End of Love? 1
「みはま」ではない店で、来栖ではない男と一緒に酒を飲んでいる。
いつかこんなことも当たり前になるんだろうか。今みたいに。
少なくとも今は違和感でいっぱいだ、と紗江は思った。
薄暗い照明のバーで珍しくカクテルなんかを飲みながら、隣に座る翔太の皿からナッツをつまむ。自分の分はとっくに空だ。彼とこうして一緒に酒なんか飲むのは数年ぶりのはずなのに、翔太が苦笑をもらすさまはついこの間にも見たような気がする。
「なに、今日はあんま呑まないね」
「んー…そうでもないけど」
来栖に限らず、もちろんこの翔太も、極限まで酒が入ると紗江がどうなるか知ってるわけで、その上で「酒すすんでないね」なんてセクハラじゃないかと紗江は思ったりする。が、その直後再びナッツをつまもうとした手のひらをぱちんとたたかれた。どうやら思っていたことが顔に出ていたようだ。
『カクテルの種類が多くて、酒がおいしいと評判らしい』とそのバーを紹介したのは翔太の方で、何がこっちに戻ってきたばっかりだよ、と半分紗江は呆れたものだったが、お互いこの年になってまったく異性の影がないというのもおかしな話だろう。その上、紗江が翔太と付き合った頃と比べて数段男前があがったように思える…というのは、元恋人としての贔屓ではない。と紗江は思っている。
「なんか意外としっかりしてんなー、結構飲んだろ」
「学生じゃあるまいし」
そんなにしょっちゅう潰れてたまるか。
だいたい、自分が酒に強いことなんか知っているくせに。
翔太が連れて行ってくれたバーはなかなかよかった。今度はひとりでも来よう。どうせ来栖はああいう酒は好きではないだろうから。
そんなことを考えながら、紗江はふらつきもせず薄暗い階段を下りていく。下に向かうにつれて繁華街の雑多な夜の雰囲気が濃密になっていくのを肌で感じとれる。するりと腰にまわされた腕に逆らいはしない。
「2軒目、行く?」
「そりゃ、行きますよ」
なんせ金曜日だし。
紗江はその腕に促されるままに歩く。
今頃、別の女と一緒にいるだろう来栖のことを考えながら。
来栖が主任になったのと、見合い話が持ち上がったのはほとんど同じ時期だったように思う。花粉症の紗江がいよいよ鼻をぐずつかせる頃、世の中は新しく動き始める。
「みはま」へ足を運ぶ回数が減ったのはどちらからともなく。会おうとしなければ意外と会わなくて済むものなんだなあ、と他人ごとのように紗江が考えていたのがひと月まえの話だ。
そのころからもやもやもやもや、どこか今の状態が気に食わないことに、敢えて気付かないふりをしていた。
やはり女性が多い職場では噂が広まるのも早い。
「吾妻さん、来栖さんの話、知ってました?」
「えぇ?何が?」
休憩所の自販機でいつもの缶コーヒーを買う。しゃがんで缶を取り出していたら、後輩の弾んだ声がした。
「知らないんですかー?最近、来栖さんのカノジョの話で持ちきりなのにー」
「へえ、そうだったんだ」
紗江の苦笑は、後輩には伝わらなかったらしい。
持ちきりも何も、紗江は来栖自身から話を聞いていたから知らないわけがなかったが。
「この間、同期の子と晩御飯に行ってたら、駅前のシティホテルに女の人と二人で入っていくところをちょうど見かけたんですよー。近くに映画館のある」
「ああ、あそこね」
「もうみんなショックですよー、来栖さん、うちの皆の目の保養だったのに」
「別にカノジョがいたって目の保養はできるじゃない」
紗江がくすくす笑う。
「でも、他人のものだと思うとなんか悔しいじゃないですかー」
そういって膨れる後輩は、ホットティーを片手に去って行った。
「他人のものねえ……」
誰のもの。
誰かのもの。
来栖との間で、そんなこと考えたこともなかった。
きっと頑固で融通の利かなそうなあの男は、誰かのものになったら他の人に手を出したりなんてしないのだろう。
カンカン、と爪で缶コーヒーの表面を弾く。
だからかもしれない。
翔太と再会してからというもの、来栖の付き合いが悪くなりだしたのは。
翔太のことなんて、当然のことだが、来栖には一言も話してないのに、すごいなあと紗江は思う。お久しぶりとばかりにさっさと翔太と寝てしまう自分も自分なのだが。
来栖ときたら、まるで出来のいい警察犬みたいだ。
そのイメージが妙にぴったりで、なんだか笑える。
紗江はまだなみなみと中身の残っていたコーヒーを飲みほした。
-to be continued-