14.
「キャンディ! 私、本当はもっと一杯しゃべりたいの! でも、今はこれだけ! あなたが必要なの!」
【……っ】
俺から見えるアミィの反応は、強い動揺。
表情から見るアミューズメンタルの解析結果は、強い猜疑心と何が起こるのかわからない警戒心、その二つに大きく占められていた。
それでもこっちを真っ直ぐ見るのは、脈アリだ。
「私、間違ってたの! キャンディがどんなことを考えているのか私、知ろうともしなかった! キャンディのことだからきっと、大丈夫だと思ってた! 甘えてたの!」
【……何が】
「謝りたいの! 許されなくてもいいけど、謝りたいの!」
正直、今のタイミングでアミィに謝る必要性は皆無だ。
アミィに謝る行為は、実は今回の作戦の中でもっとも不必要な、ただの隙というか、ただのマイナス行動でしかない。
謝るのは、謝りたいからなのだ。
「キャンディ! ずっと昔のこと覚えてる? 私があなたに絵本を読んでいたときのキャンディ。キャンディはずっと同じ絵本ばっかり読むのが好きで、私がキャンディのそばで絵本を読んで、キャンディは私の口真似をして喋って」
【……ああ】
「キャンディは、あの頃凄く可愛かったの。絵本は食べちゃうし、よだれは垂らすし、だけどすっごく可愛くて! 私が「王子様はいいました」って喋ったらね、「おうじさまー、いいましたっ」って私に続いて喋るの! 本当、こんなこと繰り返して飽きないのかなって思うぐらい、キャンディ、同じことばっかりで」
【……】
「可愛かった」
時折飛び出るバーチャルファイターの一撃をかわす。
お前は黙ってろ。
理由その三、自動展開魔術が俺にはあってお前にはない、に従い、俺の自動展開障壁を思いっきり殴って阻まれた相手は、俺に絶好の隙を見せて吹き飛ばされた。
「凄く可愛くてね。私信じたの」
【何を】
「この子が私の妹なんだって。何でも真似するし、同じことばっかり繰り返すし、お馬鹿だし、可愛いし。もうね、きっと私、キャンディが私のことばっかりで好き好きってするから、きっと、キャンディのために、立派になろうって」
【……】
「キャンディが、可愛くって」
うつむくアミィ。
俺は、なんだかもしかして俺のほうが泣きそうじゃないかこれ、と心配になった。
実はちょっと目元がじんと来て困っている。
「キャンディがトコトコ私の後ろについて回るようになってから。私はキャンディと色々歩き回ったの。色々一緒に歩かないと危ないからって、何か急に思っちゃって。楽しかった」
【……そうか】
「パパですよ、ママですよ、メイドですよって、色んな人に紹介してね。でもキャンディ可愛いから、お姫様みたいにおめかししてね。私はキャンディのそばで、ほらちっちゃいお姫様、こっちだよってふざけちゃって」
【……】
「でも、笑わないでね。キャンディは本当に、私のお姫様だったの」
【……はっ】
ちょっとよそ見しすぎた。
突如俺に襲い掛かるバーチャルファイターは、どうやら学習により最適化運動を繰り出すようになった。
俺は理由その四、俺は気功術で痺れさせられるけどお前は気功術で痺れさせられない、に従って、相手を発頸の掌底打ちでスタンさせる。
「だってね、キャンディ。いっつもニコニコ笑っててさ、どうしてそんなに笑っているのか分からないんだもの。いつもこっちに来て抱っことかばっかりだけど、時々私がぼうっと考え事してて何もしてなくても、キャンディは笑っててさ。こっちも笑っちゃって」
【……】
「だからね。凄く感謝してる。お礼がしたくて、だからね。お姫様になって欲しかった」
【……】
「きらきらしてたから、この世界にきて初めて、こんなピュアな子がいるんだってなったから、お姫様にしたくって」
やばい、俺のほうが声震えてるんじゃないかこれ。
感情制御を発動する。俺の体は感情の情動とは無関係に最適なパフォーマンスを発揮するようになる。
「キャンディ。お姫様にしようと一杯遊んで、一杯勉強して、私は楽しかったの。キャンディはどんどん上品になっていったの。五歳位の頃にはね、キャンディは凄く活発だけど利発で気品がある、凄く可愛らしいお姫様だったのよ?」
【……】
「キャンディはね、でもやっぱり私にべったりで。着替えのときも、遊びに行くときも、お風呂も、寝るときも、ずっと一緒だったの。可愛いなって思ったの」
【……ああ】
「ずっと一緒過ぎてね、勘違いしたの。……これからもずっと、一緒に着替えて、遊んで、お風呂に入って、寝たいなって」
【……っ】
バーチャルファイターが突如視界に現れる。「Ippon!」とか言っている。
ああこれだから鬱陶しい。
一旦食らいつつ、そのまま距離をとって魔術連発で牽制する。
俺がどうしてこんなにバーチャルファイターをあしらい続けることが出来ているかというと、実はネット中継のおかげである。
俺の戦っている様子はすべて、YourTubeなどやNiceNice動画(通称ニケ動)に実況中継されており、『妹を誑かすバーチャルファイターに無名アイドルが戦ってみた』というタイトルで今現在PV数は十万を超えたところだ。
視聴者数に応じてBitCoinが手に入るシステムであるので、俺はコンスタントに資金を獲得することが可能になっているのだ。
それがこの強さの秘訣なのだ。
「キャンディね。気付かなかったかもしれないけどね。本当にキャンディ、可愛くって、でも綺麗になっていって、私、ちょっと、自分の中の気持ちの変化に驚いたの」
【……そう、か】
「キャンディのこと、どうにかしたかった。時々キャンディが見せる姿が素敵で、ごめんね、やっぱり私、スケベだからさ、一瞬どきってしちゃって、自分が気持ち悪かったの」
【……】
「気持ち悪い自分のことを制御しようとして、感情制御とか何とか勉強したりとかしてさ。でもね、キャンディのことを抱きしめたりさ、もしくは時々おふざけでキスしたりして、でも自分が気持ち悪くて無理だった」
余計なことは考えたくない。
多分今余計なことを考えたら、余計なことを言ってしまいそうだ。
なので、俺が強い理由をもう一回解説する。
俺が得ている資金とは、つまりマナそのものだ。
資金は単純に魔力だ。この世の中では魔力は貨幣として存在しており、それ故に俺は魔力がほぼ無尽蔵なのである。
元・極彩色の魔術師、独身、金を使う趣味なし、俺の資金力は非常に大きい。
そのため俺は、魂を入れ替えられたところで、この潤沢なマナによって魔術を使うことが可能だったわけである。
「気持ち悪い、自分でもびっくり。だってさ、ちっちゃい頃からおしめの世話とかしたりしてさ、あーあーだーだー言ってる赤ん坊のこと育ててさ、恋なんかしないでしょ普通。気持ち悪いよ。可愛いなって、父性本能を出すことはあってもさ、絶対ないよ。ロリコンもいいところ、はっきりキモイ、私自身」
【……っ】
「何でなんだろうね、あり得ないよね。ていうかあり得なかったの。恋なんてしてなかったし。はっきり自分の中で冷めてて、でも可愛いから妹だって、お姫様だって、そうやってちやほやしてて」
【……】
「でもさ、私、凄くちっぽけな人間で、今まで実はそんな風に女の子と仲良くなった人生経験なんてなくってさ、いや仲良くなった人生経験はあったけど、肝心なところで失敗するクズでさ、下心野郎でさ、女の子を見ると、一瞬下心が過ぎるぐらいの馬鹿でさ」
【……何、それ】
「恋したい、スケベしたい、って気持ちが時々、自分を襲ってくるんだ。ああ、情けないなあとか思ってさ。こんなにこの子はピュアなのに、無防備なのに、自分は、自分は、って」
余計なことは考えたくない。
俺は自分自身を客観的に分析することにした。
ネット上を見た。
『え、突然百合が始まったんだけど』『ミルキーたん脇prpr』『ミルキーの心wwww童貞おっさんかよwwwww』『きめえ』『俺妹いるけど恋はあり得んわ、色々女として無理やわーみたいなの見て育ってきたから、何か無理。欲情してるこいつキモイ』『けしからんもっとやれ』『wktk』『てかキャンディって何だよって調べたら「ゲス顔ブラック★キャンディ」とか出てきたわ』『姉妹アイドル百合とか新しいな』
書き込みを見る感じでは、それなりに話題性をまだキープできているようだ。
「びっくりだよね。でも下心は何か、凄く強くってさ。だから結局、十歳超えても一緒にお風呂入ったりして、なるべく私に依存させようとして。ねえ知ってる? 十四歳とかぐらいのキャンディって凄く可愛くって、でも色っぽくて、凄かったんだから」
【……なあ】
「もうね、そのころはずっとキャンディ、学校行ってなかったから、私とキャンディだけの世界になっててさ。そんな世界でどんどん荒廃していくキャンディ見るの辛かったけど、でも同時にね、何か、こういうのもお姫様っぽいって思ってね」
【え……?】
「キャンディ。私が何でも出来るから、何でもしてあげるから、その代わり何でもさせてよ、可愛いキャンディ、そう本気で思ってた。馬鹿みたい。気持ち悪い。クズだ。自分の立場を悪用して付け込んで、キャンディを自分の都合のいい女に仕立て上げようとして、クズだ」
余計なことは考えたくない。
バーチャルファイターがそろそろ接近する気配がしたので、俺は理由その五、俺はマナが豊富だけど向こうはマナがほぼないから、に従って、マナだけでごり押しを図る。
マナ圧により吹き飛ばされるバーチャルファイター。魔術じゃない分地味に防ぎにくいのがポイントだ。
「キャンディ。君は可愛くって、私のことが好きで、だからね、最高に都合が良かった女なの。間違いなく私、キャンディに惚れてた。そのころは勢いで生きてたから、性欲とかで生きてたからさ」
【わ、私】
「だから、キャンディをもう少しで押し倒しそうになって」
【わ、私も】
「キャンディのその時の顔をみて、駄目だったの。あんなにニコニコして、無邪気だったキャンディがね。……ぞっとする顔してた」
【私】
「惚れそうだった、綺麗だった、色っぽくて、切ない顔で。綺麗なお姫様だと思ってたら、いつの間にか壊してたのかなあって思うと」
【……私】
「ベッドに押し倒したとき、絵本が落ちて。その絵本があの、読み聞かせた絵本だったとき。もう、無理だった。あの無邪気な顔がもう一回フラッシュバックして、感謝の気持ちがよみがえって、お姫様にしようって思ったあの決意が戻ってきて。ああ、今何やってるんだ自分って。凄い、頭ぶん殴られたみたいな、凄い衝撃」
余計なことは考えたくない。
今俺多分泣いてるんじゃないか。
「ごめん、ずっと謝りたかった。そのころからずっと、普通の妹として扱うように頑張ってきた。時々失敗して距離をしくじって、ひどいこと言ったりとか、気まずさのあまりこっちから会話を勝手に切り上げたりとか、逆にこっちから無意味に構ったりとか。もう、距離が訳分かんなくなっちゃった」
【……わ、私は】
「気まずいふりしよう。説教しよう。勉強教えよう。優しくしよう。突き放そう。ほら、何でも適当に、キャンディのことよく分からなくって、最後は放置っていうか、本人に独立を無理やりさせたというか、そんな感じで。キャンディが魔術師として出世したとき、凄く嬉しかった」
【……私はっ】
「凄く、馬鹿みたいだった。私何やってるんだろうって」
余計なことは考えない。
その六、俺には回復魔術があって向こうは回復魔術がない、に従って、向こうはスタミナ切れで結構しんどそうであった。
【聞いて! 私はっ!】
「!」
【私は! 自分で自分を苦しめただけだっ! ミルキーのせいじゃない、自分のせいなんだよっ! 私は! 兄にならっ! 良かったんだ……っ!】
俺はその瞬間、呆けてしまった。
アミィもまた、泣いていることに今更気付いたからだ。