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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
3. Captain of Love with [Utahime_NAVI.apm]
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6.

「う……痛え……」


「お、気が付いたでござるか」


「……ああ」


 目を覚ますと、紫の魔術師ヤマトツキヒメがそこにいた。

 それだけで事の顛末を半分ほど俺は理解した。


「俺は、つまり橙の魔術師、いやバーチャルファイター・レオに負けたんだな」


「……そうでござるな」


 紫の魔術師の返事は、どことなく俺を慮る気配があった。遠くに向けてつぶやいたセリフを、俺は苦い気持ちで聞くしかなかった。


 俺は激しい格闘の末、現ナマIppon!をまともに受けて気絶したのだ。

 かくして悪の科学者、朱の魔術師アルフレートは、サイバー四課に捕らえられ、世の中を騒がせたバーチャルファイター作者誘拐事件は幕を下ろした……かに思われた。

 しかし、それは(すんで)の所で阻止された。紫の魔術師(ヤマトツキヒメ)が現れたからだ。


 俺にとっては間違いなく天の助けだった。

 いつものように荒び鳴らされるシャクハチ・バンブーフルートは、朧月夜の景色を立ち込めさせるオリエンタル・シャーマニズム・マジック。

 景色の突然の変化と、「一つ、人の世の生き血を啜り」という不気味な語り口調。

 コマワリmark2達を華麗なジウ=ジツで捌き、遂に紫の魔術師は、朱の魔術師アルフレートを捕まえている歌姫NAVI、バーチャルファイター作者フリッカを捕まえている橙の魔術師ジャハーンを追い詰め。

 紫の魔術師は俺のために奮闘してくれたのだろう。


 しかし、人質が相手の足枷になっているとはいえ、コマワリmark2を含めれば多対一。流石のアッパレ・クノイチも朱の魔術師を取り返すことで精一杯だったという。


「無理に体を動かさぬ方がいいでござる」


「ああ」


 俺は紫の魔術師にそう返事をした。


 後で一連の映像を見直した俺は、状況を粗方理解していた。

 壮絶なカーチェイス&バトルを繰り広げた俺とフリッカの映像は、しっかりと街の監視カメラに収められており、そこには爆走するミニスカポリス(歌姫NAVI)ライオンフェイス(バーチャルファイター)の発光鎧装(レオ)も映っている。

 加えて言うならば、俺が札束パンチとか言うふざけた名前の技に敗北する決定的な瞬間が収められている。


 そして、吹き飛んだ俺を捕まえようとする歌姫NAVIと、それに追いついて行き先を阻む紫の魔術師も映っていた。

 俺としては、何とかフリッカも助けて欲しかったが、不可能だっただろう。

 見る限り、橙の魔術師とは距離が離れている。それに橙の魔術師は間違いなく歌姫NAVIより強い、はずだ。その状況で紫の魔術師ツキヒメにフリッカを取り返せと求めるのは酷な話である。


「フリッカちゃんを取り返すのは難しかったでござる。かたじけないでござる」


「構わないさ。……橙の魔術師よりも歌姫NAVIを御する方が確実性が高いと判断したんだろ?」


「……拙者の力不足でござる。弟子の前で不甲斐ない」


「いやいや、お前は尊敬できる師匠さ」


 おおよそ尊敬できる師匠に対峙するにあるまじき態度と口調だが、俺は内心ではしっかり彼女を尊敬している。

 お互いに尊敬しあっているのだ。

 俺は彼女の魔術と将棋の師匠であり、彼女は俺のジウ=ジツの師匠(ちなみに彼女に将棋で勝つと物凄く悔しがられる)、そうやってお互いを尊重する間柄なのだ。

 ただ、今はちょっとだけ俺が感じの悪い態度をとってしまっているだけなのである。


「……俺もまだまだだな、フリッカが浚われたのは俺の実力不足のせいだというのに、責任転嫁もいいところだ」


「……」


「真っ先に言うべきお礼の言葉が抜けていたな。助けてくれてありがとう、ツキヒメ」


「構わないでござる。こちらこそ、いつも助けられている立場でござるからな」


 笑いながらツキヒメはそう言うが、それは嘘である。俺の方が助けられてばかりである。

 俺がやっていることと言えばオートランが解けるような問題だったりするわけで、つまり、俺は実質ツキヒメのために何か身を削って貢献したりしているわけではなく、ただちょこっとオートランの力を貸してあげているだけである。


「……フリッカちゃんを助けにいくつもりでござろう?」


「ああ」


「場所は砂漠の帝都でござる。砂漠の王ロスマンゴールドの屋敷に、フリッカちゃんは閉じこめられているでござる」


「よく知っているな」


 打てば響くように、いやむしろ打たぬ内から響くような情報を教えてくれる紫の魔術師ツキヒメ。彼女ほど優秀な密偵を俺は知らない。


「教えられたでござるからな」


「? 誰にだ?」


「うふふ、アル君。私ですよ」


 突如背中から声をかけられ、俺はその瞬間背中に誰かがいることをようやく認識できた。いや、背中に誰かがいることを今まで感じてはいたが認識していなかったことに気が付いたのだった。

 認識を逸らす芸当が出来るのはあいつしかいない。


「白の魔術師エスリン……」


「うふふ、名前を覚えちゃいましたか……。魔力が大分失われましたね。まあいいですよ。私にアヘ顔天使だなんて不名誉な名前を付けて私の名声を地に落とし認知バイアスの効力を喪失させた代わりに、私はアルくんの幼なじみになりましたからね」


「後ろにいるのに気付いて貰えないような幼なじみでよければな」


 軽口を叩きつつも警戒は忘れない。いや正確には軽口を叩いたのはオートランで、俺はフリッカを浚われたことからそんな軽口を叩く気分にはなれなかったが、しかし会話は自動で行われるという次第であった。


「本当に幼なじみだったんですよ」


「はいはい」


 話半分。言った言葉がそのまま実現力を持って現実と成り代わってしまうこの世界では、話を真剣に信じてはならない。

 きっと、本当に白の魔術師エスリンが幼なじみだった世界も有り得たのだろう。

 それは恐らく、きっと将来俺が殺されてしまう世界も有り得るということと同じ話である。この世界は良くも悪くも揺らいでいる。揺らぎの中の物語なのだ。


「信じないんですね、アル君。私がフリッカちゃんのママだと言ってもきっと信じてくれないんでしょうね」


「ママならフリッカに優しくしろよ、あいつには優しくしてくれる人が必要なんだから」


「もう、アル君は分からず屋さんです。私は、アルくんを助けたくてこういうことをしているんですよ?」


「助けたくて?」


 砂漠の帝都にどう乗り込もうか、そんなことを考えている俺は、話半分程度にしかエスリンの言葉を聞いていなかった。


「はい。フリッカちゃんはアルくんを殺そうとしているのですから」


「……は?」


 俺の中で世界が止まった。


「フリッカちゃんはアルくんのもう一つの人格バックアップインフォモーフで、浮気相手で、アルくんが将来殺す人ですよ?」


「……あ、そう」


 口から出た返事の声は平坦、だが俺は内心で同様を押し殺し切れていなかった。

 予感はしていたのだ。フリッカが俺を狙う刺客である確率は何一つ排除されていないのだから。


「……驚かないんですか?」


「まあな。やることは変わらん」


「……うふふ、そうですか」


 嘘である。内心の同様が表れない、というだけだ。


「どちらにせよフリッカを助ける。それは俺の中で決定事項だ」


「……愛されてますね、フリッカちゃん」


「かもな」


「フリッカちゃんはアルくんを殺そうとしているのに、アルくんはフリッカちゃんを助けようとしている。……ふふ、アルくんは変わりませんね」


「そうか」


 俺はとうとう思考を打ち止めた。あたかも幼なじみであるかのように振る舞い、俺のことを変わらないだの何だの宣う白の魔術師エスリンの言葉には何一つ根拠がない。

 フリッカを疑うに値しないのだ。

 だが俺は限りなく批判的思想者でもある。フリッカの発言もまた、同じなのだ。

 フリッカの発言には何ら根拠はない。フリッカはあたかも俺の娘であるかのように振る舞っている。内心で俺を殺そうとしている可能性は否定できない。

 結局は信用問題になるのだ。


「言っておくが、俺は誰も信じてはいない。信じられるのはデータと客観的事実だけだ。そこから演繹できないものを、人は真実とは言わない。願望と呼ぶんだ」


「願望が言霊になって世界を変えるこの世界で、その発言に意味はあるのでしょうか?」


「ないな。だが、そういうものだ」


 白の魔術師との会話にけりを付けるなり早々に、「なあツキヒメ、頼みがある」と俺は話を逸らそうとした。しかし白の魔術師はしつこく「アルくん」と俺に声をかけてきた。


「アルくんは、出来損ないじゃ嫌ですか?」


「……何だよ」


 たまらず振り返ると、そこには泣きそうな顔の白の魔術師がいた。


「嫌ですか……?」


「本気で答えて欲しいか?」


「はい」


 しばらく睨むが、向こうはいつまで経っても目をそらそうとはしてくれなかった。なので、俺は仕方なく答えることにした。


「出来損ないは嫌だ。出来損ないであること自体は嫌じゃないが、出来損ないであることを理由に周りに甘えたり、あるいは周りに復讐できる権利があると勘違いする奴が嫌いだ」


「……はい」


「それに、出来損ないだなんて言葉も嫌いだ。出来損ないが好きな人間なんかいるものか。でも出来損ないが嫌いだなんて堂々と口に出来る人間もそうそういない……それを期待している素振りが嫌だ。そういう卑怯な、甘えた聞き方をするな。そうじゃなくて、私のことは嫌ですか、って聞け」


「……はい」


 八つ当たりに近いような乱暴な言葉。突然始まった謎の説教は、向こうにとってもちょっと予想の斜め上だった違いない。

 しかし俺は、敢えてこう答えた。正直白の魔術師エスリンのことなんかどうでもいい。だからこそ敢えて本音を答えた。

 泣きそうな顔の面倒くさい女に優しい手を差し伸べるほど俺は飢えていないし、無難な回答でさよならするほど俺は白の魔術師に対して適当にはなれなかった。

 どうとでもなれとは思ったが、本音ぐらいは教えておこうと思った何かがあったのだった。

 幼なじみなのかも知れない。そんな予感だけが俺をそうさせた。


「だから、フリッカを俺は助ける」


「アルくんは、そういう人なんですね」


「何がだ?」


「私のことなんかどうでもいいから本音をずばずば言う。私に対して適当で無難な回答をするにしては、私のことがどうでもいい訳ではない。本気で面倒事を避けたいなら、私に当たり障りない答えを適当に投げ返すはずなのに、そうしない。……アルくんのそういう態度が好きなんです」


「はあ」


「フリッカちゃんのことも、本気で面倒事を避けたいなら当たり障りない対応を取るはずなんですよね。例えば自分が損しない程度にしか関わらない、とかだったり。……アルくんは、相手が本物を求めているかどうかをかぎ取る嗅覚が鋭いです。そして、本物を求める人には必ず、本音で答えます。……好きです」


「何でそんなプラス思考なんだよ」


 やはり白の魔術師は面倒臭い奴だと思った。この女、多分だが惚れた男がDV男だとしてもべた惚れしてしまうタイプなのだろう。

 だめんずうぉーかーと言う側面では、フリッカと微妙に重なる。やはりフリッカのママなのかも知れない。

 見た目もそっくりだし、天使だし。


 一つ言うことがあるとすれば、思考回路が常人のそれではない。俺だって人のことを言えないが、白の魔術師エスリンは俺より遙かにおかしい。


「アルくん、結婚してください」


「断る」


「……うう」


 馬鹿なのだろうか。今フリッカが浚われて俺はかなり切羽詰まっているというのに、どこをどう考えたら色よい返事が来ると思ったのだろうか。

 一刻も早く砂漠の帝都に向かいたいというのに。

 それも、白の魔術師と言えば俺をドッペルゲンガー(もう一人の俺)と入れ替えようとしたりするような奴だ。

 どうしてOKすると思ったのだろうか。

 しかも紫の魔術師ヤマトツキヒメに見られながらの告白とか、馬鹿以外の何者でもない。


「取りあえず、俺は今からフリッカを助けに行くんだ。邪魔するな」


「……好きです」


「邪魔しないなら勝手にしろ」


「……うう、凄く好きです」


「ツキヒメ、すまなかった。時間を取らせてしまった。……今から俺はフリッカを奪還するつもりだ」


「……ううう、好きです」


「情報、ありがとうな。砂漠の帝都まで単身で乗り込もうと考えている。情報料は後で払うつもりだ。……だが、もしよかったら手伝ってくれないか? 俺一人じゃ限界があるんだ」


「……うううう、好きです……」


「もちろん黒の魔術師アミィにもお願いをするつもりだ。だが、ツキヒメ、お前の力は絶対に必要なんだ。頼む。力を借りれなくても何とかしてみるつもりだが、正直な話お前がいないとかなりしんどいんだ。頼らせてくれ。お礼は何でもするから」


「……はうう、好きです……」


 多分物凄く可愛いんだろうけど、今の俺からすると腹立たしいことこの上ない。

 何が、はうう、だろうか。こいつ本気で俺に許されたいと思っているのだろうか。というかこいつもしかして俺の気持ちが分からないのか。

 だなどと思いながら、俺はツキヒメの返事を待った。


「……すまぬ。拙者にも限度がござる。陰ながら手伝うつもりではござるが、約束はしかねるでござる」


「それでいい。寧ろ無理を言ってすまない。ありがとう。本当にありがとう」


「……好きです」


「拙者は拙者で、仕事があるのでござる。……陰ながら成功を祈るでござる」


「分かった。……情報本当にありがとうな」


「……凄く、好きです……」


 白の魔術師は無視するとして。

 俺は、逸る気持ちを少しだけ落ち着かせて、砂漠にいるフリッカをどう取り返すかを考えた。

 最悪グランドパードレの力を借りることになるかも知れない。そこまでしなくてはならないかもしれないのだ。

 出来ることは全て尽くす。そうしたい。フリッカのことは何より優先すべきなのだ。

 俺の命よりもである。

 俺はパパなのだから。

 例え嘘だとしても、そういう気持ちがどこかにあって、俺はその気持ちにだけは正直でありたいと思っていた。願望なのだろう。

 理性的に判断して大きく損でない限りは、フリッカを助けたいのだ。この気持ちが本物でないのならば、何を本物にして生きていくのが正解なのか、俺には分からない。

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