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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
2.My Sister, My Princess with [Auto_Run.apm]
26/46

12.

 映画の途中で、騒音が走った。

 何でも映画館で暴れている馬鹿がいるらしく、しばらく上映を休憩します、と映画が一時的に停止された。


 少しだけ驚いた。

 どうやら暴れるのスケールが結構大きいらしい、そこらの素人魔術師が揉めているとかの程度では済まないらしく、映画の放映を一旦見合わせる程度には深刻なようだ。

 騒音を注意深く伺ってみると、どうにも大掛かりな魔術戦のようである。強大なエネルギー同士をぶつけ合っているのか知らないが、この映画館全体が衝撃で振動して劇場の席の上でも揺れが分かるほどだ。

 なるほど、これは映画を一旦停止する必要がありそうだ、とぼんやり思いつつも警戒心を強くする。


 幸い劇場は頑丈な造りのようで、今すぐ崩れ落ちたりする気配は今のところない。

 魔術の流れ弾が直撃しても、建築法に基づいて耐久構造がしっかりしているのであれば問題はないだろう。


 そっと見知らぬ人影が近づいた気配がしたので振り返った。


「……お待たせ」

【……お待たせって】


 見知らぬ人影ではなく兄。

 しかし感じる気配は別の人間。

 戻ってきた兄にまず感じたのは強い違和感であった。


 動作が兄らしくない、兄はもっと姿勢がはっきり良く、笑顔もこんな風にぎこちないものではなく、目も泳がせたりはしない。

 兄はもっと完璧な人間であった。姿勢の良さや笑顔、視線などがあたかも制御されているかのように完璧で、どことなく人間味がなかった。

 だが今の兄はまるで、例えるならば兄以外の人間が兄を乗っ取ったかのようだ。


 【……ポップコーンは?】と聞いてみると「え、ああ! 買うのを忘れてしまった」と兄らしくない驚きの発言。

 何か怪しい。

 ポップコーンを買うというのは方便で、劇場から離れることが目的だったのだろうか。何故、どうして、もしかしてあの映画が気まずすぎて抜け出したのだろうか。

 タイミングがタイミングなので色んな勘繰りが出来てしまう、例えば映画館で暴れている馬鹿っていうのは兄の関係者じゃないのか、とか。

 そんな疑問が口をついた。


【もしかしてだけど、お前じゃないよな、映画館で暴れた馬鹿】

「え、まさか、え、どうして、どうしたんだ急に?」


 何でうろたえるのだろうか。

 図星を突かれたみたいな反応がさらに嫌疑を煽る。


 確かに兄がポップコーンを買いに行ったタイミングと騒音が始まったタイミングは割と一致している。ある意味不自然なまでに。偶然兄が席をはずして偶然乱闘が発生した、と好意的に解釈することも可能だが、疑ってみればこの偶然の一致は怪しいものだ。

 まあ、今現在兄がこうやって映画館に帰ってきているのに騒音はまだ続いているので、今続いてる騒音は兄とは関係がないはずなのだが。


「ああそうそう、暴れてる馬鹿がいるからポップコーン買ってこれなかったんだよ、ははは」

【……】


 わざとらしい対応を見せる兄だったが、訝っても仕方がないのでそのまま席に座る。

 休憩中だからトイレに行ったほうがいいかもしれないな、と思ったが、特に切羽詰まってるわけでもないので劇場を離れる必要はない。

 それに今は暴れている奴らがいるので危険だろうし。


 そう思っている矢先だった。


「……なあアミィ、少しだけお話しようか」

【どうしたのよ、急に】


 その表情は兄らしくない決意に満ちた表情だった。だが、続く発言が全てを忘れさせてしまった。


「もしも兄が、今までの態度を入れ替えてこれから心を新しくしたとしたら、アミィは受け入れてくれるか?」

【どういうこと……?】

「今まで俺の振る舞いを全部なかったことにして、これからもう一回やり直したい」

【……】


 突然の発言。

 やり直したいというのは、一体何をどう受けて、どう考えてそうなるに至ったのだろうか。映画のせいだろうか、あの映画が兄妹の間の何かをフラッシュバックさせて、だから兄は今やり直したいと発言したのだろうか。

 やり直す、やり直して何をするのか。


【なかったことにする……】


 それよりも、聞き逃せなかった言葉が一つ。

 なかったことにする。

 それって、つまり。


「今までの俺は本物の俺じゃなくてさ、きっと今までひどいことをしてきたと思うんだ。だからさ、それを謝らせてくれ。そして俺にチャンスをくれ、もう一度ちゃんとお前のお兄ちゃんになるためのチャンスを」


 本物の俺じゃない。ひどいこと。謝る。ちゃんとお兄ちゃん。

 それはつまり、何が言いたい。


「俺は全てを失った、全てを一方的に乗っ取られてしまって失った、けど今ようやく取り戻せたんだ、ここまで来るのは長かったし辛かったけど取り戻せたんだ、だから今から取り返していきたい、できるか?」


 全てを失った、乗っ取られた。そう語る兄の眼は深く暗く、全てを失ったことに対する憎悪の色を湛えていた。

 けれども、取り戻せた、と語る兄の口調は感激に震えていて。

 その様子をみるだけで兄はひどく苦労したことが窺い知れた。


 とても感情的で、昔の兄ならば欠片も見せない振る舞いで、自分にはひどく新鮮だった。

 ああ、兄は途方もない苦境を乗り越えてきたのだな、といやでも分かってしまうほど。


 同時に自分は、続きの言葉を聞きたくない、と思ってしまった。


【と、取り返せないものもあると思う……】

「それでもいいさ。あの地獄に戻るよりはマシさ、今がもう幸せなんだ、俺は。このままでいい、このままがずっと続けばいい、そう思っている」


 別人だ。

 やはり兄は別人になっている。

 喜ばしい方向の変化ではあるが、しかし続きの言葉を聞きたくない。


 兄のその改心は、何も覚えていない(・・・・・・・・)人が行う改心であって、つまり、一緒に痛みを分け合った、触れたくないトラウマを持っている、けど同時に大事で大切で、苦い思いもあるけど捨てられない記憶も混ざっている、そういう忘れられない人がもう一度向き合うための改心ではない。


 そっか、このままでいい、か。

 終わったはずのそれが、もう一回終わる。






 どれだけ時間が経っただろうか。


 俺が全てを失っていたことに気付いたのはごく最近になってのことだ。

 才能、家族、運命。あいつは俺に用意されていたその全てを俺から乗っ取ってのうのうと暖かく幸せに暮らしていたんだ。

 兄はそう憎しみを吐露していた。


「あいつには、エルフの血が流れているという魔術の素養が与えられていた。一般人は苦心してマナの流れを掴まなくてはならないというのに、あいつは生まれながらにしてその素養に恵まれていた」


 あいつ。

 まるで兄は自分自身を仇か何かでも語るかのように、憎しげに顔をゆがめ、「あいつはそれだというのに気付いちゃいない、その幸せは人から奪い取ったものだということを」と吐き捨てている。


「才能は、でも諦めがつく。才能はその人の努力の部分も大きいからな。そこじゃないんだ、俺がもっと許せないのは、家族と運命をくすねとっていったことなんだ」

【家族、運命……】

「本来は俺のものになるはずだった、家族と運命。俺には暖かな家族が待っているはずだったんだ、成功する運命が待っているはずだったんだ。『生命の書』にはそう記述されていたし、きっと俺にはその通りの人生が存在していたはずだ、朱の魔術師アルフレートとしての人生が」


 それを、奪われた。

 唇だけそう動かす兄は、とてつもない挫折と苦心の影を背負っていた。暗い影が兄の背中に取り巻いていて、兄の人生に失敗と辛苦の連続が立ちはだかって、兄を何度も痛めつけて心を折ろうとしてきたのだろう、と思わずにはいられなかった。

 兄は、人生において何一つ思い通りにならなかったのだ。


【お前、でも、思い通りの人生を歩んできたんじゃ……】

「アミィが思う兄は、そうなのかもな」

【え……】

「でもな。俺は何一つ上手くいかない運命を背負わされたんだ」


 運命を背負わされた。

 兄の運命は、どうやら自分が知っている兄の栄達と成功にまみれた運命とは違うもののようであった。 

 兄が言う運命とは、目標も身寄りも何一つ分からないまま、この年まで苦しみを抱えて生きてきて、何の取り得もなくただひたすら惰性で生きるような人生であった、らしい。


「運命は変えられる、自分の手で切り開く、そんな台詞は"強い人間"だから言えるんだ。俺のように弱い人間には、持っていない人間には、その格差がまるで運命のように見えてしまうんだ」

【……】


 息が詰まった。

 まるで自分のことのようで。


「そして、今俺は強い。強い人間になった気がする。だから少しだけ気持ちが分かるんだ、前向きな、これから頑張ろうという希望が」

【……】


 兄はそれきり、口をつぐんだ。






『――いい話だな、三流野郎。俺が育てた運命を横取りする気分はどうだい、最高かい? さぞかし美味いだろうなあ?』


 念話が脳内に響いた。

 自分は驚いて隣の兄を見た。兄も驚いていた。

 だが、念話は兄の声。


『人生はうまくいかない、それは分かっている。俺だって人生でいくらでも上手く行かないことはあったさ。でもな』


 後ろに人の気配がした。自分は急いで振り返った。

 兄がいた。

 隣の兄と同じ姿の、いや、隣の兄は変装していてただの一般人の服装と外見であったが、振り返った先の兄は、まごうことない白髪と二束の黒い前髪をしたアルビノカラーの外見を表に出して、全く周囲に自分の正体を隠そうともしていない、兄がいた。

 いや、兄のドッペルゲンガーとでも言えばいいのだろうか。


『例えばよ。赤ん坊のころに、隣の貧乏な家の赤ん坊と入れ替わっちゃって、パパママが気付かないまま育てたとしてだ、俺は絶対に貧乏なパパママを恨んだりはしないし裕福な赤ん坊と自分を入れ替えようだなんて思わねえ。絶対だ』

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