1.
「これより帝国極彩色魔術師と女装癖ニート(子持ち)による定例会議を行いまーす」
「おい蒼の芸術家俺の紹介雑すぎだろ」
「はいはい」
俺の紹介が圧倒的に酷い、と不満げな俺を無視して会議が開かれた。
定例会議と言うのは、アストラルネットワーク・ワイヤードの深層レイヤ「ワイヤード・フロンティア」にて行われる電脳アバター会議のことである。
内容は端的に言えば、下らないことばかり。しかしこの帝国の誇る八大魔術師の集まりともなれば下らないのレベルが突き抜けて異なる。
「一つ目! 朱の魔術師が実は子持ちパパだった説! ……これマジで問い質したいんだけど」
「問い質されても、突然出来ちゃったみたいな」
「ヤれば出来る、ってことね! ……ねえ相手誰なの?」
全裸アバターの蒼の魔術師カークウッドの質問がさっきから恐ろしい。と言うのもセリフの後半のトーンが本気のトーンで、ふざけたことを言ったら殺すと言わんばかりのオーラを漂わせているからだ。
アバター会議なのでオーラも何もないはずなのだが、このアストラル体越しに感じる威圧感はどうやら本物らしい。
しかし残念なことに相手は俺も知らない。俺が未来で誰と結婚するのかをフリッカが教えてくれないのだ。フリッカのママは誰なのか、俺には分からないのだ。「知らん」と応える他ない。
「……」
女性陣からの視線がかなり厳しい物になった。
「いやこれはマジ。あいつ俺に誰がママなのか教えてくれないんだ。その情報かなり重要だろって思うんだけど、中々出し渋るっていうか」
【……昔の話だが、我はこやつと懇意だった事がある。その時の過ちの子なのだろうぞ】
「うるせえ処女」
黒のアイドルが突然何かを言い出すと思ったら爆弾発言であった、しかも嘘なのだから質が悪い。
黒の魔術師は呪い師である、嘘であれ本当であれ彼女が騙った事は事実へと塗り替えられていくという『呪言』の魔術師なのだ。俺と二人きりの時は男言葉っぽいぞんざいなしゃべり方だが、外ではその呪い師のキャラ作りのため、古風な語り口調を心がけているという。
黒の魔術師アミィのアバターは皆のニッチな罵倒系アイドル『ゲス顔ブラック★キャンディ』である。顔の作りだけは本当にいい。そんな彼女が潤んだ瞳で【十年もの年月、共に風呂に入り共に寝床に就いたのだ。何たることか、若き頃の色情に絆された兄妹は、兄は召使い、妹は姫にして飼い犬と倒錯した日々を重ねたのだ……】ととんでもないことを言ってるが、全くのデマゴーグだ。
アイドルならばスリーストライクでアウトどころかレッドカードまで貰っている始末だろう。
「アル君、そういえば私幼なじみでしたよね。アル君にお外で真っ裸にされたこと覚えてますよ」
「なあ聖女様、お前何でそんな平気な顔でここにいるの?」
白の聖女のアバターは純白の天使だ。背中に羽まで生やしており、優しい微笑みを携えてそこに存在している。
問題は何故ここに存在しているのか、という点に尽きる。俺やアミィとあれほど敵対し、俺にさんざん酷い目に遭わされて、それでのこのことここに参加するという強靱すぎるハートに俺は言葉が出ない。
彼女とは停戦協定らしきものが結ばれた。というよりは俺が脅して停戦協定を結ばせたのだった。
あの映画館での戦いの後、一躍話題となったあのセクハラ動画は聖女エスリンの力を大きく削ぎ取ったのだった。聖なるメタファーを大きく汚され、嬌声まで上げるという聖女エスリンに白の教団側は衝撃を受けたに違いない。
そして当然の如くアストラルネットワークは騒然となった。今までの清らかなイメージが木っ端微塵である。
紛糾は起こるべくして起きた。
教団側が『ジト顔ブラッド★ミルキーは悪魔であり醜い存在である』とプロパガンダを発すれば、『小悪魔しちゃうゾ★』というコメントとキュートなイラストを沿えたバイオレンス小悪魔ミルキーのイラストがネットを埋め尽くす。
そもそもネットの海は広大である。撲殺天使なるジャンルですら許容される社会において、悪魔であろうが何であろうが萌えとエロスは最も尊いエモーションなのだ。
結果は教団側が裁判沙汰に持ち込むまでに悪化した。
そして裁判に持ち込もうとして、俺の悪質なデコイプログラム『オトリックス』(リローデッドは制作中)に引っかかり、俺を擁護してくれる絵師やニケ動民などの住所を特定できない始末であった。
アストラルネットワークの制作者でありながら、元サイバー四課・特別技術顧問の俺を出し抜ける奴なぞいるはずがない。絵師たち擁護者らは俺を庇い、俺は絵師たち擁護者らを庇うという相互幇助の関係が出来ていた。
結論はシンプルだった。
俺が大量に作った自動筆記マクロ「タシロ・カノン」により流行った不名誉きわまりないコンテンツ『アヘ顔天使』なるものが誕生。
これに業を煮やしつつも負けを認めざるを得ないと判断した教団側が「全て無かったことに」と教団大魔術を使ってアカシアの光を改竄したのだった。
結果、俺とフリッカとエスリンら教団関係者以外には、ほとんどこの騒動を記憶するものはいなくなった。
しかし、俺とフリッカは完璧なまでに映像記録、音声記録を保持している。再発させることは十分に可能だ。おいそれと連発できない教団大魔術とは異なり、こっちは一週間あれば十分なのだ。
ここに、俺主導俺有利の一方的な停戦協定が結ばれたのだった。
「覚えてますよ? お嫁さんにしてくれるって言いましたよね、アル君」
「酷い改竄だな」
何故だか分からないが、この世界軸では俺とエスリンが幼なじみであるという『認識』が根付いていた。幼なじみとはこんなに代替可能なコンテンツ属性であっただろうか、とふと思う。
「あの子、もしかしたら拙者の娘かもござらんな。拙者のお祖父様は兼ねてより曾孫の顔が見たいと言ってたので、見せねばならんでござる」
「おいアッパレニンジャ、頭の中までアッパレなのか?」
「あ、あの子もしかしたらボクの子かも、なんてね、えへへ……」
「緑の魔術師は可愛いから許す」
何故か知らんが女性陣からのアプローチが続く続く。
紫の魔術師ツキヒメは、アバターまでクノイチであり、徹底したジャポニズム・シャーマンアサシンを貫いている。俺と同じ転生者なのでお祖父様も何もいないはずなのだが。
一方で緑の魔術師ナジャのアバターはうさぎのうーたんである(かつて俺がおふざけで電脳ハックしてオランウータンに変えたところ大泣きされた)。アマゾネスのボクっ子シャーマンという希有な属性の持ち主の彼女だが、俺の知る限りでは命の巫女でありながら子供が産めない体だ。だから有り得ないのだが、まあそんなこと言うのは可哀想なので適当にごまかす。
そんな最中、いつもは騒がしいはずの蒼の魔術師は、ようやくぽつりと呟いた。
「……あの子、私の娘なの」
「何大マジのテンションで言ってるんだよカークウッド」
「本当よ。見間違うはずがないわ」
蒼の魔術師はカークウッドで、心の底からそう思っているらしい。
「私、今まで作品を作ってきて、作品を忘れる事なんてしちゃだめだって思ってきたの。もう忘れたくないって思ったの。……でも、あの子がどうしても思い出せないの」
「おいカークウッド、こんな場所でメンヘラモードに入るな」
「最低ね。私、子供が思い出せないなんて……」
肩を抱いて震えるカークウッドは、目に一杯の涙を浮かべていた。芸術家として優れた感性をもつ彼女は、病んでいる。
二階堂奥歯の『八本脚の蝶』のような、或いは夢野久作『少女地獄』の『何でもない』のような、彼女はとにかくそういう人間だった。
全裸のくせに、くそ、と俺は全く関係のない悪態を内心で吐いた。
「ねえ、死なないように抱いて」
「それは、違うだろ」
「元カレならば出来るはずよ」
「お前が俺を振ったくせにか?」
彼女のことはよく分かっているつもりだ。彼女にとって忘れることは致命的な行為で、命を奪うことに等しい。だからこそ彼女は今死にたくなっているに違いない。
しかし、だからこそ彼女は子供を持ちたいと思わないはずなのだ。子供を産んではならないと自戒しているのだ。
「有り得ないさ。俺は童貞でお前は処女さ。お前の場合はきっと永遠にな」
「……あんたは違うの?」
「俺は普通に生きるつもりだ」
周囲からすればどん引き物の会話を交わす二人だったが、まあそういう縁もあるというものだ。奇縁というやつである。事実は小説より奇なり。
「さて、話が逸れたが、俺の娘は母親不明のままの娘だ。以上!」
俺は強引に話を締めくくった。俺が設計した人工的機械強化学習機能持ちニューロコンピューティング計算知能フレデリカに、母親という存在がいるのだろうか。マザーAIが存在するという意味ならば分からなくもないが。
いずれにせよ、この話題を続けていても良いことは起きないだろうと思う。フリッカが未来からやってきた人工的な命、というのはなるべく極秘にしておきたいのだ(白の魔術師エスリンはそのことを知っているが停戦協定に基づき黙ってもらっている)。
なので話を切り替えようと俺は口を開いた。
「さて次の議題は無いのか? 無いなら俺から、分子機械によるドラッグデリバリーシステムの今後の展望についてを……」
「ある」
一同の沈黙を破ったのは、ライオンのアバター。獣人にして魔術師であるという希有な男、バトルマスター橙の格闘家。
肉弾戦では負け知らず、というネオブッディズム・モンクであり、体中に真言を書き連ねて呪術回路を文字通り身に纏っている変わり者の格闘家だ。
「二つ目の話題について、私から相談させてもらおう」
「二つ目の話題?」
「ああ。一つ目の話題である、朱の魔術師の娘に関係した話ではあるが、一応別の話だと思って欲しい」
微妙に気になる話の切り口で語る橙色の魔術師だったが、全く何をしゃべるのか予想が付かない。
今まで彼が他人に相談したりすることは少なかった。彼は人に何かを頼んだりするタイプではなく、自分で解決するタイプの男である。無駄に落ち着いているということも相まって、こういうときに改まって切り出されると何を言い出すのか分からないのである。
橙の魔術師ジャハーンは、一つ穏やかに深呼吸してから、俺のことを見据えて言った。
「実は、朱の魔術師。……お前の娘と結婚したいんだ」
「ぶっ殺す」
俺は反射的に立ち上がっていた。