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End of Love?   5


 幹事をしてくれたのはいつだったかショーの前日に商品の手配ミスをしでかした例の後輩だった。疲れ果てて帰社した紗江にほとんど泣きそうになりながら頭を下げてきたことが遠い昔のことのように思える。

『吾妻さん…!ほんとに、ほんとうにすみませんでした!』

 今度何か御馳走させてくださいとかなんとか言われていたのを適当にあしらっていたら、とうとう異動になってしまった。「なってしまった」も何も、自ら望んだことではあるのだが。

 いかにもその後輩の好みらしく洒落たイタリアン居酒屋で、その女性に好かれそうな内装や店の雰囲気に、数少ない男性連中は少し居心地が悪そうだったが、人数比は当然のことながら女性が大半なので、あまり問題はなさそうだ。

「吾妻さーん…吾妻さんがいなくなったら寂しいですよー…」

「おー、お疲れー。お店の予約とかしてくれたんでしょ?ありがとね」

「全然ですよー!何言ってるんですかー!」

 この際、ワインを注ぐ手つきが荒いことには触れないでおくことにした。

「私、もっと先輩といろいろお話したかったですー…」

「そんな大げさな。別に同じ社内にいるわけだし、なんだったら今度一緒飲みいく?」

「行きます行きます!」

 そんなこんなで後輩とトーストにエスカルゴを乗せながらつまんでいると、向かいにいた先輩も身を乗り出してきた。

「あ、いいなー。吾妻さん、昼もよく一人で食べに行ってるから誘っていいのかなーって思ってたのよ」

「あー…昼は安くて気に入ってた定食屋さんあったんで、よくそこで食べてて…」

 そんな紗江の言葉に後輩も先輩も噴きだした。

「お昼いつもいないなーと思ったら、定食屋に行ってたんですか!吾妻さん…」

「まー『ランチ』って感じじゃないもんね、吾妻さんは」

「いや、いっつもそこにいるわけじゃないですよ。社食に行くこともあるし」

 なんだかんだ今日の送別会が今更ながら同僚と親睦を深めるきっかけになったことは確かで、ひそかに感謝した。よもや送別会なんかないんじゃないか、と思っていたところだったのだ。

 ちょっと、と言って立ち上がり、トイレに向かう。男性用トイレは人が入っているらしく、ドアから少し離れたところで男が一人順番待ちをしている。

「……吾妻」

 できれば送別会が終わるまで一対一で会いたくなかった。

「お疲れ様です」

 いつもだったらそんなこと言わないくせに、こうして話すのが久しぶりすぎて調子が狂う。ただ、トイレの前なんていう色気のない場所ではあるのだが。

「婚約したんですよね?おめでとうございます」

「……あんたの方こそ決まった相手がいるらしいじゃないか」

「…おかげさまで」

 会話のほとんどが嫌味の応酬というのは以前と何も変わりがないのだが、相手の腹を探り合うようなやり取りをしている自分になんだか途方もなく嫌気がさした。

「……」

 気まずいならさっさとトイレに入ればいいのに、なぜだかいつまでも同じ時間を共有したくて、去りがたい。そんな中、来栖はわずかにネクタイを緩めた。

「最近、俺はあんたのことばかり思い出してる」

「な…」

 苦しそうに眉間にしわを寄せている。酔っているわけではないはずだ。

…だめだ、混乱してる。

 来栖はそんな紗江の様子に気づいた風でもなく、言葉を続けている。

「困る。迷惑してるんだよ」

「そんな勝手なこと言われたって…」

 馬鹿。顔が火照る。

自分にはちゃんと彼氏らしき相手がいて、来栖にだって婚約者がいる。だけどどうしようもなく、この他人の男が欲しくてたまらなかった。

 迷惑なのはこっちの方だ。この歳になって今更、愛だの恋だの言う気なんてなかったのに。

 今更気づいてしまった自分の馬鹿さ加減に心底あきれる。

「私だって迷惑してますよ」

「何にだ」

「来栖さんがあんないいところのお嬢さんと仲良くしてるから…」

 苛々して仕方ないんです。

 そう言って、顔を上げるとまっすぐ紗江を見る来栖の視線とがっちりぶつかった。

「あんたは…」

 来栖が苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 その時だった。埋まっていた男性トイレからがたがたと物音がしたのは。




「しゅにーん、お待たせしましたー…やっぱ俺、オリーブオイルってどうも腹に合わんみたいで…って、あれ?」

 ドアを開けた先に、先ほどまで待っていたはずの来栖の姿はなかった。

「待ちくたびれて戻ったか?…なんか申し訳ないな」

 トイレから出た男性は、再び酒の席へと戻っていった。




 遠ざかっていく足音が薄っぺらなドア越しに聞こえた。

 そこはドアを開けると小さな作り付けの手洗い場と便器がある、狭っくるしいトイレだった。一応、照明や脂取り紙などの小物は小洒落ているが、広さばかりはどうにもならなかったらしい。後ろ手に閉じたドアのカギが、向かいの来栖の手で閉められる。

 ガチャリ、というその音が、なんだかやけにはっきりと聞こえた。

 向かい合って立っている来栖の両腕に閉じ込められたような形だ。女性用のトイレなんかに連れ込んだのは紗江の方だが、来栖の普段から潔癖なところと、こんな場が似つかわしくなくてなんだかおかしい。

「あんたは、相変わらず最悪だ…」

「…はぁ?」

「いつだってこっちのことなんか関係なく好き放題言いやがって…」

 久しぶりの来栖とのキスはワインのにおいがした。




  -to be continued-



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