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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
1.バーチャルファイター with [Luminous Dancer.apm]
3/46

2.

 未来は不確定的である。

 複雑系、不可逆試行、初期値鋭敏性、バタフライエフェクト、ラプラスの悪魔、不確定性原理、エントロピー増大則。数々のテクニカルタームが暗示する不可逆性は、アカデミックな権威をもって正当化される。


 立証されてしまった。おおよそ一般には縁遠い難解めいた厳かな言葉で、未来が不確定的であることが立証された。

 証明なのだ。仮説ではなく、反駁の余地もない。


 理論に従うならば、世の中はとにかくランダムに満ちたものらしい。


 全てを知っていれば、予測は出来る。そう嘯く人もいる。

 全てを知っていれば予測出来るかもしれない。あらゆることが後になって見れば関連性を見出せる。

 それ故に災害研究家はかれこれであったから未然に防げた、と予測可能であったことを説明する。われわれは直感的に、もしこれを知っていれば予測可能であったのでは、という気持ちを拭い去ることはできない。


 自信過剰なのだ。未来が予測可能であるというのは傲慢なのだ。"過去を分かっているという錯覚が、未来を予測出来るという過剰な自信を生む"。ダニエル・カーネマンが『ファスト&スロー』で述べているように、我々は自信過剰なのだ。


 一寸先は闇。何も見えぬ。

 これをすれば未来が変わる、という因果は、目に見える形では存在しないのだ。


 しかし俺は教えられた。これをすれば未来が変わるという因果を。


「あのね、ターニングポイントは三つあるの」


 愛しの娘フリッカはそういった。因果は三つあると言った。この三つが俺の未来を確定させているといった。俺の死ぬ未来は、この三つを変えたら回避出来ると言った。

 彼女は知っていたのだ。この三つが理由で、俺が死ぬ未来が少なくとも一つ確実に存在することを。故に俺の死ぬ可能性は、少なくとも一つ分少なくなる。完全ランダムな未来から、少しだけ情報が与えられた。俺の死ぬ理由が少なくとも三つは消滅するのだ。


(彼女は賢い。何故ならば、おそらくこの三つがクリティカルに俺の死ぬ理由を説明しているだろうから。些事を変えるのではなく、こういう大きな要因を変えるアプローチの方が正しいことは俺も良く分かる)


 俺はフリッカを信じる。

 未来が不確定的であることは分かっているが、フリッカの言う三つを変えてみようと考える。

 気休めみたいなものだ。


 しかしまあ、不思議なことだ。

 改めて現状を考え直す。

 今俺が何をしているかというと、何故か分からないが、ストリートファイトなのだ。






『ファイト! パパ!』


 熱光学迷彩に身を包み、シールド領域内から認知外の応援メッセージを送ってくる娘フリッカ。メッセージは音声ではない。彼女は俺のダッシュボードに直接メッセージを送ってきたのだ。俺の脳内拡張現実にフリッカ(アバター)が入ってきたのだ。あざといピースに八重歯のスマイル。天使過ぎて可愛い。


 緩みそうになる頬を改めて引き締めて、俺は目の前を見据える。目の前には筋肉。筋肉筋肉筋肉、合計三筋肉。冒険者三名、ゴロツキ三兄弟。

 俺は何故か知らないが、ストリートファイターになっている。


『パパ格好いい!』

『うるせえ』


 多孔性マナマテリアルで透磁誘電率を操作しマイクロ波領域光と可視光を光子共振させる。

 俺の体はまるで連続フラッシュを引き起こす透明ゼリーになっているはずだ。サイケデリックな様相で一種の脳内ドラッグ、例えるならば踊るフォトニック結晶人間。


 今の俺の名前は『バーチャルファイター』だ。色々と危ない名前のような気がしてならない。

 俺の体の表面は、多層レイヤーの有機エレクトル・ルミネッセンス・ジェルに包まれた発光ポリマーで覆われている。魔術的アート。実は案外防御性能は高くない。

 時間的に変化する光は、見ているだけで不快感を覚えるフラッシュパターンであり、酩酊感を想起するような深層心理的テクノ・トランス・レインボーキャンディーだ。


「さあ今度は俺が相手だぜバーチャルファイター!」

「いや俺が先だ!」

「今度こそ勝つぞ!」


 いきり立つモブ冒険者三人組。彼らは何度も俺がこてんぱんにしてきた筋肉だ。多分今日だけで三回倒している。懲りない奴らだ。

 それも当然かもしれない、彼らはこのスラムの違法デスマッチで戦ってきたプロのアスリート、アンダーグラウンドの闘技場の選手なのだから。


 周囲には更にスラムのモブ住人がいる。

 ストリートファイトを楽しみにきたガヤたちだ。彼らは彼らでストリートファイトを楽しんでいる。日頃のストレスを込めて「やれー! 殺せー!」「負けるなー!」などと好き好きに野次を飛ばしている。そしてその大半が賭けをしている。バーチャルファイターが勝つか、裏プロが勝つか、やいのやいので酒を飲みながら騒いでいる。出店まで出てきて怪しい焼き鳥や安く臭い酒を売りだす始末。


 俺と裏プロ達のスラム街での戦いは、ついに一種のお祭り騒ぎにまでなってしまったのだった。


『なあフリッカ。これって寧ろ恨みを買いそうな気がしてならないんだが』

『いいのいいの、先立つものはお金! あと、バーチャルファイターはお礼でしょ? フリッカはバーチャルファイター見たかったの。パパはその取引に応じたの。そういうことよ』

『そりゃそうだが。しかし無条件で教えてくれても良かったと俺は思うぞ』

『駄目よ、光学技術とフラッシュパターンは絶対役に立つから習熟して欲しいの』

『アプリ走らせるだけじゃねえか』


 脳内で頑張れーなんて無邪気に応援するフリッカに一撃チョップ。「あいたっ」とかリアクションまであざとい辺りが腹黒天使である。

 拡張現実には頭をさするフリッカと、新しく追加されたアプリがある。『ルミネスダンサー.apm』。このアプリは内部UIも優れていて、パラメタ調整もできるし、パターンコードを走らせてコンパイルすることも可能。更には画像取り込みの技術も入っているので、迷彩にも使用できる。


 彼女からこのアプリをもらったとき、俺はかなり喜んだものだ。未来技術すげえと素直に恐れ入った。テンションが上がって色んなフラッシュパターンを試して遊んだ。体が光ったり透明になったりとしたときは近未来のロマンを感じたものである。おかげで勢いで頷いてしまった。「パパ、バーチャルファイターやってくれる?」「いいぞ!」とか良く分からない内にイエスを言ってしまったのである。結果これである。


「さあ行くぞ!」

(え、ちょ)

『頑張れパパー!』


 突如、モブ三人組の内一人が飛び出してきた。回し蹴り、唸りをあげて太い足が俺の顔面の少し手前を掠める。

 辛うじて回避した俺は、一瞬透明化してはまた現れ、というフラッシュパターンを生成。同時に前の方に距離を詰める。


 透明の間は目に見えない。フラッシュが現れた瞬間、相手は驚く。いつの間にこの距離に。

 あっけに取られたその表情の顎を一撃ぶち込んで振りぬく。

 渾身の右ストレート。今のは腰が乗って体の勢いを乗せることに成功した、重たい一撃だ。相手の頭を揺らした実感が伝わってきた。


 審判がいたら一撃KO判定だ。モブの一人はあえなく崩れた。膝をついてそのまま横に倒れた。


「な、何て強さだ……」

「瞬間移動、だと?」


 周りから見たら一瞬で距離を詰められたように見えるだろう。一瞬見失ったかと思ったらかなりの至近距離に俺がいて、対処するまでもなく俺に一撃貰う。敵からみたら悪夢の強襲だ。


 そもそもフラッシュパターンのせいで距離感を掴みにくい。演色効果で立体感と遠近感が微妙に狂わされる。光のちらつきのせいで動きが捉えにくい。その上で任意のタイミングで一瞬透明にでもなられたら、攻撃を当てることなんかほぼほぼ不可能だ。

 余裕の勝利。


『体の動きと反対に動く光のパターン。止まっているのにうねって見える濃淡の立体レリーフ光、こんなにトリックアートを悪用しているんだから、俺が勝って当然だな』

『便利でしょ? フリッカに感謝してよね』


 ああ、感謝してるさ。

 俺はそのままジャンプで距離を詰め、二人目、三人目、とモブ冒険者をノックダウンさせていく。一人はエルボー、もう一人は掌底を腹に、昔習った格闘術を再現させて倒していく。俺に挑みかかった三人は、全員仲良く地面に寝そべっている。またバーチャルファイターの勝利だ。


(他愛ない)


 観客も全員湧いている。突然あらわれたストリートファイター、『バーチャルファイター』の出現に興奮している。「俺の賭け金を返せ!」「バーチャルファイター最高!」と悲喜こもごもだ。悪かったな、賭け金は貴重な俺達の収入源だ。フリッカと俺で俺に賭けている。

 本当、フリッカには感謝である。






「何でパパそんなに強いの?」

「肉体強化魔術、そして格闘術をオートランさせて再現している、あと気功術」


 フリッカを引き連れて俺は、ちょっと綺麗な大衆食堂に座った。外見は普通の親子に見えるように変装した。もはや誰にもバーチャルファイターと分からないだろう。ましてや、朱の魔術師だとも分からない。認知をずらすタイプの変装魔術は非常に便利だ。


 大衆食堂で俺は焼き魚と野菜炒めを注文した。フリッカに食べさせるために多めに注文した。フリッカは「肉がいいなー」と言ってたが無視。

 彼女を俺の膝の上に座らせて完了である。


 実は彼女の拘束具は外していない。足だけ外し、歩き方を俺が半分強制するため馬鹿歩きデバイスという魔術シールを貼って指定通り歩かせているだけである。

 仲のいい親子に見えるだろう、外から見たら。そして実際仲のいい親子である。猜疑心があるだけだ。


「肉体強化魔術、オートラン、気功術」

「そうだ。肉体強化はオーソドックスな基本魔術、オートランは俺が開発した自動再現アプリケーション、気功術は橙の魔術師から少しだけ習った」

「パパって何者なの?」

「学者」


 ふーん、と言いながら素直にご飯を食べるフリッカは可愛い。「ほらあーんして」と何度も箸を運ぶが、多分6:4でフリッカの方が俺より多く食べている。前々から娘ができたら溺愛するとは思っていたが、実際溺愛している。手錠を外さないのは別問題だ。


 手錠があるからの信頼だ。俺に危害を加えないことを確定させたいから。

 未来のテクノロジーは未知で危険だ。それゆえ俺は制御する。フリッカの魔術をジャミングシールで妨害し、肉体的にも危害を加えられないように拘束もする。その上で、フリッカは無害だ。

 無害ならばこんなにも愛らしい。はにかむように笑うし、あざとく笑うし、きらきら笑うし、はしゃぎながら笑う。彼女はその笑顔を百変させる。俺はそれを百見たいと思う。

 手錠は外さないまま。


「ねえパパ」


 目の前の魚と野菜がほとんどなくなってから、フリッカは切り出した。


「パパはどういうとき人を殺したくなる?」

「藪から棒だな」

「ごめんね。でもフリッカ、知らないの。パパがどうして人を殺しちゃったのか」

「そうだな……」


 人を殺す理由。フリッカは聞いた。俺が恐らく将来誰かを殺す理由だ。

 俺は考える。

 きっと未来の俺は、フリッカに理由を説明しなかったのだろう。何故人を殺したのか。

 そしてそれは、今の俺もだ。今の俺も、多分人殺しをしたとして、フリッカに理由は説明したくない。こんなに綺麗なフリッカに、汚いものを見せたくない、そういう心理がどうしても働いてしまう。


「じゃあ、俺が誰を殺したのか、教えてくれよフリッカ」

「それは、ごめん」

「そうか」


 それが分かったら殺す理由は推定できそうだが。

 俺は考える。


 殺す理由は単純だ。利益だ。即物的、金銭的な利益を指すのではなく、自分の中の規範的意志決定モデルでこれは得これは損と判断したからだ。ベイズ推定的に、あるいは経験的に、人殺しに対する倫理的な忌避感は指数化できる。その数値の閾値がどこにあるのか、つまり俺の行動関数の同定問題ということに他ならない。


 俺が人を殺しても構わない、と思うようなものは何か。俺がこれのためなら人を殺せる、と思うのは何か。

 目の前のフリッカを見る。彼女はそれだろうか。娘がもし出来たとしたら、娘のために人を殺すのではないだろうか。あるいは将来の妻。妻のために殺人を犯すのか。家族のため、愛情のため。譲れない、掛け替えのない何かのため。


 複数の理由を推定しながらふと思う。俺は何かのためには殺すが、俺のためには殺さないのだ。

 利他的美徳。他人のために頑張る精神。それは裏を返すと他人に責任を押し付けて自分を正当化できるという卑怯の現れでもある。小粒だ。器の矮小な人間だ。


「フリッカ。多分だが俺は、何か他の守るべき物のためになら人を殺すと思う」

「……そっか」


 フリッカは微笑んだ。柔らかい微笑みだった。何かを慈しむような、許すような時の微笑みだ。

 俺は察してしまった。

 俺は将来、家族のために人を殺すのだと。


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