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チート魔術……っていうか科学なんですけど  作者: Richard Roe
2.My Sister, My Princess with [Auto_Run.apm]
15/46

1.

 体の傷は完治した。

 あのアバターコロシアムで受けた腹部へのダメージは綺麗に回復したわけだ。C4爆薬による破壊攻撃を三度も受けてひき肉状に叩き潰されたボディは、体内組織、内臓、骨、全てに渡って元通り、これには全く驚かされたものだ。最近の医療技術と治療魔術の進展は目覚しいものがある。

 腹部は今や、健康的な筋肉がその身を包んでおり、全く怪我の面影もない。

 この健康な腹筋が、かつて煎餅みたいに薄くつぶされていた、だなんて誰も信じないだろう。


 俺は健康になったついでに腹筋をした。

 ベッドの上で突然腹筋運動をするなんて変な人間だと我ながら思うが気にしない。一回、二回、としっかり動くことを確認する。変な痛みなどは感じない。後遺症などはないようだ。

 今度は横にひねったりして筋肉を伸ばしてみる。同じく何も問題はなかった。どうやら本当に完治したらしい。


(全く問題はなさそうだ、鋭い痛みが走ったりもしないし)


 自分でも疑心暗鬼なのには理由がある。三日しか入院してないからだ。

 たったの三日でここまで治るものなのだろうか。俺は医学にくわしくないので治療については分からない、分からないが生理学については少しばかり知見があるのではっきりわかる、これは異常だと。


『パパ、体の調子はどう?』

『完璧。全く悪い場所が見当たらないな。腹部は全くもって怪我する前と同じパフォーマンスだし、心臓まで動いている。俺は全く持って健康に戻った。問題は俺が死んでいるっていうだけだ』

『それって、死んでいる、なの?』

『まあ、どうやら死んでいるらしい』


 俺は困惑しながらも脳内AR人体図を眺める。エラーの文字。生体反応を検知できていないようだ。


 俺は生きている、と思う。俺は死の淵から蘇り、この通り体を治すことに成功した。失血した分は輸血増血し、潰れた内臓は移植した。骨は砕かれたパーツを金属で繋ぎとめ直してゆっくり癒着結合させて元通り、潰れた筋組織などはインプラントされたナノ・マナマテリアルによる体内オペレーションで少しずつ修復していった。気功術による自己活性と刺青の回復魔術も施して、全面的に俺の肉体は復旧した。

 加えて、心臓も元通りになったらしい。俺の心臓は一時的に停止していたらしいが、オートランのstyle関数'First_Aid'による電気ショックで心臓は無事周期細動に復帰、今でも元気に脈打っている。

 

 では何故俺が生きていると検知できないのだろうか。


『まあ生きてるからいいか』

『そうだよパパ、動いてるからOKだよ! お医者様にも退院OKですって許可もらってるし、もはやパパは生きているも同然だって!』

『だよなあ、本当何で俺死んでることになってるんだ? 納得がいかないぞ微妙に』


 何となく腑に落ちない。

 一応、医者は俺の健康を太鼓判を押して保障してくれた。俺の体のどこが不健康かというと、多分だがどこも不健康じゃないのだろう。医者も首をひねっていた。というか「え、死んでいると判定された? どんなフリーソフトですか? ……聞いたことないなあ。いやでも僕が言うんですからはっきり大丈夫ですよ、あなたは生きてますよ、ええ!」と言われた。

 しかしもしもそうだというのなら、この内心に走る不安は何だ?


 どことなく、今の俺には生命感がなかった。


『それに、白の魔術師から気になるメッセージが来たんだ。"生き返る術を教えます"って、何だよ詐欺のDMかよって思うような文句でさ』


 生命感がない、という不安感はもしかしたらこのメッセージのせいかも知れない。白の魔術師は神官でもあるため、生命の神秘に携わることが必然的に多くなる。彼女による回復の御業、蘇生の御業、などを目の前で見せられていると、彼女は人の生死を司る力があるに違いないとすら思えてくる。

 

 瞬間フリッカの顔が凍りついた。


『破棄して無視してブロックして』

『……フリッカお前、白の魔術師嫌いすぎじゃない?』

『白の教団の記録天使エスリンは敵』

『え、え! あ、そういえば一緒の名前だ! 言われてはじめて気が付いた!』

『……ほら、そうやって認識をずらされる、だから危険なの』


 脳内拡張の世界でジト目のまま非難の意を伝えるフリッカ。


 彼女の様子を見てふと思う。認識をずらす。白の魔術師エスリンもまた、エスリン。俺が今まで出会ったエスリンは、白の教団の記録天使エスリンであり、『La Cosa Unione』の秘書・『目』のエスリン。いや、白の教団の記録天使? リピカって名前じゃなかったっけ。それに『La Cosa Unione』の秘書って名前聞いてなかったような。

 徐々に記憶がぼろぼろと零れ落ちるような感覚に襲われる。おそらく魔術。名前を思い出そうとすると名前の記憶を失う類の魔術なのだろう。俺も愛用している魔術だ。アルフレート、という本名を悟らせないようにかけている魔術防壁の一つ。


 じゃあ何故フリッカは忘れないのだろうか。同じように白の魔術師の、えっとあれ違うな、白の教団の記録天使の本名保護のための認識阻害魔術をくらって尚平気なのは何故。

 フリッカには認識阻害魔術が利かないのだろうか。彼女だけが、エ、えっと、なんだっけ、取りあえず記録天使の名前と実態を覚えていられる能力をもっているのではないだろうか。


 そういえば。俺とフリッカが出会ったあのカフェテリアでの出来事を思い出す。

 あのとき俺はモカコーヒーとクロワッサンを食べながら、しかし認識齟齬を周囲にかけていた。周囲の人に見つからないようにだ。つまり俺はあの時普通、誰にも発見されないはずなのだ。

 でもフリッカは俺を発見した。「ハロー、パパ」とかいいながら普通に挨拶までした。つまり彼女は普通に俺を見つけることができたというわけだ。

 認識齟齬を乗り越えて。


『……どうしたのパパ?』

『いや、フリッカってすげえなって』


 俺は考えを途中でやめた。

 差し当たり俺が考えなければいけないのは、俺が死ぬ未来を変える方法だ。

 だからどうでもいいのだ。俺が脳内AR人体図の判定で死んでいるとか、白の魔術師が生き返る方法をメールして来たとか、えっと何でこんな話になったんだか忘れたけど記録天使の認識齟齬をフリッカが無視できるだとか、そんなことはどうでもいいことだ。


 そう、どうでもいい。娘が少し得体が知れないからといって、信じるしかないのだ。

 そういえば記録天使の本名を覚えていられるぐらい認識能力高いフリッカなら、もしかしたら俺らの同僚で本名保護認識阻害魔術が凄く強い白の魔術師の本名も記憶出来るんじゃないか、とかどうでもいいことを考えた。


『……パパ、変なの』

『いや、何でもない』


 何か大事なことを忘れた気がするが。

 いや、大事なことは俺が生き返る方法、えっとそうじゃない、俺が死ぬ未来を回避する方法だ。

 だめだ、どうにも思考が誰かに操られている気がする。何故だ?






【おいクソ兄。傷の具合はどうよ】

「どうしたアミィ? そうだな、何でか知らないけどどうやら完治したみたいで、痛むこともないな。生活の範囲で動かす分に支障は全くない」


 アストラルネットでもモカコーヒーは美味かった。


 仮想現実ではなく、擬似現実。アストラル精神体の有機的な繋がりで構成されているアストラルネットワーク『ワイヤード』は、擬似現実だ。現実に程近い。

 例えばネット上にあるアバターカフェサイトは、現実でのカフェとほぼ同じである。モカコーヒーを頼むこともできるし砂糖とミルクを注ぐことも出来る。スプーンで少しかき混ぜてからモカコーヒーを一口含むことも出来るし、その後味と香りを楽しむこともできる。クロワッサンを一口かじって、やはりモカコーヒーとクロワッサンは良く合うな、と思いながら食事だってできる。


 何が違うか。現実じゃないだけだ。俺の胃袋の中にモカコーヒーは注がれないしクロワッサンは溜まらない。

 ただ単に、味覚と食欲を一時的に満足させるだけ。ヴァーチャルとは少しニュアンスが違う。


 端的に言うと、今俺はワイヤードネットワーク内に接続して、カフェを堪能していた。

 何故か知らないが、俺の妹『黒の魔術師』アマーリエと一緒に、だ。


【そう。それなら問題ない】

「いやまあどうやら俺のお腹って、病院運ばれた瞬間こそネギトロだったみたいだけどさ、今はもうむしろ怪我する前より腹筋割れたんじゃねえのってレベルで元気なわけ、心配かけてすまんな」

【……冗談を言えるなら問題ないな】


 黒の魔術師アミィは、【はあ、どうせなら死んどけよ】と言いながらパンケーキを口に運んでいた。

 まあ心配をかけてしまっただろうな。このとおりモカコーヒーを飲んでクロワッサンを食べたいってなるぐらいには健康だ、と自分の元気さをアピールしておく。


「それでまあ、俺の腹とか腕とかには後遺症とか、気掛かりとかは特にない。体は全くもって健康そのものだ。……気掛かりは他にある」

【気掛かり?】

「ああ。どうやら俺、まだ死んでいるみたいだ。どうしてだ?」

【ああそれ、そうそう、どういうことなのかこっちが聞きたいレベル】

「病院で言ったよな。俺まだ死んでいる、今から生き返るために頑張るって。……でもさ、生き返るために一通り頑張って体完治したのに、何か俺死んでるんだけど。リビングデッドかよって話」

【……ホント、お前、何か想像の範疇を超えてくるな】


 どことなく遠い目をする妹アミィ。

 妹には悪いことをしたと思う。周りの評価は、俺は双子の出来る方、彼女は双子の出来そこないの方、と言われてきた。それは俺が転生者だからだ。俺は賢かったし、彼女はコンプレックスを抱いただろう。

 それだけじゃない。アミィは。


 いや、やめよう。

 俺は過去の自分勝手に対する自己嫌悪の苦さを覚えていた。モカコーヒーでごまかす。どっちみち苦いことに変わりはない。


「想像の範疇を超えてくるって、そりゃアミィもだろ。その姿、想像の範疇を超えているぜ」


 俺は冗談を言って話を逸らすことにした。卑怯な気がするが、知った話ではない。


【何だよ?】

「そのゴスロリモノクロのアイドル衣装。……お前、ネットのアイドル『ゲス顔ブラック★キャンディ』ちゃんだろ?」

【……】

「怒るなよ、笑ってない。馬鹿にしちゃいない。ただ想像の範疇を超えているってだけだ」

【……笑いたきゃ笑えよ】


 目の前にニッチな人気のマイナーアイドル『ゲス顔ブラック★キャンディ』がいる。

 俺は良く知る、良く知らない双子の妹の、意外な一面を見た気分であった。新鮮だったのだ。少し嬉しい自分が浅ましかった。


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