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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
2.My Sister, My Princess with [Auto_Run.apm]
27/46

13.

 兄の反応は早かった。

 いや、どちらが兄なのか分からないが、とにかく、さっきまで隣にいたはずの兄はいつの間にか弾け飛ぶように座席を離れて、文字通り跳躍していた。


 いつの間にか二人は座席の通路で戦っていた。

 うなる拳、受け止めるも交わすも格闘技。

 変装した兄はそのまま正確極まりないジークンドーの速攻を見せ付け、間髪の隙もなく連続の攻撃を繰り出す、正拳突き、掌底打ち、二段正面蹴り、いずれもまさに基本通りの戦い方。


 対抗する生身の兄(ドッペルゲンガー)は、不利な立ち回りであった。

 基本通りで正確無比な戦い方の相手に、どうやら攻めに転じるためのきっかけを掴みづらいようで、受け流して後退し、じわじわと追い詰められている。

 かと思えば今度はこっち(ドッペルゲンガー)が跳躍し、変装している兄の後ろを取った。


「Ippon!」


 変装している兄が叫んだ。カポエイラの後ろ回し蹴り、マルテーロ。

 後ろを取られた咄嗟の防御だろうが、思いのほか成功したらしく、生身の兄(ドッペルゲンガー)の意表を取ってクリーンヒットしたようで、彼は一旦苦しげに顔をゆがめていた。

 またしても攻めあぐねているのだろうか、彼はせっかくの背後取りのチャンスをふいにして、もう一度今度はスクリーン側へと追い詰められつつあった。


「は、オートランを使いこなしたか。流石にもう一人の俺だけはあるな、基本通り、定石通りの完璧な立ち回りだ」

「何を知った口を。もう一人の俺、という言葉には反吐が出る!」


 生身の兄(ドッペルゲンガー)は、「本気を出せよ」と挑発を入れた。


「何?」

「変身しろって言ってるんだよ、偽者め。どうせ魔術師号の剥奪のせいで碌に魔術も使えないその体、大して戦闘出来るまい。バーチャルファイターにでもならない限りお前に勝ちはないぞ」

「何を企んでいる」

「俺も変身するってことだ」


 「キャスト・オン」と生身の兄(ドッペルゲンガー)が呟いたのが見えた。

 まさか変身が出来るというのか、そうか本物の兄は変身できるが偽者の兄は変身できないのか、と今更になって本物偽者の見分け方に気付いてしまう。


「そうか、じゃあ見せてみせよう。キャストオン!」


 先に変身したのは生身の兄(ドッペルゲンガー)、ではなく生まれ変わりたいと発言した兄だった。

 体に集まるマナマテリアルが流動して彼の体を包みこみ、そのままあっという間に発光結晶の鎧を作り上げる。半透明のランダムサイケフラッシュパターン、間違いなく本物のバーチャルファイター。

 ファイティングポーズまで構えて、そしてふと何かに気付いたかのように高笑いをあげた。


「ふ、ははは、お前、お前のほうが挑発したのに変身できないのか!」


 見れば生身の兄のほうは、バーチャルファイターになってすらいなかった。

 「時間がかかるんだよ」と嘯きながら不敵な笑みを浮かべているが、どうにも苦し紛れだ。

 そのままどんどんと追い詰められて、ついにスクリーン間際にまで来てしまった。


「俺はステージの上じゃないと変身できないからな」


 突如、兄はスクリーンのある舞台上に登った。

 劇場のスクリーン前通路は幅が広く取られているためか、一種の舞台のように空間が開けていて、確かにここでは格闘がしやすいかも知れないが。

 正直スクリーンの前だということで、非常に目立ってしまっている。


 観客たちも思わず兄たちを見ていた。

 バーチャルファイターと謎の人物が、前方ステージで戦っている。

 非常に目立つ構図だった。


「それに誰がバーチャルファイターだと言った、間抜けめ」

「何だと!?」


 意表を突かれたのか、バーチャルファイターは一旦ステージ端に飛んで距離を置いた。

 正しい反応かもしれない、何に変身するのだか分かったものではないのだから。


 だが、兄の取り出したものはいかにも可愛らしいステッキで。

 「変身!」と叫ぶ兄は光につつまれて。

 光条が螺旋を描いて兄を包み込むかと思うと、いや兄なのかこいつ? 女性的なシルエットを浮かび上がらせたままゆっくりと、赤白基調のゴシックロリータな服装を身にまとい。


 見覚えがある服装なので絶叫してしまった。

 あれ、あの服装を赤白から白黒に変えたら、まんまゲス顔ブラック★キャンディじゃねえか。毒舌と腹黒の隙間アイドル、ゲス顔ブラック★キャンディだ。


「暴力と流血の隙間アイドル! ジト顔ブラッド★ミルキー! ただいま参上だぜお前ら!」


 まんまパクリじゃねえか。






 ジト顔ブラッド★ミルキー。

 突如現れた流星のネットアイドルは、何故だか知らないが同時多発的にSNSを中心にブレイクした。いや、炎上した、という表現が正しい。


 外見上の特徴はアルビノチックなゴスロリ、アホ毛二本がゴキブリ触角のように真っ黒。

 服装は赤と白のゴシックロリータ、ボルドー×ホワイトの二重基調色はどちらかというとクラシカルな落ち着きを様相しているためか、ゴシックロリータなのに上品なニュアンスが生まれている。

 優美繊細のロココな装飾に、鮮血を思わせる配色バランスがいかにも上手い。

 色彩心理学的に言えば、明るすぎにならないよう暗い赤でバランスを取っている。


 色だけではなく外見の他の特徴を述べるならば、ジト目、いやジト顔に尽きる。

 どことなく不機嫌そうというか眠そうというか、あの侮蔑が少し入り混じったような表情は、しかし可憐な美少女フェイスがすればかなりの凶器になるようで。

 その表情に惹きつけられてしまった業の深い者たちが次々と『彼』に虜になっていく。


 ネット上に大量にばら撒かれたイラスト群は「条件付著作権フリー」という煽り文句を備え付けて、今絶賛SNSを駆け回る一コンテンツになっているようであった。

 ジト顔ブラッド★ミルキーの名前は、どうやら今現在最も熱いトピックになっていた。


『パパぁぁぁ……パパぁぁぁぁ……』

『いいじゃねえか、俺人生で一回こういうのやりたかったんだよ』


 フリッカは最後の最後まで抵抗した。

 「ねえパパ、私言ったよね、命を大切にしてって」「いや別に命は大切にしてるじゃん、これ別に命と関係ないだろ」「同じぐらい大事なもの失うよッ!!」と凄い形相で叫んでいた。

 叫んでいたが、まあ俺がこんこんと説き伏せることで納得をしてもらった。

 すげえ泣いていた。


 その結果が今のこれだ。

 俺は今、ステージの上を歌って踊る格闘アイドルである。


『パパぁぁぁぁぁ……』

『論理的に複数ほど理由を列挙した。論破できなかったフリッカが悪い。俺は合理主義と快楽主義のエクストリーミストなんだよ』


 二連脚。オートランによって自動制御された俺の回し蹴りは、見事にバーチャルファイターに凌がれる。

 それを予想して俺は既に、もう一度正拳からベンサォンの正面蹴りに連携技をつなぐ。向こうはそれを距離をとって回避する。自動制御された高度な技の応酬。


 俺の内部データのほとんどは暗号化してからアストラルネットワーク上にバックアップしているため、フリッカ経由でもう一度ダウンロードし直せるのだ。

 よって、肉体的なハンディをのぞいて考えるならば、俺は現在ほとんどの機能復旧に成功している。

 俺にはダッシュボードアプリがあり、アミューズメンタルがあり、オートランがあり、ドクターエンジンがあり、ルミナスダンサーまである。


 俺は、戻ってきた。俺の体には複数のアプリケーション魔術が走っているのだ。


「やるなお前、そのふざけた格好は気にくわねえが、その格闘技は全く驚異的だ。オートランに頼りっきりのひよっこちゃんかと思っていたが、どうやら違うみたいだな」

「いや、オートランに頼りっきりのひよっこちゃんだ」

「ああそうかい!」


 バーチャルファイターは真っ直ぐ突進してきた。

 こうもバーチャルファイターは褒めてくれたが、実際試合展開が五分五分かというとそうではない、バーチャルファイターがじわじわと有利を取っていた。

 俺は、耐え忍んで受けに回る渋い戦いを続けていた。


 認知の違い。バーチャルファイターはサイボーグをも倒す強いヒーロー。そのファンタズマは明らかに、ぽっと出のアイドルよりも強い。

 「Ippon!」と叫べば、ほらこの通り俺に一撃かましてくる。

 ああ、反則じゃねえかこいつ、畜生め。


『だが俺のほうが有利だ。十の理由からそれが証明できる。残念だがこの勝負は俺の勝ちだ』

『うぁぁぁ……』

『いい子いい子フリッカ。よし、その一、俺は魔術を使用する方法を知っているが、向こうは魔術を使用する方法を知らない』


 俺はまず「cast(Full_Battle_Orchestra);」と詠唱し、全身を強化して肉体能力を底上げする。

 向こうは俺の魔術に気付いていない。

 当然だ、ドッペルゲンガーは俺の魔法の使い方(プログラミング言語)を知らない。


 こっちはテンポを上げて応戦をする。バーチャルファイターは一瞬驚いたのか、あるいはオートランの慎重な戦闘スタイルを選んだのか、跳躍して距離をとった。

 離れたか、かかったな。


「お前いつの間に」

「その二、向こうの戦闘スタイルはプリセットオプションから変更できない。つまりこっちの変化する戦闘スタイルバリエーションに遅れを取る」


 遠距離になった瞬間、俺は「cast(Fire_Bullet);」を速射。

 無数の火の玉がバーチャルファイターを襲う。


「ぐあああああっ!?」

「間抜けめ、こっちは接近戦限定のピーキーなお前と違って柔軟に戦えるんだよドアホ」


 火の弾丸を何とか回避したり凌いでいるのは流石だが、全く手出しできないままで状況が膠着してしまったようで、相手はかなり焦っている。

 ほら、お前ルミナスダンサーの制御すら出来ないじゃねえか。

 もしも俺がお前なら一瞬透明化して一気に駆け寄って接近戦に持ち込む。


 この分ならば、大丈夫そうだ。


 さあ。

 ここからは正念場だ。

 俺は戦いながらも、もう一つの戦いを始めることにした。


「ゲス顔ブラック★キャンディ! 聞いて!」

【……!?】

「私に、協力して欲しいの!」


 喜劇、第二幕、開演だ。

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