


「お前のマーティ・ストゥはこの世界におおよそ受け入れられるものではないのだ」


 嘲るような口調の七王。


「マーティ・ストゥに大暴れさせようと思っているとはいかにも子供」


「これだから厨二病は」


「最強厨かよ」


「はいはい俺TUEEEEEE俺TUEEEEEE」


「作者降臨とか草生えるわ」


「わたしのかんがえたさいきょうのしゅじんこう(笑)」


「くぅ~疲れましたw これにて完結です!」


「い、言わせておけばこの老いぼれども……」


 あんまりな口調にフリッカのほうが冷静を欠いたようであったが、七王の侮辱が効いたと見るべきか、それとも七王の口調の変貌に拍子抜けたと見るべきか、そこは微妙な問題である。

 フリッカに感情があるのかどうか、それすら怪しい問題なのだから、と橙の魔術師は思っていた。


 感情とは学習知性なのだろうか、かつて弟子の朱の魔術師に問うたことがある。答えは「知るか」であった。彼に言わせると、学習知性であろうがそうでなかろうが社会的に見たとき挙動が等しいと見なせるなら究極的には同じ数式モデルで記述できる、であった。

 つまり数式モデルでどう表記できるのか、にしか興味関心がない、という意味である。

 全く朱の魔術師らしい。


 などと橙の魔術師が思いに耽ることを即座にやめると、フリッカと七王が言い争っていた。


「その上、必死に作った設定が一人歩きしだして暴走して制御できなくなった挙句、白の教団とか公安委員会とかそういう黒幕たちにあっちこっち好き勝手されて、お前の世界が乗っ取られかけているのだろう? 実に滑稽、所詮ワナビはそんなもの」


「フリッカのだもん! 介護してもらうためだけに王権をふるっている老人たちに何を言われようと知らないわ! 老いぼれてデリカシーと差別意識が薄れた選民主義者は、怒鳴ることより辛抱することを覚えるべきなのよ?」


「は、我らもいささか耄碌したかもしれん、おむつの取れないような子供に政治を説かれるとはな。だが誓って答えよう。ただ一人のために世界全体に迷惑をかけようとする身勝手な行為こそ、お前が子供である最大の証拠。諦めよ、偽りの命の天使よ」


「お断り。諦めるのは老人の専売特許、譲るわ」


 会話の内容の大半は、橙の魔術師の理解の埒外にあった。

 橙の魔術師ジャハーンは、だからこそ簡単なことしか考えなかった。


 この世に招かれた矛盾。

 偽りの書記天使の記憶と、学習知能の行き着く果て。それが相互参照しあっているのが最大の問題なのである。天使は夢見たアストラルの記憶をこの世に刻んでとある学者を作り上げ、とある学者はもてる技術全てを駆使してついに天使を作り上げる。

 鶏が先か卵が先か。


 実に恐ろしい輪廻であった。相互参照である以上終わりはなく、常に循環し続ける。循環し続けるだけであるならばいい。問題は、どちらもこの世界にとって劇薬なのである。


「であれば、帝国機関は最終手段をとらねばならん」


「言っておくけど、パパは殺させない。何があっても絶対に」


「構わぬ。我らの願いは殺しにあらず。我らは貴様と同じように世の中を創る者。しかしお前は気付くだろう、帝国機関は国であり歴史であることを。……協力してもらうぞ、偽りの書記天使よ」


「そちらもお断り。私は老人の傷の舐めあいに協力するほど暇じゃないの。それに、傷の舐めあいを歴史と呼ぶ趣味の悪さにはほとほと付き合いきれないわ」


「ジャハーン、捕らえておけ」


 最後にそういい残し、七王はフェードアウトした。石版のホログラフィーが消えていくその様に「人であることを諦めた癖に何が命よ」とフリッカは悪態を吐いていた。


 消えていく際、橙の魔術師に個人宛にメッセージが一通だけ来ていた。差出人は「白の魔術師」だった。

 そのメッセージをちらと見た橙の魔術師ジャハーンは、「別に抜け駆けのつもりじゃない。共闘はしたがそれは互いの利害関係が一致したからであって、最終的な目標は異なる。それはお前も承知していたはずだ」と返信を手短に行った。

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