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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
3. Captain of Love with [Utahime_NAVI.apm]
36/46

5.

 何でそんなことになっているんだ、と思わなくもないが、どうやらバーチャルファイター・レオというコンテンツが生まれたらしい。

 つい最近生まれたばかりだそうだ。どうやら皇帝陛下関係者が作ったという国営のコンテンツであり、国が全力を挙げてアニメを作っているとのこと。


 国営アニメ、『バーチャルファイター・レオ』。

 各省庁の長がスポンサーとしてお金とアイデアを出しているらしく、内閣府および文部科学省がシナリオを、国土交通省が風景を、というように内閣府、総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省、防衛省、公安委員会(警察庁)らが分担してアニメーションを誠意制作中だとか。

 我が帝国の持てる技術を全てつぎ込んでいるらしく、法務省と公安委員会によって倫理を隅々チェックされた全く違法性のないシナリオに、内閣府、文部科学省、総務省の三つが「美しい帝国文化」「正義と倫理観と道徳」「大衆への教育効果」などのスローガンを掲げて作った道徳教育に効果があるとされるプロットがついている。

 さらには、経済産業省がリサーチした帝国民に好まれる大衆文化の分析も相まってマーケティングは完璧。

 環境省、農林水産省、国土交通省による風景への描写も完璧だという。


 このアニメーション、一言で言うと『つまらない』。

 先程アニメーションの圧縮データを脳にダウンロードしたので概要はほぼ分かるが、非常につまらなかった。「創作精神のない有象無象が説教精神を詰め込んで作った美談」、しかもそれが大量のチェックを受ける課程で「各省庁仕事してますPR」などを盛り込まれ、笑いの要素は毒気を抜かれた無難なものに、恋愛の要素は教科書通りの無難なものに、と無難に無難を重ねた展開になっている。

 大量の偉い人間が作り上げた動くゴミ。

 それが国営アニメ『バーチャルファイター・レオ』であった。


『いやああああああ』


『フリッカ! しっかり気を持て!』


『いやああああああ、何これ、いやああああああ』


 バーチャルファイターの作者フリッカとしては、こんなのたまったものではない。作品に対する冒涜以外の何物でもない。

 国に全力を挙げて作品をゴミにされてしまうというやるせなさに、フリッカは涙を流していた。

 あまりにも酷い。

 並大抵の精神的ウイルスソフトより破壊力の高いそれは、フリッカの精神を攻撃するという意味合いにおいて、この上なく大成功していた。


「たあっ!」


 しかし現実は非情にも待ってくれない。

 ノンストップで300km/hの高速戦闘が繰り広げられ、肉弾戦闘はバーチャルファイター対俺、魔法戦闘は歌姫NAVI対俺、という一方的な展開になっていた。

 バイクの上なのでバランスを取るのも一苦労、なのに肉弾戦闘の対戦相手はバトルマスター、魔法戦闘の対戦相手は計算処理能力で上回る歌姫NAVI、スピードを落とせば「待てー!」「逃げるなー!」「捕まえるぞー!」とやかましいコマワリmark2の餌食。


 詰んでいる。

 間違いなく何をしても負ける。


『フリッカ頼むお前がいないとパパ負けるてかヤバい負けそう』


『うう、ううう』


 歯を食いしばりながらも、ようやくフリッカは応戦してくれた。魔法戦闘はフリッカが引き受けてくれるらしい。

 非常に助かる。

 これで二対一から二対二のイーブンだ。

 300km/hで流れていく光景に、ファイアバレットの熱気とアクアバレットの水気がぶつかって蒸発してスチームを構成する。

 その果てしなく早い世界を、俺と橙の魔術師は拳を交わして戦っていた。


「ふっ!」


「しぃっ!」


 ぶつかる気功。弾けるスパーク。

 大気中のオドを身に纏い、プラーナを練り上げ、相手の急所目掛けての発剄用意。

 チャクラが爆ぜる。お互いに痛み分け。互いの肉体を内側から蝕む気功に、一撃離脱の攻防が繰り返される。

 限りなく良い勝負だった。互いに高度な肉弾戦技術は、橙の魔術師の戦闘センスの鋭さと、俺のオートランの最適サーボ制御の精緻さを露わにしていた。


「たあっ!」


「くっ!」


 均衡が続き崩れる気配はない。

 魔法は空中を飽和していた。フリッカと歌姫NAVIの単位時間当たりの魔法出力量は互角であった。精密さもほぼ互角、威力もほぼ互角、この親にしてこの子ありと気付かされるような空中魔術弾幕サーカスである。

 一方こちらも、俺と橙の魔術師とで互角の戦いが続いていた。格闘戦なのに、両者ともに決め手が存在しないのだ。正確に言うとそんな隙がどちらにも存在しない。

 どちらも防御が的確であるため、大きな攻撃を仕掛けようとも難なくいなされるのだ。そしてカウンターを食らって終わる。それを知っているからこそ、お互いに一撃離脱で抗戦するのだ。


『舐めていた、所詮は国営クソアニメというボロボロのコンテンツに支えられたポンコツヒーロー、簡単に勝てると思ったんだが』


『フリッカも。……向こうと違ってこっちには、念話通信も感覚共有もあるというのに。なのに向こうも中々どうしてミスしないものね』


 正確に言うと、こちらの方が有利だと思っていた。

 念話通信と感覚共有がある。例えフリッカがちょっとしたミスを犯したところで、俺がそれをすぐにカバーできる。俺もまた、少しピンチに陥ったところで、フリッカが合間合間をサポートしてくれるのだ。

 その意味で、こちらの方が気持ちやや有利に戦える。思い切りよく攻勢に回れるのだ。ミスしてもすぐにパートナーがバックアップしてくれる、という状況だからこその攻勢だ。


 認めよう。

 橙の魔術師の実力と歌姫NAVIの実力は相当高いと。

 構図的に、悪の科学者 対 正義のヒーローというやや不利な構図になっているということを加味しても、向こうの実力は本物だ。


「ふっ! ……中々埒が開かんな」


「はっ! ……しぶといじゃないか、ロリコンめ」


「世間的にはお前の方がロリコンということになっているがな」


「実に不服だ」


 交わされる輕口。そして電光石火の拳。

 これ以上なく終わりの見えない均衡ぶりだというのに、何故か戦いはそろそろ決着の様相を示している。

 動向のさぐり合いになっているのだ。いつ必殺技を繰り出せばいいのか、とタイミングを窺い始めて、お互いが一歩も譲らない。

 いつ「Ippon!」コールが飛んでくるのか。

 状況はまさに、それ一つに集約されていた。


 バーチャルファイターの必殺技は「Ippon!」コール。

 俺はそれを決死のカウンターで迎え撃つ。


『次で決める』


『分かったわ、パパ』


 状況は、果たして、遂に終わりへと動き出した。300km/hで流れる背景をよそに、橙の魔術師のマナ出力が急激に増大した。


「行くぞ!」


「来い!」


「札束パンチ!」


「え、ちょ」


 Ippon! じゃなかった。

 クリーンヒット。大ダメージ。

 派手なエフェクトが空中に飛び散り、踊る光のポップアップに書かれるのは『10,000,000 C!』という生々しい現金の数値。

 一千万の重圧に、俺は体をくの時に折る他なかった。


「もう一度札束パンチ!」


「ちょ、意外と強、ぐはっ!?」


「パパっ!?」


 もう一度振るわれる『10,200,000 C!』の拳(どうやらコンボボーナスが200,000 Cらしい)に、俺は両手で十字を作ってようやく凌いだ。凌いだが思い切り勢いを殺がれてしまった。


「札束パンチ! 札束パンチ! 札束パンチ! ……はははっ! お前には分かるまい、このブルジョワ拳法の力の強さが! 金は力だ! 金はステータスだ!」


「正義のヒーローもへったくれもないなお前!」


「ちなみにこのブルジョワ拳法、私の財布にもダメージが与えられるが、攻撃を受けているお前の財布にもダメージが与えられるという実にオカルティックな呪術でもある! これぞ現金10,000,000 Cの一撃の重みである! ふはははは!」


「き、貴様ああああああ!!」


 慈悲はない。何とむごすぎる凶悪な一撃なのだろうか。

 俺はどうやら五千万近くを一瞬で溶かしてしまったらしい。

 ニートの俺に何ともピンポイント&効果的な嫌がらせだ。今この瞬間、その一撃の重みは計り知れないものへと変化した。

 俺の血が、俺の汗が、俺の涙が、それらと引き替えに得た現金がいとも簡単に減らされていく。


『うわああああああ! うわあああああ!』


『落ち着いてパパ! 冷静にならないと負けちゃう!』


『辛過ぎる、辛過ぎる、これは本当に辛過ぎる! うわあああああぁぁぁ……』


 オートランは心がない。最適駆動で相手の札束パンチを受け止める。そして俺は一千万とサヨナラする。

 俺は一撃ごとに、心の中で悲鳴を上げながら涙を流して拳を受け止めていた。辛い、この一撃、マジで心に来る。すげえ泣きたい。

 吐血するような思いでひたすら耐え凌ぐ。


 冷静さを失わないのが俺の美徳だ。俺はひたすら内心でむせび泣き嗚咽し、心理アプリケーション『アミューズメンタル』によって感情制御を導入し、心を鋼にして戦った。

 感情マスキングにより精神的苦痛を遮断。生存と勝利の価値判断パラメタを大きめに重みづけして、心を完全に死なせる。

 精神はもうバッキバキである。心はもうさっきから何度も折れている。


「ほう、やるではないか!」


「うるせえ殺す! マジで殺す! てめえだけは真面目に許さん!」


「どうした弟子よ? 動きに精細さを欠いているぞ?」


「精細だし! 驚くほど精細だし! 何なら俺のなるべくお前の拳を受け止めたくないという意志をねじ曲げる程には精細だし! くそっ! くそっ!」


 オートランは俺の意志を離れて最適な戦闘を実現している。おかげさまで俺の単位時間当たりの金銭減少量が半端じゃないことになっている。

 消えていくお金。これは心に来る。もしもこんな目に遭わなかったら、美味しいステーキを食べられて、ちょっと良い音楽CDを買えて、柔らかい布団と枕を買えて、温泉旅行とかも可能で、と様々な使い道が頭の中に現れて、そして消えていく。

 こんなむさ苦しい獣人と拳を交わすだけで消えていく。何も楽しくないのに消えていく。止められない、止めたい、すげえ止めたい、止めたいけど止められない。


「このブルジョワめ! 貴様には人の心がないのか!」


「弟子よ! 人の心も金で買えるのだ! 金は凄いぞ! 即物的な物は勿論、それに附随する概念的な物まで金なら買えるのだ!」


「これが帝国皇太子のセリフか! 次の代に国を導く男のセリフか!」


「人の心が金欲にまみれている限り! 私に買えない物はない! 恨むのならば人の心を恨むが良い! ふはははは!」


 流石に相手は手ごわかった。

 札束パンチ。分かりやすいネーミングとその効果のインパクトはネットに大々的に取り上げられていた。

「正義のヒーローが札束パンチww」「これは酷い」「gorgeous! lol XD」「札束パンチとか絶対食らいたくねえ」「ヤバい。バーチャルファイター・レオ、クソアニメかと思っていたがこんなに秀逸なギャグアニメだったとは」「確か制作陣にエピソード監督が就いたんだっけ」「て言うか、はよNAVIたんが媚薬効果でエロエロにならんかね」「wow, the justice will be sweet」「朱の魔術師ってこんな近接格闘すげえのかよ」「て言うかフリッカたんが何気に朱の魔術師の手助けをしてる件」「札束パンチとか発想が自由すぎるだろ」

 効果のほどは大きく、構図としても向こうが有利になりつつあった。つまり世間一般の人々は色物ブルジョワヒーロー『バーチャルファイター・レオ』を応援し、悪の科学者の朱の魔術師は歌姫NAVIちゃんをエロエロさせた時点で世間的にはもう御役目御免という訳である。


「行くぞ! とどめだ!」


「まだ有るのかよ!」


 止めてくれ。マジで。


「現ナマIppon!」


 炸裂。

「102,200,000 C!」という嫌な数字。

 胸部に心臓を止めるんじゃないかと言うぐらいのインパクトが走った。辛うじて常時展開型魔法障壁が衝撃を抑えるも、俺はバイクから吹き飛ばされてしまった。

『パパ!?』と心配するフリッカをよそに、俺は300km/hで地面に投げ出されてのたうち回る羽目になった。


 地面を跳ね、摩擦で転がり、オートランが計算した衝撃緩和の受け身も複数回に分けて行う必要があり、だというのに殺しきれない衝撃で、背中からビルへと突っ込む。

 割れる窓ガラス。

 ビルの植木鉢を背中で砕き、土まみれになりながら壁にぶつかる俺。


 意識が遠のく。今ここで負けたらダメだ、と思っているのに体が言うことを聞かない。

 ああ、気功術か、神経系をやられて脳の指令を体が言うことを聞かないんだ、と気付いた頃にはもう何も考えられなくなっていた。

 ごめん、フリッカ。

「いや! 離して! いやあああ!」と叫ぶフリッカの声を耳にしながら、俺は、意識を手放した。

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