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交換日記

「あなたはいったい誰なんですか」石山(けい)はノートに書いた。


啓は高校1年生の男子。季節は9月の終わり。さすがにもう暑い日はなくなり、すごしやすい時期となっていた。ある日、机の中に、封筒を見つける。封筒に差出人の名前はない。開けてみると、「私と交換日記してくれませんか。お返事は、机の中に入れていただければ、私に届きます」とかわいらしい女子の字で書いてある。手紙にはそれだけで、名前も書いていない。


主人公はためらったが、特に今付き合っている女子もいなかったので、「いいですよ」と破ったノートに返事を書いて机の中に入れた。たぶん誰かがこの紙をその女子に届けてくれるのだろう。


翌々日、今度はノートが机の中に入っていた。「ありがとう。交換日記してくれてうれしいです」とある。相変わらず名前はない。


 啓は「あなたはいったい誰なんですか」と書いて、ノートを机に入れた。だれがノートを取りに来るのか、しばらく待ってみようと思い、授業が終わってからクラスで最後の一人になるまで残っていたが、だれもノートを取りに来ない。「ま、いいか」とその日は帰ってしまった。


 何度かノートをやり取りした。

 向こうが書いてある内容は、「今日学校の帰りに子猫を見つけたが、ウチはペット禁止のマンションなので拾うことはできなかった」「今日は駅前通りでおいしいパン屋さんを見つけた」など。こちらが書くのは「趣味は模型工作」「週1回、塾に通うことにした」など。

 

 啓には大学2年生の姉がいる。姉に交換日記のことを相談する。

「実は今、女子と交換日記をしているんだけど、相手が誰だかわからないんだ」

「え、どういうこと」


 啓は姉に今までのいきさつを説明する。

 啓の姉は、「そんな交換日記、断っちゃえ」とアドバイスする。「正体を明かさないのはちょっと怪しいわね。付き合わない方がいいんじゃない?」


 反対されるとかえって彼女のことが気になりだす。


「そういえば姉ちゃんって男性と付き合ったことあるの」と啓は聞く。「高校生の時、付き合った彼がいたけど、別の大学に進学して、なんとなく疎遠になっちゃった」とのこと。

「どうやって付き合うことになったの?」

「彼からラブレターを渡されたのよ」

「ふうん、そうなんだ」と啓は応える。


「こんどこそ正体を見つけてやるぞ」啓は放課後、ノートをとりに来る人を待った。

 やって来たのは同じクラスの笹川良子(りょうこ)だった。


「笹川さん、日記を書いてるのはきみだったのかい」

「いいえ、違うわ。別の女の子よ」

「その子の名前を教えてくれないか」

「それは、言わない約束なの」と良子はつれない。


 交換日記の相手は、相変わらず名前をあかさない。そして、「今度の日曜日、動物園でデートしませんか」とあった。「私の目印はトーンオントーンのワンピースと赤いポシェットです」とある。


 啓はさすがに迷った。タイプじゃない女の子だったらどうしよう。啓は中学時代、片思いの女子がいたが、勇気を持てずに告白できずにいた。


 結局「なるようになれ」と覚悟し、相手にOKの返事を出す。


 そして迎えたデートの当日。

「石山くんですね。はじめまして。杉田春香(はるか)と言います。私は1年4組。隣のクラスです」


 初めてみる顔だった。ロングヘアーが風に揺れている。目鼻立ちが整っている。

 しかし啓はいささか違和感を覚えていた。なんでこの子は匿名での交換日記なんて思いついたのだろう。


 啓はその点を春香に訊いてみた。

「どうして匿名だったの」

「そのほうが空想の世界にいるみたいで、夢があるじゃないですか」と答えが返ってくる。

 そういいつつ、こうして現実にデートしている。啓は展開についていけない。どうも自分のペースを狂わされているような気分だ。


「杉田さんは動物が好きなの?」啓は尋ねる。

「ええ、好きよ。この動物園のコアラは有名なのよ。見に行きましょう」


 コアラは木にしがみついたまま動こうとしない。

「のんきだなあ、コアラって」

「でもかわいいじゃない。抱っこしてみたいわ」


 デートの翌日、同じクラスの笹川良子が、「伝えたいことがあるの」と啓に言ってきた。

「放課後、教室に残っていて」と良子。


 2人きりになる。「石山君、春香とデートしたんだって? 春香から聞いたわ」

「うん、したよ」と啓は応える。

「じつは、私も、石山くんのこと好きなの」

「ええっ」啓の頭は混乱する。これって「両手に花」っていうやつ? いやいや、落ち着いて考えなければいけない。同時に2人から好きだと言われて、僕はどちらを選べばいいんだ?


 待て待て、杉田春香はデートしたとき、僕のことを好きだと明言はしなかった。もちろん、好意をよせていたからこそ、交換日記を申し込んできたのだろうが、直接告白を受けたわけではない。


啓はまた姉に相談する。


「このーもてもて色男が」

「姉ちゃん、ふざけないでよ。僕にとっては深刻なんだから」

「わかってるわよ。少し時間をおいてみるっていうのはどう? 啓がどちらの子を好きなのか、じっくり考えてみたら?」

「そうだね、そうするよ」


 啓は春香との交換日記に、「僕に3か月間時間をください。この日記を仲介してくれた笹川さんから、好きだと告白されました。今、僕は迷っています。あなたのことを本当に好きかどうか、自分の心に確かめてみます。それまで交換日記は中止します」と書いた。


 そして良子にも同じことを伝えた。良子は驚き、「でもうれしい。まだ可能性が残っているのね」と言う。


 そして迎えた12月。クリスマスプレゼントをどちらに贈るかが問題だ。


 啓は3か月間悩んできた。春香は美人だが、良子の気持ちを忖度できなかったという欠点がある。


 普通なら、交換日記の仲介を頼む前に、良子の気持ちを確かめるだろう。もし良子が啓に思いを寄せていたら、交換日記なんて頼めないはずだ。そこが無神経だと思う。


 それに、最初から堂々と名前を名のらなかったことにも啓は違和感を感じていた。こちらの気持ちをテストしたいだけだったのか。だとしたら自分は傷つきたくないという、打算的な考えだ。


 一方、良子は、クラスの女子の中で人気者で、面倒見がいい。啓の前では思いを顔に出さないようにしているが、ときおりつらそうな表情をする。やはりクラスが同じだと、日ごろの行動がよく見える。


 初めてのデートで春香から聞いていたメールアドレスに、啓はメールを送る。「あなたとのデート、楽しかったですが、僕は笹川さんのことが好きです。笹川さんと付き合うことにします」


「そうなの。わかりました。私はいさぎよく身を引くわ。2人ともお幸せに」と春香から返信が来る。


 そして啓は、放課後に喫茶店へ良子を誘い、告白する。「笹川さん、僕はあなたのことが好きだ。付き合ってください」良子はびっくりして「え、今なんて言ったの」と聞き返す。

「だから、僕は笹川さんと付き合いたいってこと」と啓は応える。


「そのこと、春香に伝えたの」

「うん、もちろん。納得してくれたよ」


 良子は目をふせながら「本当なのね……」というのが精いっぱいだった。

 ややあって、「私が最初から交換日記の仲介役を断っていれば、春香にいやな思いをさせずに済んだのに」と良子は小さな声で言った。


「まあ、過ぎたことはしかたないよ。でも杉田さんもすぐに別の彼氏を見つけることができると思うよ」と慰めるように啓は応えた。


「クリスマスプレゼント、何が欲しい?」と啓は尋ねる。

「なにもいらないわ。気持ちだけで十分」

「遠慮するなよ」と啓。

「じゃあ、こんど石山くんの家に遊びに行ってもいい?」

「もちろんいいよ」


 そして数日後。良子は啓の家に行く。

 啓は「はい、クリスマスプレゼント」と言って手作りのオルゴールケースを手渡す。

「まあ、これ石山くんが作ってくれたの?」

「へへ、こう見えても工作は得意なんでね」


 啓の姉が、部屋を覗き込む。

「青少年諸君、恋をしているか?」と姉が2人に向かって言う。

 2人とも顔を赤らめながら、「ハイ」と答えた。


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