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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
2.My Sister, My Princess with [Auto_Run.apm]
30/46

16.

【お前らに 言うぞ! 山ほど! 言うぞ! それは、それは、空気・よ・め!】『YOMEEEEE――!』


 いつの間にか。

 ネット上の書き込みは『YOMEEEEE――!』に埋め尽くされており(八割は俺が自動筆記マクロでサクラをしまくったが二割はファンらしい)、それどころか劇場に駆けつける猛者達まで現れる始末だった。

 劇場に集まる異常な熱気。


 なるほど俺がネット中継をしたことの功が奏したのか、場所を特定した人物(通称スネーク)がここの住所を書き込み、その情報が拡散された。

 おかげで、ゲス顔ブラック★キャンディの熱心なファンはこの場に駆けつけることが可能になったわけである。


【お前らと いると! 気まずく! なるぞ! だから、だから、空気・よ・め!】『YOMEEEEE――!』


 一瞬でステージ付近を取り囲んだ異常なキモオタウォーリアー集団には、この間見なかった新顔が増えている。おそらくこの間都合が悪くて来れなかった奴らか、もしくはネットでの祭り好きのにわかが突撃しに来たのか。

 どちらでも構わない。

 こうやって一緒に声援を送っている時点で、きっとそれはゲス顔ブラック★キャンディへの立派なファン活動なのだ。


【お前らは いつも! 言葉に! どもる! そこで、そこで、空気・よ・め!】『YOMEEEEE――!』

【お前らの 言葉! なくても 分かるよ! だから、あのね、空気・よ・め!】『YOMEEEEE――!』


 歌の効果は絶大だ。

 この声援と騒音のおかげで、「Ippon!」コールが掻き消えた。Ippon!と叫んでも誰も分からないのだ。そんな状況で認知バイアスを利用した魔術など発動できるはずもなく。

 俺は悠々とバーチャルファイターを追い詰めつつあった。


「くそ、何だこのふざけた曲は! Ipponコールが! くそ!」

「俺らのスーパーシンデレラ・ゲス顔ブラック★キャンディちゃんの全国デビュー曲だ黙って聞いてろ三下」


 俺はそのまま戦闘を続ける。

 俺にかかる認知バイアスはなくなった。ネット中継に繋ぎつつも演出した『暴力系戦闘美少女キャラ』というファンタズマに頼って戦っていたが、ネットの皆の注目は俺から『ゲス顔ブラック★キャンディ』に一時的に移ったみたいだ。

 これでいい。

 それはつまりどういうことかというと、同時にバーチャルファイターに対しても今は認知バイアスがかかっていないという状況だってことだ。


 状況はまさに作られていた。

 天使が戦うという斬新で美しいPV映像。

 それを背景に、戦うバーチャルファイターと美少女キャラというイメージ演出。

 そして何より、主役はアイドル。

 ゲス顔ブラック★キャンディちゃんがその下手糞な、でも一生懸命で何となく応援したくなる、あの歌声を披露している。


 もうこの状況の主役は俺でもないしドッペルゲンガーでもない。ましてや天使でもない。

 ゲス顔ブラック★キャンディちゃん、俺の妹アミィが主役だ。


【あのね空気・嫁! だから空気・嫁! 話の腰を折ってんじゃねー!】『じゃねじゃね!』

【あのね空気・嫁! だから空気・嫁! お前のその話つまんねー!】『んねんね!』


 |ゲス顔ブラック★キャンディ《黒の魔術師アミィ》は、その声を利用して語りかけていた。

 あいつが使うのは言語魔術。呪文中心に構成される魔術体系。言霊に語りかけて人の認識を言葉で縛る、言葉の世界の『極彩色』。

 彼女の歌声は、それ故に言語魔術として反則級の威力を持っている。


 それはつまり、耳を離すことが出来ない。意識をどうしてもその語りかけに注いでしまう、謎の魅力。

 アイドルの彼女は、言語魔術師としての全てを持っている。

 極彩色の名に相応しい、天性の才能者。


 そう。

 この瞬間にステージの主役はバーチャルファイターなんかではなくなったのだ。


「そらよ、俺みたいなクソ兄に出来ることといったら、お前を全国ネットであえて報道して宣伝して、お前のアイドル活動を背中押してやることぐらいなんだよ。……お前は、絶対成功する」

「何をごちゃごちゃと訳の分からないことを!」


 バーチャルファイターのストレート。回避する俺、空回りする拳。

 惨めなものだ。

 全くもって、この二人は世間にとってはどうでもいい存在らしい。


「絶対成功する。運命なんか関係ないんだよ、アミィ。お前の未来は成功しないって、フリッカが言ってたかもしれないけどさ。そんなの運命じゃないよ、運命は変えられる」

「何を言っているんだ」

「お前! 運命は変えられないとかほざいてたな。何一つ上手くいかない運命を背負わされた、とか何とか!」

「それがどうした!」

「だったら、変えろ! 運命を変えろ!」


 さあ始まった説教タイム。

 俺も自分でわかっている。俺結構無茶苦茶なこと言ってるなあってことぐらい。

 でも、頼む、言わせてくれ。


「運命が変わらないなんて! そんなの馬鹿みたいじゃないか! 俺とフリッカが馬鹿みたいじゃねえかよ!」

「何だそんなこと! 知らねえよ!」

「知らなくていい! だが覚えとけ!」


 俺は内心でごめん、とだけ謝る。

 こいつはきっと、俺に運命を一方的に乗っ取られて、苦しい人生を送ったに違いない。

 俺のせいで不必要に不幸な人生を歩んだのかもしれない。


 でもそれは、運命だなんてものが存在する、という前提のオカルティックな言い訳だ。

 もしもこの世に運命を記述した本(生命の書)が存在するとしても、俺は絶対にその表記を鵜呑みにはしない。気に食わない記述があったら書き換えようと努力する。

 そう、運命というのは基本的に不確定なのだから。


「運命を変えてくれ! 俺の体を使ってくれたよしみで言わせてくれ! 立ち向かってくれ! 頼む!」

「偉そうな口を! どこのどいつがそんな言葉を、ふざけやがって! 俺の家族を! 居場所を! 運命を奪いやがって!」

「俺の家族を! 居場所を! 人生を奪わないでくれ!」

「奪ったやつがいうな!」

「俺の二十年以上の全てなんだ!」


 俺は、だから激しく抵抗する。


「俺が二十年以上全力で打ち込んですっげー楽しかったからさ! お前も二十年以上打ち込んですっげー楽しんで欲しいんだ! お前が二十年以上連れ添ってきたアカイアキラとして! 本気で打ち込んで運命を立て直してくれ! 俺いくらでも手伝うからさ!」

「自分勝手だなお前は! 人に勝手にアカイアキラになることを押し付けておいて! お前は!」


「……自分勝手はお互いさまだぜ。今俺は、お前を乗っ取って頑張ってきたこの人生が楽しくて仕方ねえから今更返すのは無理だ。自分勝手だ。でもお前もだ」

「何だと!」

「今お前は、普通に人生送ってはい失敗しました残念ってタイミングで突然、もう一人の自分()の存在に気付いて、あれもう一人の自分って滅茶苦茶人生成功してるじゃねえかって羨ましくなって、そのタイミングで多分どっかの天使に『貴方はもう一人の自分に無理やり魂入れ替えられました』って吹き込まれたもんだから、正しい運命を取り戻すとか言う都合のいい正義の看板を見つけることができて、逃げ道として俺のことを利用しようとしているに過ぎない」


 きっと図星を突いたことだろう。

 相手は一瞬、黙ってしまった。


 そうなのだ。理由その八、俺は相手の心理をダッシュボードクラックなどで読み取れるが相手は読み取れない、に従い、俺は心理戦で有利なのだ。

 俺は、あいつの人生を断片だけ見た。あいつの気持ちを断片だけ分かった。

 凄くよく分かる気持ちだった。人生で辛い目にあったら逃げ出したくなる、とてもよく分かる痛みだった。


 だから、あいつの気持ちがただのエゴだということも分かった。

 俺と同じ、弱い人間だということも。

 俺と同じ、人生から逃げ出したくって、そのチャンスに飛びついた人間だということも。

 違うとすれば、あいつは『事故に遭った被害者』という正義の看板を手に入れたから振りかざしている人間で、俺は申し訳ないと思いながらも体を明け渡したくないクズ人間だ、というところだけだ。


「……許せ。俺だって魂を入れ替えたくて魂を入れ替えたわけじゃない。お前と偶然魂が入れ替わってしまっただけなんだ」

「黙れ! 黙れ黙れ!」

「本当にごめん、許せ、俺にはその体が必要だ。お前よりも遥かに必要だ」


 だから、と俺は指を前に突き出した。

 そして唱える「Al la nostalgia loko(懐かしき場所へ)」の呪文。

 理由その九、俺はいざとなったら肉体を入れ替える魔術が使える。

 俺は、自分の体が帰ってきたことが感覚としてわかった。


「やめろおおおおおお!」

「許せ。俺は自分勝手だ。お前も自分勝手だ。どっちも正論じゃないしちょっと卑怯だ。だから力で決まっちまうんだ。ごめん、許せ」


 ダッシュボードの大量のメモは、バックアップを取ってないデータまで復旧した。

 ルミナスダンサーは、フリッカと弄った改良版と弄る前のバージョン両方がそろっている。

 アミューズ・メンタルには『対アミィ用』と銘打った過去の黒歴史データ集が詰まっている。

 オートランは、俺がバックアップすら残すのを躊躇ったへんてこstyleのoptionまで保存されていて。

 ドクターエンジンには登録していた物理方程式がいくつも転がっている。


 俺は、体に力がみなぎったのを悟った。

 骨の彫刻、魔工学ファイバ筋肉、全身をめぐるナノマナマテリアル、魔術的な刺青、デザイン設計された最適な俺。


 俺は、自分がそれでも「ジト顔ブラッド★ミルキー」の格好をしていることに気が付いていた。

 魔術は成功だ。

 身に纏っているファンタズマ自体を入れ替えることなく、ただ、肉体のみを『懐かしい場所へ』戻すことをイメージして発動された魔術だから、完璧な結果だ。


 そう、傍目からは全く分からないまま。

 外見は全く変わらず、バーチャルファイターとジト顔ブラッド★ミルキーのまま。

 ただ肉体だけを入れ替えることに俺は、成功していた。






【だから! く・う・き・よ・め!!】

『うおおおおおおおおおお!!』

【――お前らー! 声援やかましいのなー! ぶひぶひ言ってるんじゃねーぞ!】


 鳴り止まない歓声。ただし前方の異常な熱気集団からのみ。

 これでいいのだ。


 俺は戦う天使を見た。


「――ふふ、アル君、おいたが過ぎるかな。私のシナリオを掻き乱すために遭えて『女装』して『英雄性』を失って、ネット同時中継によって妹のアイドル活動を後押しするばかりじゃなく、妹の言語魔術師としての力を利用してそっちに注目を逸れさせて、バーチャルファイターを弱体化、大量のBitCoinによるマナにまかせて魂の入れ替えまで行ってしまうなんて」

「パパの合理主義は完璧なんだから! バーチャルファイターVSバーチャルファイターではどうしても『英雄性』は失われないし、妹は目立たないし、魂の入れ替えの隙を作るのが難しい! だからこそ認知バイアスを利用してバーチャルファイターへの注目を失わせておいて、一方でゲス顔ブラック★キャンディに注目を集めさせて、シナジーによる認知バイアスを流入させてそっくりな外見のジト顔ブラッド★ミルキーは三〇%程度ぐらいの認知の補助を受けつつ有利に試合を運んで、それがあの結果よ!」


 あ、はい、解説ありがとうございます。

 まあまあ大体理由はその通りなので、特に俺から付け加えることはないのだが。


 俺はそのまま、浮遊魔術で白の魔術師(教団の記録天使)のそばに近寄った。

 フリッカがいる。俺も全力を取り戻している。朱の魔術師は号剥奪という認知バイアスはあるものの、バーチャルファイターというファンタズマとジト顔ブラッド★ミルキーという二つのファンタズマで戦えば何とでもなる。


「なあ白の魔術師、俺が女装をした他の二つの理由を見逃している」

「え? アル君、それは」


 浮遊しながら近づく俺に警戒したまま、彼女は俺に訊いた。


 折角なので女装した二つの理由を教えてやろう。

 あと、十の理由の最後の一つ。


「俺、女装するの割と興味あったんだ」

「え゛」


 何故か白の魔術師だけじゃなくフリッカも固まる。

 まあ、婚約者とパパが女装趣味だと知ったら普通固まるか。


「後はな、分かるか」

「……はっ、アル君の衝撃的な発言のせいで記憶が」


 記憶飛ぶぐらいのショックなのかよ。

 その隙に俺は、もう拳が届くぐらいの距離にまで二人に接近した。

 さあ、答えあわせとお仕置きの時間だ。


「後は、女装のままだったら超便利でな。なあ知ってるか白の魔術師」

「え、何か嫌な予感が」

「女同士だったらセクハラにならねえんだよ」


 がばっ、と白の魔術師に抱きつくジト顔ブラッド★ミルキー=俺。

 そのまま全力の揉みしだきと気功術。


 「ひゃあああっ!! いひゃああああっ!!」と絶叫悶絶する彼女をそのままがっしりホールドして、しかし強烈なホワイトノイズ印加式魔術ジャミングデバイスシールを付与して、徐々に体をマナバンドで固定して自由を奪いつつ、一緒に自由落下。

 浮遊魔術の調整により軟着地した俺と白の魔術師は、「いひゃあっ! いひゃっ! はっ! きゃあっ! んひぁ!」と嬌声を上げてじたばたもがく芋虫天使と、それを一方的にセクハラするゲス顔アイドルという構図になっていた。


『女同士でもセクハラだよ……?』

『フリッカそのジト目怖いやめて後三〇分な』

『三〇分全国ネット中継でセクハラってパパ鬼畜にも程がある』


 俺のこの制裁は、実は全国レベルでむしろ容認されてしまっている。『いいぞもっとやれ』『たまらん』『俺たちのミルキーがまたやってくれた』とネット上のコメントが俺を応援する始末。

 じゃあやってやろうじゃないの。

 「十個映画が終わるまで帰れまテン!」と宣言すると『おおお』とどよめく周囲の人間。「あ"ーっあ"ーっ」とうるさい天使。あれそう言えばこんなことあったような、ああフリッカの夢小説暴いた時もあ"ーあ"ーうるさかったような、こういうシチュエーションたまらんわ、とかとか益体ない妄想が捗る捗る。


【……てめえ】

「ん?」


 気付けば我が妹アミィが鬼の形相で震えている。白の魔術師も凄い形相で震えている。いい勝負だこれ。

 等とどうでもいいことを考えていたら随分お怒りの様子で、近づいてきて。


【てめえ、マジで】

「?」


【空気よめーーー!】

「いってええええ!」


 こめかみにグーパン。

 しかし俺は白の魔術師を離さない。オートランによる自動制御により最適運動を学習中なのだ、俺には学習する義務がある。天使はというと「あ"ああぁぁぁ……」と声に力がなくなってきているようである。


「はあぁあ? お前こそ空気読めや全国の紳士はこれを待ち望んでるんだよほらどっか行け」

【信っじらんねーっ! てめえ全国中継で妹に告白しといたかと思ったら今度はこれかよセクハラか何だよそりゃおいコラ心臓飛び出て死ぬかと思っただろうがあのトキメキ返せや!!】

「そばにいろってそりゃ本音だけどそれとこれとは別問題だろうが何ならてめえこの後でお前も処すぞコラ」

【は、はぁ!?】


 結局いがみ合いを続けたは良いものの、きっちり三〇分を測っていたフリッカが『ねえパパ足りないならフリッカ使っていいからもうヤダ帰ろうよぉ』とドン引きな内容を涙ながらに訴えたので、解放することにする。

 最適運動はオートランでもう学習したし大丈夫だ。

 白の魔術師はきっとしばらく動けないだろう。記録天使らしいし、きっちり体で記録してもらったぜぐへへ、なんて下らなさすぎるジョークを胸中に収めておく。

 「ぁ、アル君……」とかいう表情が色っぽすぎるのは卑怯だ。


 一応最後ぐらい格好良く締めておこう。


 最後の理由。その十。バーチャルファイターはフリッカのヒーローだったから無敵だったわけで。

 フリッカが俺を応援してくれる限り、俺は例え自分がバーチャルファイターじゃなくてジト顔ブラッド★ミルキーだったとしても、対戦相手がバーチャルファイターだったとしても、俺は負けるはずがないのだ。

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