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インカの目覚め

南アメリカ大陸の中央アンデス山脈には15〜16世紀大帝国があった。


帝国はインカと呼ばれケチュア族が支配をしケチュア語で自らをタワンティンユースと呼んでいた。


インカの歴史は残念なことに文字文化がなく15世紀に即位した第9代皇帝パチャクティク以前は全て伝説の領域になる。


伝説では初代皇帝カパックが部族を率いて13世紀頃ペルーの南部クスコに移住して始まるとされる。


このカパックはどこから流れてきたのかはまったくの不明。神格化されているために創作された可能性もある。


初代皇帝から第8代皇帝のビラコチャまでは領地は首都クスコの周辺しか統治はなかった。


1430年代にペルー中南高地に勢力を持つチャンカ族を破ってからインカは勢力拡大を図ることになる。


第9代パチャクティクの指導により息子トゥパック・ユパンキ(1463〜1493年頃)が領地拡大に精を出す。領土が広がるのは第11代ワイナ=カパック時代(1493〜1525年頃)

エクアドルから北アルゼンチン・チリにまでその統治権限は至り最大版土獲得となった。


ところが1525年第11代ワイナ・カパックが没したらインカの継承をめぐり息子たちが対立をしてしまう。


史実として残るはエクアドルのインカとクスコのインカが激しく対立をして内乱を起した。


この争いで帝国が弱体化をしてしまう。


勝ちはエクアドルのインカとなる。


本家インカが負けてしまいエクアドルのインカが天下を奪い取ったとなる。


その直後1532年8月スペインのピサロが首都クスコに侵入する。このピサロは約2000人ぐらいの人数であったがアッという間に人口20万を越えたクスコを占領し領地にしてしまう。クスコとしては短期間に2回襲撃をされ散々な話である。内紛で弱体化したインカ帝国の時期にドンピシャリと嵌まりスペイン人ピサロがクスコ(ペルー)に侵入してきたようだ。


侵入したスペイン人たちが、

「規模も豊かさもヨーロッパのいかなる国より各上と見えたインカ帝国である」

そんな高度文明の栄華を誇るインカ帝国を占拠できたのはワイナカパック皇帝の残した愚かなる息子たちの内紛があったからとも言われている。


他にインカ帝国倒壊の理由は、

・スペインの優れた防具に威力がありインカに恐れられた。


・インカ族による帝国統治に対する庶民族の不満があった。スペインを機会にインカの内紛となる。


・伝染病の余波


インカ帝国はスペインのピサロに簡単に植民地化されたが一部のインカ貴族はクスコの北西の谷町に立てこもり1571年まで抵抗をする史実もある。


インカ帝国は夢とロマンを感じさせてくれる偉大な帝国となって世界に知られていく。


スペインにインカからもたらされたものには、

・じゃがいも

・トウモロコシ

・インゲン豆


じゃがいもは高地栽培に適して繁殖能力も高く瞬く間にスペインから欧州諸国で繁殖をされることになる。インカ帝国の時代に既に200種を越えるじゃがいも。現在はさらに品種改良をされ2000種に増えた。


夏休みの半ばに入ると仲良く正之と久子ボリビアとの国際友好姉妹都市の留学生として一路南米諸国へと向かうことになる。日本から南米諸国へのフライトはアメリカを経由しペルーの空港に到着をする旅順(ツアー)である。

「ねぇ正之くん聞いたかしら。アメリカにストップオーバーするんだって。半日ぐらい時間があるらしいのよ。街も観光もできるらしいのよ」

正之と久子は真新しいパスポートを貰い南米への空路を思い描く。

「アメリカ合衆国にも行けるなんてちょっと得をした気分だ。ついでだからアメリカ大統領に挨拶のひとつでもしてくるか。今は誰が大統領だったかな」

アメリカ大統領選挙が近いことを指していた。


さっそく二人は観光ガイドを見てみる。ラスベガス空港近辺でなにがあるか観てみる。地図を広げたら砂漠であった。

「アラマッ。蝎とサボテンしかないみたいね。カジノやるしかないのかな」

正之はどうしようかと困り顔。

「サボテンと砂漠ではなあ。お水でもばら蒔いて気を晴らすかアッハハ。あっそうだ。テレビでやっていたけどアンデスはじゃがいもやトウモロコシの発祥の地なんだって。じゃがいもは2000種類もゴロゴロ転がっているんだってさ」じゃがいもと聞いて久子は顔色が変わる。

「それだけたくさんあれば好きなだけポテトや肉じゃがが作れましてよ。肉じゃがは凝ってしまったの。たまにウチで作ってみるんだけどね」

久子のじゃがいも料理は兄貴パクパク食べてくれても父親はいまひとつであった。

「正之くん私の肉じゃが食べてみる」

久子は腕まくりをヨイショとしてみせた。正之はイヤイヤをして後退してしまう。久子はそれを見逃せなかった。

「ムッ」

さらにマクドナルドのフライドポテトが大好きな久子。コカ・コーラの原材料コカもアンデスが原産地だと知りわくわくとなる。

「ポテトにコカ・コーラがアンデスにあるなんてね。後はハンバーガーの登場を待つばかりだわ」

食べ物にはなにかと目がない久子。

「正之くんのお母さんからじゃがいもの食材を頼みたいわ」

いくらなんでも古代インカ帝国にコカ・コーラとハンバーガーはどうかなと想像をして正之は笑う。

「あのさ自慢だけどさ。うちのお母さんね、いも料理とか煮物は得意だよ。里芋の煮っ転がしとか肉じゃがいもなんか美味しいよ」

あらっ嬉しいわねと久子は喜びを現した。


デパートの帰りにじゃがいもコロッケを買って二人はムシャムシャ分け合い食べた。


芋ネエチャンが食べたじゃがいもコロッケ。


南北アメリカ大陸のガイドブックを正之は眺める。ちょっとした基礎知識を詰め込んでおきたいと考えた。

「アメリカ大陸はどうして始まったのかな。欧州諸国からみた世界史ならばコロンブスの発見に辿りつくとなるのか」

正之は世界史の授業を思い出す。


欧州の北欧諸国。この国にはバイキング民がおりバルト海を自慢の舟で航海をしていた。手漕ぎ舟から始まり帆舟と航海技術は高まる。河川・近海・遠洋と順番に遠い航海に乗り出す。


その北欧バイキングは早い時期からアメリカに渡り大陸の存在を知っていたのではないかと言われてもいる。辿り着く意識で大陸に航海した場合や難波舟でしかなく上陸をした場合もなきにしもあらず。


欧州から見たアメリカ大陸の発見はどんな感じか。


ジェノバ人が西アフリカの黄金海岸町ミナを訪れ、

「ポルトガルの黄金貿易はたいしたものだ。アフリカの金銀財宝をいくらでも採掘している」

ポルトガルこそ航海の先駆者でありその恩恵に預かりたいとジェノバは羨ましく思った。

「黄金財宝はアフリカの他からは手に入らぬものか。ポルトガル以外からは手に入らぬか」

ポルトガルと喧嘩をして財宝は取れない。


マルコポーロの書に大変な記述があった。


東洋のジパング(日本)に黄金がザクザク豊かな島がありその近くの大陸カタイにも金銀の溢れる商業港があると書いてあった。


「ならば行こうかジパングに。ポルトガルの大西洋を西に船を進ませれば比較的短期でインディアス・アジアに到着できる」

イタリアジェノバ生まれのコロンブス。船乗りとして働き20歳の時に海難事故に遭いボルトガルに漂着する。そのままリスボンに住み地図作りの仕事に従事をする。


リスボンでは海外への商船隊や探検隊を間近に見ていた。

「航路が決まれば早く船を出し黄金を採りにいくぞ」

イタリア・ジェノバのクリストフォロ・コロンボはさっそくこのインド航路発見の航海計画をポルトガル国王に売り込み資金援助を頼む。

「王様お願い致します。ジパングへの航海に援助を願います」

がポルトガル国王には断られてしまう。

「仕方ないスペイン女王さまに頼もう」


今度はスペイン女王に拝謁し同じく航海の資金提供を訴えた。しかし当時のスペインは国土回復運動の真っ最中。そんなあるやないやわからないインド航海なんぞに回す資金などなかった。


しかたなくまたポルトガル国王に援助を求めていく。


ポルトガルではバルトロメ=ディアスがアフリカ希望峰に到着したばかり。アフリカ大好き国王にはまた断られてしまう。

「しゃーあない。スペインのイザベル女王にもう一度頼む」


1492年1月。グラナダ陥落直後にイザベル女王に拝謁できてなんとか探検の計画を受諾してもらう。…サンタフェ協約を結ぶ。


説得は7年にも及んだがついに3艘の小さな船を与えられた。



この協約により提督となり発見した領土を副王として管理する権限を貰う。またそこから得られる富の1/10を所有も認められた。


1492年8月3日南スペインのパロス港から出帆する。結果的にはアメリカ大陸発見の航海となる。


カナリア諸島を経て西に向かい10月12日にはバハマ諸島のサンサルバドル島に到着をする。

アメリカ大陸には4回の航海を数えた。しかしコロンブスは、

「この地こそはインドでありアジアだ。どこに黄金の国はあるのか。まだ見つからない。もっと奥地や周辺を徹底して探してやらねばならぬ」

あくまでもアメリカ大陸を疑わなかったコロンブスらしい。これが世界史に登場をする航海の英雄コロンブスのアメリカ大陸発見である。


コロンブスは翌年にスペインに帰りバロセロナに滞在をしていたイザベル女王とフェルナンド国王に拝謁した。


コロンブスが持ち帰った金塊や色鮮やかなオウム。さらには連れて来てしまったインディオ(現地民族)。


女王も国王もコロンブスがアジア航路を発見したと信じた。


ところでこのコロンブス。とんでもないペテン師のユダヤ人ではないかと噂をされている。


スペインから航海に出ていく際にコロンブスはとある『地図』を携えて持っていたというのだ。


エジプトはアレキサンドリア。このマケドニアの王子アレキサンダーが建造した計画都市に世界で一番古い図書館があった。


アレキサンドリア図書館には膨大な本や資料が蔵書されていた。その図書館が造られた当時から、

「アレキサンドリア図書館にない本はない」

とさえ言われていたのだ。


スペインからコロンブスはアレキサンドリア図書館の存在を聞きつけて、

「航海チャートを作ってしまいたい。図書館にある世界地図を閲覧をしたい」

遠路はるばるアレキサンドリアに訪ねたという。


アレキサンドリア図書館は古代地図をコロンブスに閲覧させた。


その図書館でコロンブスが閲覧した地図とは。


古代世界地図にもかかわらずアメリカ大陸が描かれていたらしい。さらには南極大陸まで正確な陵線があったというのだ。


世界史では、アメリカ大陸はこのコロンブスが発見したことになる。南極大陸に至っては20世紀になり航空写真測定方式が可能になって初めて存在がわかったのだ。


コロンブスは4回アメリカ大陸に航海をしているがその航海日誌のどこにもアレキサンドリア図書館の古代地図を参考にしたとは記述がない。隠していたのか、単に噂だけであったのか。コロンブス自身に聞かないとわからない。


コロンブスが渡って以降にスペイン人がアメリカ大陸に続々と定住をし始めた。1519年太平洋の発見者であるヌニェス・デ・バルボアを処刑にしたパナマ総督ペドラリアスはその年にパナマ地狭の太平洋岸にパナマ市を建設する。ここパナマを拠点として探検を開始した。


ペドラリアスは北の地方に興味がありコスタリカ・ニカラグアを探索をする。


フェルナンド・コルテスがメキシコに発見したような黄金郷がアステカの国々の中にあるであろうと期待してのことである。


ペドラリアスの忠実な部下がフランシスコ・ピサロであった。彼はパナマ地方に大規模なエンコミエンダをもつ裕福な人物である。後にインカ帝国を征服してピサロ侯爵となる人物。


フランシスコ・ピサロは南スペイン・エストレエマドゥーラ地方のトルヒーリョの生まれ。出生も幼児時代に関しては何もわからない。


フランシスコ・ピサロの父親は小貴族の家系で祖父は市会議員を務め父親もカピタン(隊長)の称号をもつ軍人だった。このカピタン・ゴンサーロ・ピサロが貧しい農家の娘フランシスカ・ゴンサーレスに生ませたのがインカ帝国の征服者フランシスコ・ピサロとなる。


父親はたくさんの嫡子と庶子がいた。ピサロの腹違いの弟たちはいずれも文字が書けた。ところがフランシスコ・ピサロだけは文字が書けず署名も釘文字で印をチョンとつける程度の完全な文盲だった。


1492年コロンブスがインディアスへの道(アメリカ大陸)を発見のニュースにスペインを沸き立てた頃ピサロは故郷トルヒーリョを出た。


1509年アロンゾ・デ・オヘーダがベネズエラからコロンビアの北岸を探検した際にフランシスコ・ピサロはカピタン(隊長)のひとりとして同行したと世界史に登場をする。


そのオヘーダが後に探検に失敗し立ち去るがフランシスコ・ピサロは残留部隊の指揮監督になっている。後任提督が来るとピサロはその指揮下になり自ら指揮を執らない。


次のバルボア提督の時も副官の地位に甘んじた。


1513年の『太平洋の発見』の文書にはフランシスコ・ピサロの名前はバルボアの部下の筆頭にある。バルボア没落後のペドラリアスがパナマで権力を握ってもピサロはなんとおとなしく部下だったらしい。


これから見るとピサロは初めは権力にしがみつかずナンバー2・次席に甘んじた男となって描かれ目立たない男に印象された。


その目立たないピサロだが千載一遇の機会が到来すると自分の全財産を投げ打って探検隊長になり乗るか反るかの大博打を打つ。


パナマを中心にして北にばかり関心を示すスペイン人に懐疑的となっていたのだ。

「北だ北だと騒いでいる。これだけ騒いでも新たなる黄金は見つからない。もはや枯渇したのではないか。ならばまだ荒らされていない南の海に行けばよいぞ。黄金財宝が眠ってるではないか」


他人が行かない方向に関心を抱く。ピサロはパナマにいて南の情報をかき集めた。

「黄金の話は噂でチョロチョロと聞かれる。後は確証が持てさえすればよいだけだ」

現地人から直に金の飾りつけを見て、

「よし行こう」


同志を募り3回に渡る困難な探索と努力で南アメリカ大陸のアンデス山中に眠る『黄金帝国』を知る。


1532年ピサロにはセバスティアン・デ・ベナルカサル(コロンビア征服者)やエルナンド・デ・ソト(北アメリカ探検隊長)など実戦的な経験豊富な人物が同行した。

「黄金は財宝は眠っている。黄金の帝国か。まだこの目で見たわけではないから安心はできない」

ピサロはパナマを出発してエクアドル海岸に上陸をする。

「現地人の言葉を信じていこう」


後は南アメリカ大陸をひたすら南へ下り始めた。


頭の中には黄金と財宝奪略しかなかった。


ピサロ一行は探検の途中カハスで大変な発見をする。

「なんということなのだ」


街が現れて大きな館が建つ。中に500人ばかり女がいた。彼女らは兵士のために糸を紡ぎ、衣服を作り、酒醸造を仕事にしていた。これがアクリャワシ(処女の館)だった。


インカ帝国はアンデス各地の異民を征服すると若い女をアクリャワシに集めた。インカの軍隊のための衣料、履き物、チチャ酒(とうもろこしの醸造酒)を女の子に作らせた。


首都クスコの中心には全国から選び抜かれた美女を集めたアクリャワシがありインカ皇帝に仕えさせた。さらには美女のための壮大なアクリャワシ『太陽の処女の宮殿』があった。クスコのアクリャワシはインカ皇帝の後宮。アクリャは選ばれた女性を意味する。アクリャワシは男子禁制の館であり違反者は極刑に処せられた。


1532年11月15日。

フランシスコ・ピサロ隊はカハマルカの盆地に到着した。山の斜面にはインカのアタワルパの陣営の白テントが見えた。その数のおびただしいこと限りなしである。


ピサロはアタワルパと接触を試みることにする。


用心のためにソトと弟のエルナンドに20騎の兵士をつけて使者として送り出した。


ソトとエルナンドは山のようなアタワルパの護衛兵の間を通り抜けた。アタワルパの近くにいくと部下を遠ざけて直に会見をする。


ふたりは用心のため馬から降りないままアタワルパと向かい合うのであった。


アタワルパは大勢のアクリャワシ(女性たち)に取り囲まれて低い椅子に座っていた。


その様子はなんとも言えない威厳に満ちた神々しさがあり立派な国王姿であった。


この様子はスペインの証言が残りインカ帝国アタワルパは『神聖なる王』であると感じられた。


神であるアタワルパは人と直接的な接触を嫌う面がかなりありその態度から一段も二段も上に感じられたらしい。


神のアタワルパの御輿の前はその姿が見えないように隠すための薄い布がかけてある。その両端を2人の女性が持っていた。アタワルパは滅多にその姿を人前には現さないの意味だったらしい。


1532年11月16日(翌日)

夜が明け快晴となる。


アタワルパからの使者がフランシスコ・ピサロ隊に来る。

「我々の主人はスペインのピサロに逢いたいと言っている」


フランシスコ・ピサロはアタワルパの陣営に向かう。するといくらでもアタワルパの兵士が出始めてしまい野原いっぱいに占拠してしまう。その兵士の数に圧倒される。


ピサロはアタワルパの陣営を前にしてスペイン人全員に伝える。

「各自持ち場で武装して備えよ。騎兵は鞍と轡を馬につけカピタン(隊長)の指揮のもとで3隊にわかれよ。合図のありしだいに攻撃をせよ」

いつでも何時でも襲撃ができるようにと備えた。


さらには大砲を砦の上に据えてピサロは歩兵の皆と共に中に隠れた。戦闘準備万全となりアタワルパの登場を待つばかりである。


大きなアタワルパの行列が目の前に現れた。チェス板のような色とりどりの制服を着た戦士たちが300人。地面の藁くずなどを掃き清めながらやってきた。


後部の兵士部隊には違う衣装の聖歌隊で全員歌い踊りながら行進を繰り返す。


聖歌隊が過ぎたら胴当て、胸板、金銀の冠をつけた勇壮な兵士が到着した。その兵士の中、多彩な鸚鵡の羽毛で着飾り、金の板を取りつけた御輿に乗ってアタワルパがやってきた。


ピサロは通訳の役目をせよとビセンテ・デ・バルベル神父を指名した。


神父は承諾をして片手に十字架、片手に聖書を持ってアタワルパに進み出る。

「私は神司祭である。汝らに神の教えを授けるためにやってきた」


アタワルパに聖書を見せた。これが神聖なるものぞと。


もらったアタワルパは聖書など初めて見るものであった。さらには文字を持たないインカ帝国に本などあるはずがない。聖書の開け方すらわからないアタワルパであった。

「なんだこれは。つまらぬ」

ポイッと聖書を投げ捨ててしまう。更にはスペインに対して威丈高になり、

「スペインよ野蛮なる汝らインカで奪略を繰り返すものだ。ここに盗んだものを返せ。しからば汝らの蛮行を許してやろう」


神父はピサロの元に戻りアタワルパの態度を報告をする。


聞いたフランシスコ・ピサロはニヤリとした。

「とてもではないが大人しく征服をされないつもりだな。武力行使あるのみだ。皆のものよいか」

ピサロは刺し子の胴着で武装し剣と盾をしっかりと持つ。隠れた砦の兵士たちとともにインカの兵士の中に割って入りスルスルっと侵入をする。


インカの兵士たちはあまりの突撃の速さに驚きを示す。


非常な勢いで真一文字にアタワルパの乗っている御輿までピサロたちは突き進む。なんとなんといとも簡単にアタワルパの腕をグイグイと鷲づかみにしてしまう。


この辺りの記述が真実ならばアタワルパは迂濶であるとしか言いようがない。スペインを敵である、恐ろしい敵であるという学習能力が欠如していた。将棋の王将を王将で取られてしまうとは情けない。


サンティアゴ!サンティアゴ!(戦闘開始せよ)


いきなり大砲が轟きスペインのラッパが鳴る。歩兵も騎兵も踊り出た。インディオたちは生まれて初めて見る馬の疾走に恐れ怯え大多数は逃げ出した。その逃げ出した勢いで味方同士将棋倒しとなりパニック状態であった。


スペイン騎兵は倒れたインディオの上から剣をかざし、容赦なく傷つけ殺した。逃げ惑う者は追跡をして刺し殺した。


兵士たちは広場の残りのインディオにあっという間に躍りかかり瞬く間に大多数は剣により倒されてしまう。


フランシスコ・ピサロはアタワルパの手首を強く握り御輿から引きずり降ろす。


この殺戮は僅か半時間ぐらいのものであった。アタワルパは一方的に殴られまくった形になる。


捕らえたアタワルパはピサロにより宿舎連行をされた。


宿舎ではアタワルパの戦闘によりズタズタになった衣服を着替えさせた。


そこでピサロは、

「我々は神の教えを説きにやってきたのだ。お前たちインディオの悪魔的な生活や獣性に気づかせて救い出したいと思ってやってきたのだ。この僅かな人数で決死の思いでやってきたのだ」


答えてアタワルパは、

「私は部下の将軍に騙されたのだ。彼らはスペインなんか問題にするなっ、チンケな者であると私に言った。私は平和が欲しいだけだった。が、部下がそうはさせてくれはしなかった」

従軍兵士のひとりミゲル・デ・エステーテが書き残している。

「アタワルパはスペインからもたらされた馬や雌馬を、子を生ませるために捕らえよ。スペイン人を捕虜にして習慣にあるように、太陽の犠牲に捧げよ。その他の者は去勢をして宮殿やアクリャワシの警護に使ってやろう」


インカはスペインを支配下にするつもりであった。


フランシスコ・ピサロはアタワルパを抑えたら直にインカ兵士の武器を破壊させた。


アタワルパの陣営を調べたら大量の金銀と7個のエメラルドがあった。

「これが黄金帝国なのか」


スペイン人は色めき立つ。カハマルカの街にはいくらでも倉庫があり中身は建物の天井に届くくらいに行李(こうり)に入った衣装が見つかる。スペイン人は欲しいだけ衣装を取っていく。黄金だろうが衣服だろうがなんでも奪略であった。


アタワルパは賢い男だった。次には自分の身が危ないと察知した。

「私を殺さないでくれ。インカ帝国の太陽神であるのだ。スペイン人の欲しいものを言え。希望に応えてやる。だから私を自由の身にしてもらいたい」


フランシスコ・ピサロは金銀財宝が欲しいと言った。アタワルパはどのくらい欲しいのか聞く。


アタワルパはピサロに命乞いをしながら答えた。

「今いる部屋を金でいっぱいにしよう。さらにスペイン人の隠れていた大家屋をその二倍の銀で満たしてやろう」

約束をピサロと交わす。


これはスペイン人の書記をひとり呼んでわざわざ証人に仕立ている。しかしピサロは小細工をした。アタワルパの延命祈願の答えはどこにも書かれてはいなかった。


金銀はインカ帝国のあっちこっちから半月もかけてかき集められた。


インカのアタワルパは約束を守る。しかしピサロは金銀の財宝を手にしてもアタワルパの命を保証はしなかった。

「ピサロ約束を果たしたぞ。妾を自由にせよ」

アタワルパは諭したがピサロは返事をしなかった。


夏休みに正之と久子は留学生として南米に向かう。

「ねぇ正之くん。お母さんにしっかりじゃがいも料理を教わってきたから大丈夫です。ボリビアのじゃがいもで料理を作るの楽しみだわ」

正之はへぇと思うだけである。


南米諸国に向かう飛行機は国際友好姉妹都市の留学生で花盛りであった。


留学関連では高校・大学・社会人と総勢30人になっていた。久子の兄貴(19)も同じ飛行機に搭乗をする。

「俺は自費留学生だから。久子たちがエリートならば落ちこぼれちゃんだ。後ろで小さくなっていたいなあアッハハ。肩身が狭いなあ〜お兄さんだあ」


正之のおばあさんたち三味線のお師匠さん一行は日程を変えて後便でボリビアに向かうことになっていた。


正之と久子たちの友好姉妹都市の案内役と引率者には26歳の女性市議が抜擢をされた。

「私が市議となって初仕事ですわ。この国際友好姉妹都市を成功させて業績をあげて見たいでございます。光栄に思って張り切るところでございます」

市議は腕捲りをしてみせる。かなり張り切りであった。女子大時代に語学の英語は得意で好きだったが果たしてスペイン語文化圏でどのくらい通じるか。


その若い女性市議の服装は。


市議会にはお洒落なスーツ姿の女性市議であるが、

「南米に行くのでスーツは遠慮しますわ」

密林ジャングルを探検するズボンにダボダボシャツであった。26歳の色気は全くなかった。野暮ったいイメージであった。


久子の兄貴はそんな市議を見て、

「あれっ、市役所での留学生説明会ではおっぱいバリバリのセクシー系ネエチャンだったのに。地味になってしまったなあ」

ちょっと憧れていたらしい。兄貴はじろじろと市議を眺め回した。

「見ようによってはセクシーに感じちゃうよアッハハ」


南米フライトはアメリカを経由して一路ペルーのリマ空港に到着をする予定であった。


機内では離陸してまもなく食事となる。機内食は和・中華・洋食の中から選ぶことができた。カレーライスが出されていたがなぜか和食になっている。

「なぜカレーが。まあいいや。この機内食を期待していたんだ。よし食べて食べてやるぞ」

正之は洋食を選ぶ。頑張ってナイフ&フォークを持った。

「機内食だってさ。食事が出るんか。中華にしようか」

兄貴は目を見張ってエアーアテンダント(スチュワーデス)の機内食を配る姿を待っていた。機内をカチャカチャとワゴンの立てる音を心待ちにしていた。白いナプキンはしっかりと腹に垂れていた。

「準備できたぞ。早く来い」


ボリビアに留学行くのに隣のペルーに向かうとはどういうことか。

「説明致しますわ」


女性市議の話によると南米留学生たちにまずはインカ帝国の遺跡や文化などを見てもらいたいとの配慮からだった。ペルーにクスコがある。


「ボリビアもインカ帝国であったのです。インカの中心はペルーのクスコ。どうしてもこの地は外せないところでございます。ペルーもボリビアも隣国でございますからせっかくならば両国を行きましょうと市議で決定致します」


飛行機はアメリカを経由して無事にペルーのリマ空港に着陸をする。


「いやあ食べたなあ。お腹が破裂しそうだぜ。なあ久子。お前もタラフクいただいたんだろ。和食中華洋食と。ドリンクはすべて飲み干してやったわあっ。ああ満足したあ」

兄貴はプクッと膨れた腹をさすりながらタラップを降りた。

「おにいちゃん食べてばかりだったわねぇ。ああ恥ずかしいなあ。あまり私に近寄らないで。食い意地の張った兄だとわかると迷惑だわ。こっちに来るなあ」

と言う久子も兄貴に負けずに機内食をガツガツさていた。


お腹を膨らませた兄貴と妹は仲良くタラップを降りた。かなり距離を置いてはいたが顔とお腹がそっくりである。兄妹はなんだかんだと似ていた。


リマ空港に到着すると日本からの正之一行を日本人が待っていた。

「ようこそ皆さん。よくいらっしゃいましたアンデスにペルーに古代文明の国に。はじめまして私は日系4世です」

出迎えてくれたのはペルー在住の日本人会と日系だった。ペルーには日系が9万人在住している。


日系4世は日焼けをした顔でにっこり笑った。辿々しい日本語で何年にも渡り日本語は使っていないという感じである。


出迎えは正之たちをマイクロバスに乗せてホテルへ向かう。


歓迎されたホテルでは留学生一行を代表して女性市議が挨拶をする。

「出迎え歓迎パーティを開催していただきありがとうございます。このような盛大な歓迎会を受けて幸せでございます」

リマの日本人会と日系。いずれも顔は日本人だけど言葉が違っていた。


リマのホテルに着き市議から今後のスケジュールを聞く。正之も久子もどこに行くのかしらと期待した。

「明日はリマを経ちインカ帝国のクスコの遺跡を見に行きます」

クスコを見ないことにはインカもボリビアはよくわからないだろうと彼女は説明をつけた。

「正之くん。いよいよインカ帝国に逢えるわね」

久子の手元には一冊の本があった。


「じゃがいもとインカ帝国」

かなり熱心に読んでいた。

「へぇ久子は勉強しているなあ。じゃがいもとインカ帝国か。確かにじゃがいもはこのあたりの特産だもんな。高地はじゃがいも栽培」

特産品がまさか2000種を越えてアンデスにあるとは想像もつかないところである。

「アンデスの低地ではトウモロコシだ。そう言えばトウモロコシはエネルギーとして車の燃料になるらしい。凄い時代になってきたなあ」

トウモロコシは食べてはいけない。ガソリンか軽油扱いとなる。

「ならトウモロコシガブッとやるとエネルギーが爆発するんだろうか。試しに久子の兄貴に食べてもらうかな」

ホテルのロビーに正之が降りて行くと噂した兄貴と久子がいた。今から夕食パーティまで自由時間があるらしい。

「俺はなあ、腹いっぱいだから。ちょっと運動してこなくちゃあ。久子もだろ」

兄貴に満腹のことを指摘されプイッと久子は拗ねた。

「余計なこと言わないのおにいちゃん。私はレディなんですからね、意地悪なんだから」

ペロと舌を出した。

「彼氏もいるんだから。(小声で)彼氏に見えないけど」

久子は兄貴を睨みつける。そこに正之が現れた。

「街をプラプラしましょうか」

正之はラフな格好になりいかにも観光客であった。

「私ねペルーの野菜市場に行きたいなあ。どんな食材があるのか見て見たいの」

話は纏まり出かけることにする。


ホテルのフロントに行くと女性市議がいた。

「市議さん3人で街を見て来ます。夕食までには帰りますから。後程お会いしましょう。さいなら」

兄貴が笑顔で挨拶をした。市議はあらっ出かけるのという顔を示した。

「さすがに皆さん若いわね。あれだけ飛行機に搭乗して疲れていないなんて。羨ましいなあ」

市議はいってらっしゃいと送り出した。

「くれぐれもスリやおき引きには気をつけてね。日本人観光客は必ず狙われるって今フロントから聞いたばかりなの」


久子は街に出かけるから地図はないかしらと市議に聞いてみる。

「地図はあるわよ。どこに行きたいの。市場なのね。良いわね野菜や果物はペルーやアンデスには豊富にあるのよ。英語の地図とスペイン語とありましてよ」

フロントからタウンマップを手渡され市議は3人に配る。

「私もちょっと時間があるから御一緒しようかな。果物のオレンジが食べてみたいの。ガイドブックにたまらなく美味しいと書いてあるわ」

兄貴は喜んだ。憧れの女性市議26歳と一緒に出かけるとは。最高の喜びである。

「そうですか市議さんも一緒に行きましょう。さあさあ青空市場に行きましょう。僕が案内しましょう。幸いにして今日はいい天気ですアッハハ」

憧れのグラマーな女性を前にし兄貴は盛んに尻尾を振る。案内するって言ってもまだ街に一歩も出ていなかった。

「なんなのおにいちゃん。(鼻の下を伸ばして)」

妹の久子はアングリと口を開けた。やたら女に弱い兄貴に文句をタラタラ言う。

「だらしないまったく。なんなのもうっ情けない。ああっ見ちゃあいられない」

久子は怒りを通り越して呆れかえる。悔しいなあっと、短い足で地団駄を踏む。

「あのデレデレの姿がいつもの兄貴は兄貴だけど。(デッかいオッパイに弱い)男の正体が見えて嫌だなあ」


憧れの女性市議はプロポーション抜群である。高1の小娘久子(15)とは比べることが罪になるぐらいであった。ちゃんとした盛装と化粧を施せば皆がアレッと振り向くような美人さんであった。


女性市議の選挙ポスターは売れっ子アイドル顔負けの笑顔でハイポーズをしていた。選挙が済み次第欲しいファンに配っていたくらいである。そのファンの中に市長さんもいた。


正之と久子は並んで歩く。久子の兄貴とセクシー女性市議もであった。兄貴はメロメロであった。


2組のカップルでリマの街に出ていく。4人が揃ってペルーのリマ街に出てみたら、

「リマって石造りの街なのね。至るところで石が目につくわ。しかもその石組みがしっかりしているから綺麗な模様になっている」

市議は女子大で英文学を専攻していた。好きで得意は西洋史。欧州の中世あたりが好きであった。


インテリらしく細かい分析を世界史だとか民族だとかの知識を交えて話す。


西洋史からみたらスペインやポルトガルは正義の味方となっていた。アンデスのインカでは先住民を力でねじ伏せた悪者扱いである。

「うーんスペインもポルトガルも好きは好きだけどね。インカ帝国の敵だから痛し痒しとなるわね」

市議が世界史知識を披露したら兄貴も負けてはいない。堂々胸を張りながら得意になって、

「インカ帝国が滅びる前に石の文化がここにはあったんだ。さらに征服をしたスペインはインカの上に石を詰み重ねてしまったんだ。インカよりも偉いのだぞスペインはと誇示したんだね」


さすがは高校5年生だけのことはある。雑学の知識だけは豊富にストックされていた。

「個人的にメキシコのアステカ文明やマヤ文明の方が好きだけどさ。インカ帝国もいいなあ」

セクシー市議に同調しての御意見であった。


兄貴がメキシコの古代文明に興味はメキシコ・プロレスからの影響である。


リマの街中に行くと大聖堂があり広場が目抜き通りに連なる。

「わあ観光客ばかりだわ」

目抜き通りを一歩入ると久子は大喜びをする。


「嬉しいわあ。青果市場がズラッと並んでる。凄いなあ」

リマ最大の青果市場であった。


リマにあるアンデスの青果物/穀類はなにがあるか。


・じゃがいも…アンデスの主食である。2000〜2500種の種類が存在をする。最高級じゃがいもなんて庶民には手が出せないくらいである。


・根菜類…マシュア・ユカ・アラカチャ・サツマイモ・ヤコン


・穀類…トウモロコシ

トウモロコシも主食。数10種類ある。生でそのままガブリとできる種類もある。


・インゲン豆・リマ豆・タチナタ豆・ヒョウタン・クリカボチャ


果物…パイナップル・チリモーヤ・ワナバナ・アボガド・パカエ・グアバ・シエルエラデフライ・マラニョン・カシューナット・マメイ・グラナデリシャ・パッシュンフルーツ・トウンボ・ルクマサポーテ・ペピーノ


野菜…南瓜・カイワ・ツリートマト


調味料…パイコ・トウガラシ・ワカタイ


日系がいらっしゃるので味噌や醤油・ワサビもある。


久子は食い入るようにリマ市場通りを見て歩く。

「素晴らしいわね。この市場。残念だけどスペイン語が読めない。果物や野菜は見てわかるけど名前がわからないなあ」


野菜類はインカ帝国の時代に品種改良をされたものが大半であった。

「首都クスコには高台に農業試験場があったらしいの。高地栽培に適した穀類はどれか。水のあまりいらない作物はどうしたらできるかと。そのお陰で主食のじゃがいもは当時でも200種はあったんだから」

久子さんインカ帝国のじゃがいも博士であった。

「そう言えば北海道で『インカのめざめ』じゃがいもが品種改良されたわね」

久子の仇敵のグラマー市議が答えた。


北海道のじゃがいもは、

『インカのめざめ』

『インカパープル』

『インカレッド』

いずれもアンデスはインカ帝国のじゃがいもを意識して品種が開発をされていた。ただし種芋をアンデスからというわけではない。

「北海道産インカシリーズのお芋さんはふっくらとして柔らかいの。それにねじゃがいもはじゃがいもだけどね。薩摩芋みたいに甘味があってね。味が栗みたいなの」

市議は手を振り身振りでいかに美味しいかを強調する。ユサユサと乳房が揺れていた。

「このインカのめざめは栽培が難しくて。品数がないから大変高級じゃがいもになるわ。ああ話をしたらまた食べてみたくなっちゃうなあ、やだなあ私、まるで食いしん坊みたいね」

敵も負けてはいなかった。久子は北海道のじゃがいもは知らなかった。フンと横を向いて、

「だって知らないもん。じゃがいもの新種はインターネット楽天市場で紹介なんでしょ。主婦みたいに暇に任せてクリクリ見ないから知らない。知らなくても生活には困らないわ。それにここはペルーよ。北海道ってなんですの。日本じゃんか」

あんまり面白くないなあと久子はプイップイッ。市議はオッパイがプリンプリンしたが、久子はうんともすんとも反応はなかった。哀しいかな。


石壁に向かってブツブツ言いまくる。


正之はなんだろうか。何かあったかなといぶかしげであった。

「久子はなにを怒るんだ。ブツブツ言う時は怒るか、腹が減った時と決まっている」


さすがあ恋人だけあるなあ。


市議のじゃがいも談義が面白いと言うのは兄貴ぐらいであった。

「さすがに市議さんは博学です。僕市議さん尊敬します。いやあ頭が下がるなあ。かわいいし頭いいしなあ」

にこにこしながらグラマーな市議の胸をチラチラと眺めた。


市議の羽織ったジャケットからは形のよい胸が強調をされていた。ユサユサと揺れワイルドな世界が想像されてた。おにいちゃんでなくとも夢は膨らむ。

「あの胸の中になにが詰まっているんだろうかヒャア。どうでもいいから想像したくなる。できたら試食をしたいなあ。マシュマロかなお餅かな」

目は泳ぎじろじろしていた。久子が後ろにいるのも気がつかずであった。

「中は何があるのかな。じゃがいもでなくデッかいスイカだろうなエヘヘ。触ってみたらすぐわかるんだけど。高いスイカだろうなあ」

夏にはまだ間があると思ったら頭の中にデッかいカボチャが2つ浮かんだ。

「おにいちゃん見て見てほらっカボチャだよ。あの市場のさあっ一番前にある棚の上の。大きなカボチャが2つゴロンだよ。ボリビア産の特別カボチャみたいだわ。おにいちゃんてば」

兄貴は夢心地だった。ポワンとして気持ちのよい夢を見ていたのに。いきなり妹が現実に連れもどした形になる。

「カボチャ?カボチャかい。エッとどこにあるのかっ」

兄貴はポカンポカンとしながら目を輝かせて再びセクシー市議を見てしまう。見られた市議は今度は気がついた。オッパイが狙われたあ。


咄嗟に身構えて胸を隠す。ジャケットを羽織り露出された胸はスッポリ隠れてしまう。兄貴はガクッとなる。


これだけ執拗に食いつくような視線をもらったらさすがの市議も嫌がった。


「イヤン」


久子は怒る。グイッと兄貴の耳を握り引っ張る。

「おにいちゃん前よ。前の市場を見てちょうだい。そこにあんのが、カ・ボ・チャ〜!わかったあ」

久子は兄貴の耳でカボチャだょっと怒鳴る。

「よそ見していちゃ、なんであるかわかんないでしょっ、もう。どこ見てんのよ」

久子はプイッと横を向く。もういい加減にしてくださいなあと。

「痛てっ痛てっ。久子なにするんだよ。耳が千切れちゃうやあんか。お前力一杯引っ張るから、ああ痛い」

痛い痛いと思っている間に兄貴の耳朶は赤く腫れてしまった。妹の久子は顔が真っ赤になっていった。


「ヒャア〜久子怖いよ」

ボーイフレンドの正之はなぜか青ざめていた。


久子はセクシー市議を睨んでしまい何も言わずさっさとひとりホテルに帰ってしまった。睨まれた市議は呆然としていた。


夜のホテルで晩餐が催された。歓迎する日系の方からの話だと、

「ペルーにどんどん来てもらいたい。日本からペルー観光にいらっしてもらいたいです。観光地ペルーを楽しんでもらいたいです。またペルーを訪れて欲しいです」


歓迎のレセプションはペルーの民族楽器や踊りが披露をされた。

「これってインカ帝国の文明なのかしら」

久子は腕組みをしてジッと民族の踊りを見つめた。兄貴は民族衣装に纏わられた現地女性の踊りに見とれてしまう。いや踊ることはどうでもよかった。

「デッかい〜でっかいオッパイばっかじゃんか。なんで隠しているんか。アッ激しく踊りまくるとこぼれちゃう。あかんあかんそんな激しいと危ない」

目は真剣になり身を乗り出した。耳朶は痛みを忘れてしまう。


後ろから久子はお尻を力一杯に蹴ってやりたくなった。

「ヒャア、ボリュームたっぷりやんかあ。ひとりぐらいポロリしないかなあ」

口を大きく開けてその瞬間を期待した。


久子はスカートの裾を持ち上げると兄貴のつき出されたお尻に、


ガツーン!


兄貴尻めがけて蹴り上げた。ナイスなキックだった。


「アッガァ〜」


ゴール!ゴール!


ガマガエルがヒキツケを起こしたような異様な声がした。


民族音楽に弦楽器チャランゴがある。チャランゴは16世紀スペインで流行したビウエラ弦楽器(指でつま弾くビウエラ・デ・マノ)が起源になる。


ギターより小さく5コース複弦(十弦楽器)が張られている。


民族楽器を眺めて久子は、

「あの楽器がチャランゴね。南米諸国に広く伝わる民族楽器だわ」

南米民族衣裳にチャランゴはよくマッチをしていた。演奏するチャランゴに踊る美女のダンサーたち。兄貴はお尻抑えながらかぶりつきでダンサーを見ていた。まだまだ凝りはしない。

「日本の三味線に音色が似ているとボリビアのモラレス大統領は言うのね。正之くんのおばあちゃんのお師匠さんが宴遊会で披露をして涙したんだよね。じっくり聞いてみたらもの悲しい音色が響くわ」

久子と正之はチャランゴの音色に耳を傾ける。

「基本の旋律は三味線とは違っている。けど確かに音色から感じられる楽器の雰囲気が似てなくもない。三味線は3本弦で音色だけどチャランゴは10本も弦があるんだから演奏はなあ。1本でも増えたら大変だ。手のひらがでっかくないと弦が抑え切れない」

チャランゴの共鳴部分はギター型・船底型・木をくり貫いた曲面型とある。かつてはアルマジロの甲羅を使っていた。

「アルマジロを使っていたなんて。今は捕獲禁止動物だわ」

久子は三味線の初心者である。南米に来る数ヵ月前に正之のおばあさんの弟子から手解きを受けただけのことではあったが楽器には興味がある。

「弦が多いと演奏は難しいけど3本だけでも難しいわよ」

チラッと民族衣裳の演奏チャランゴを眺めてすぐに正之の背中に隠れてしまう。

「だって三味線弾いてごらんなんて言われたら私困ってしまうわ」

自信はなかった。


民族衣裳の楽団には農民がギターを真似て作った楽器コンコータも含まれていた。

「コンコータはギターに似て作ってあるらしい。ちょっと弾いてみたいものだ」

兄貴がお尻を撫で撫でしながら前に出た。


コンコータとは北ポトシ地方にあるアウトクトナ音楽演奏の弦楽器である。形や調弦はまさにギターそのもの。

「ちくしょう久子め。お尻がアッイタタッタのコンタータちくしょう。そうだセクシー市議さんに頼んで楽団から弾かせてもらうよ。おい正之お前も弾いてみろ。ギターと同じ弦らしいぞ。見るからに簡単にやれそうさ」

兄貴はイソイソと大好きな市議に寄り添った。

「あらお兄さん楽器を弾くのですか。ギターやってますの。へぇ〜」

市議は改めて兄貴を見てみた。


「言われてみたらミュージシャンの雰囲気がないわけでもないわね。クラッシックギターとはならないけど」

市議は民族楽団の団長に頼んでみた。ペルー民族の陽気な楽団長サンチョさんは、

「ホォよろしいですよ。ギターを弾くんですか。ならば多分音色ぐらいは出るでしょう。私のサブを貸して差し上げましょう」

兄貴は喜び勇んで楽器を手にする。

「嬉しいなあ。ギターの音色に似ているしマンドリンのような感じもしている」

ミュージシャンになり盛んに見とれている。


楽団の中に指導の好きな男性がいて、

「では構え方からお教え致します。グッとお持ちになられてください」

楽団員の手本のように見たまま見真似でやってみる。

「おおっ素晴らしいですなあ。いい構えですね。ギターのそれと同じでしょうか。素晴らしいミュージシャンでございますなあ」


兄貴は褒められて照れた。頭をかきかきしながら。

「これでお尻が痛くなければ最高だぞ」


キッと顔つきを変え構えた。元来から音楽の才能はあるようである。

「指がうまく運びさえしたら」


構えが正しいから音色はすぐに出た。

「ボディの持ち方が違和感があるが馴れたら大丈夫です」

運指も正確に行くようである。民族楽団は思わず拍手をしてしまった。コンタータは然程に難しい楽器ではなかった。

「コンドルは飛んで行くを弾くよ」


兄貴のワンマンショーは始まる。


楽団団長サンチョさんも太った体をユサユサ揺すりながら盛んに拍手を送っていた。


クルッと振り向く。舞台の楽団を見ている市議に、

「ところでお姉さんはどうですか。最初に御会いした時にですね私は閃いたのですが」


女性市議はペルー民族楽団から踊り(ダンサー)をしませんかとまずはお誘いを受けた。

「それだけの高い身長とボリュームたっぷりの肉体はセクシーでございます。充分にラテン音楽にマッチ致します。どうですかダンサーの指導員もいますからひとつやられて見ませんか。ステップは数が限られています。僅かの練習でいけます。うちの指導員はシロウトを扱い馴れた者もいますから。せっかくペルーまで来られたのですからいかがですか」

市議は驚きの顔である。

「そんなダンサーだなんて私にはとてもできないですわ」


やんわりと断りをした。すると民族楽団の中から小柄な女性が現れて市議の手を引く。

「この娘なんて習い始めて数ヵ月ですから」


市議の手を離さないままステージの上に連れてしまう。

「いやん恥ずかしい勘弁してちょうだい。私踊りなんてしたことないから」

ステージの上でモジモジして身を固くしているだけであった。


小柄な娘は楽団に音楽を止めてとサインを出す。兄貴もピタとやめた。

「お姉さん。私のやるステップを真似して踏んでちょうだい。楽しく踊りましょう。大丈夫です簡単です」


踊りはゆっくりしたステップから始めてられていく。楽団員はせーのとダンサーに合わせラテン音楽を始めてた。民族楽曲は単調なリズムの繰り返しでありゆったりとした雰囲気であった。


市議は断念をしたかのよう。

「もう強引なんだから」少女を見本に手を出し足を運んでみた。ぎこちなさはあるが単調なリズムに助けられ踊りのようなステップには見えた。


「ステップは楽だわ。繰り返し同じステップだけ」

足が決まれば手をどうするか腰をいかに振るかであった。

「手はこのまま私の真似をして。腰は上下動きやめて」

簡単なアドバイスなんとか形だけラテンダンサーに見えてくる。


「もっとゆったりして行きましょ。お尻は出さないで。オッパイをユサユサさせる。私のように前に強調させて突き出していくの」

少女は男性からの視線の集まるのはほらっオッパイよと市議の豊満な胸をグイッと握りしめた。ユサユサと揺するつもりが勢い余ってつかんでしまった。


キャアー!


バックでコンタータを演奏していた兄貴が顔を向けた。

「なんでラテン系のダンスに叫びが入るんだ。ラテンのタンゴのリズムにターザンなんかないはずだ」


市議のダンスがセクシーで悩ましいたおやかなものと変わり民族楽団が乗ってしまった。ものの数分の余興ステージが熱を帯てしまい2時間も民族楽団は続けた。大変な歓迎会のステージになる。

「素晴らしい素晴らしい。ジャパンのダンサーは素晴らしいの一言でございます。おおギタリストさんも素晴らしい。半音を響かせてもらいたかった」

団長のサンチョさんはお腹をユサユサ満足をする。


兄貴はつけ足し程度であったのか。


「ハアハアもう疲れたわあ」

民族音楽が終わって市議はくたびれましたとロビーにヘタリ込んでしまう。

「市議さん大丈夫ですか。疲れたでしょう。お体をお揉み致します。マッサージをしなくては明日体のあっちこっちが痛い痛いになりますよ。僕が念を入れて揉んでさしあげます」

兄貴は真面目な顔で市議に近寄りマッサージをしましょうと。


言われた市議はニッコリして、

「あらマッサージが得意なの。ありがとう頼みますわ」

とものうげに答えた。


驚きの兄貴さん。目が点になってしまった。

「本当によろしいのでしょうか」


うーそー


市議はアカンベーをしていた。


兄貴は下を向いて、

「あのオッパイに近寄よりたかったなあ」

落胆をしてしまう。


翌日留学生一行はインカ帝国のクスコなど遺跡巡りに向かう。

「このインカの遺跡巡りを観光しましたら強行スケジュールなんです。終わりましたらボリビアに向かいます」

遺跡を2〜3ヶ所列車とバスで回るらしい。

「では荷物を持って行きます」

市議が足腰のあっちこっちを痛い痛いと悲鳴をあげながら説明をしていた。

「あん言わんこっちゃあないなあ。僕の愛情溢れるマッサージを受けたら疲労なんかポーンさ。綺麗に飛んでなくなってしまうんだけどなあ。なんでしたら今から揉み揉みマッサージしましょうか。どうかなあ指ポキポキ」

しごく残念そうな兄貴の独り言である。近くにいた市議の耳にも入ったが

「やだあ無視無視ですわ」


兄貴を久子はジッと聞いていた。

「凝りない兄貴だ。蹴りは正面からガッツンしてやりたい」

久子の場合には本当にやりそうだ。


今から訪ねるインカ遺跡はいずれも高地にある。

「ペルーのリマも高いけど高原病に気をつけてください」


南米に栄えたインカ帝国を滅ぼしたのはスペインのピサロである。


そのピサロは結婚しないまま56歳でワイナ・カパックの娘のキスベ・クシと同棲。1534年12月ハウハで女児が誕生している。


女の子はフランシスカと名づけられた。


ピサロの死後1551年フランシスカはスペインに渡りピサロの生まれ故郷トルヒーリョに行く。その年クリスマスにはピサロ家一族の長となったエルナンドに出会う。


エルナンドは小貴族の娘と同棲生活をしていたが

「兄ピサロの莫大な財産を相続した17歳の美しい混血娘フランシスカさんようこそおいでなさいました」

その魅力にゾッコンとなり翌年に結婚をする。結婚は監禁状態の夫婦生活。二人の収入は大変な額があり何も不自由しないものだった。


フランシスカは9年の監禁生活の間に5人の子供をもうけた。


エルナンドは1561年にフェリッペ2世の命により釈放されたが60の老人で1578年に死亡。フランシスカは再婚をして1598年死亡。


エルナンドとフランシスカは国王にピサロに与えた侯爵の位をその子孫にも与えるように請願する。それが認められ孫のファン・フェルナンドに『征服の侯爵(マルケス・デ・ラ・コンキスタ)』の称号がもらえる。この爵位は現在も継承されている。インカ帝国滅亡は歴史の証言者がまだ生きているとも言える。


市議はしっかりとインカ帝国の古代史を頭に叩きこんだ。

「スペインが来てからアンデスの山は一変してしまうわけね」


国際友好都市の留学生たちはインカ帝国遺跡を巡る。古代の息吹きを充分に堪能する。


「1492年のコロンブスのアメリカ大陸発見が契機になります。コロンブスが金銀財宝の眠る国がある。黄金の鉱脈があると吹聴をしたのです。スペインからわんさかと中南米に人が押し寄せてしまいました。この遺跡のインカ帝国はスペインのピサロによる支配でその長い歴史に幕が降ろされてしまいます」

市議としてはインカ最後のアタワルパの悲劇まで説明したいと思う。しかし悲劇は悲劇である涙がこぼれてうまく説明する自信はなかった。

「最高の皇帝アタワルパの悲劇はまたの機会にいたしますわ」


クスコらの遺跡解説は市議が全てやった。普段から演説をこなしているから人前での観光ガイドはうまいものであった。

「踊らせてもラテンのリズムにちゃんと乗りますからね。なんか私この南米に住みたくなりましたアッハハ」

笑いながらも昨夜ちょっと読んだインカ帝国の悲劇がまた頭をよぎる。


市議の話が終わったら兄貴が元気にパチパチと拍手をする。周りは静かなため余計に浮きあがった兄貴の拍手になった。

「市議さんはお話がじょうず。いやぁなんでもかんでもためになります。勉強になります。もっといろいろ聞きたいなあ。質問もしたくなりにけりだ。よかったよかった」

兄貴だけ市議の説明が終わるたびに拍手をしてくれた。


市議は困ったもんだわっと膝に手を当てながら首をかしげた。


人前で説明をしたからしゃべり疲れたわっと椅子に腰掛け一息をつく。兄貴がパチパチしているので、

「拍手してくれてありがとうね。大変に嬉しいわ」

市議の頭の中は留学生たちをどうやって引率しようかなと考えるところ。その市議の前に兄貴がにっこりとして真ん前に立つ。いかにも飛びかかりそうな雰囲気で立つ。市議と視線がバッチリ合いニッタリ笑う。

「私お兄さんに喜ばれて嬉しいわ。拍手してもらいましてありがとう」

市議は投げやりな返事を繰り返した。


涙が出そうなくらい投げやりである。

「ヒェー市議さんに褒められちゃった。市議さん間近で見たらより可愛いしセクシーだなあ。僕大ファンです」

兄貴には市議が拗ねていようが疎ましく見られようが無関係ってことらしい。いかなる態度を取ろうが可愛くて知性的にしか見えない。


横にプイとしたらコケティシュなセクシー女性に見えてしまった。


「いいなあ。素敵だなあ。服脱がないかなあ。あの巨乳(バスト)に埋もれてみたい」

市議のセクシーな体を眺め魅力的な大きな胸を改めてジロッと見た。兄貴背中がゾクッとした。目がトロンとして頬がだらしなく弛む。精彩がなくなっていく。


「あーんお兄ちゃんダメだわぁ病気だわ」

久子は堪らなくせつなかった。ついでに妹久子の胸をなにげなくチラッ。

「久子は(ペチャだけど)女なんかい」

久子顔を真っ赤にして兄貴に怒りを現した。

「兄妹でも言っていいこと悪いことがあるんですからね」

こちらも怒り心頭だった。だが兄貴は何もなかったかのごとく馬耳東風を決めた。呑気に聞き流した。口笛さえ吹くがごとくの風情である。


市議はペルーを出ていよいよ留学目的のボリビアに向かう。

「やっとこさボリビアに足が向くわね」


ホテルの部屋で荷物をまとめ出発の準備を始めた。するとフロントから内線がかかる。

「はい私が引率の市議でございます。えっ面白い人に逢わせる?」

市議がロビーに降りて行くとペルー観光協会会長さんと役員たちがいた。その横に老女がチョコンと座っていた。


老女はなにやら可愛らしいおばあちゃんという雰囲気だった。リマの観光協会役員からの電話は老女についてだった。


「市議さん忙しいところで恐縮です。実はねこのリマなんですがね」


観光協会としては少しでも世界からリマにペルーに観光客を呼びたいとそれはそれは熱心だった。


「市議さんは世界最年少の母親を御存じですか」

そこに座っていらっしゃる老女リマが世界最年少出産の母親であった。

「(老女)リマはギネスブックにも掲載された世界1若い母親でした。今はこんな歳になってしまいましたがアッハハ」


言われても市議はなんであろうかといぶかしげである。


「世界で一番若い母親」


ペルーのリナ・メディナ(1933年生まれ)は5歳7ケ月で男児を出産する。ギネスにも載っていたが今は削除されている。


5歳女児が出産は確かであろうか。他所から連れて来て生んだ生んだと話題作りをしたとか。


生んだ男児は成長をして40歳まで生きたらしい。


5歳女児が出産なら父親は誰かとなる。ペルー当局は実の父親が幼児虐待ではないかと逮捕をしている。が、後に保釈。


仮説の域だが5歳の女児は実は双子ではないかと言われている。その双子の片割れは何らかの事情から受精卵から成長せずに女児の骨盤胎盤に止まり5年眠っていた。後に何らかの刺激を受け卵割(らんかつ)が始まり成長しめでたく生まれたとも言われている。


この仮説ならDNA鑑定し実の父親がまたまた疑いを濃くするなあ。


双子説は実例がなかなか分かりにくいため証明がなされない。仮説のまま。


お釈迦さまは母親のお腹に三年いた。この男児は姉さんの中に5年いたというまあ仮説の話。


「処女受胎」

イエスキリストは聖母マリアの処女生殖から生まれた。マリアが妊娠したと知り大工さんの旦那は怒る。離縁したいとかだった。マリアに身に覚えあるが旦那にはないからということらしい。


「市議さんこちらのリマもいるペルーですよっよろしくお願い致します」

老女リマも頭をさげた。

「へぇ5歳のお母さんですか」


リマは子供が生まれた当時あっちこっちからいろいろ言われて精神が参ってしまったという。

「赤ちゃんはね自分の生んだ子供ということはあまり感じなかったわ。5歳離れた弟さんでした」

ペルー観光協会会長は当時の新聞記事を広げて見せてくれた。


「1939年5月14日に出産した5歳女児」

かなり大きな見出しであった。


正之たちの留学生たちはペルーのインカ遺跡を見学しボリビアに向かう。


「いよいよ留学先のボリビアに到着するのね。ワクワクするわ」

久子はインカのじゃがいもがボリビアにはたくさんあると知ってるからより一層であった。


市議はボリビアへの移動でノートパソコンを開示した。常に最新のニュースや情報を手にしたいと思っていた。

「ボリビアで検索してみるかな」


Yahooニュースにボリビア大統領モラレスの来日があった。


来日のモラレス大統領は見るもの聞くもの驚きの連続であったらしい。

「私の人生で数々驚きはある。しかし日本であれほど素晴らしい部屋とベッドに泊まるなんて考えたこともなかった。本当に驚きでした」

来日をしたモラレス大統領(47)は都心の高級ホテルのスイートルームに宿泊しその豪華さと日本のもてなしを感激したという。


モラレスは2006年1月先住民として初めてボリビア大統領に就任をする。


モラレス大統領は山岳地帯の貧しいリャマ飼いとして育ち兄弟の多数を飢えでなくす。干ばつを逃れ辿り着いたコカ栽培地域で軍の弾圧を受けて政治に目覚めた。


モラレス大統領は来日して天皇陛下にご拝謁をした。


モラレス大統領は自らの生い立ちを天皇陛下に語る。

「天皇陛下さまにお目にかかるとは夢にも思っていなかったです。光栄です」

と何度も繰り返した。


モラレスはアイマラ族出身であると語ると天皇陛下は、

「太陽の門を作った民族ですね」

と応じられた。天皇陛下との語らいはボリビアの歴史文化などに及び時間は瞬く間に過ぎていく。


ボリビアからみたら日本は凄いなと思う歴史がある。


「インカ帝国などの中南米諸国の先住民族はスペインやポルトガルに征服をされたが同じモンゴロイドである日本は生き残った」


ボリビアはスペインに侵略をされてしまう。それからは豊富な鉱物資源を輸出をするがボリビア産業は育てられず南米最貧国に甘んじた。

「日本は高い技術と勤勉さで資源の乏しさを補い欧米と並ぶ先進国となり繁栄をした」


ボリビア先住民族の子孫モラレスには天皇陛下は、

「滅ぼされなかった民族の皇帝に映る」

インカ帝国の最後の皇帝アタワルパがピサロに処刑されたのは1533年。


南米は侵略をされ先住民族は鉱山や農場で過労された。


日本にも1549年宣教師ザビエルが訪れ南蛮文化が入る。アジアではフィリピンがスペイン領になった。


日本は明治維新を経て近代化に進んだ。


南米諸国は同時期にスペインから独立したが戦いをしたのは現地生まれの白人。先住民族は支配され続けたままであった。

―Yahooニュースより


市議はモラレス大統領の来日記事を読み涙がこぼれた。モラレスのような先住民とは自分たちの住む土地や国が他の民族に奪われてしまうことを意味する。


「これから私たちはボリビアに入ります。ボリビア国家から招待を受け歓迎のレセプションを受けますわ。モラレス大統領にも当然お逢いします」

国際友好姉妹都市の歓迎セレモニーで市議はモラレス大統領になんと言おうか考えた。


ボリビアに留学生一堂は無事到着をする。長いバスに揺られた市議はやっと着いたわと背伸びをした。

「最終目的地に着いたわね。ヘェっボリビアはペルーとさして変わらないような高地都市なんだ」


留学生たちはここでしばらく暮らすのかとついつい羽根を伸ばすことになる。

「長い旅だったなあ。疲れたぞ」

ボリビアからは歓迎の役員たちがバスターミナルに並んでいた。思ったよりも人数が少ない模様であった。


「ようこそボリビアに。はじめまして私はボリビア外務省の」

対応してくれた役員。デブとした中年は留学生一堂を代表をして市議に花束を渡す。貰った市議はにっこりして受け取る。

「私はボリビアの外務大臣です」

なんと大臣が国際バスの出迎えを担当していた。


歓迎レセプションはこじんまりとした建物で行われた。

「なにか街の公民館みたいな建物ね。中に入ったら市民が卓球していたりしてさ」

建物は築何年であろうか随所に老朽が進む。


歓迎レセプションで一際目を引いたのは女性市議であった。市議は歓迎会のために和服を用意して来たのだ。

「わあっ市議さん綺麗だわあ」

日本を発つ時から冒険家のような男性的な服装であったがためより一層目立つ。ただ紙結いが間に合わないのでちょっと可哀想ではあった。

「参ったなあ」

久子の兄貴は真っ赤な顔をして照れ照れの照れ屋さんになる。憧れのマドンナ市議をだらしなく遠目から見つめた。

「あんなに美人さんになるなんて。なあっそう思うだろ」

兄貴は久子に同意をわざわざ求めた。


久子は横にプイッ


当分の間兄貴とは兄妹関係を断絶したいと心から願っていた。


歓迎レセプションはボリビアの要人も参加をして行われた。

「市議さんが代表さんですか。実はですね」

ボリビア関係者よりモラレス大統領の参加も予定されていますと耳打ちをされた。

「本当にですのモラレス大統領がこちらに来られるのですか」

和服姿の市議は喜びである。モラレス大統領がレセプションにわざわざ参加をしてくれる。

「ただいま大統領は会議が終わりまして。こちらの会場までどうかな車が混まなければですね」


市議は喜んで留学生一堂に伝えた。

「皆さん喜んで喜んで」

女子高生たちはキャアーと歓声をあげた。ついでだが兄貴もドサに紛れで、

「ウォー」

野獣のような雄叫びをあげ両手を高々。


「ねぇねぇ私たちって大統領なんて会ったことないわね。偉い人っていったら学園の校長先生か市長さん。あとは正之くんのおばあちゃんぐらいかなアッハハ」

留学生はみんな感激していた。和服の市議はモラレス大統領の生い立ちを知るだけに感慨は深い。


ボリビア外務大臣は時計を見た。歓迎のセレモニーにモラレス大統領の挨拶を盛り込み進行させたかった。

「モラレス大統領は日本がすっかりお気に入りなんだ。あの日本の天皇陛下に拝謁されてからは人が変わったからな。後好きなものはなんだっけ。日本のチャランゴとかいう。えっと婆さんがよってたかって演奏したシャンシャンのやつだ。名前わからぬがお気に入りらしい」

モラレスの挨拶が済めばボリビア日本人移民村(オキナワの歓迎会場に移動をする。

「大統領は忙しいからな。分刻み秒刻みのスケジュールをこなしている」


外務大臣はならば私が大統領代行をしてやろうかと付け加えたくなる。

「全くなっこんなオノボリさんみたいな日本人の世話を押し付けやがって。大臣をなんだと思うんだ。子供の使いではないんだぞ」

そこで秘書の携帯が鳴る。モラレス大統領がまもなく正面玄関に到着をすると連絡が入った。


ボリビアのスタッフは全員が玄関に集まり一列に並ぶ。黒塗りのリンカーンコンチネンタルが停まった。

「お待ちしておりました大統領閣下」

全員が頭を下げた。車内からモラレス大統領がよいしょと出てくる。


が。


日本の留学生たちは会場のホールから玄関に詰め掛けていた。

「凄い威圧感ねさすがは大統領だわ。さっきまで横柄な態度だった外務大臣さんがヘラヘラし始めたもの」

久子見るとこは見ていた。


リンカーンからモラレスが確かに出て来たのではあるが。


「なっなにあれ」


お抱え運転手が帽子をさっと脱ぎ後ろドアを開けた。運転手はスマートな紳士。正装をし凛々しく見える。


車内から出てきたモラレス大統領はなんとポロシャツにニットズボンだった。


一見ゴルフのコンペの帰り。競輪・競馬・競艇の場外売り場のおっちゃんかという格好である。間違いなくリンカーンコンチネンタルとは違和感であった。


「市議さんあれがモラレス大統領ですか」

留学生たちは愕然とした。せめて黒い背広ぐらいはという気分であろう。

「あのねモラレス大統領はね」


ボリビアの先住民族の貧しい家庭に育ち今があるモラレスはフォーマルな正装が大嫌いであった。背広ネクタイは嫌悪すら覚えていくらしい。が国際会議ならば背広を渋々着用はするらしいがネクタイは不携帯である。


来日された際にモラレス大統領は天皇陛下とどんな服装で拝謁されるかと正直注目が集まったほどだった。写真をみたら背広にノーネクタイだった。ただシャキっとした開襟シャツは眩しいくらいの白さであった。


「へぇモラレス大統領なかなか庶民派なんですね。背広がフォーマルが苦手なの。うちのお兄ちゃんと足して2で割ればよいね」

久子がちょっと茶々を入れた。

「久子なんだよ。俺とモラレス大統領となんでなんで」


兄貴はお洒落さん。毎日洗面所の前でリーゼントでシャキっ。久子の洗顔の邪魔をしていた。

「まっそうかなアッハハ」

兄貴チラッチラッと憧れの市議を見た。なにか彼女から反応を示してはくれないかとたぶんに期待をして。


何もなかった。


ガクッ


見向きもされていない。


ガクッガクッ


モラレス大統領は会館に入ってくる。出迎えのスタッフには笑顔で手を振りながらである。その姿は気さくな競馬帰りのオジチャンであった。さしずめ万馬券を当てたような。

「ようこそ我が祖国ボリビアに。悠久なる歴史の横たわる古代文明の国ボリビアに」

モラレス大統領はマイクを持って挨拶を始めた。


「ちょっとちょっとモラレス大統領挨拶はいいけど」

会館の玄関口からまだホールに観衆は戻っていない。ゾロゾロと歩く最中であった。挨拶を始めたモラレス大統領にはそんなこと構ったこっちゃあないという姿勢である。


唯我独尊我が道を突き進むモラレス大統領。


挨拶を5分やるとマイクを司会者に手渡し、

「よし終わりだ腹減ったなあ」


(マイクが拾ってしまった)

まるで子供のようなモラレス大統領である。会館の中に笑いが渦巻きその場が和んだ。


モラレス大統領はレセプションに用意された日本食がお気に入りである。

「日本に行った時の天皇陛下さまの宴遊会が思い出されるなあ」

日本政府の要人としてモラレスば歓迎されボリビア料理と日本料理の和洋折衷を楽しんだ。


ボリビアの味付けを担当したホテルの料理長は徹底的に味付けを研究をしていた。

「味噌や醤油の味覚はボリビアにはございません。ならばそれに代わる味覚で大統領の食感を刺激してみたいと思います。トマトペーストを中心。じゃがいもとトウモロコシはアッハハっエースで4番打者でございますから。味覚は生姜にミョウガでございます。嬉しいことにモラレス大統領は好き嫌いがないとのことでした。政府要人さんの中にベジタリアンだとか宗教上の理由からだとかございますからね。料理調理の方法さえ間違いなければ大丈夫。私は自信を持ってテーブルについてもらえました」

料理長は見事にそれを開花させたから大したものである。さすがは天皇の料理人第一人者。


「日本の料理は素晴らしい。私は夢にまで見てしまった」

モラレス大統領は胃袋も満足をして帰国した。


会館にはその日本食がダイニングテーブル(ホールの隣の部屋)に飾られていた。モラレス大統領はお腹が減って減ってしかたがなかった。

「お昼は時間がなくてサンドイッチ一個。よし食べていくぞいざダイニング行こう」

モラレス大統領はホールから姿を消してスタスタとダイニングに入っていく。まったく周りの視線も雰囲気も我関せずである。


ひとりだけで晩餐になりたいモラレス大統領。


「ちょっとあれはまずいってば。モラレス大統領はあまりにも勝手過ぎだわ。マナーが悪いというより知らないみたい」

和服姿の市議がお節介ながらモラレス大統領の後を追う。母親が子供を躾するかのごとくである。


晩餐の料理をつまみ食いなどしたらピシャってやるつもりである。市議は和服でジョンジョリの草履(ぞうり)。早く歩いていけない。


案の定ダイニングルールでモラレス大統領はニコニコしながら手を出していく。狙いはまずお寿司であった。五人前寿司桶(おけ)には色とりどりの握り寿司が詰め込まれていた。

「おっアルガやっアルガや。お寿司だがね。あの宮中の晩餐会でつまんだお寿司が今ここにあるがン。僕嬉しいガヤァ」

モラレス大統領の大好きなアボガド握り(ワサビ抜き)が寿司桶の中で色鮮やかにピカピカと一際光る。もはや食べずにはいられない。


手をスゥー


シャキッ


「痛っ」


モラレス大統領の出した右手に何かがパチンと当たった。


和服市議が女忍者・くのいちをした。髪飾りの(くし)を投げつけた。


中日の浅尾投手より遅い(笑)がコントロールはよく当たった。


手をピシャッとやられたモラレス大統領はクルリと振り向いた。

「何をするんだお前はアッ」


モラレス大統領は和服姿市議がダブって見えた。

「あなたは」


市議は着物の腰に手を当てて、

「いけませんわモラレス大統領閣下。つまみ食いはマナー違反。日本ではイタズラっ子や悪い子供しかそのようなはしたない真似はいたしません。またお寿司を立ったままつまみ食いをするなんてもう許してあげません」

母親が子供を諭すかのように語り掛けた。


メッ!


言われたモラレス大統領はシオっとして話を聞いた。

「メッだなんて。叱られたのは何年振りなのか」

モラレス大統領の頭の中からアボガドがスゥーと消えかけ貧困さから死んだ母親と父親の姿が浮かんだ。

「ハイッわかりました。つまみ食いはやめます。だから許してくださいお願い致します」

モラレス大統領には和服の市議が母親に見えてしまった。母親も巨乳だった。美人ではないが。


市議は困ったちゃん大きな赤ちゃんだことねと瞬間ツムジを曲げた。

「わかればいいのモラレス大統領」

言われたモラレス大統領は母親に久しぶりに叱られた子供。にっこりである。

「母親がこんなに若くて綺麗で巨乳だなんてなあ」


贅沢です。


留学生一堂の歓迎のレセプションはホールで終わりやっとダイニングルールに移る。留学生一堂がザワザワと移動をしてくる。

「ホールでは皆さんご苦労様でございました。ただいまから晩餐会を兼ねてボリビア日本人会(オキナワ村)の方々との交流会となります。各自持ち物を忘れないで移動をお願い致します」

市議が全員の誘導を促す。和服市議がザワザワした中であれこれ誘導をすると盛んに写真を撮られた。

「日本の美しい人東洋のビーナスだ。ジッと立ったままでも絵になる」


ボリビアとてラテン系の血が流れている。女性を見たらまず口説けの流儀は心得ていた。

「美しいものは美しい。あんなにも綺麗な日本の衣裳なんて。雑誌やテレビの中では見えるが実際にじっくりと観察したのは初めてだ。素晴らしい素晴らしい。これを機会にモデルをしていただけないだろうか」


翌朝の新聞には和服市議が第一面を華麗に飾った。


見出しには東洋の神秘ボリビアの秘境に埋もれる。市議も新聞を翌日見たがさりとて関心はなかった。


が兄貴は、


違った。


晩餐会会場のダイニングルール。上席にモラレス大統領がチョコンといい子で座っていた。


「キャア大統領だワア〜」

女子高生が騒ぐのでモラレス大統領は振り向いて手をパカパカ。

「キャア可愛いい。大きな赤ちゃんみたい」

野性のカバが餌を待つようにしか見えない。


オキナワからの移民の方々の歓迎会が始まった。

マイクの前では日系の方々が日本語で語り始めた。モラレス大統領はさっぱりわけがわからない。ボリビアにいながら外国に来たのである。


「んっもう食べてもいいんだな」

モラレス大統領は周りを見渡しおもむろに手を出す。大好きなお寿司の桶へ伸ばす。席についてからずっと食べたいと狙いをつけたアボガド握り。箸が用意されてはいたが使い方も使うことも頭にはなかった。

「いただきます」


パクッ


モラレス大統領大きな口を開けてモグモグさせた。顔がみるみる嬉しい笑顔に変わっていく。見事な変化であった。


うみゃあガヤァ〜


目をパチンとさせて次々アボガドだけをパクッパクッ。アボガドがなくなったら手当たりしだいパクッパクッ。目の前の寿司桶はアッという間に空桶(からおけ)となる。


「うっ〜デラッうみゃあ〜でいかんわ。涙ちょちょ切れるガヤァ〜フンガァフンガァ」

モラレス大統領うまさに涙しながらパクッパクッしていた。手掴みで両手で蟹さんみたいに。


「こりゃいかんがね。手の届くところに寿司がないがや。アボガドが全然ありゃあせんがや。席を移動し新しい寿司桶を()ったらなゃ。大好き大好きアボガドちゃんはどこだガヤァ」


モラレス大統領スクッと席を立つ。アボガド探して立つ。大統領の特別席を立つとはいかなことか。


後ろに控えたは大統領の秘書であった。

「おっ早いじゃあないか大統領は御食事終わりだ」

大統領の腰掛け椅子をサッと引いてやる。大統領は退席されるという合図に取った。

「早い退席は食べなれない日本のモンなんぞパクッつくから飽きたんだろう」


モラレス大統領はフラッと他のテーブルを眺めアボガドちゃんアボガドちゃんと手を額に当てて探す。


その探す仕草は秘書には、

「大統領は頭を下げお別れの挨拶か。なんか妙に見えるなあ。何かを探しているように見える。あれが日本式のお別れの挨拶であろうな。なんせ大統領は席を立たれたのだ。退席されるのだ」

秘書は大統領の帰りを心配した。

「大統領は退席をするから」

控えの車を玄関に回すようお付きの者に命じた。


モラレス大統領はフラッとダイニングルールを歩き始めた。秘書は慌てしまう。

「大統領閣下っ閣下こちらでございます」

モラレス大統領のポロシャツをつかみグイッグイッ。

「大統領閣下」

と退席を指図した。モラレス大統領は袖を引っ張られ、

「なんだいなっそちらにアボガドが余計にあるダかゃあ。控えにあるアボガドをパクッつくか」

すんなりと秘書について退席をしてしまう。モラレス大統領が会場から突然いなくなる突然現れるは日常であった。ボリビアスタッフは不思議だともなんとも思っていなかった。


「アボガドちゃんアボガドちゃん」


大統領が退席をしたことはレセプション進行を担当する和服市議にはわからなかった。市議としてはダイニングのレセプションが落ち着いたら大統領に改めて挨拶をと思っていた。


第一市議の和服姿は大変な人気。ボリビアスタッフからなかなか離してはいただけなかった。いやボリビアだけでない。オキナワ移民の日系にもそれはそれは人気である。

「こんなに別嬪さん見るのなんてまずはない」

次々と市議はファンが押し寄せてしまう。

「困ったわ自由が利かないわ。モラレス大統領に今度はいつお逢いできるものかわからないわ」

ボリビアスタッフと写真に収まりながら焦った。


写真の撮影ちょっと気をつけていないと肩に手を回されてしまい和服の女性から芸者さん扱いになる。

「これだけは避けていかなくてはいけない。日本の女性は簡単に肌を許してしまうと妙な勘繰りを持たれてしまう」


市議は華奢な体型スリムなれど力は馬力はあった。肩に回された男性の方々の太い腕はスクッとはずされる。元の位置に落ち着きます。知恵の輪をはずされたような見事さである。

「市議さんにもしものことがあれば僕が許してあげませんぜ」

お洒落に時間のかかる兄貴が常に見張る。

「市議さんの用心棒は任せなさい」

兄貴も寿司をパクッパクッさせながら目だけは市議に向かった。


フゥ〜


モラレス大統領は秘書の手に引かれダイニングルールから控えの間に行く。

「やれやれだがね」

控えでアボガドが食べられるかと期待したが秘書からは休めの一服はない。


そのまま玄関へ直接であった。

「あれッ何か変ヤガヤァ

なんだったかやる予定で控えに行くんだがね。なんだったかが思い出せンガヤァ〜」

疑問に思っていたが、

「大統領閣下お迎えの車が参りました」

秘書の一言で玄関口からヒョイッとリンカーンコンチネンタルスーパーサルーンに乗り込んでしまった。多忙な大統領業務の繰り返しのひとつであった。


「はてこれでよかったのか。ええっだガヤァ〜」


腕組みしながらモラレス大統領は自宅に向かう人となる。スーパーサルーンではお抱え運転手から朝のスケジュール表をホイッと手渡された。

「大統領閣下お伝え致します。朝は6時にお迎えにあがります。今夜は楽しい晩餐でございましたね。私も幕合いからチラッと晩餐を見ていました。日本のあの女性の方でした。日本の民族衣裳をお召した方は大変に綺麗でございましたね。私はまたお逢いしたく存じます」

モラレス大統領は綺麗な女性と言われて和服市議であろうなと察しがついた。

「ああっあの女性は綺麗だったな」

モラレスはスッとスケジュールに目を落とし多忙なる大統領の顔に戻っていく。

「明朝6時かっわかった迎えに来てくれ」

スーパーサルーンの流れるような走りに身を任せ大統領は景色を眺めた。母国の都市の景観をしばし眺めた。


車窓を眺めながら自宅(大統領官邸)で待つ娘のことを思い出す。

「娘に日本を見せてやりたいものだ。あの綺麗な日本の衣裳を一度着せたいものだ。スケジュールが許せばまた日本留学生らと逢いたい」

この時に日本から三味線が正之の祖母がボリビアにやってくることを思い出す。

「あの日本のチャランゴとやらは泣けるなあ。ボリビアに到着はまだ日程が後になるらしい。聴ける日が楽しみだ」


サルーンは宵闇の中予定通り自宅(大統領官邸)に到着をする。


スーパーサルーンを降りたモラレス大統領は柔和な父親の顔になっていた。 


ダイニングの晩餐会場。


モラレス大統領がいつの間にかいなくなったので留学生一行は呆気に取られた。


「大統領はいつもあんな感じでございますから心配なさらずに。あの手の方でございますから」

ボリビアのスタッフは取り立てて不思議なこともないと言いたい素振りであった。


困惑なのは市議であった。せっかくの大統領との出会いのチャンスを生かすことが出来なくて残念である。

「次回にモラレス大統領にお逢い出来るとすればおばあちゃん三味線の一行がいらっしゃる時かしら」

市議は日程スケジュールに思いを巡らせた。これからの留学生たちとボリビア政府との交流行事はなにがあるか。行事そのものはあれども大統領が顔を出すかどうかは次元の異なる問題である。また大統領は国際的にボリビアが孤立することを大変恐れているから対外的に忙しくしていた。まずは簡単には捕まえられはしないようである。

「こちらからモラレス大統領いますかっと官邸に出向くことはまずないですからね。そう考えたら次の再会チャンスまで長いなあ」


正之の祖母たち三味線一座のボリビア公演は留学生活の最終日であった。


留学生の歓迎セレモニーが終わりお開きとなる。後はみんな揃ってボリビアの大学宿舎に行くだけであった。

「皆さん準備はよろしいですか。忘れ物ございませんか。玄関にバスが待ってます参りましょう」

和服の市議が宿舎に移動しますよと指示を出した。


「ああっ次がゴールか。お腹膨れたし疲れたしで早く寝たいなあ」

留学生たちはいそいそとバスに乗り込んだ。


「皆さんお疲れ様です。今夜は久しぶりにベッド で熟睡が出来ます。ゆっくり休んでいただきたいですわ。そして明日から留学生の講義が始まります。待望の学校ですからしっかり勉強していただきます」

市議自身もドッと疲れが出て来た。留学生の引率ボリビアとの交渉そして通訳。一人三役は26歳の神経を消耗した。

「早く宿舎に入って横になりたいわ。この着なれない和服を早く脱ぎたいな」

和装の重みがスリムな体を絞めつけ始めてしまう。

「こんな時にゆっくりバスタブに浸かる幸せを感じたいけど。ボリビアにはシャワーだけお風呂がないだろうなあ」


ボリビアの留学先大学に到着する。市議は生徒各自に部屋割り当てを示しその場で解散とした。

「皆さんお疲れ様です。長いフライトとバス移動でぐったりでしたね。明朝は8時にダイニングルームでお会いしましょう。遅刻なさらないようお願い致します。では解散しましょうか。私も疲れたわあ。おやすみなさい」


留学生たちも声を揃え、


おやすみなさい。


正之は兄貴と同部屋であった。

「ああ疲れたなあっ。早く部屋行きたい。えっと正之と一緒ってことはボリビアの間ずっととなるのか。よろしく頼みますぜ"我が弟"よ」


兄貴は眠気から大きなアクビをし宿舎のドミトリーを探した。


「早く寝たいやっ正之部屋探して行くぞ」

小柄な正之の肩にもたれだらしなく引きづられていく。なんだかんだと仲良くしていた"兄貴と弟"さんとなる。


久子は同じ学年の女子高生と同じドミトリーである。ドミトリーにつくと久子はぐったりしてしまう。女子高生も同じであった。

「早くシャワーして寝たいな」

久子だらしなく足開いてだらんとしていたら女子高生に見られた。

「あっ恥ずかしいアッハハ。改めまして同じ部屋になります久子です。学園の1年生です。どうぞよろしくお願い致します」

同部屋の女子高生。久子のだらしなくしていた姿には気にしないようであった。

「こちらこそ久子さん。どうぞよろしく」

ニッコリと返す。なかなかハキハキした可愛いお嬢さんである。


「久子さんってあのお兄さんの妹さんですね。あの有名な方。セクシーな市議さんのファンのひとりでしたかしら。私ひとりっ子だからお兄さんがいらっしゃるなんて羨ましいわ。兄妹さん仲がよろしくて羨ましいオホホ」


アガッ〜兄貴笑われた。


いきなり久子の触れて欲しくないウィークポイントいや我が家の"恥部"をグッサッと突かれた。


「私もひとりっ子のつもりしたいなあ。ああ素敵なお兄さんがいたらなあ。部品交換できたらしたいぞ」

久子は兄貴の話が出たら疲れがドッと出る。


兄貴を蹴ったりしたから余計にぐったりしたような気がした。


噂の市議もドミトリーである。こちらは教職員の部屋をあてがわれた。生徒たちは小学校の林間学校見たいな共同バスルームだが市議の教員部屋はバス付きである。重たいツアー鞄をコロコロと引いて市議は部屋に入る。

「さあついた。ふぅ〜長い一日が続きますこと」

ドミトリーについて安心をしたら疲れが出た。


「さあさ早く着物が脱ぎたいわ。帯留めがキツくてたまんないの」


市議は部屋(ドミトリー)のカーテンを引き外部から覗かれないように要心をした。痴漢や変質者がバッコしそうなボリビアの夜。

「窓だけしっかりしていたら大丈夫です。第一覗かれたりしたら損だもん」

カーテンレールからスルスルっとやる。窓から外を眺めた。


「あらっ」


外を窓越しに眺めたらセクシー市議さんには何が見えたのか。


市議が引率してきた留学生ばかりがドミトリーには入っていた。


「やだぁっもう。真向かいは誰だと思ったら」


真向かいの窓からは見覚えのある顔がチョロと覗いた。兄貴が窓を開け放ちこちら(市議)をじっくり見ているではないか。


窓からの距離は数メートルぐらい。足を伸ばして渡りましょうとなれば可能であるくらいの至近距離となる。

「おっこれはこれは憧れのマドンナさん。素敵な市議さんそちらにお住まいでしたか。せっかくご近所さんになったのですから近く遊びに行かせてくださいね。いやあ嬉しいなあ。お頼みします」

市議は兄貴の照れ笑いを見てキッとカーテンを締めた。


兄貴はそんなこと気にしない気にしない。

「市議さん着物大丈夫ですか。脱ぐの手伝いますよ。一人では大変だ。手伝いますから遠慮しないでください」

市議はこの一言に泡を喰う。


「ヤダッもう」


ドッと疲れが出てしまう。着物のままヘナヘナとその場に(へた)り込んでしまった。ドミトリーは畳部屋でなくフローリングである。そんなとこで座り込んでは着物台無しだ。いけない無作法な大和撫子だった。

「なんかあの(サルのような)顔を見たら着物脱ぐ気力なくなったわ。シャワーも浴びるのがおっくぅになっちゃったなあ」

ヘナっとしながらも重たい手つきで帯留めを緩めていった。

「帯だけとにかく緩やかにしないと。ああっ最悪なボリビアになりそうな予感だなあ」

帯をスルッと外して前をはだけた。薄いブラジャーとパンティがチラッと見える。


正面の部屋の兄貴はウハウハと喜びの最中だった。

「おい正之知ってるかい。正面の部屋は市議さんだぜ。ちょっと板があれば市議さんの部屋まで渡っていけるぜ。なんかないかな。縄でもいいけどさ」


市議は疲れてヘタリ込んでしまった。だらしなくぐったりである。早く着物を脱がなくてはとよいしょと立ち上がる。

「着物は着付けが面倒なのに。なんで脱ぐのも輪をかけて面倒臭いのよ。もう嫌っだなあ」

ブゥブゥ文句言いながら帯留めをはずす。これもグルグル回し面倒は面倒である。

「フゥ〜ああっ楽になります」

羽織りをはずすと長襦袢(ながじゅばん)がはらりはらり。


「ああっ重たかった。レセプションの途中から脱ぎたいと思ったらもう我慢できない。早く脱ぎたかった」

やっと着物を脱いでしまい身軽になれた。

「それにしても困ったわね」

着ていた着物がクリーニングに出せないのだ。羽織りは目で見ても取り立て汚れはなかったが長襦袢や足袋などは考える。

「手洗いしかないかな」

脱ぎ棄てた下着類を手にしバスルームに向かった。


翌朝ダイニングルーム留学生は全員顔を揃えボリビアの生活をスタートさせた。


朝から元気は若さの証拠か。久子は大ハシャギ。

「ねぇねぇこのじゃがいも美味しい。甘いじゃがいも(スィートポテト)ってこういうものですみたいだわ。わあ野菜サラダも美味しいなあ。オレンジジュースなんて新鮮そのままだわ」

久子だけでなく留学生はボリビアのモーニングに満喫をする。久子がそこでエヘンとシャシャリ出てくる。

「じゃがいもはねエッヘン。昔のインカ帝国時代にアンデスの高地で栽培されたのよ」

だからペルーやボリビアなどその当時にあったじゃがいもの品種を改良して今日がある。噂では2000品種にも及ぶらしい。


「たくさんあるアンデス品種の中から日本人の味覚にあったじゃがいもを選んでポテトにしたりサラダにしたりしてくれたの」

久子じゃがいも博士の時間であった。


留学生たちにはボリビアの料理全般に評判が(すこぶ)るよかった。

「果物フルーツが新鮮だから美味しいの。私ねもうコーラなんか飲まないわ。太陽の恵みオレンジジュースやバナナジュースにするわ。野菜類だって採れたばかりのものですって」


大学宿舎の裏手にある農場から直接に調理場に運ばれていた。


久子は留学生のカリキュラムに調理料理を選択した。

「古代インカとじゃがいもは切っても切れない関係ですわ。旧インカのボリビアに来たらじゃがいも料理をあれこれと習いたいなあと思っていたの」

久子は目の前にズラリと並ぶじゃがいもや加工されたポテト類には目がギラギラとした。

「念願の調理っていう感じかな。よしやるぞう」


日本では正之の母親(将来の姑さん)からじゃがいもや穀物類の料理は一通りは習った。それはそれとして価値はあったが家庭料理の域を脱していなかった。


久子が調理場に入りまず初めの驚きは不衛生な面であった。

「これで料理作っていたの」

不衛生なのは見渡す限りすべて。まるで野戦病院みたい。

「あのボリビア料理をこの不衛生の中こさえて私食べていたのかしら。美味しい美味しいって」

かなりなショックで涙が出そうである。食中毒は大丈夫かと心配した。調理場にはステンレスの輝きは全く見えなかった。

「お掃除に対して無頓着なんかなあ」

久子は白い割烹着はないかと探す。

「あるわけないか」

大きなビニール袋を前掛け程度に当てた。さっそくに目が届くところから拭き掃除を始めた。

「久子さん一人では大変ですわ。私も手伝います」

同部屋の女子高生も台所用品を探して二人してゴシゴシ始めた。女子高生は手慣れているようでテキパキと拭いていく。


調理場にいたボリビア人は何が始められたかと不思議な顔をした。掃除だとかちゃんとした後片付けはマナーにはなかったらしい。


久子と女子高生はバケツに雑巾(ぞうきん)を用意した。

「雑巾がないわ」

布切れはいくらかあった。いずれも捨ててしまいたいくらいの汚さだった。

「フゥお掃除したら綺麗になるじゃあないの。流し台なんてピカピカしているわ」

2時間程二人の力でゴシゴシやってみた。見る見るうちにピカピカのキッチンとなっていく。水回りの流し台やコンロ回りは単に汚れが付着したがためのことだった。

「てんぷらなど揚げないからコンロなどに脂っけがなくて助かったわ」


お見事将来のお嫁さんたち。


綺麗なキッチンで久子らの調理実習は始まった。


久子らが来る前と調理場の雰囲気は大きな違いであった。

「まあっ綺麗になっていますこと」

大学の食物専攻の女性教授(40)は感嘆の声を漏らす。

「久子さんたちありがとう。ジャパンはきれい好きだとは聞いたけど。こんな綺麗なキッチンで料理しますとバチが当たりそうですわ」

ステンレスの輝きで年輩の教授の肌荒れがよりクッキリ見えそうであった。


留学生たちは大学の講義やサマースクールに昼間受講していた。


引率の市議はなにをしていたか。

「私は留学生の生活指導程度でお休みさんのつもりでごさいました」


休みはもらえなかった。

「我がボリビアの大学のゼミナール講義に講師の先生として出ていただきたい。聞けば単なる引率ではなく市会議員さんなんですってね。いやあ失礼いたしました政治家さんだ。ならば日本政治とボリビアを語ってもらいましょう。日本民族衣裳(着物)をつけて日本文化をボリビアの学生たちに紹介をしてもらいたい。その日本の民族衣裳でお願い致します。洋服は結構です」

ボリビア外務省を窓口として要請がきた。


ボリビアの大学当局からは、

「ミスマドンナお願い致します。あの妖艶な着物を披露してください。芸者ガールの装いを願います。我が大学の学生たちにぜひとも」

市議はとにかく着物は日本の芸者スタイルと聞いて観念した。

「また着物なのぉ。誰が着てもみんな芸者さんの姿になって。アハッ弱りましたわあ。毎日着物着付けて大学に行かなくてはならないなんて」


市議自身は小学生時代に修学旅行で京都奈良に行く。

「奈良で大仏さん見て私によく似ているって言われたなあ。嫌な思い出だわアッハハ。京都では祇園を歩いて舞妓さんに憧れましたねぇ。あんな綺麗な着物を着てシャなりシャなりなんて。アアッしかたないか(にわ)か芸者・偽芸者してあげるかな。うん?芸者っていったら」

市議は思いを巡らす。祇園で芸者なら三味線弾きについて踊りもあったとハタっと気がつく。

「三味線で踊りねぇ。留学の最終には三味線のお師匠さん一行がやってはくるけど」


市議は宿舎の部屋(ドミトリー)で足袋をゴシゴシやりながら考えた。


「三味線がなくても私は踊れるかしら」


市議は翌日から重い重いと文句言いながら着物姿で大学へ行く。語学としてスペイン語は苦手であったから、

「英語で勘弁してもらいました。カンニングペーパー見ながら喋りますわ」

日本文化はまずは気楽にこなすことができた。

「問題は政治だわ。市議のプライドと政治に対する姿勢をしっかりと見せて行かないとなりませんわ」


市議の話を待ち受ける大学の法学部政治学専攻の学生は全員がエリート。将来のボリビアをいかにしたら裕福な国家にさせれるか真剣に考えていた。

「日本は経済大国。GNPがアメリカについで2位だからきっとこのあたりを質問してきそうだわ。私は市議なんだけどそこまで勉強していかないとね。ヤダなあっ。また今夜から眠れなくなっちゃうなあ」


市議はインターネットをクリックしながら資料集めをする。思うようなサイトがなかなか見つからずイライラしてしまう。

「どうなったのかしら」


個室のインターネット回線利用だから誰の目も気にしなくてよかった。市議リラックスをしてパソコンに向かってしまった。手元にお煎餅があればパリパリやりたいぐらいののんびりムード。

「ふぅなかなか思うような資料(サイト)がヒットしないなあ。ああっ着物がキツいなあ。よいしょっと帯をはずしましょう。楽になったわ」

市議は座りながら帯留めをゴソっとはずした。そのまま着物を脱がないでインターネットの前に座り続ける。

「フゥ〜わかんないなあ」

イライラも募り始めた。

「よいしょっと」

あらあらっ見ていられない。片膝ついてしまう。全く行儀の悪いこと。市議は着物の合わせの前をはだかせてしまった。薄い青のブラジャーとお揃いの青のパンティがちらほら見えてしまう。


ちらほらの巨乳(バスト)はたっぷりと取り出され有り余るようにこぼれていた。タップンタップンと。


「見つからずだなあ。嫌になっちゃうわ」

挙げ句の果て手でお腹をポリポリ掻いた。赤く跡が残る。


市議は資料探しに躍起になり過ぎた。その証拠に部屋の窓をちゃんとぴったり閉めることを忘れていた。窓からいつも兄貴が見ている。市議に恋心を抱く兄貴が覗いていることを警戒することを怠った。


兄貴は窓を開け放ち市議の部屋だけを眺めていた。ニッタリと笑いながら至福の時を過ごす。兄貴本人が言うには、

「憧れの市議さんにもしものことがあれば困ってしまう。だから俺が見張りをしているんだ。用心棒のお兄ちゃんだよ」


なるほど。


「ヒヤァ〜市議さん悩ましい」

その時兄貴はカーテンを開け窓から市議の部屋を覗く。ほんの数センチであろうか窓は開いて部屋の中が見えた。

「ヒャア俺は幸せだなあ。セクシーなセクシーなアラァーん」


もう少し窓開けて見たいなと手元に釣り竿が用意された。スルスルと伸ばされた。簡単に市議の部屋窓は空く。


微かな(ガラガラ)


窓が開く(ガラガラ)はしたが運がいいのか悪いのか市議からはカーテンで遮られていた。

「窓が開いた(ガラガラ)みたいだけど。まさかね気のせいね。この部屋は3階だから」

さして気に止めない市議だった。


「ヒェ〜見えた見えた」


兄貴は飛び上がりそうだ。

「市議さんあんな派手な薄い青パンティはいてんのか。そそられるなあウヒャアウヒャア」


何も気にしないまま市議は着物を脱いでしまう。

「暑いなあ」

上は青い巨乳(バスト)ブラジャーだけになってしまった。着物がドッさと脱ぎ捨てられたら兄貴は、


ドヒャア〜


興奮のあまり鼻血が出てしまう。


「そうだなあっ、ついでだから」

思うサイトも情報も見つからずイライラの極地に至ってしまう。

「シャワー浴びてリフレッシュようかな」


シャワーをとヨッコラショ。


市議はブラジャーとパンティのまま立ち上がった。

「覗かれたりしたら嫌だから窓はしっかり閉めておきたいわ」

軽い気持ちでひらひらとする窓カーテンに行く。


カーテンを引いて窓ガラスの開閉を確認する。市議は巨乳(バスト)をタップンタップンさせてカーテンを持ち、外を見た。


ドミトリーの3階。とてつもないでっかい悲鳴

がなり響いた。


キャア〜


なぜか兄貴は青いブラジャーを顔に投げつけられしっかり手に持っていた。


翌朝市議は何喰わない顔で留学生たちと挨拶をする。

「おはよう頑張ってるかしら。みんな元気かしら。しっかりお勉強してちょうだいね。御食事が美味しいから栄養はちゃんとつけてね。風邪なんかひいていないわね。体調悪くなったら遠慮なく教えて頂戴ね」


市議は明るく生徒ひとりひとりに声をかけていた。


高校生から大学生と一般社会人。


「講義内容はわからないことばかりだろうけど頑張っていきましょう。せっかくボリビアまで来たんだから」

市議の立ち位振る舞いは朝食のいつもの風景であった。


久子と兄貴のテーブルに近く来る。チラッと兄貴を見た。


プイッ


あら可哀想に兄貴は無視されちゃった。ただ久子にだけは挨拶をした。

「おはよう久子さん。聞いたわよ。調理のお台所すっかりときれいにお掃除してくれたんですってね。食物の教授さんが喜んでいたわ」

市議はひたすら兄貴とは顔を合わせないように体を斜めにしてまで無視を決めこむ。当然久子には不思議なことに映る。


「ねぇねぇお兄ちゃん」

市議が向こうに行くタイミングを見て久子が兄貴に話かけた。

「市議さんになんかやったなあ。部屋覗いたとか無理やり押し掛けたとかしたなあ」

妹としての第六感がピンっと来たらしい。


言われて兄貴は、食べていたサラダを吹き出しそうになる。

「プハッ久子変なこと言うなよ」

危うく吐き出してしまいそうになった。

「あっお兄ちゃん怪しいなあ」

久子は兄貴が部屋覗いたなあっと思った。

「なんだよ。俺はなんもしてなんかいないさ。市議さんが勝手に見せてくれただけだからな」

朝食をサラサラと食べながら兄貴は弁明をした。


「見せたって?なにを見たというの。ねぇお兄ちゃん。ますます怪しいなあ」


久子に迂濶に一言しゃべり窮地に兄貴は陥る。だからそのまま黙って食べてこそこそっと逃げていった。


市議は大学に行く。今日は洋服であった。

「毎日着物だと疲れて困ってしまうわ。今日は政治討論だから」


大学生を相手に日本とボリビアの政情についてゼミナールを持つことになった。政治討論は7人ぐらいのディスカッション形式。持たされゼミナールは朝から学生の活発な質問が現役市議に飛ぶ。初のディスカッションは戸惑いを見せていたが馴れたらさして大袈裟にはならなかった。

「質問は予想された範囲でまずはよかった。同じことを聞かれたから助かった。それにしても皆さん学習意欲旺盛だわ。ああ一日疲れたなあ」

朝2コマ、昼2コマをこなして売れっ子講師だった。

「こんな時はゆっくり温泉に入ってみたいな」

日本でのバスタブを思い出す。今はシャワーしかなかった。

「体をしっかりと休めたい。入浴が済んだらマッサージしてもらいたい。日本酒で一杯やってまったりしてのんびりグウグウ寝たい。好きなあの男性と」

市議の憧れの男性(ひと)を思いながら肩をポンと拳で叩いた。ポンとしたらなぜか兄貴の顔がポワ〜ンと浮かびあがる。


「ヤダっあんな男。出てきちゃあっ嫌っ」


パッと浮かびなぜか少しも消えかけない。

「嫌だったら。消えろっもう。私の裸しっかり見たくせに。ああっ情けないなあ見られちゃったんだから。見せるつもりなかったのに見せてしまいました」


兄貴のにやけた顔を見たら青いブラジャーを咄嗟(とっさ)に投げつけてしまい後悔した。

「あのブラ高かったのよ。しかもパンティと御揃いで気に入っていたのになあ」

まだ兄貴に覗かれたことが脳裏から離れなかった。

「しばらくは夢に(うな)されそうだわ」

思わず巨乳(バスト)をグイッと両手で挟んだ。


トントン


市議の部屋がノックされた。


「うん?誰かな。どなたですか」

この時間だと留学生になにかトラブルが発生したのかと身構え緊張が走る。


「僕ですわっ市議さん」


ギクッ


声ですぐわかった。兄貴がそこにいるとわかった。


「市議さん僕です。市議さんの大切なモン忘れられたのでお届けに参りました。ドアを開けてくださいな。市議(ネエ)さんの忘れ(ブラジャー)です」


どっどうしょ


市議は迷いに迷う。誰あろうことか会いたくない(ナンバーワン)がそこにいる。しかも市議の大切な忘れ(ブラジャー)を持って立っているとは。


忘れ(ブラジャー)は返してもらう。蛇蝎(だかつ)のごとしの兄貴の顔は見たくない。

「無視を決めこんだら大人しく忘れ物だけ置いて帰るだろうか。いやっあの性格は一筋縄ではいかないなあ。弱ったなあ」


市議はかなり悩んだ末に、

「ありがとう」

ドアを開け忘れ(ブラジャー)を受け取ることにした。

「エヘヘッ市議(ネエ)さん。こんばんは」


蛇蝎(だかつ)のごとしなる男の兄貴はにっこり微笑む。それを見たら市議は背筋がゾォ〜虫酸(むしず)が走る。


「どれでしたか忘れ物って」

市議(ネエ)さん小さな声で聞く。すると兄貴は直立不動の兵隊さんの格好をして、

「はっこれであります。市議(ネエ)さんの巨乳(オッパイ)のブラジャーでございます。洗濯(ゴシゴシ)して持って参りました」

宿舎の廊下に響き渡る大声だった。


市議は恥ずかしさから赤面となる。兄貴の差し出した剥き出しのブラジャーをグイッとムシリ取ろうとする。

「イャ〜ンもうっ。私のだから返して頂戴」


いきなりEカップに手を出して引っ張るから千切れそう。

「あっそんな無理矢理には」

兄貴が手を離せば問題にならないのだが。


「強引に引っ張ると」


千切れちゃうよと言いながら市議の部屋に入った。


「嫌だ私の(ブラジャー)だから返して頂戴」


さらにグイッグイッと引っ張る。意固地になった。


市議が力任せにやるから兄貴もブラジャーと一緒に引っ張られていく。

「あやあやっそんな強く引っ張ると千切れちゃうからアッハハ」

兄貴は部屋にグイグイ引っ張られてパッと手を離す。


キャア〜


いきなり手を離したものだから市議はバランスを崩しコテンっ倒れてしまう。


ステ〜ン 


市議はスッテンと倒れたはいいが尻餅をつき足を開いてしまう。スカートがパラッパラッと(めく)れてしまう。形のよい太股が露となった。太股だけでなく薄いピンクのパンティも。隠していた部分が綺麗に丸見えになってしまった。


今日のパンティは可愛らしいピンクだった。とても26歳の女性には不似合いなフリルつきのものだった。


アッあっ〜(パンティが丸見えだぁ)


兄貴は目が点となる。夢いつも見ている憧れのセクシー市議が今なんという幸せな格好をしているのか。兄貴はピンクのパンティが目に焼きついてしまう。フリルは特に。


「あっ〜あっ痛っ痛っ」

ズデンと倒れた衝撃でお尻をイヤと言うほど打ちつけた。

「いゃ〜んもう。いきなり手を離したりしないで頂戴。コケッちゃった」

お尻を撫で撫で。よっこらしょと起き上がりパッと前をみた。


スカートの中をジッと見つめる兄貴の顔があった。イヤらしくニャッとしてだらしがなかった。


「キャ!ヤダっアナタどこ見ているの。いやらしい」

サッと足を閉じた。これにてご鑑賞サービスおしまいとなる。兄貴はサッと夢から現実に戻っていく。


あっ


閉じた足には未練があった。兄貴はしばらく呆然とする。市議はプイッと横を向く。

「僕はただ市議(オネエ)さんに忘れ物のブラジャーを届けただけなんだけどなあ」

市議はとにかく男がそこでウロウロしていると思っただけで怯えてしまう。部屋の片隅にヒョイヒョイと逃げてしまう。まるで痴漢に遭ったような怯え。

「お願いだから近くに寄って来ないで」

全身に恐怖が走る。兄貴は怯え切る市議をどうしたものかと考えあぐねた。

「僕はただお届けにあがっただけだし」


182センチの男は頭をシゲシゲと下げ詫びの仕草をする。20歳であるが高校生ではある。


「わかったわわかった。忘れ物を届けてくれてありがとう。今しっかり受け取ったから。私のものですわ。ありがとう受け取りました。だからもうお帰りなさいね。わざわざ届けてくれてご苦労様でした」

ギュと青いブラジャーを両手に持ち直して巨乳(バスト)に押しつけた。壁に寄り掛かりなにげない仕草ではあった。妙齢のセクシーさが漂い可愛いものだった。迷える子羊のごとく思わず抱きしめたくなるような雰囲気であった。


兄貴の逆襲が始まる。頭をさげて自分がいかに市議(ネエ)さんが好きか切々と訴えた。

市議(ネエ)さん僕の気持ちわかってもらいたい。市議(ネエ)さんは美人さんだから。僕の気持ち僕の本当の気持ちはわかってもらいたい。すっかり市議(ネエ)さんが好きになってしまった。僕ッかぁ好きになってしまったぁ」

兄貴は天井を眺めながらゾッコンな愛を告白した。


好きだ好きだと繰り返しながら狭い部屋の市議(ネエ)さんの近くに寄り添う。


言い寄られた市議は逃げ場がない。

「こちらに来ないで」

両手をしっかり巨乳にあててひたすら嫌がるだけであった。

「僕を嫌がるなんて酷いなあ。どうしてそんなことをするんですか」

兄貴は兄貴で真剣味を帯びてしまう。


チャンスだ!


市議が見せた太股やピンクのパンティが目に浮かびあがる。

市議(ネエ)さんはピンク穿()いていたんだね」

兄貴は容赦なく言う。市議は言われて恥ずかしい。みるみる真っ赤になってしまう。


「こんな男に(パンティ)見られたなんて。しかも二回も見ているなんて」

見られたことが恥ずかしさか、それが兄貴という猿みたいな男だったから嫌なのか。


兄貴は市議が怯えて丸くなるのを見た。

「可愛いいなあ。近くで見てもセクシーだ。この体で巨乳(バスト)は青いブラジャーなんてしてんだもんたまんないよ」

今にも襲いかかりそうな

雰囲気になる。かなり興奮をしていた。

「僕と違って大学出て頭いいし。青いブラジャーとピンクのパンティだしエヘヘ」

さらに一歩ズンっ。


「嫌だから近くに来ないで。アナタは顔を見るのも嫌だからお願い。部屋から出て行って頂戴。出て行かないと私は大きな声を出しますよ。よろしくて」


兄貴はハッとする。

「声出すって」

そんなにまで嫌いなんかと愕然としてしまった。こんなに好きだと思っているのに嫌いだとは。兄貴はヘナヘナっとしゃがみ込んでしまう。


「そっそんなぁ〜」


こんなにも巨乳の市議が好きなのに。蛇蠍(だかつ)のごとくの兄貴はへたりこんだ。


プライドを傷つけられたのかシオっとなってしまいその場で項垂(うなだ)れジッとしてしまう。しばらく動きがなかった。


困ったのは市議。いつまでこんな猿男にいつかれても。早く出てもらいたい。ヘタなことをしたら暴れたりするかもしれないとさらに警戒を強めた。


「ねぇ」


市議はこの場を切り抜けなければと知恵を絞る。

「お話ならリビングルームでしましょう。みんな楽しくやっているから。ドリンクもあるわ」

兄貴は忠告などは聞いて聞かぬ振りだった。

「いやです。市議(アネ)さんとふたりっきりがいい。ここでジッとしているのが一番いい。僕は今が幸せ」

梃子(てこ)でも動かない姿勢だ。


「弱ったお兄さんだなあ」

市議は両手を巨乳の前に組み困ったなあとさらに悩む。


ハッと気がつく。


「私ジュース飲みたいなあ。喉が渇いちゃったわ。ボリビアはオレンジジュースが美味しいの。私がリビングでジュースを買ってくるから待っていて頂戴。すぐに買って戻ってくるから。お兄さんはオレンジジュースとバナナジュースどっちがいいかしら」

市議が考えて部屋を出る口実を作った。


兄貴はどうするか。黙って好きな女を部屋の外に出してしまうのか。出したら最後まず戻ってはまずこないであろう。


「いいわね私をリビングに出させて頂戴ね。ジュースを買ったらすぐ私戻ってくるから。いい子でここで待っていてね。どっかに行っちゃったりしては嫌よ。お約束しましょう」

市議は壁を背にしたまま立ち上がる。兄貴の様子から目を離したりはしない。ともかく警戒をして見張らないと抱きしめられたら困ってしまう。

「大丈夫かな」

ゆっくりと立ち上がりスカートの裾の乱れを直す。


頭の中では走って一刻も早く逃げたい。


警戒は当たった!


兄貴は立ち上がった市議をグイッと抱きしめた。スカートの乱れは直されたが忽ち乱された。


「いやっやめて頂戴っ」兄貴は力任せに抱きしめた。彼女は物凄い力で抱きしめられてしまい無抵抗になる。市議の痩せた体は猿のような男の膂力(りょりょく)で羽交い絞めされてスッポリ見えなくなった。腕の中では顔まで押しつけられて息苦しくなっていく。


腕の中でイヤイヤと頭を振るが効果はない。女の優しい力ではなんともならなかった。


「好きだ、大好きだ」

猿の醜い手が体をまさぐる。服をなぞらえながら顔に来る。強引に(あご)をつかむ悩ましげな真っ赤な口唇が目に入る。


「この口唇が」

グイッと口唇を突き出させた。猿のような男の口を無理矢理に合わせてくる。生ぬるい感触が感じられていく。


うんぐぅ〜


思わず顔をしかめた。瞬間的な嫌悪感からヘドが出そう。口唇を奪われてうんざり。


次に自慢の巨乳(バスト)をわしづかみにされた。ブラウスの上から強引に掴まれていく。醜い猿の手はまるで果物のメロンをもぎり取るかのように荒々しく動き回った。

「このオッパイはたまんない。夢にいつも出ていたんだ。ああっデッカイなあっいい匂いだ。思う存分に舐めてみたくなる」


市議はこの時ばかりは恐怖を感じた。このまま犯されて殺されてしまうのではないか本気に思った。


猿の手がブラウスの上からスルスルと下がり始めた。スカートをたくしあげまさぐり始める。太股を手は這う。だんだん上に上にたぐり寄せられていく。


「あっヤダっ」

このままジッとしていたら大変な目に遭う。

「なんとかこの猿を退治しなくちゃ」

必至にもがき抵抗を見せた。荒がうがどうしても力の強い男には無駄な抵抗であった。


スカートをたくしあげ頭を入れてきた。こういう場面の映画ならば手元の花瓶でガッツンとやるとか灰皿で平手打ちだが。


市議は部屋を見たが生憎(あいにく)鈍器が見当たらない。小さな茶伏台はあるが窓際にいるため手が届かない。


モタモタしていたらパンティまで脱がされてしまう。


イヤン助けて〜


必至の思いで窓ガラスを爪でキィキィ引っ()いた。


キィキィ〜キィキィ


ウォ〜


兄貴がスカートから顔を出す。両耳を手で覆いなにやら嫌がる格好をみせた。ガラスの引っ掻き音に神経がイライラしたらしい。


「止めてくれっその音は」耳が赤く腫れあがるくらい嫌がる。

「頼むからガラスを掻いたりしないでくれ。そのキィキィは止めて止めて〜気が狂いそうだ」


キィキィ〜キィキィ


市議は恐怖からガラス窓を引っ掻き繰り返した。

「お願いだから止めてくれ」

兄貴はスカートから頭を出し抱え込んだ。野生の猿に弱点があった。


市議は少し落ち着き肩で大きな息をひとつつく。


ハアッ〜


「頭を抱えている隙だわっ」

市議は一目散に部屋を飛び出していく。逃げ足は速かった。


市議は宿舎の部屋に二度と帰りはしなかった。久子を教える食物学担当の老女教授の自宅にお世話になることにした。

「とてもではありませんが怖くてもう宿舎にはいけないわ。ああっ早く日本に帰りたい」

市議は体をブルブル震わせていた。


留学生たちのゼミナールも日を追って慣れてきて笑顔が絶えなくなる。

「スペイン語がわからないけど英語でならなんとかなるわ」

留学が楽しいものとなっていた。正之も同様であった。

「ボリビア留学最後におばあさん三味線友の会がやってくるんだ。となるとおばあさんの顔を見たらおしまいとなるのか。まるで紅白のトリみたいだ」

いつしかボリビアとの別れを惜しむ気持ちとなっていく。


その後の兄貴はどうしていたか。すっかり市議に嫌われてしまいさぞや落ち込んでいるかと思うが。

「ああっ憧れの市議さんに嫌われてしまったなあ。あれ以来部屋には帰ってこない。大学のセミナーで俺の顔をちょっとでも見たらプイッ。横を向いて知らんぷりするんだもんなあ」


シュン


かなり落ち込んでいた。

「だけどこのままではいけない。(市議さんに)俺は名誉挽回しなくちゃあな」

兄貴は大学から借りたギターを爪弾き出す。なんとかギターで市議に心を開いてもらおうかとした。

「切ないこの気持ちを歌に込めたい。悲哀の歌なんかを作って聴かせたい。この俺の落ち込みをギターに託してさ。頑張って行くよ」

寮の窓際に腰掛けてはボロンと弾き語りを繰り返した。


「お兄さん熱が入った演奏ですね。なかなかいい曲を聴かせますね。僕もお付き合いしようかな。ギターでもチャランゴでもなんでもいいや。大学で借りてくるかな」


正之もさっそくギターを借りてくる。正之は左ギターなので弦を張り替えて演奏をする。

「あれっ正之ギター弾けるのか。ギッチョ(サウスポー)なんか。かっこいいアッハハ。三味線弾きは久子から聞いていたけど」

窓際に二人揃って座りギター伴奏は始められた。


兄貴が歌と旋律をリードし正之がサイドを担当をする。旋律は単調なフレーズの繰り返しだから正之は簡単に後を追い掛ける。

「歌は日本語をやめだな。せっかくボリビアに来たんだスペイン語でやってやるか」


兄貴はセミナーにいるボリビア女子大生をつかまえ作詞翻訳を頼んだ。

「ヒャア〜気が付かなかった。別嬪さんがわんさかいるじゃんかっ。目移りしてしまうなあ」

この時からラテン系に開花をした。

「あんな綺麗なのが大学にウヨウヨいたのはわからなかったなあ。よし哀愁歌はやめだ。恋歌(ラブソング)にするぞ」

可愛い女子大生が目に入ると片っ端から声を掛けた。


日本語を英訳して翻訳詞を頼んだ。

「わあっなかなかいけてる英訳ですこと。いいわスペイン語に翻訳してあげます。お時間くださいな」

頼んだ女子大生は全員が全員とも素直に受けてくれた。

「ウヒョオ〜素晴らしいじゃあないか。益々嬉しくなってきたぜ。ボリビアっていいなあ好きになりそうだぜ」


気がついたらキャンパスで目につく美人という美人には声をかけ英訳を見せていた。


「ジャパンちょっと。ねぇ頼みたいの。あなた作曲(コンポーザー)するんでしょ。私の(ポエム)に曲をつけることしてくださらないかしら。前々から誰かに頼みたいと思っていたの」

作曲依頼まできた。兄貴は飛びあがって喜びである。

「いいでしょ作曲(コンポーザー)します。やりたいです。何でもやれることはやりたいですからね。僕に任せなさい。おっそうだ正之も手伝いなっ。三味線できるくらいなら作曲ぐらい簡単だろう」

同じ部屋にいるよしみ。妹久子の彼氏関係か正之まで引っ張り出されてしまう。

「お兄さんちょっと待ってください。三味線と作曲はあまり関係がないですよ。やだなあっ三味線を万能の楽器だと思っていては」

二人で大笑いをする。


この兄貴と正之の組み合わせがキャンパスで悪い噂になってしまう。人相のよし悪しも手伝いからである。


あのジャパンは女の子ばかり声をかけ良からぬことをしている。


キャンパスの中まことしやかに流れそれとなく引率の市議や久子の耳に入る。

「えっ留学生がとんでもないことを」

ジャパンと聞いたら市議が耳をそば立てた。

「何をしでかしているんでしょ。キャンパスで問題になっているんですか。噂は噂ではあるんですけど看過(かんか)できないですわ。確認しなくてはいけないわね」

市議は留学生全体の監督責任もあった。


しかも噂の問題児がどうやら兄貴だと知り、

「もう最悪だわ」

両手を広げ降参のポーズ。監督の立場にある市議だがこればかりは退散をしたかった。


久子は久子で同部屋の女子高生から噂を聞く。

「私も見たわけじゃあないの。だから詳しくはわかっていないのね。ボリビアの娘さんが言うにはお兄さんと正之くんがあっちこっち声掛けたって言うのね。それも綺麗な女の子を選んで」

噂の中身には歌だのギター演奏だのはまったく乗ることはなかった。


久子は兄貴の名前が出てしまい愕然とする。

「綺麗な女の子にだけ。まったく兄貴ならやりそうだわ。で正之くんも子分さんについているのね。アーン私がいるというのに。アンポンたん」

久子はそんなにも魅力がないのかなあっとこちらは正之に嫉妬である。


久子は引率者市議の元に行く。

「市議さん申し訳ございません。私の兄がまた問題を起こしてしまいました」

久子は市議に謝った。市議と兄貴の間に何かがあったは女の勘でわかっていた。

「お兄ちゃんの女癖は今に始まったものじゃあないから困ったもんです」

久子としては兄貴にカンカンにお(かんむり)さんである。兄貴の顔を見たら厳重注意をしてやらなくてはと思う。


蹴りのひとつや2つをバシッ!


「あのバカ兄貴って。怒るも怒らないも正之くんまで子分につけて悪さしているなんて。あの男は何考えているんだろか。まったく親の顔が見てみたい。って言うと私の親と同じ顔かエヘヘッ」

久子は悩める市議に頭を下げ下げ謝った。

「兄には私から注意をしておきますわ。重ね重ね申し訳ありません」


久子や市議がどんな思いでいるかわからない兄貴と正之。心配をされていることなどどこ吹く風であった。


「正之今日はあのかわいいキャンパスギャルのお誘いでライブだよん。本学の学生も呼ぶらしい」

兄貴の作曲した作品をぜひ披露して欲しいと持ち掛けられたのだ。

「嬉しいじゃあないか。力作を発表できるなんて」

寮の部屋で譜面(スコア)の最終チェックをする。

「正之も作品出せよ。サイドギターばかりではつまらないだろう。オリジナルバンバン演奏しちまぇ」


言われた正之は、

「2〜3曲ぐらい弾き語りを披露したいかなっ。まだねギターでリサイタルやってみたことがないから不安だ」

同じく音符に最終アンカー(仕上げ)を入れた。

「ソロ演奏ができるなんて緊張するなあ」

そう思うと弾き難いコード進行は削除したくなる。

「女の子の話だとキャンパスの片隅で学生主催のライブをするらしい。これだけ俺も楽曲が集まればミニコンサートが開けます。よし頑張ってガンガンギター弾きまくりだ」

譜面修正が終わり出掛けていく。


キャンパスのコンサート会場は出演予定者がいるばかり。

「おいおい観客か聴衆がいないぜ」

キャンパスをせわしなく歩く学生はいたが立ち止まり座席に着こうとする者は皆無である。


兄貴をライブに誘った女子大生が駆け寄る。

「ハローアミーゴ。みんな聞いて聞いて。ジャパンよ東洋からボリビアに来てくれたの。ねぇみんな来て来て」

二人の回りにはスタッフだけ集まれ状態だった。

「ようこそ我が国ボリビアに。君たちはギター演奏なのか」

民族楽器ケーナを持つ学生が聞いた。20人程の人だかりだったがギター演奏は誰もいなかった。


ギターケースからアコースティックを取り出す。

改めてギターを見たがかなりの年代モノ(ヴィンテージ)であった。

「借りた楽器(ギター)に文句は言わないつもりだが。まったく共鳴しないなあ。正之のやつも似たりな感じだ」

寮の窓で弾き語りする程度なら音色は問題はない。マイクで音を拾いアンプで増幅させるのには無理があった。


大学生たちは準備を整えていく。全て民族楽器であり民族衣裳だった。

「ギターがないコンサートなんて珍しい。初めての経験だぜ」


集まった学生たちはステージにあがる順番を決める。

「俺も参加だからな」

リーダーの大学生の決めていく通りに兄貴は順番をもらう。3番だった。


「それでは皆さん準備も整えられましたね。時間がもったいないから1番から行きましょうか」

仲間内だけの拍手に迎え入れられ街路の特設ステージに登場をした。

「トップから民族音楽だ。あれっ踊りも披露するのか」


アンデス山脈を彷彿させる民族衣裳がぞろぞろと並ぶ。ボリビア民族楽器ケーナ(長い笛)とチャランゴが出てきた。踊り役のセクシーな女子大生が2人ちゃちゃっと登場する。いかにもラテン系のおおらかな雰囲気がある大柄な女性たちだった。笑顔でリズムを取りながらスタンバイをした。

「さあさあみんな乗って行きましょうか。トップなんて気持ちいいわあ。私踊りに踊ってハイになりますアッハハ」

トップバッターは陽気なお姉ちゃんとお兄ちゃんだった。

「なんか本格的なものになりそうだね。身分は大学生だけどプロ目指していたりして」


民族音楽は始まった。3人のケーナはより美しいメロディを空に向かって奏でられていく。

「ペルーの『コンドルは飛んで行く』みたいな雰囲気だぜ。ケーナも面白いな」

4人のチャランゴが後を追う。楽曲としてはケーナがメインでグイグイ曲奏を引っ張る形だった。


演奏が始まったらキャンパスを行く学生たちが続々集まり始める。踊り子の2人は愛嬌を振り撒きながら、

「乗って乗って。もっともっと盛り上がりましょう。後ろで見ている方はどんどん前にいらっしゃい。私の横にいらっしゃい。可愛がってあげるからアッハハ」

チャランゴのリズムに乗りながら盛んに体を振り振り手招きをした。


後ろにいた学生は誘導させられたのか前に前にと押し出されてしまう。

「あらっん近くで見たらいい男じゃあない。さあさあ乗って乗って踊って踊って」

手招きをした。

「ちょっとこちらにいらっして。ねぇねぇ一緒に踊ってくださいな」

大学生の腕を取ったと思ったらグイグイ引っ張る。ステージにあげてしまった。周りはヤンヤヤンヤの喝采になった。

「あいつずるいぞ。おい俺だって踊って踊れないこともないんだぜ」

最前列の学生は文句を言う。ハンサムではなかった。


ステージではハンサムな学生とセクシーな女子大生の踊りは絵になった。

「あの踊り子なかなかやるじゃあないか」

兄貴と正之が踊り子たちのエンタテナーに感心している間にも聴衆はどんどん集まる。30座席は埋まってしまい立ち見になった。ボリビア民族演奏は次々と休憩もなく続いていく。


「凄いノリになったなあ。周り全体が踊って踊ってだ。カーニバルがやってきた雰囲気だぜ」

クライマックスはケーナとチャランゴが延々と続き観衆を魅了した。楽曲を3曲演奏をし舞台を降りた。

「よかったぞ〜最高だなあ」

踊り子たちは両手を高々振りながら、

「ありがとうありがとう」

愛嬌振りまき投げキッスを繰り返した。拍手と声援はなかなか鳴り止まない。

「感動したぞ。よかったよかった。また一段とうまくなった」

このノリは最高によかった。


2番手の登場である。同じく民族衣裳に身を包みラテン系であるとわかる。こちらはチャランゴが二人にマラカスとドラムスが加えられた。新旧楽器の混合である。

「よおっ待ってました」

舞台に学生たちが登場しただけで歓声ワアーワアー沸き上がる。


「人気があるんだな」


オープニングはいきなりのドラムソロからだった。正確なシンコペイションはキャンパスの片隅からロックンロールを発信させた。

「なんじゃあハードロックが始まった。あのチャランゴがどう続くのか」


勢い縦ノリのロックンロールだ。ドラムスに負けまいとチャランゴ2人が"ギター早弾き"を追奏していく。民族音楽の楽器は同じでも音色がまったく違う。コード進行もなにも無視されていく感じだった。


オープニング(アクト)はDeepPurple『ファイアボール』


ドラムスとチャランゴがハードロックの盛り上がりの御膳立て。ボーカリストがスタンディングマイクを持つ。激しいビートの中シャウトが響きわたる。見事な出来映えのパープルになっていく。


「すげー」


聴衆はノリにノリまくる。ボーカリストの英語は多少スペイン訛りがあるもののガンガン歌い会場の熱気を高めていく。ツィンのチャランゴの音色はロックには適さないがドラムスの激しいビートがそれをかき消してしまう。

「やあっみんな。ロックンロールは最高だぜ。パープルナンバーはむしょうに心を熱くさせやがるぜ。第2(セカンドアクト)はもう一度ハイな状態になってもらうぜ」


ドラムスが叩きまくる。バスドラがズンズン踏まれ鈍き音になり響きわたる。

「みんな知ってるかい。Zepの『ロックンロール』だ。オイヤァ〜」


この大学生グループはドラマーがリーダー格だった。パープルからZepとドラミングをフュチャーした曲を好んでコピーしていく。

「Zepもいいけどギターなしでチャランゴだからなあ」

起爆剤のないようなロックンロールは(いな)めなかった。


ドラマーは元気有り余りだったがその元気さは空回りとなってしまう。

「あれだけエネルギッシュなドラミングならギターを加えてやれば結構なハードロックバンドになれそうだけどさ」


バンドのメンバーは演奏を終えて舞台を降りてくる。ドラマーは他のメンバーをねぎらい握手を交わした。リーダーとしてはそれで満足しているのかもしれなかった。


演奏が2組終わる。

「よし正之出番だ。ボリビアのチャランゴに負けないくらいの勢いでいくぜ。その前に声がどうかな。アーアーウッーウッー今のところ大丈夫だ。和製イアンギランかロバートプラントにはなれそうだ」

兄貴は声を張り上げ発声練習をする。正之とアコースティックをやるから張り上げることはないはずだった。


ギターを抱えて二人仲良く舞台に上がる。司会者は、

「はるばる東洋の国からボリビアに来てくれたジャパンを紹介しよう。今大学の夏期セミナーに来ている留学生たちだ。寿司を食べて着物を着てトヨタのクルマに乗っている」

こと細かに紹介をしてくれた。日本という国はイメージでしか想像されていなかった。

「着物着て?寿司を食べて?なんなら天婦羅と冷やし素麺を付けてくれないか。俺の大好物だからさ」


アコースティックギターは鳴り始めた。兄貴が作詞作曲したオリジナルから行く。


曲奏は穏やかな夏を想うフォーク調だった。二人で丁寧にギターを爪弾く。使うコードは易しいものばかり。しょっぱなは緊張したりしたら指が動かなくなるかもしれないと考えたからだ。


正之と息を合わせギター教室の先生のように丁寧に親切にコード進行をする。姿勢も正しくし模範演奏であった。

「なかなかうまく弾けるぜ。聴衆が注目していると思ったら余計に張り切りたくなる。オープニングはもう少し派手なやつがよかったか」

ボーカル担当の兄貴はマイクに向かい英語訳から歌声を披露する。


歌いながらギターは大丈夫か、聴衆のノリはどんなものかと考えながら一曲目を終えた。ギターを鳴らすのを止めて聴衆からの拍手を期待した。


拍手はパチパチとまばらなものであった。

「あれっ盛大な拍手期待したのになあ。今ひとつノリが足らないか」


第2曲はスローバラードだったが差し換えた。アップテンポのポップス調にした。

「ラテンのリズムに近いサウンドを出したらノリってくれるだろう」

正之の顔を眺めギターを弾き出した。ビートが上がり身を乗り出して踊るのには手頃なナンバーだった。しかし不発に解した。


「あちゃあダメじゃんか。ギター演奏が下手なんかなあ」

3小節まで用意した曲だったが2小節で切り止めてしまう。拍手はパチっとしたかどうか。


「正之どうしょ」


顔を見合わせた。バッグステージに視線をやると、

「(演奏は)いいから引き揚げていらっしゃい」

ステージはいいですから止めてくださいねっと手招きされてしまう。


目の前の観客に頭をさげてギターケースと椅子を持ちあげた。スゴスゴと楽屋に入ってしまう。


「(受けない原因は)なんだろうか」

ショボンとしてしまう。進行役女子大生からは、

「ご苦労様でございましたわ。どうなのかしら緊張されたの」

ねがらいの言葉をもらう。しかし言葉はそれっきりである。二人は恥ずかしさから真っ赤な顔になってしまう。仲間ばかりの楽屋ですら疎外感を味わってしまった。誰も話かけてはこなかった。

「お兄さんもう帰りましょうか。長く居てもつまらない」

トボトボと重い足を引き摺り楽屋から寮に帰える。引き揚げる時にチラッと大学生たちの話す声が耳に入って来る。


「ギターなんか金輪際弾くなっ」

正之のいなくなったステージには再びチャランゴが登場をする。今度はジャズ風のサウンドが奏でられていた。


「お母さんこれだけでいいかしら」

姑は嫁に渡航の準備を確認させた。

「身の回り品はすべて整えられました」

日本の正之の家である。三味線の師匠おばあさんがいよいよボリビアに旅立つ日がやってくる。


「私のボリビアは短期だから簡単なもんさ。でもね嬉しいじゃあないか。財団からのプレゼントがあったりしてさ」

日本からボリビアへはロスアンゼルスを経由する。そのロスでおばあさんは長年の腰痛治療を受けることになっていた。

「あちらさんでは日本でまだまだやらない最先端医療を施すらしいのさ」

ロスアンゼルスで治療を兼ねてしばらく滞在をすることになっていた。腰痛との付き合いはかれこれ30年ぐらいとなる。

「あの痛みから解放されるならば私は大喜びさ」


ボリビア公演を渋る遠因が腰痛。それが治ると言われたから行こうかとなった。


「お義理母さん荷物はこれで大丈夫ですわ。病院に入院されても困ったりしないように着替えも多めに入れましたから」

ロスアンゼルスへの付き添いは三味線のお弟子さんが勤めてくれる。介護資格や看護資格所有の方々が名乗りをあげてくれていた。


ロスアンゼルスへのフライトは三味線愛好家の面々より早く飛びたつことになる。

「では行って参ります。お母さん家のことよろしく頼みますよ。おじいさん(仏壇)頼みますわね。朝晩のお下がり御飯を忘れずに」

こうしておばあさんは翌日渡航の途についた。


ロスアンゼルス空港では日系の医療スタッフが出迎えてくれた。日本からの長旅の疲れのまま病院整形外科に連れて行かれた。

「ようこそロスアンゼルスに。さて腰の具合を拝見致しましょう。レントゲンとCTスキャンを受けてください」

病院スタッフはテキパキと業務をこなす。ドクターの欲しいデータが診察室にすぐに届けられる。

「ははぁ〜ん椎間板ヘルニアだと日本の医師(ドクター)は診断ですね。間違いではないがその先には治療方法に大差が生じますね」

日系ドクターはスラスラとカルテを書き記しおばあさんにサインを求めた。

「明日一番で手術を行います。術式のためにこちらにサインをお願い致します」


明日の手術は背中に僅かな穴を開け簡単に椎間板の骨を矯正させるとだけ説明をした。

「小さな穴だって手術は手術ですからね」

おばあさんは嫌だなあという顔をしながら手術同意書にペンを走らせた。

「あっとお師匠さん。僕は日本語わかりますからよいのですが」

漢字は使わずにローマ字でサインアップを頼まれた。

「なにかと横文字は苦手なんだけどね。私は日本文化継承の担い手なもんさ」


腰痛手術のためにおばあさんはオペ室に入る。付き添いには看護免許を持つお弟子さん。

「お師匠さん頑張ってくださいませ。ドクターの術式を教えてもらいましたが簡単に済んでしまうようでございますわ。経年のためにお背中が磨耗したようです。変形させた背骨を改めて形成させることなんですけど」

磨耗し変形した背骨を再生リニューアル化させたい術式である。


おばあさんには難しい話はチンプンカンプンである。簡単に説明したつもりだが体の構造そのものを知らないから理解はまずできない。

「ただね早くこの痛みから解放されたいね。あっ痛たたぁ」

ピリッピリッと鈍痛が背中全体に走る。思わず腰を押さえた。

「治るのならとっととやっておくれ。手術でもなんでもやっておくれ」


手術室に入る。局部麻酔をかけられいよいよ開背手術の開始である。じんわり麻酔が効いてくる。

「おやっなにやら背中がゴソゴソしているかしら」

手術台に腹這いになりながらおばあさんはジッとする。


手術は15分で終えた。


「お師匠さんご苦労様でした。手術は成功しましたよ。麻酔が引けばもう腰には痛みはないでしょう。最新医療の真髄ですからね。私が太鼓判押しますから」


病棟のベッドに横になると穏やかに背中が感じられていく。

「まだまだ麻酔が効いているから痛いのか痒いのかわかりにくいよ。そうだね痛みが走ることはないようだね」

長年にわたり感じるあのピリッピリッの痛みはなかった。


ボリビアの留学生たちに三味線友の会がそろそろ日本を出発すると伝えられた。


引率の市議は日本からのメールを読み伝えた。

「三味線の皆さんはふたてに別れてボリビアに向かっています。正之くんのおばあさんお師匠さまは今のところロスアンゼルスに滞在です。残りのお弟子さんは明朝早くに日本を立ちます。三味線が来ますといよいよ私たちの留学もおしまいとなりますね。ちょっと淋しいですわ」

留学生が集まった寮のロビーである。


留学生の中には兄貴も正之もその場にいた。後ろにいたから分かりにくい。

「ちょっとお兄ちゃん。私ね聞きたい話があるの」

久子が兄貴の顔を睨んだ。兄貴は妹にキッとされ咄嗟になんかまずいなっと逃げようとする。


「お兄ちゃんったら」


久子は逃げようとする兄貴を追い掛け追い掛け手をグイッと引く。獲物を狙うキツネのようだった。

「正之くんもいらっしゃいよ。お兄ちゃんだけじゃ片手落ちかな」


久子はキャンパスでの兄貴たちの悪い噂を問い詰めてみた。

「もう私恥ずかしいったらありゃあしない」

久子は語気を強めた。

「なんだっ何を根拠にデタラメなっ。変なこと言うなよ。俺が女の子ばかりに声をかけているんだと。冗談じゃあないぜ。なんで俺がそんなことしなくちゃあいけないんだ。久子お前どこからそんなデマを仕入れてきたんだ」

身に覚えはないと悪びれる様子もなかった。

「でもお兄ちゃんあっちこっち出没しているでしょ。意味もなくキャンパスの中でフラフラ。正之くん子分に連れて。苦情が出てます」

美人に弱い兄貴の性格がどうしても頭から抜け切らない。兄貴と久子はいつまでも平行線のまま。


「あっちフラフラだって。何か勘違いしているぜ。あれは女の子から作曲を頼まれたからだ。この才能溢れる俺の実力を高く買ったから作曲の依頼があっちこっちから来たんだ。むしろ感謝されなくちゃあいけない立場だ」

久子の忠告には耳を傾けない。


その日の夕方に三味線友の会の皆さんはボリビアに到着をする。


お師匠さん直のお弟子さんばかり総勢30人だった。年齢層は20歳台から50歳台まで。色華やかに揃えられていた。

「これだけオバチャンが集まったら。いや日本伝統文化の方々が集まったら壮大だね」

出迎えた日系ボリビアは感心をした。

「歓迎ありがとうございます。我々日本伝統文化の会はこのボリビア公演のために三味線の練習を重ねて参りました。ボリビア大統領さまや国民の皆様に喜んでいただけることを楽しみにしておりますわ。日本との交流に幸多かれしことを」

一番弟子や二番弟子が代わるがわる挨拶をした。

「そのお師匠さまは次の便でお着きになる予定でございます」


一行はリムジンバスからホテルに直行する。長旅の疲れもなんのその翌日の公演のための打ち合わせに臨む。バチ合わせを始めた。


ボリビアは高地にあるために気圧が日本と違っている。三味線の弦の張り具合や音色も違って聴こえていた。

「我々は留学生や観光客さまではありませんから。三味線のためにやって来たんのです」


三味線一行はボリビア民族音楽愛好家やプロミュージシャンを交え綿密な音合わせを繰り返した。

「長笛のケーナやチャランゴは音色が違ってますわ。しっかり音を合わせていかないといけないわ。明日お師匠さんが到着されるまでにちゃんと聴こえるように仕上げなくてはね」

一番弟子と二番弟子の掛け合いが稽古場にいつまでも続く。


ロスアンゼルスのお師匠さん。腰の手術は良好な回復だった。


「まだ傷口は痛いけどね。腰痛そのものはピタってなくなったね。感謝しているよ」

看護のお弟子さんがお師匠さんの一言を聞いて退院手続きを済ませた。お師匠さんはまもなく病院を追われ空港に向かっていかなければならなかった。

「まったく病人をなんだと思っているのかね。私は老人さんだよ。のんびり2〜3週間ロスアンゼルスに滞在したいね。まあ文句のひとつを言って私もボリビアに行こうかね。可愛い孫が待っていることだしね」


お師匠さん痛み止め薬をゴクンと飲んで飛行機に乗り込む。

「おやっ座席でもなんともないね。座ると腰が痛くてたまらなかったのに。嬉しいね平気だね。なんともないね」

座席のリクライニングをゆっくりと下げた。痛みがなくなったとわかりニコニコし始めた。30数年悩まされた腰痛がきれいに消えていた。飛行機の中で機内食を平らげぐっすりと眠ることができた。


ボリビア空港に到着をする。お師匠さんを出迎えたのはボリビア政府の要人だった。

「ようこそボリビアに。世界の三味線達人さんお師匠さん。お待ちしておりました。モラレス大統領閣下も首を長くして再会を楽しみにしております」

要人は恭しく頭を下げた。お師匠さんはボリビア政府の車でまずはホテルに向かう。三味線友の会会員が猛練習をしていた。

「お弟子さんの調子を見ておかなくちゃならないからね。そのボリビアのチャランゴとの音合わせに苦労されていると聞いていますから心配ですわ」

政府の車から降り稽古の現場に立ち合う。一番弟子さんからどのような調子か細かに聞いて見る。

「お師匠さま。最初は三味線の調整にまで苦労いたしましたが今は大丈夫でございますわ。チャランゴとの組み合わせも2〜3回バチ合わせを致します。まだまだ直していかないといけない点がございます。ですが私や二番弟子さんと協力しまして明日にはちゃんと仕上げて行きますわ。安心されてください。それとお師匠さまのお腰は大丈夫でございますか。痛みはなくなったのですか。よかったでございますね」

一番弟子は心強く答えてくれた。稽古が順調だと知りまずは一安心である。


「お師匠さまよろしいでございましょうか。それではただいまから大統領官邸に参ります」

政府要人としてお師匠さまを大統領官邸に連れて行く。モラレス大統領との懇談会が予定されていた。

「大統領閣下はお師匠さまとお会いすることが楽しみで楽しみで。ボリビア国会の会期を中断いたしまして懇談会を開催致します」

大変な扱いになっていた。


モラレス大統領は朝からソワソワしっぱなしである。

「ジャパンからチャランゴ(三味線)の師匠がやってくる。私がボリビアに来て欲しいと頼み実現をしたのだ。またあの昔懐かしい音色が聴けるのか。ワクワクしてくるよ。国会なんか退屈でつまらない」


政府の車は大統領官邸に着く。正面玄関では真っ赤な絨毯が引かれお師匠さまは最大の歓迎を受ける。

「あらまっこりゃあ大変なことですわ。さすが大統領官邸でございます」


官邸の貴賓室にモラレス大統領はゆったりと構えて待っていた。

「おおっジャパンのお師匠さま。お久しぶりですモラレスです」

モラレスはお師匠の小柄な姿を見て皇居での宴遊会を思い出していく。


思い出の中でデッかい手を出し握手を求めた。隣りに日系の通訳が着く。

「モラレス大統領さま。私のような年寄りなんぞ招待していただき光栄でございますわ」


大統領主催晩餐会は催された。モラレス大統領は終始笑顔だった。

「僕は嬉しいです。ジャパンからチャランゴ(三味線)がやってきてくれた。お師匠さま乾杯をいたしましょう」

モラレスはワイングラスを持ち上げた。お酒は飲まないお師匠さんはハタっと困った。すると通訳が、

「お師匠さま。ワイングラスはグラスなんですがオレンジジュースをついで差し上げます。実はモラレス大統領もゲコでして」

二人仲良くオレンジジュースで乾杯をした。モラレスもお師匠さんも笑顔だった。

「おや美味しいジュースではございませんか」


ボリビアの大地と太陽の恵みからのバレンシアオレンジ。日本ではまず味わえない。


晩餐会は盛大な盛り上がりを見せていく。

「晩餐会は私の歓迎だけどね。私は年寄りだからそろそろおいとましたいね。飛行機の疲れと手術の後遺症があるから」

通訳に退座したいと伝えてモラレス大統領にお別れを言う。

「お師匠さん明日の公演楽しみにしています。どうぞごゆっくりお休みください」


お師匠さんはホテルに向かう。部屋では孫の正之が待っていた。


いよいよボリビアの最終日を迎える。留学生たちは三味線友の会公演を聴いてそのまま帰国の途につくことになる。


引率の市議はホッとする。

「やっと帰国ですわ。長かったわあ。早く帰ってお茶ずけサラサラ食べたいなあ」

26歳の御意見だった。


「正之くんおばあちゃんに会えてよかったわね。お腰大丈夫かしら」

留学最後の夜は正之と一緒にいたかった久子であった。正之はおばあ様に取られてしまった。

「いよいよボリビアともお別れね。私寂しいなあ」

久子はラウンジで正之をつかまえて甘えた。


三味線公演会はボリビアの民族会館で開催された。


第1部 ケーナとチャランゴ(ボリビア)


第2部 三味線友の会(日本)


第3部 チャランゴと三味線の融合


当日の会場は開場と共に満員になった。モラレス大統領が観覧をすると聞いて余計に拍車がかかってしまった。

「スゲーなあ満員の会場になったぜ。なあ正之俺たちもこんな満員の場所でコンサートやりたいもんだぜ」

会場観客席の兄貴ははしゃぐ。


第1部から演奏は始まった。ボリビア人はヤレソレと大声援だった。演奏はボリビアで最も人気のあるプロミュージシャンである。

「凄い迫力じゃあないか。プロは違っているな」

兄貴は腕組みをして感心だった。


第2部の始まりである。

総勢30人が全員着物衣裳で並ばれた。


お師匠・一番弟子・二番弟子は特別に3人舞台前に立ち黒の着物を着る。


会場の司会者と通訳が舞台に現れた。お師匠さんと挨拶を交わした。

「ようこそボリビアにお越しくださいました。我々のモラレス大統領はお師匠さまの三味線を楽しみにしております」

マイクをお師匠さんに手渡す。三味線の真っ白なバチをマイクに持ち変えた。ひとつ大きく深呼吸をする。

「ボリビアの皆さまこんにちは。私達は東洋の国日本から参りました」

高らかな張りのあるお師匠さんの挨拶だった。日系の通訳は張り切ってスペイン語に訳す。わざとお師匠さんの張りのある声を真似た。会場から笑いが聞こえる。


会場にいるモラレス大統領は緊張をしてジッと見ていた。

「三味線かチャランゴか。いずれにしても死んだおばあさんを思ってしまう」


三味線演奏は始まった。30人全体の合同演奏から盛り上がっていく。曲目は日本の楽曲だがアレンジを効かせチャランゴに似た音色を所々に響かせていた。一番弟子さんの功績である。

「いやあ素晴らしい。ジャパン三味線が素晴らしい」

ラテン系のノリとは異なる三味線だったがなんとか聞いてもらえそうであった。


演奏も2曲3曲と進みいよいよお師匠さんの独奏になる。会場の照明は消されお師匠さんだけにピンスポットが当てられた。

「私のお弟子さんがあれだけ頑張ってくれたんだからね。私も負けないように弾きたいね。幸いにも腰は痛くないし。モラレス大統領さんしっかり聴いておくなさいよ」

お師匠さんは頭をさげ割れんばかりの拍手に答えた。


最前列にいるモラレス大統領と目が合う。お師匠はキラッと瞳を輝かせ独奏を始めた。


ピリッと張り詰めた緊張感の中。ひとつとしてミスバチ(ミストーン)のない演奏をする。正確無比なバチ捌きはこの道に賭けた執念さえ感じ取られた。お師匠さんの三味線は忽ち会場を魅了した。

「素晴らしい素晴らしい」

会場からは惜しみない拍手がいつまでも続く。最前列のモラレスはポケットから白いハンカチを取り出した。

「よかったよかった。懐かしいおばあさんに改めて会えてよかった」


第3部はチャランゴと三味線の融合である。お互いの音色の共通点を探りながら曲奏を考えて編曲をされていた。

「日本とボリビア、いやインカ帝国の歴史とも融合をした気分で私は三味線を弾きたいね」


お師匠さんは最後のひとバチまで緊張感が持続し見事に公演を終えた。


会場から万来の拍手が鳴り止まなかった。


演奏の終了にモラレス大統領が花束を持ち舞台にあがった。

「お師匠さまありがとうございました。感動をいたしました」

デッかいモラレスは大きな花束を抱えた。小柄なお師匠さんは受け取ったが花の影で姿が見えないくらいだった。


感動の公演が終わると直に留学生たちは慌ただしく帰国の準備に入る。

「皆さん忘れ物のないようにしてくださいね。貴重品などは特に」

市議は留学生全員のパスポートを確認する。パスポートを各人に手渡してしまえば後は空港からフライトをするばかりである。


「まあ君ボリビアはよかったっかい。ガールフレンドの久子さんと仲良くしていたかい。日本ではお母さんとちょくちょく話をしていたんだよ」

演奏が終わりお師匠さんはサラリと正之のおばあさんに戻っていた。


市議は全員にパスポートを手渡した。

「それでは皆さん空港リムジンバスに乗りましょうか」

大学の寮の学生たちが、

「さようならジャパン。さようなら三味線のお師匠さん。また会いましょう」

お別れの挨拶をしてくれた。

「帰国できるのは嬉しいが別れはなんとなく辛いな。もう少しジャガイモ食べておけばよかったなあ」

留学生たちも誰かれとなく別れをセンチに感じてしまう。


飛行機に搭乗する際には女子高生がひとり泣き出した。するとみんなも知らぬ間に涙が溢れていた。

「またチャンスがあればボリビアに来たいわ。私新婚旅行に南米に来たいなあ」

正之は窓を眺めた。


きれいな空があたり一面広がっていた。

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