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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
2.My Sister, My Princess with [Auto_Run.apm]
19/46

5.

『殺す』

『うっせえ調子乗るな』

『お前どう責任取るんだ殺す』

『一億程度でデートするとかやってるんじゃねえ売春かよ』

『黒服に囲まれたんだよあははジョークですとか断れねえだろマジで面倒事に巻き込みやがって童貞がクソが』


 酷いタイムラインだ。

 俺と黒の魔術師アミィの罵り合いだ。


『だから調子に乗るな俺はそもそもお前にメールで依頼を受けてやって来ただけだろが勝手に切れてんじゃねえぞ』

『お前が手伝うから見せてくれって先に言ったんだろが調子乗るなよ依頼なんか出してねーよ』

『え?』

『は?』


 認識がずれている。何だ、そういえばこんな体験最近したような気がするようなしないような。

 すぐに思い出せない、ということはどうでもいいことなのだろう。


『とにかく明日デートだろ? お前デートに来て行く服とかあるのかよ。まさかゴスロリじゃねーだろな』

『な訳ねーだろファッション知ってるみたいな上から目線やめろ童貞』

『てめーよりは知ってるよ引き篭もり』


 送信した瞬間後悔。そのまま音信不通になる。くそ、だから俺は言い過ぎるんだ。

 俺は即座に『すまん』と送った。返事はしばらくなかった。やがて時間をおいてようやくメールが来た。


『殺す』


 たったそれだけだった。だが俺には何となくメールの向こうでアミィが泣いているように見えた。






「なあフリッカ」

「どうしたのパパ、何か死にそうな顔してるけど大丈夫?」

「明日デートに着いて来てくれ」

「え、うん、そのつもりだったけど……どうしたの? もしかして不安なの?」

「その通り、不安でしかない」


 俺は娘に助けを求めることにした。

 正直告白しよう。俺はイケメンだしモテるが、デートをしたことは結構少ない。女友達と遊びにいくという感覚でどこかに出かけたことはある。出かけたことはあるが、大概のケースで向こうの方が俺に好意があった。つまり俺は接待される側、というポジション感覚が抜け切ってない。


 どういうことかというと、俺はデートプランを立てるのが下手くそなのだ。今までのケースでは、デートらしいデートをしたことなんてないし、大体は女友達と遊んだり程度だし、デートと言っても例え俺が少々プランメイクを失敗しても向こうがそれとなくフォローしてくれるし。

 映画観に行って失敗したことがある、そもそも映画が面白くなかったしそのあとどういうことをすればいいか分かってなかった、しかし女友達の方が「あのパンケーキ美味しいよ」と店を教えてくれた。結局その女友達の紹介してくれた店でゆっくりして、最後に夜景を見てはい解散となったわけだが、もしも彼女の方がフォローしてくれなかったらと考えると怖い話だ。


 今回は、そのフォローが期待出来ない。あの黒の魔術師ゲス顔アミィのことだ、【は? 何でこっちが考えなきゃいけねえんだよ死ね】とか罵るに違いない。業界なら御褒美かもしれないが、俺はひたすら腹が立つし胃が痛い。

 俺がプランを考えるしかないのだ。


「まず、どんな店に行ったらいいのか分からん」

「そこ!?」


 フリッカは作業の手を止めてこっちを振り向いた。

 彼女がしていた作業は小説執筆だ。バーチャルファイターvs映画会社というストーリーだ。どう考えても最近のあの事件ですよねフリッカさん、と思ったが無視した。小説の目的は俺にファンタズマを纏わせること、つまり現実に近いストーリーのほうがファンタズマを纏いやすくなる分ある意味有利だ。認知バイアスを作り出し俺が参照可能なコンテンツを作ることが目的だ、作家倫理とかはどうでもいい。


 執筆の手を止めたフリッカの顔は、俺に向けて優しく「もう、仕方ないんだからパパ」と綻んでいた。あ、やっぱコイツだめんずうぉーかーだ。好きな男を甘やかす系の、もう可愛いんだからーとかで許しちゃう系の女だ。

 パパとしては複雑だ。


「お店ね、じゃあフリッカが教えてあげる!」

「ありがとうフリッカ」

「えへへー」


 そのまま彼女はこっちに体を預けてきた。手錠を外した彼女は、今や物理運動的にはフリーだ。魔術を使用する瞬間に俺に許可を申請しなくてはならないだけで、それ以外彼女に対する拘束は今のところない。

 俺も随分彼女を信用しているという証左だ。


 さてその信用しているフリッカの意見だが。


「まずは映画館ね」

「……なあお前デートしたことないだろ」

「え、はい……」


 ダメだった。秒殺じゃねーか。いや映画も悪くないと思う。

 ただ一瞬映画館を推してきたからもしかして、と思って聞いたら悪い方の予感がビンゴしただけだ。


 良く考えたらフリッカは俺より年下だ。顔形が俺もフリッカも両方とも悪くないとして、年齢が俺の方がフリッカより上だ。となれば恋愛経験も勿論年齢に比例するものと考えられるので、フリッカが恋愛経験のないことは普通なのだ。

 逆にパパとしては、フリッカがデートしたことがないという情報を聞いて安心をしている。娘に悪い虫が付いたとなれば成敗せねばなるまい。


「え、何でパパそんな憤怒の形相になってるの。ご、ごめん、フリッカ役に立たなかったよね」

「違う、フリッカがデートするところを想像してたらそのデート相手を殺したくなっただけだ」

「うわあ……」


 もちろん嘘だ。デートする相手が誠意のある男なら、俺は涙を飲んで、俺は、その、いややっぱり若干嫌かも。

 しばらく俺は固まっていた。「おーいパパ、ねえ聞いてる? 勝手に調べとくよ?」と言うフリッカの台詞もあまり耳に入らなかった。

 そこからの俺はというと、思考の方向が明後日の方向に飛んでいたようで、フリッカが「ねーパパ、一応ネットで調べたんだけど」と俺の腕を引っ張って空間投影ディスプレイに連れてくるまで妄想に耽っていた。結婚式でフリッカがバージンロードを歩いて「パパありがとう」って言って俺が号泣するところまで想像してたので、フリッカの空間投影ディスプレイを眺める時に涙で若干文字が滲んでいた。


 涙で滲んだ目でざっと見るが、結構いいプランだと思った。映画見てパフェ食って服を見繕うっていうごく普通の、しかし無難に終わりそうなプランだった。


「これは、結構いいプランだな。最初に映画を見るっていうのが引っかかるが」

「でしょ? ……何で泣いているのパパ?」

「フリッカ、生まれてきてくれてありがとう」

「あ、はい……」


 フリッカは珍しく困惑した表情で俺を見ていた。

 まあそうだろう、普通のデートコースを提案しただけなのに、目の前でパパが泣いてたら、まあそりゃフリッカも困惑するだろうな。

 パパお前が結婚するときは笑顔で送り出すからな。なんて、どうでもいいことを考えつつフリッカの頭を撫でた。ちょっとはにかんでいたのが可愛かった。






「お兄ちゃん」

「何だいアミィ。ほら、同じ授業を受けられるよ」


 夢の中。俺は何故かアミィと一緒に魔術学校に通っていた。何故か知らないが俺は若返っていて、髪の毛は黒で目は赤かった。アミィと同じ、お揃いの黒髪赤目。俺とアミィは外見もそっくりで、絵に描いた仲良し兄妹だったと思う。

 違う、仲がよくなるように俺が誘導していたのだと思う。俺は会話が上手だった。俺は顔も良かったし、大人びた振る舞いも出来たし、だから妹一人なんかを手懐けるのなんか簡単だったのだ。


 ぐにゃりと夢が歪んだ。


「ごめんね、私出来損ないで」

「アミィ?」


 気付いた。アミィは確か魔術学校の別クラスに入ったのだ。俺と同じコースを受けようとして、失敗したのだ。俺とアミィは一緒に魔力の練成はしてたから、実技の方こそ問題はなかったけど、アミィに筆記の能力は致命的になかった。

 この時から俺には妙な使命感があった。アミィにもっとしっかり勉強を教えようと。アミィには才能がある、だから俺がそれを開花させてチート能力にしてやろうと。

 俺の学力をもってすればそれは余裕であった。俺は前世からの学力を引き継いでいるためか、基礎計算だったり化学だったりそういう科目は勉強済みだったわけだ。学校での成績は問題なくトップクラス。

 そしてもちろん、妹のアミィも賢かった。人の話を聞くことと理解することが得意だった。だから彼女に勉強を教えることなどたやすいと思っていた。

 その時のアミィの瞳の微妙な揺れに気付かないまま。


 夢がまた歪む。


「ねえお兄ちゃん。本で読んだよ。兄と妹はこんなことしちゃいけないって。だからだめなの」

「どうしてさ、アミィ。俺はアミィのことが好きなんだよ。ずっと傍にいただろ」


 俺とアミィは一緒に風呂に浸かっていた。まだ八歳ぐらいだろうか。俺はアミィの幼い体を後ろから抱きすくめて、そのままずっと好きだよを繰り返していた。

 物事を単純に捉えすぎていたのだ。妹は所詮子供だからちょろい、ずっと愛を囁き続けたら嫌わないだろう、そんな思い上がりが俺にはあった。事実今でも、嫌われてはいないだろうという期待が俺にはあるぐらいに、だ。

 恐ろしいことに、俺はアミィの体を今の内から気持ち良くさせようと、性的な手ほどきをしていた。痛くしないようにするよだとか、今はマッサージだけだよだとか、優しい兄の仮面をかぶって好き放題を繰り返していた。抱きしめたし、キスもしたし、お互いに触りあった。一線を越えない程度で二人で戯れたのだった。

 アミィの表情が、どこか切ない目をしていることには気付かないふりをしていた。あるいは気のせいだろうとすら思っていた。


 また夢が歪む。


「お兄ちゃん……もう、もう無理」

「まさか。無理じゃないよ、アミィは出来るさ。失敗は誰にでもあるさ、でも失敗したあともう一回同じことを繰り返せばいいだけさ、そうさ、アミィは学校に行けるよ」

「お、お、お兄ちゃんには、分かんないでしょ!」

「アミィ。俺の好きなアミィ。今はちょっとびっくりしているだけさ。ね、いつも通り俺が"抱きしめる"から、安心して……」


 きっ、とアミィは俺を睨んだ。


「都合のいい女扱いするんじゃねえ!!」


 アミィの心からの叫び。俺はその時、ようやく自分が馬鹿だったことに気が付いた。

 なのに夢の中の俺は、アミィの両手を押さえて彼女を羽交い絞めにしていた。

 やめろ。

 俺は夢の中で戦慄した。やめろ、やめてくれ、お前何様だよ、これ以上間違えるな、頼むから間違えないでくれ。


 俺は見ていられなかった。でも見た。彼女が力の強くなった俺に成すがままになっているのを。


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