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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
2.My Sister, My Princess with [Auto_Run.apm]
20/46

6.

「最悪の寝覚めだ」

【そうか。それがお前の遅刻に対する言い訳か、あ?】

「娘に叩き起こされたよ、なんか『もう! 朝ご飯は作っといたからね! パパは髭をそって身支度しとくこと!』ってめっちゃ怒られた」

【……そうかよ】


 黒の魔術師アミィは朝からご機嫌斜めだった。ご機嫌斜めの理由は俺だ。なぜ俺とデートをしなくてはならないのか、なぜ遅刻した俺を待たなきゃいけないのか、なぜ俺の惚気話を聞かなきゃいけないのか、多分そんな辺りだろう。

 正直に「ごめん」と伝える。そういえば俺正直に謝った記憶が余りないな、等とどうでもいいを考える。

 頭を下げて謝意を示すと、その誠意が伝わったのか彼女の険が少し和らいだ。気がする。【そうかよ】と口調はぶっきらぼうなままだが。本当に気のせいかもしれない。


 俺は結局、映画に三〇分遅刻してしまった。

 全くもって惨めな話だと思う。俺は悪夢を見てうなされてしまった。しかしその悪夢からは目を離せなかった。もっと真っ直ぐ向かい合いたかった、できることなら夢の中じゃなくて昔に戻って。そんな未練のせいで、寝過ごしてしまった。

 昨日の段階で黒の魔術師アミィに『朝の八時三〇分に駅で』だなんてメールしておいて、今日なんとメールを書いた当人の俺が駅に九時に到着するというクズっぷり。

 アミィが不機嫌なのも納得というものだ。


【結局、見たかった映画はもう始まっているしな】

「……すまんな」

【じゃあ今から始まる映画で席が空いているものを下さい、と言ったらこれだ。この何を勘違いしたのか分からない恋愛映画。カップルかよ】

「……まあ、デートだしな」

【は?】

「何でもねーよ」


 俺は「映画劇場内だから喋るな」と今更のようにアミィに注意した。それが相当不服だったらしく【てめえ遅れといて何様だぶっ殺す】と睨まれた。全く彼女の言うとおりだ、俺は苦笑いをしてシートに座るしかなかった。


 映画館内を見る。

 およそ300人程度の座席数、広さでいえば一般的な映画館のスクリーン収容数だ。そこまで狭くはないが広すぎる訳でもない。スクリーンの大きさも普通程度で、20人が横にずらっと並んで眺められる程度の広さだ。

 客はぽつぽつ点在する程度、せいぜい50人ぐらい。明かりが落とされていて全般的に薄暗く、客がまばらなことも手伝って他人を気にせず映画を楽しめる。


 今から見る映画は恋愛ものらしい。それも何を勘違いしたのかわからないが、兄と妹の恋愛だ。

 題材が題材なだけに最高に気まずい。

 「なあ、今から映画変えようか、スタッフと交渉すれば違う映画にしてもらえるだろうし」と提案してみるが【……めんどくせえ】とそっぽを向かれてしまった。めんどくさいってなんだよ、と思ったが、ここで俺が強情に変えよう変えようと主張するのも何だか妹を意識しているみたいで、なので仕方なくこのままこの兄妹恋愛もの映画を見ることになった。


『なあフリッカ、今妹とデートしてるんだけど、何故か妹と恋愛ものの映画を見なきゃならん羽目になった』

『えー、いいなー、フリッカもパパを通じて覗き見ようかなあ』

『問題はな、題材が兄と妹の禁じられたラブストーリーなんだよな』

『え』


 脳内拡張内のフリッカの視線がちょっと冷たいものになる。そりゃまあ、常識的な神経の持ち主ならば妹と兄妹恋愛映画なんか見に行かないものだ。

 よってフリッカの反応は正常である。

 異常だ。全くもって異常な展開、誰かが手を加えたのではないかという悪意すら疑われる。ていうか悪意潜んでるじゃないかあのジジイだよあの狸ジジイめクソ。


 内心勝手に悪態を吐いていると、ようやく映画が始まった。はちみつミルクティー、というタイトルらしい。


【始まったな】

「ああ」


 別にアミィと会話する義理はない。よく考えたら隣の席に座る義理もない。正直一緒に映画を見る義理もないのだ。抜け出してしまおうか。ポップコーンとコーラを買いに出る名目でフケるのはありだ。そう思って一瞬隣を見る。

 同じことを考えていたのか、アミィと視線が合って微妙に気まずくなる。結局視線をスクリーンに戻す。俺は結局買い出しにいくタイミングを失ってしまった。仕方なく映像を目で追う。


【……】

「……」


 スクリーンに映し出されていたのは男子高生。授業中の風景であろうか、先生が黒板に向かって難しい数式を書き連ね「これはオイラーの公式と呼びまして……」と三角関数と虚数と指数関数の関係を教えているようだった。

 男子高生はその間、ずっと窓を見ていた。窓から見えるのは広々とした校庭で、そのグラウンドを駆け回る一団が映し出される。マラソンのようだ。トラックを周回するその一団の中から、ある一人を無意識で探す主人公。


 髪が短く溌剌としたスポーツ女子。体操服からすらりと伸びる手足を見るにスタイルは悪くない。その顔がアップになって映されてようやく気付く、どことなく面影が主人公と似ている。

 主人公はその彼女のことを無心で絵に描き続ける。走っている姿、体操をしている姿、友達と喋っている姿、ノートの真ん中にそれら全てを描き連ねている。


 デジャヴだ。何となく俺は既視感を覚えた。俺の意識はスクリーンから離れ、少し昔に遡った。






「……よって、方冪の定理より、与えられた図形の相似が証明される。また同様に、対角線から得られる図形について……」


 俺は教室にいた。魔術学院の特進コースに在籍していた俺は、難解な授業を受けていた。しかし難解とはいえども、所詮この世界の自然科学の研究はそこまで進んでいないため、俺からするとすべて既知の事項の復習ばかり、ただただ聞き流していても満点は余裕であった。

 なので俺は、いつも授業中に脳内ダッシュボードに好きなことを書き連ねて遊んだり、アプリケーション開発を進めたりしていた。あるいは音楽を聴いて楽しんだり、本を読んで暇をつぶしたり、あるいは本当にぼうっとして過ごしたりしていた。


 俺は外を見ていた。外で妹が体育の授業を受けているのを眺めていた。

 彼女は今から組体操をするらしかった。周りの生徒たちはすべてペアを作り、どうやら今から二人組で行う種目を練習するらしい。ペア作りはスムーズに進んだようで、ある一人を残してきれいにペアは結成された。

 妹だ。彼女は一人で戸惑っていた。

 先生は「じゃあ誰かの班に入れてもらおうか。……誰かー! 彼女を入れてくれる人は居ませんかー!」と生徒に呼びかけているらしい。唇の動きから何となくの想像だが。


 俺はそれを見て惨めだと思った。あんな言い方しなくてもいいじゃないか、と想像の中の先生に反感を覚えた。そっとしておいて欲しい。

 きっとあいつもそう思っているだろう。あんな風に呼びかけられると惨めさが返って際立つ。

 妹はうつむいていた。遠目だから詳細は読めなかったが、何とも言えない表情をしていた。悔しかっただろうか、それとも悲しかっただろうか。あるいは冷めた感情か。


 彼女と目があった気がした。一瞬だけ表情を歪めたのが見えた。俺は見ているのが可哀想に思えて目を逸らした。彼女も目を逸らしたのが何となく分かった。






 気が付くと、場面は結構進んでいた。


「お兄ちゃん、私、告白されたの」

「……そうか」


 スクリーンの中の兄妹は、どことなくきごちない雰囲気で帰路についていた。兄は自転車を押しながら、妹は部活のカバンを背負いながら、そのまま真っ直ぐ下り坂を降りていた。夕日がバックになっているせいか、二人の表情はよく見えない。

 兄のほうは口元を開いて、何かを言いかけて、そのまま喋りださずに言葉を飲み込んでいた。きっと決定的な何かを言い出しそうになったのだろう。その言葉を飲み込んだのはおそらく、その言葉をいう踏ん切りがつかなかったに違いない。

 静かに歩く二人。その間は少しばかりの無言。

 やがて、意を決したかのように兄は、ぽつりとつぶやくのだった。


「よかったじゃん」


 妹は、一瞬だけ口を開いて答えようとして、同じように口をつぐんでいた。曖昧なまま「うん……」と答えている。

 そのまま歩く二人。横顔だけがスクリーンに映し出される。二人ともお互いの顔を見ることができないようで、微妙な空気を保ったまま時間が流れていた。


 そうか。

 俺は一瞬スクリーンから視線を外して手の平をみた。汗はかいていない。

 ――俺、告白されたんだ。

 ――……そう。

 そんな記憶が一瞬だけ脳裏をかすめた。同じような夕日を歩いていた気がする。同じように帰り道を二人で歩いていた気がする。気がする、というのは遠い昔の記憶であいまいだからだ。俺の記憶の中にははっきりした形では残っていなく、ただ何となくぼんやり、俺が告白されたということを妹に打ち明けた、そんなエピソードだけが残っていた。


 俺は横目で隣を盗み見た。どんな表情で妹がこれを見ているのかが一瞬だけ気になった。


 涙。

 スクリーンを真っ直ぐ見て口元を小さく開けたまま、妹は静かに涙をこぼしていた。映画の内容に何かを思うところがあったのかもしれない。

 俺は少しだけ動揺した。


 なあ、一体何に涙を流しているんだ。

 とは聞けなかった。あまりに核心を突いている気がして、触れることができなかった。


「……ちょっとポップコーン買ってくる」

【……ああ】


 俺は何故かポップコーンが買いたくなった。その場から離れたい、という気持ちよりはもう少しちょっと違う気持ちだった。泣いている妹を見ると、何かを買い与えたくなってしまったのだ。そうすればごまかせるから。などとよく分からない言葉が脳裏に浮かんだ。











「よう」


 劇場を出るとき、俺の後ろに誰かが着いてきた。俺と同じぐらいの背丈の、どこにでもいそうな服装の男性だ。俺は一瞬怪訝に思った、どうして声を掛けてきたのかを勘ぐった。

 だがすぐに気付いた。あまりに有り得ないことだったので、その選択肢を発想から除外していたため、気付くのが遅れてしまった。


「お前は、誰だ」

「俺は俺だ。お前はよく分かるだろ、ずっと馴染んできた外見じゃないか」

「お前は、誰だ」


 俺は、目の前の自分自身に再度言い放った。詰問するように力を込めた。

 目の前の俺は、ニヤリと笑っていた。前世の俺の外見で、俺を試すような表情で笑っていた。


「俺は、お前の前世の俺だ。アカイアキラだ。……なあ、バーチャルな俺?」


 前世の俺アカイアキラの瞳に俺が映る。

 フリッカが『!! パパ! こいつよ! パパのもう一つの人格よ!』と叫んでいた。

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