表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
2.My Sister, My Princess with [Auto_Run.apm]
22/46

8.

「――ふふ、好都合ですね。この際始末しちゃいましょうか、『揺らぎ』(flicker)ちゃん」

「お断りよ、『出来損ない』」


 瞬間、二人の間に強烈なスパークが走っていた。

 白の魔術、『聖典:旧約偽典『第一エノク書』 第一〇八章 一五節 【罪人達は喚き立て、彼らが輝く様を見るであろう】』が宣告する白の輝きの裁きは、間違いなくフリッカに襲い掛かり、そして見事に相殺されたのだ。

 白の輝きを相殺したのは同じく白き輝き。「言理の妖精語りて曰く――capture('','Casted'); bode(Casted); millor_cast(Casted);」と瞬く間に再現魔術を発動させて、同系統魔術によるコンフリクトで攻撃をお互いに潰したのだ。


 睨みあう両者。

 一歩も譲らない白と白。

 スパークが消えると同時に「聖典:旧約聖書『創世記』 第一章 三節 【神は言われた。「光あれ」】」と「言理の妖精語りて曰く――pre_cast(Full_Battle_Orchestra,'newline'); cast(Deflector_Shield); millor_cast(Casted);」と両者の呪文が紡がれる。

 既に激戦。空中は魔術で飽和している。


 俺が目を覚ましたとき、既に二人は臨戦状態にあった。

 フリッカと白の魔術師の一騎打ち。全くもって互角。


(え、どういうことだ?)


 目を覚ましたばかりの俺は少しも状況がつかめなかった。


 現状を整理する。

 俺は気絶した、気が付くとフリッカと白の魔術師が交戦していた。出来事としてはただそれだけのこと。出来事だけでいい、二人が戦っている理由を気にしてはいけない、全くどうして二人が戦っているのか不明だが、それを考えても埒が空くまい。


(出来事は把握出来た。次は状況だ。俺は通路からエントランスに運ばれている? フリッカが運んでくれたのか?)


 周りを見る。

 見て分かるとおり、先ほどまでドッペルゲンガーと交戦していた通路から、俺はエントランスへ移動させられていた。

 そこは広いエントランスで、映画館の受付窓口がある。ポップコーン、パンフレット、映画関連グッズを売っている店、チケット販売所などが壁際に並んでいる。天井からはいくつもモニターが吊り下げられて『おねがいミルクティー、上映中』などの宣伝を流している。

 一般客は既に避難済みのようで、エントランスには誰もいなかった。


 なんら障害物の存在しないエントランスは、二人の魔術師が魔術交戦を行なうのに十分なスペースだった。

 そのスペースの中央で、フリッカと白の魔術師は文字通り火花を散らして戦っていた。


(そして、俺自身。……この服装は変わっている。つまり俺は、今、アカイアキラになってしまっている)


 自分を見る。

 自分の姿はすでに変わってしまった。背丈こそそれほど変化はなかったものの、服装は朝自分が着用した格好とは明らかに変化しており、自分がもうアルフレートではないということに気付かされてしまう。

 それはどういうことかというと、魔術用の増幅器も魔術的アイテムも、そういった有用な道具は全て向こうに取られた、ということだ。


 そして最大の問題は、内面の変化だ。


 俺は魔術を使えなくなっている。

 このアカイアキラ氏、どうやら一ミリも魔術の努力研鑽を行なわなかったみたいで、俺は今全くと行っていいほど魔力を操れなかった。

 当然、アルフレートにインストールされていた魔術環境もアプリケーションも、全て消えている。

 今の俺は、この戦闘において全くの足手まといだ。


 万事休すか。いや。

 俺は自分にできることを考えた。もしかして何もしないほうが良いのではないか、とも思ったが、一つだけ俺に切り札がある。

 それはバーチャルファイターだ。


 ネット小説には、俺の前世の本名アカイアキラが用いられていた。

 物の名前は物体を定義する言葉、そうアカイアキラという名前のコンテンツはつまり、模倣子によって俺に、アカイアキラに、アンカリングされている。

 俺は今、朱の魔術師にはなれないが、アカイアキラにはなることができる。アカイアキラが参照できるコンテクストは、バーチャルファイターだ。


 目の前を見た。

 通路から見えるエントランスの攻防は、正に互角で均衡状態にあった。一種の緊張状態で、このバランスが少しでも傾いたら、フリッカが危ない。 


 ここからは賭けだ。


「……キャスト・オン」


 小声で呟く。






「ふふ、しつこいですね、偽者ちゃん? いくら本物のふりをした所で貴方は所詮ノイズですよ?」

「不完全な貴方に言われたくないわ。死後に英雄と婚約できるとでも夢見ていたのかしら、発情猫もいいところね」

「嫉妬ですか? ふふ、ごめんなさいね、貴方って結婚も何もできないんでしたっけ、羨ましいでしょうね」

「愚弄するな、フリッカにはフリッカの人生がある」

「人生? "人"でも"生"でもないのにですか?」


 瞬間、空中を走る火花の数が増えた。

 シールド領域から堅実に守りつつ攻めるフリッカと、攻撃こそ防御と言わんばかりに多数魔法陣を展開し飽和弾幕を作る白の魔術師。

 全く二人に隙はなかった。

 だからこそ、不意打ちの一撃で、一瞬でもフリッカのために優位を作らねばならない。


「っ……それはこちらの台詞よ。天使にも人間にもなれない癖に、結婚に未練があるだなんて馬鹿馬鹿しい。諦めなさい」

「……いやです。恋心は人間が持つ史上の感情です。貴方には理解出来ない感情の一つですよ」

「……フリッカには、感情が、ある。馬鹿に、するな」


 チャンスは一瞬だ。

 バーチャルファイターが参照出来る情報は、ジウ=ジツと截拳道、気功術によるスタン攻撃。体は連続時間発光ホログラムテクスチャで、多孔質マナマテリアルの鎧で出来ている。

 体を透明化させ、隙をうかがう。この隠密スタイル、おそらく俺はニンジャめいているはずだ。


「感情としてプログラムされた評価関数でしょう? ファジー工学的パラメタ数値であらわされるだけの、所詮は人工の産物ですね」

「違う! フリッカはフリッカなの! アストラル体をもった生命体なの!」

「嘘です。アストラルの光を紡ぐ記録の天使には分かります、貴方には生命のアストラルの輝きがない。命ならば私に見えているはずですもの、その命の鼓動が、『生命の書』に記述された貴方のアストラルの記憶が」

「……っ、そうよ、フリッカが本気で隠れたら、貴方の『目』に見えない、それは知ってるのよ。でも、フリッカは生きてる」

「嘘です」


 嘲笑するかのように、白の魔術師は宣告した。


「貴方はただのアストラルの光の揺らぎです。生命のように鼓動はしていません。所詮はバーチャル(偽者)です」

「違うもん! フリッカは!」


「フリッカは俺の娘だ婚活ババア」


 刹那、二人が同時に振り向くのを感じた。

 一瞬だけ魔術の圧力が下がる。「パパ!?」「アル君!?」とほぼ同じタイミングで口を開く二人は、今現在一瞬の硬直状態にある。


 これぞチャンス。今こそ叩き込む本気の一撃。


「Ippon!」


 相手へ深く突き刺す掌底。白の魔術師を真っ直ぐ突き飛ばし、衝撃でひるませるのが目的。

 バーチャルファイターが毎回クリティカルヒットさせたときに行なう「Ippon!」コールは、もはや既成事実を作り上げる魔術になっている。

 そう、白の魔術師へとクリティカルヒットを放ったように現実が修正される。


 しかし。


「ひゃんっ」

「え、胸」


 思ったより手ごたえがなかったと思ったら、何か思ったより手ごたえがあってびっくり。

 あ、着やせするタイプなんですねはい、と思う間もなく俺はスタンニングに移る。オートランがないので自前でプリセットした気功術が、遅れて発動する。とりあえず気功で痺れさせて隙を作らねば。


「ひゃはあああっ」

「え、ごめ、ちょ」


 何か悶えていた。胸に気功が流れたみたいだ。エロい。フリッカは可愛い天使さんだけどこっちはエロい天使さんなんですかね。

 などと本当に益体ないことを考えつつも、俺は即座に状況を分析した。

 胸に気功だなんて、なんだか凄くいやらしいラッキースケベコンボが炸裂してしまったが、しかしこれは大金星だ。

 絶好の隙が出来た。これは大魔術師同士の戦いでは致命的だ。


「言理の妖精語りて曰く――cast(Fire_Bullet); recast(); recast(); recast(); recast(); recast(); recast(); ...」


 フリッカさんはというと、非常に怒っていらっしゃった。反復投影recastを連発しまくっている。

 百を超える炎の弾丸が襲い掛かり、白の魔術師を思いっきり攻め立てていた。「ぎゃあああっ」と可愛くない悲鳴が上がる。

 決着はここについた。


「逃げるぞフリッカ」

「……うん」


 そのまま映画館を後にする俺とフリッカ。両方とも光学シールド内部に隠れられるので、これで人目を気にせず逃避が出来る。


 後でお話しようね。

 フリッカが無表情のまま、唇だけそう動いていたのが怖かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ