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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
2.My Sister, My Princess with [Auto_Run.apm]
17/46

3.

「ファンの皆さん! こんにちはー! 」


 クラブハウスの演目は、今日はアイドルデーというべきなのか分からないが、全部がアイドルの演奏だった。

 アイドル達は全員アマチュアの人たちだらけで、どこかのレコード会社と契約しているとかアイドル事務所の専属アイドルだとか、そういう奴は一人も見当たらない。ネット上で名前を検索してみると、ようやくちらほら名前を見かける程度で、一番名前が知れ渡っているアイドルでさえ、別に俺が聞いたこともないやつだった。

 アイドルの卵たちで今日は構成されているのだな、とおおよその空気を把握する。


 そう考えると、今日の客層が異様なのもよくわかる。普通のクラブハウスの客のイメージではなく、いくつか特徴的なパターンに分類できる。


 まず目立つのはプロデューサー風の男達。

 お洒落なのか良く分からない色付き眼鏡、整えられたファッション髭、肩に捲いた上着、どうみても芸能事務所で働いている人間です、というような空気が漂っている。彼らは将来のアイドルをヘッドハントしにきたのだろう。ここいらで可愛いアイドルだとか、カリスマを感じる人間だとかに目を付けておいて、先に囲い込もう、という魂胆なのだ。


 そして、コアなファン達。彼らは正に、ニッチなアイドル達を追いかけてきたオタク、という印象だ。例えばTシャツにアイドルの名前を書いて「○○命!」とか大きくプリントしている。あるいは、見た感じ普通な人間だけどサイリウムとかキーホルダーグッズとかだけはちゃっかり持ってきている、みたいなファンもいる。


『アバターから現実世界になるだけで、こんな異様な光景になるんだな』

『だね、パパ。汗臭そうだし蒸気でむわっとしてそう。フリッカ的に超きもい。着いていくのパスしてホテルで待機しててホントに良かった』

『フリッカ、お前ゲス顔ちゃんになる素質あるよ』


 周りが熱狂する中、俺は立ち呆けってやつだ。

 脳内テクスチャのフリッカをひとしきり弄る。頭を撫でると喜ぶが、ほっぺをつまんで遊ぶと怒られる。『パパったら変態さんだもんね』とかいやその罵倒全く前後関係ないんだが。幼女の頬を触るのは変態だが、娘ならまだギリギリセーフなのでは。

 うむー、とか唸っているフリッカは正直可愛い。癒される。うむーって何だようむーって可愛い。


『パパにやけてるよ』

『周りの観客も同じだからまだぎりぎりセーフ』

『フリッカ的に余裕でアウト、赤信号みんなで渡れば怖くない理論じゃんそれ』

『にやけるだけで道路交通法違反と同じ扱いになるのは不服だ』


 何で社会はこんなににやけ顔に厳しいのか。もしかして顔の問題か? イケメンならにやけていても問題はないのか?


 残念ながら、今日の俺は素顔ではない。素顔のアルビノ触角イケメンフェイスではないので、残念ながら今はイケメンではない。

 俺はあえてモブっぽい格好に変装してここにいるわけだ。丸眼鏡、にきび面、団子鼻、バンダナ、リュックにポスターブレード。いわゆるステロタイプなオタク・ウォーリアーの服装だ。

 つまり、にやけたらアウトな格好だ。


『世間って厳しいんだな、にやけただけで変態だなんて』

『年の頃で十四歳ぐらいの娘のほっぺ触ってにやけるのって十分変態じゃない?』

『何をいうかフリッカ。世間のパパは娘が二十歳になってもほっぺ触りたいぞ! 頭も撫でたい!』

『きもい』

『うっす』


 正論である。

 アカデミックモンスター、朱の魔術師は結構アホである。前々から気付いていたけどやっぱ俺ってアホだわ。


 などと娘と戯れているうちに。

 演目はついにラスト、『ゲス顔ブラック★キャンディちゃん』の番が来た。

 ようやく黒の魔術師アミィの本気が見れるか、というところでふと気付く。あれ観客の数減ってるくね?


 周りを見渡す。

 どうやら気のせいではないらしい、いそいそと帰る準備をしている客があちらにもこちらにも、どうやら半分以上はさっきまで演奏やってたアイドルグループ『天使だむ。』目当てだったようだ。


 ゲス顔ちゃんを見て帰ろう、という人は半数以下のようで、さっきのアイドルが終わったと同時にクラブハウスのコインロッカーに向かって客が散開していった。

 コインロッカーで着替えを取り出すもの、ステージから離れて後ろの方に座りこんで休憩気分のもの、友達と一緒に「あれ良かったなー」とか言いつつ物販に向かうもの。

 ゲス顔ちゃんのためにステージの前方に陣取って、今から戦闘体勢、という人間はかなり少ないみたいだ。

 あのプロデューサー達ですらもはや用はない、と言わんばかりで立ち去っている。


『あれ、かなりこれ気まずいんじゃないか、てか多分だけどこれ公開処刑だよな』

『……そうだね、パパ。何かフリッカ泣きそう。ちょっと感情移入が』

『ま、まあ二十人ぐらいいるし、逆にコアなファンのみになった分盛り上がるだろ(適当)』


 俺は周りをもう一回観察する。

 ゲス顔ちゃん目当ての客は、正直いって異様だ。コアの中のコアと言うか、戦士と言うか、まず風格が違う。


 例を挙げる。服装はチェック柄、黒シャツ黒スウェットパンツのお洒落の欠片もない。眼鏡が曇っており、何か異様な熱気を感じる。凄い人だ、生理的に何か凄まじいものを感じる。

 一瞬だけ彼が罵られている姿を想像した。「ぶひいいいい」とかを口走ってそうだ。絵面が凄い。「私罵られるためにここに馳せ参じましたぞ!」とか言いそうだ。


 凄く失礼な想像を働かせたが、何となく間違っていないと思う。

 俺の変装した格好も大概ではあるが、見たところ同レベル以上の猛者である。


『……うん、盛り上がりそう、一部』

『そ、そうだねパパ』


 温度差だ。

 ゲス顔ちゃん目当てのコア中のコアは前に陣取っていて、では俺はどこに位置するかというと一歩後ろに引いている。

 後ろの方から見ると良く分かる。何と言うか、ネットでのオタクコミュニティがオフ会したらこうなるだろうな、という身内の熱気を感じ取るのだ。テンションが異常に高い。周りから見ると醒めてしまう。


 俺と同じくかどうかは知らないが、後ろの方の客もそんな表情をしていた。

 彼らは先ほどまでのライブを楽しんでいた奴らで、今は別に急いで帰る必要もないし物販に急いで並ぶ必要もないか、という低めテンションで、では何故ここに居座っているかというと休憩のため後ろの床に座っているような奴らだ。

 つまり別にファンでも何でもない。俺と同じだ。取りあえず見とくか、みたいな雰囲気でここにいる。

 そして俺と同じく醒めている。


 俺は直感した。

 絶対このゲス顔ちゃんのライブ、公開処刑になる、と。

 悲惨な未来しか予想出来ない。


 心臓が痛い。






【キモオタのみんなー! やっほー! ゲス顔ブラック★キャンディちゃんだよ!】

『うおおおおおおおおおおお!!』


 ゲス顔ちゃんアミィのステージが始まった。

 俺は泣きそうだった。俺は知ってる、実際一回経験済みだ、ヒーローコロシアムで蒼の魔術師に紹介されて「ヒーローアカイアキラ君!」とか言われた瞬間のあの観客からの視線。盛り上がりが急にしぼんだかのような、あの晒し物の空気。

 俺は分かってしまった。


 物販に並んでいる奴らがこっちを見ている。

 コインロッカーに着替えを取りにいった奴らがこっちを見ている。

 休憩中ということで後ろの床に座っている奴らがこっちを見ている。

 全員が悪意なく、しかし引いている。生理的に受け付けない、というニュアンスで、困ったような苦笑いをしている。


【ホントお前らすごいよー! 眼鏡真っ白! ラーメンはふはふさせてるキモオタみたい! 必死すぎじゃねー?】

『うおおおおおおおおおお!!』


 しかし、俺は同時に黒の魔術師アミィを見直した。


 意外にもしぼまない空気。

 周りから冷たい目線で見られているというのに、彼女は振る舞いを変えることはなかった。むしろ彼女は、目の前で一生懸命応援しているキモオタたちに真摯に向き合っているように見えた。

 物販に並んでいる客が、コインロッカーの前の客が、後ろの観客たちが、もうやめろと言わんばかりの冷笑を浴びせているのに、彼女はひるまない。


 むしろ醒めそうになるその冷笑を受けてなお、目の前にいる本物のコアなファン達を醒まさないように、真っ直ぐなパフォーマンスを見せ付けている。


【今日もお前ら、曲持ってきたぞー! 恵んで下さいぶひぶひ言って、物販で買えよー!】

『うおおおおおおおおおお!!』

【きっもーい! じゃあ行くぞお前ら! じゃあまずは一曲! 『空気嫁よ』! ミュージック・オン!】


 へい! と彼女が指差すと、シンセサイザーが走り出した。

 魔術で電源を付けたのだろう。予めセットされていたメロディラインが予定通りの曲を奏でる。黒の魔術師アミィはマイクを片手に【お前らー! 言っとくけどこの曲のタイトル、分かってんだろーなー! 空気読んで盛り上げろやー!】『うおおおおおおおおおお!!』と前奏の合間に観客へ向けてサービスパフォーマンスを行なっている。


 曲が始まる。【お前らに 言うぞ! 山ほど 言うぞ! それは、それは、空気・よ・め!】『YOMEEEEE――!』と合いの手まで完璧だ。

 観客がタイミング良く合わせている。それに助けられながらも歌うゲス顔ちゃん。


 俺は冷静に、アミィあんまり歌上手くないな、と考えていた。

 声はアニメ声を無理して作っている感じで、何となく鼻につくというか、耳がこそばゆい。振り付けもどことなく素人臭いし、何か時々タイミングずれてるというか、急いでタイミングを戻している感じがしてぎこちない。

 それに歌も致命的だ。ローテンポのポップな曲だからこそ誤魔化せているが、なんというか音痴な人が一生懸命ボイトレしたらこれぐらいは音程取れます、程度の歌唱力だ。語尾を延ばしたらすぐ馬脚を表す、バックグラウンドミュージックのベースラインと音が微妙にずれてるというか、むしろこれはわざとハモってるのかって思うレベルだ。


【あのね空気・嫁! だから空気・嫁! 話の腰を折ってんじゃねー!】『じゃねじゃね!』

【あのね空気・嫁! だから空気・嫁! お前のその話つまんねー!】『んねんね!』


 しかし、俺は半分感動してもいた。

 あいつがこんな人前で、たった数十人とはいえ、人を夢中にさせてアイドルみたいに歌って踊っているなんて。たった数十人でも、何だか皆面白そうに一体になって合いの手を入れているなんて。

 確かに周りからの目は冷ややかだ。だけど、その中央にいるあいつとファン達は、どっちもきもいのに、何だか楽しそうで。


『どっちもキモイってパパ』

『ああ、どっちもキモイけど。でも、何かその、な』

『うん、フリッカちょっと分かるよ』


 本当どうして感動しているんだか自分でも分からなかったりする。同情し過ぎて感動しているのか。それとも羨ましいと思っているのだろうか。


 確かにアイツは、アミィは観客の皆と一体だったと思う。周りの余所者がどれだけ冷ややかな目線を投げかけても、目の前の本物の観客のためにアイドルやっていられる、そんな奴だと思う。

 笑顔ではきはき、ちょっと下手な歌とちょっと下手なダンスを披露して皆で盛り上がる、そんな女の子だったと思う。


 そういう奴のことを、多分アイドルって呼ぶんだと思う。一生懸命な奴じゃないとアイドルじゃない。その意味でアミィはアイドルだと思う。

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