4.
『ミニスカポリスはそれ一つで完成されたコンテンツ』
『俺もベッドの魔術師なんだが、一体いつになればミニスカポリスのNAVIたんは俺を捕まえてくれるんだろうか』
『NAVIたんの何が凄いかって言うと、こういうときでもファンサービス精神を忘れずにリアルタイムで自分をネット中継で報道しながら歌っているところ』
『サイバー四課、極彩色魔術師相手でも舐めプとかぶれねえな』
『正直公安委員会のサイバー四課見てると、俺も頭が良かったら公安委員会に入れたんじゃないかって思う』
『ていうか朱の魔術師ってサイバー四課上がりってマジ?』
『アイツはキチガイ級のギーク。暗号理論のエキスパートの癖にコマワリmark2の人工頭脳設計にも携わってる機械学習のエキスパート、そしてアストラルネットワークの中核システム設計者。チューリングマシンの応用によって機械的に記述されたという百万桁のオープンソースコードは今でも解読作業が続いているらしい』
『確かFORTRAN(formula translation)言語とbasic言語を考案した(というか機械に解かせた)奴だった気がする。アイツの保持してるアプリちょっと分けて欲しいわ』
『サイバー四課上がりっていうか、サイバー四課の特別技術顧問だった。白の教団が白の魔術師を、帝国機関ロイヤルクラウンが橙の魔術師を紐付けているのと同じように、朱の魔術師も元々はサイバー四課の紐付きだったらしい』
『確かNAVIたんにミニスカポリス姿考案したのって朱の魔術師だろ?』
『どうせなら女子高生の制服にしとけよ』
『女子高生verもあるぞ。確かナースNAVI、ミニスカポリスNAVI、女教師NAVI、みたいな感じのシリーズがあったはず』
『アストラルネット初心者なんだが歌姫NAVIって何ぞ?』
『歌姫NAVIっていうのは「誰でも○○navigation」、っていうアプリが人格を持ち始めて、集合知を持ち始めてから生まれた。いろんな職場にNAVIがいて、それぞれがお仕事をナビゲーションしてくれるっていう画期的な開発だったはず』
『どうやら歌姫のNAVIが本体の概念らしいんだが、NAVIが電脳世界の住民であることに目を付けて、サイバー四課がスカウトしたっていうのがミニスカポリスのNAVIたんの始まりなんだぜ。サイバー四課は発送が自由すぎる』
『NAVIたんの生みの親が朱の魔術師って言うのはデマ?』
『はいはい万物の起源はKAGAKUKAGAKU。朱の魔術師の何がアホかって言うとKAGAKUで万物の起源を騙っちゃったことなんだよなあ』
『KAGAKUの力って、SUGEEEE』
『でも確かKAGAKUってある程度正しいんじゃなかったっけ?』
『正確に言うと屁理屈で隙がなく理論武装されたみたいな、あるいは誰も分からんだろそんなの的なスケールのでかい嘘とかでコーティングされた宗教みたいなもん。光は粒子であり波である、とかは流石に胡散臭すぎて草生えたわ。お前も分かってないのかよと』
『確か光の粒子性と波動性は証明されたんじゃ? まあ、だからといって歌姫NAVIの起源はKAGAKUは流石に寒すぎる嘘だろ』
『歌姫NAVIたんには是非夜のナビゲーションをしていただきたく』
『通報した』
ネットの奴らの好き放題加減といったら、それこそ目も当てられないレベルだ。彼らにとって警察沙汰はコンテンツなのだ。余興の一種でしかない。
議論を交わしてはわんやかんや、俺を馬鹿にするかと思えばNAVIに捕まえられたいだのなんの、とにかく纏まりもなくただ思いつきを垂れ流しているのみであった。
彼らにとって関心事は、社会悪を働いた朱の魔術師が捕まるかどうかではない。己にとって面白いかどうかだ。
群衆知性は群れることで劣化する。しかし群れることをやめたら知性が向上する、というような単純な話ではなく、群れの中の人々が品性のない発言に躊躇いを持たなくなることで、結果知性が劣化しているという構造上の問題が見て取れた。
『パパ! 本当にギリギリよ! もう捕まるかどうかの瀬戸際よ! ねえったら、フリッカに自首を許可してってば!』
『悪いがフリッカにそのクリアランスは与えていない。クリアランス権限を越えて行動することは越権行為として許可されていない』
『もう! パパったら、じゃあママに勝てる自信があるの?』
『お前のママ、歌姫NAVIは俺が設計した初期ニューロコンピューティング学習知能だからな。こっちにも意地とプライドがある。勝てるとも』
『……信じてもいい?』
『ああ』
俺とフリッカは、対照的にどこまでも当事者であった。群衆知性が俺らが逮捕されることを望む傍ら、俺とフリッカは孤独な戦いを続けていた。
そう、周囲の認知バイアスに負けないように、今から逮捕されないミソロジーを築き上げる必要があるのだ。
『だが、今はそのコンテンツがない。迂闊にバーチャルファイターに変身したとしても、それは俺朱の魔術師のコンテンツではない。バーチャルファイターは世間一般では冴えないパパ、アカイアキラのコンテンツだ。灼眼に中二ツートーン白黒ヘアの朱の魔術師は、世間的にはバーチャルファイターではない。よって、俺がバーチャルファイターに変身しても周囲からの認知の圧力を利用することが不可能だ』
『そうね。どうせ変身したところで、このバーチャルファイターは偽物だ、朱の魔術師が変装したものだ、と思われるのがオチだもの。期待するレベルの認知バイアスは得られないはず』
『だから、バーチャルファイターに変身するのは却下だ。ならば次の手段、俺自身を工作する。ネットをもう一度、ステマと工作発言で炎上させる。朱の魔術師というコンテンツを再び炎上させようとも』
『! それはっ』
『いい。覚悟は出来た』
俺は短くフリッカに答えて、早速アストラルネット上に設置しておいた自動筆記マクロを同時に立ち上げる。
書き込むのは会話。機械同士の対話はなるべく自然。同調は流暢。反論は綿密。パターン学習を参照。ミームを連結。文脈を構成。心理にアプローチ。無意識に刷り込み。感情にシンパシー。理性に弁舌。信条に説得。
膨大な量に膨らむテキスト群は、情報と思想のプラットフォームとして俺を弁護する。
「朱の魔術師がやったことはやばい」「真面目に神懸かっている」「何か事情があるはず」「魔術協会追放されたのに未だに魔法が使える」「プログラミングの腕前が尋常じゃない」「捕まえるんじゃなくて司法取引で社会に貢献して貰うべき」
厚顔無恥なる自作自演、もう慣れたルーチンの一つでしかない。主張し続けることこそ風潮の構成に必要である。
俺は然るべくして、朱の魔術師としての一定量以上の名声を得ていた。水増しした擁護者としての自作自演の声で、サイレントマジョリティの一部を洗脳するのだ。
『でもパパ! それは最終手段のはずよ!』
『違うなフリッカ。まだまだ俺にはたくさん切り札がある。たくさんあるが、その内一つを今切っただけだ』
この手段の痛いところは、一回やれば最後、公安委員会や魔術協会などの連中に自動筆記マクロの存在を知られる可能性が高いことだ。
無論連中に自動筆記マクロを止める力なぞない、と思っている。しかし止める力がなくとも、ネガティブキャンペーンとして「朱の魔術師は自作自演をしていた!」と主張されてしまう可能性がある。そうなれば最悪、俺への嫌悪感から世間に見離され、工作する前よりも更に俺への信奉が減る可能性があり、魔法が使えなくなるのが一層加速する危険性がある。可能性の排除は大事なことだ、世の中は起きて欲しくないことこそ起きるものだ。
『本当ならバーチャルファイターに変身したかったけどな。この衆人環視の状況じゃ、どう人目を盗んでも俺がバーチャルファイターに変身する隙がない』
『パパ……』
『ん? 俺が最終手段を一つ切ったことか? そんなに気にするなよ。最終手段の一つさ。まだ他にもたくさんあるから。な?』
『ごめんね、パパ……』
『謝る必要はないさ。フリッカは何も悪くないさ。寧ろ俺のせいで変なことに巻き込んでしまった、ごめんなフリッカ』
フリッカは悪くない。今回の騒動はぶっちゃけロリコンガチムチ獣人格闘家・橙の魔術師ジャハーンによって引き起こされたものである。そして、俺こと朱の魔術師が世間に興味がなさすぎていつの間にか犯罪者扱いになっていた、という間抜けな話でもある。
強いて言うなら、フリッカが可愛すぎることがいけないのだ。
『……もう、パパったらぁ』
フリッカが可愛すぎるから橙の魔術師がロリコンに走り、俺がそれに徹底抗戦の態度を取り、結果こうなったんだ、と伝えるとフリッカは微妙に嬉しそうにしていた。
『確かにフリッカは可愛いけどぉ』とか髪を弄りながら口元を緩ませている。可愛い。撫でたい。
しかし状況は依然と予断を許さない。
「マイマスターは諦めが悪いであります! 待つであります! 見苦しいでありますよ!」
「300km/hで全力疾走するミニスカポリスに見苦しいと言われる覚えはない」
「まだパンチラ乳揺れ程度であります! ファンサービスであります! 見せる度に再生者数が一万ずつアップしてるであります!」
「くそっ、なんて単純な視聴者なんだ! ニーズ調査にマーケティングも何も要らないなんて! 結局三大欲求かよ!」
「公安委員会公認のほんのりエッチな動画でありますからねー。権力を盾に何でもやりたい放題であります!」
「それでいいのか公安委員会!」
酷い権力の腐敗を見た気がする。法律は時間的変化もなく貧富人種思想性別それらに平等な唯一のルールだ、それがこの腐りようである。公安委員会も遂にエロスには勝てなかったのだ。
『だが、今徐々にネットの流れでは俺を応援する声が増えてきた。何か歌姫NAVIに普通に勝てそうな気がしてきたぞ』
『……今フリッカ軽く絶句してるんだけど。え、アカデミアに魔術師の号を剥奪されたのよね? それでこの魔力保有量? え、何か予想以上に増えてるんだけど』
『まあ、「アカデミアに魔術師の号を剥奪されながら魔法使える朱の魔術師パネェっす」的な書き込みしまくったからな』
『……パパ、気になる記述なんだけど、魔法少女・ジト顔ブラッド★ミルキーの契約者が朱の魔術師って設定がネットにたくさんアップされてるんだけど』
『立っている者は親でも使い、立っているコンテンツは嘘でも使うものだ』
『うわあ』
フリッカが微妙な顔をしているが、「ミルキーに変身しようとかいうとち狂った発想をしなかっただけマシかな」という諦めのような悟りのような目の光をたたえて静かに頷いていた。
どうやらフリッカにとってジト顔ブラッド★ミルキーは触れたくないトラウマらしい。
「食らえ! 急に魔力保有量が上がったファイアバレットの力を思い知るがいい! cast(fire_bullet, 'loop');」
「うひゃあ! であります!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」
敢えて分かりやすい演出で、今からファイアバレットを乱射しますよとアピールすることで構図を作る。借りる構図はこうだ、今からミニスカポリスのNAVIたんは悪の科学者アルフレートに負けてしまい、お仕置きを受けることになるのだ、と。
「ぐぬぬ、であります!」
「このファイアバレット、実は媚薬が仕込んであるのだ」
「!? そんな、であります!」
「ふははは、KAGAKUに不可能はない!」
大嘘だが、視聴者のニーズは間違いなくこれである。急に俺に力がみなぎってきたのが実感される。先程までの苦しい戦いから一変、急に俺が負ける気がしなくなった。
俺の背後に感じる一千万の期待の眼差し。期待に応える限り魔力は無尽蔵。構図は完璧。
見れば何でだか知らないが、歌姫NAVIの頬が紅くなっており目元が潤んでいた。媚薬効果の偽薬効果らしい、認知の圧力は素晴らしい。
『勝利とはつまりこういうことだ。勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦いを求む、つまり戦いをする前に勝敗は決していて、勝つ者は先に勝ってから戦いを起こすものなのだ。これぞ兵法の極意なり』
『でもパパ、まだ勝ってないよ?』
『ああ、ここで油断するとすぐ負ける。こういう悪の科学者は正義のヒーローに負けるという構図もあるからな。だから優位を保って慎重に……』
言いかけて、ネットの雰囲気が一変したことに気付いた。
皆どことなく待望のヒーローを迎えたかのような、そんな書き込みをし始めたのだ。
「ようやくか」「このままでも俺は良かった」「いやいや、みんなのアイドル歌姫NAVIたんがヨゴレ仕事するとかダメだろ」「もしこのままNAVIたんが朱の魔術師に良いようにされたら俺NAVIたんのファン止めるところだったわ」
等と、あたかも俺の悪行が成敗される前提で会話しているのだ。
『どういうことだ?』
『……レーダーには反応なし。周囲を見回しているけど特に人影も……えっ!?』
『なっ』
俺とフリッカが一体何事かと念話通信をしていると、二人同時に気付いてしまった。
視界に300km/hに追いつくライオンの男が現れたのだ。
冗談だろ、と思ってしまう。この世界の人間って素足で時速300km達成できる人多すぎじゃない?
その手には謎のヒーローウォッチが付けてあり、ヒーローベルトまで身につけている。
今から変身する気満々じゃねえか。
「さあフリッカを返して貰おう! 我が義父アカイアキラ氏より受け継ぎし正義の拳を今見せてやろう!」
「は?」
「キャストオン!」
掛け声はバーチャルファイターのそれ。
気付いてしまった、フリッカと俺のレーダーに引っかからなかった理由が。
それはバーチャルファイターに搭載されたルミナスダンサーによる、熱光学不可視シールド領域のせいだ。赤外線含む光波を吸収・透過する熱光学不可視シールド領域は、勿論目で見ることも不可能だがレーダーにより光の反射を検知するのも不可能なのだ。
つまり、橙の魔術師ジャハーンは今バーチャルファイターのルミナスダンサーを使用して俺とフリッカのレーダーをかいくぐったのだった。
驚愕に固まる俺とフリッカをよそに、叫ぶ橙の魔術師。
「光り輝く電光のたてがみ!」
サイバーホログラフがまとわりついて橙の魔術師を飾りたてていく。半透明に変化していくサイケデリックな発光外装が身に付けられていく。
「正義に燃える太陽の情熱!」
そしてそのバーチャルな発光ヒーローを包むのは気功術で練られたオーラだ。オレンジの、太陽に似た情熱的なオーラが彼を包んで強化する。せっかくのステルス透明の意味がなくなっている。
「バーチャルファイター・レオ! ここに参上!」
何だよこれ。
言葉が出ない。
フリッカも言葉が出てこないようだった。
いや、何だよこれ。マジで。