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西園寺か正之か

西園寺Jr.はデンマークのコペンハーゲンで父親から久しぶりにピアノの手解きを受ける。


音楽大学教授の父親からの血の通ったピアノ指導はうちひしがれた気持ちから立ち直るきっかけとなり元気が出る。


さらに父親の音楽大学同期コーリン音楽大学神谷教授に師事をしてテクニックを研き精神的に成長をする。神谷教授からは

「小手先のピアノでは聴衆が見抜いてしまう。聴衆がピアノを聴いて喜んでくれるメロディを心掛け弾かなければならない」

今まで考えたこともないピアノを教えこう。


迎えた欧州Jr.コンクール・ハンブルグであった。予選からピアノは好調に弾けていく。そして気がついたら、

「ハンブルグのJr.コンクールは決勝に残った」

西園寺は飛び入りで参加をしたこの欧州Jr.コンクール。秘書が調べてくれたコンクール開催都市。コペンハーゲンに最も近い都市がハンブルグだった。

「ユトレヒト半島のデンマークから見たら隣にある街。バルト海で13世紀〜17世紀に繁栄をしたハンザ同盟の河川港にある都市」

西園寺はハンブルグの名を聞き気合いが入る。


「ハンザ同盟の最大の商都ハンブルグだ。バイエルンの学校で習ったから知ってる。ハンザ同盟やバルト海沿岸の雄とさえ言われている。よし頑張っていくぞ。だってさっ、ハンブルグっていったら音楽の街でもあるんだもん」


ハンブルグのあるユトレヒト半島。バルト海沿岸を中心として13世紀から17世紀にかけてハンザ同盟が栄えた。


中世ドイツ緒都市は経済共同体としてリューベックを中心に『ハンザ同盟』を組織していた。リューベック・ビスマル・ロストク・ストラールズントが中心都市。


1226年神聖ローマ皇帝(ドイツ国王)フリードリッヒ2世はリューベックに、

「帝国自由都市特権状を寄与する」

この国王からの許可によりリューベックは帝国以外のどんな権力にも属さない独立した地位が保障をされ貿易・交易が自由にできる権利を手にする。


以後711年リューベックは帝国自由都市の名をほしいままにする。


北ヨーロッパ大陸の東方と西方を繋ぐ役割は河川港ハンブルグが担うことになる。


ハンザ同盟はバルト海沿岸リューベックとライン川沿いのケルン近くで同時発生的に繁栄をしたのではないかと言われている。


例えばバルト海のリューベックから英国ロンドンに向かう場合。


・リューベックからユトレヒト半島(デンマーク)を大きく迂回して行く。


・リューベックから陸路でハンブルグにまで出る。ハンブルグの河川テルベを下がり大西洋に出てロンドンへ向かう。


・陸路ケルンまで行きライン川を下り大西洋からロンドンへ向かう。


ユトレヒト半島迂回は長い時間がかかるため陸路を通るだけとなる。


ハンザ同時の時代ハンブルグは開拓が進むドイツ東方地域とローマ時代から拓けていた西方地域を結ぶ交易の要所となった。


要所となるとハンブルグは12世紀後半に商業活動が繁栄していく。


1188年シャウエンブルク家のホルスタイン伯アドルフ3世が商業従事者全員に新しい港と商業地区設営の許可を約束をする。翌年1889年5月7日には神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世・バルバロサはエルベ河川の自由航行に関する特権をハンブルグに寄与する。ハンブルグは毎年5月7日を開港記念日として祝う。


この皇帝からの自由航行権はかなりの価値があった。無税で商船が行き来出来たしユトレヒト半島迂回という危険から回避された。当時は海賊が神出鬼没だった。


またハンブルグには内アルスター湖と外アルスター湖と呼ぶ綺麗な湖がある。運河もたくさん流れ運河に架かる橋の数はベネチアよりも多い。


12世紀初め最初の堤防がグローサーブルスター通りに造られ粉ひき場が建設された。1230年頃に2番目の堤防がユングフェルンシュティーク通りに造られ市庁舎周辺が陸地として開発をされていく。


堤防で塞き止められた埋め立て地にハンブルグの商店街ができる。

陸路で繁栄をしていくハンブルグという河川港街には様々な貿易や交易の商人が集まった。河川港近くには商船相手の商店街が出来て独特の雰囲気をかもし出す。商人が活躍した港はダイヒ通りから延びていくニコライ運河であった。ニコライ運河の南東にあり北ドイツで最も美しい教会と言われているのが聖カタリーナ教会。


聖カタリーナ教会は船員やビール製造業者・樽製造業者のための教会としてハンブルグで愛されていた。


その繁栄の中に音楽や遊興も当然にあった。河川港というイメージであり文化的な街に発展をしていく。欧州Jr.ピアノコンクールも音楽に熱心な市民による主催地となっていた。


今の西園寺はハンブルグJr.で決勝に進みいささか興奮気味であった。

「欧州Jr.にはなんどか参加したが予選落ちか1回戦2回戦で敗退ばかりだ。ここまで勝ち上がりは僕としては上出来なんだ。決勝にまで来たからには優勝をしたい。あの光輝く優勝の楯をパパに見せてあげたい」


コンクール決勝の舞台に西園寺は颯爽と登場をする。西園寺の憧れのハンブルグで得意とするピアノを弾く。


今から弾く決勝のピアノの鍵盤をジッと見つめたら、

「西園寺Jr.頑張れよ。俺たちがついているぜ」

デンマークの童話作家アンデルセンのキャラクターがズラリと並んで現れた。人魚姫が優しく手を振る。ピノキオが腕組みをして首を傾けた。


西園寺は、

「うんわかった。しっかりと弾くよっ、僕」

耳の肥えたハンブルグの聴衆。西園寺のピアノが始まると一様に唸り感心をする。

「あの子供はアジアかい。ジャパンなのか。ジャパンにもピアノがあるのか」

西洋のピアノを東洋のアジア、日本が奏でるとは意外だと言わんばかりである。

「ジャパンは心の籠った音色を響かせるじゃあないか。ピアノのテクニックは今一つだ。決してうまいとは言えない。が、聴いているとなんかグイグイと胸が押し潰されそうになるぜ」

なんとなくの勢いが西園寺に味方をした。後半の演奏ではすでに会場内は西園寺のためだけの世界になっていた。


西園寺はハンブルグを魅了してしまう。河川港都市の風景に見事にマッチした演奏となった。


終演すると割れんばかりの拍手が場内に鳴り響いた。


拍手喝采の西園寺は深々と頭をさげ満足をした足取りで幕合いに消えた。

「やったな。僕としては満足だ。思う通りにピアノが奏でられて嬉しい」

拍手はまだまだ鳴りやまなかった。審査員の提示得点が集計をされ裁決の時がやってくる。決勝は日本かドイツか、はたまたそれ以外か。


優勝!西園寺、日本。


「やっ、やったあ〜万歳」

両手は高く掲げられた。小さな小さな豆ピアニストは飛びあがった。


西園寺は両手でしっかりと優勝の楯を抱え持ち嬉し涙をこぼす。

「パパありがとう。早くこの優勝の楯をパパに見せてやりたいや僕」


優勝者のための優勝発表曲を西園寺はリクエストをされた。準優勝ドイツ人の豆ピアニストも頼まれた。

「わかりました。喜んで弾かせてもらいます」

西園寺がピアノに対座したらピアノの前にピノキオが現れた。

「これからは世界のピアノを弾く子供たちの手本になれよ。応援している。世界の西園寺になれたらコペンハーゲンやオーデンセにも演奏に来てくれ。待っている」

ピノキオがポンと鍵盤を叩いて西園寺の優勝メロディが始まった。ピアノ曲は愉快に楽しくそして感動を与えてくれた。ハンブルグは西園寺の名前とピアノを覚えた。


欧州各地で開催されるJr.コンクール。バイエルンの学校の同級生たちは各地のコンクールで優秀な成績を収めていた。


その中にようやく日本・西園寺の名前が刻まれることになる。


河川港街のハンブルグは音楽の(やしろ)でもある。そのハンブルグにエピソードが残っている。


英国のリバプールで産声をあげたビートルズ。最初はリンゴスターがドラムでなくホワイト・ビートルズだった。


デビュー曲のプリーズ・プリーズ・ミーをリリースする前に下住み生活がありハンブルグで過ごしていた。


ハンブルグの港街でビートルズはリバプールからやってきてオリジナルの演奏を繰り返し段々と人気を博すようになっていく。


プロになりたいとジョンレノンとポールマッカートニー。


ハンブルグのレコード会社の新人発掘オーディションを受けた。

「あれだけ練習したんた。演奏は認められるさ」

ギターのうまいジョージハリスンが胸を張った。


結果はハンブルグのレコードは不合格となってしまう。落胆をしたホワイトビートルズであったという。


※後年、ビートルズが人気バンドになった際にこのハンブルグのレコード会社の審査員は首になった。


後にディープパープルになるギタリスト・リッチーブラックモアとドラム・イアンペイス。このハンブルグでお互いに音楽修業の最中出会いがあった。


ロック志向のイアンペイスでありパープルそのものだがリッチーはちょっと違っていたらしい。ロックギタリストのブラックモアはパープル第2期からである。


リッチーとイアンペイス。ハンブルグ時代にお互いの顔と名前そしてギタリストとドラマーぐらいはわかってはいたが後に世界のハードロックバンドDeepPurpleになるとは夢にも思っていなかったらしい。イアンペイスは時になんと公務員をしていた。


西園寺はハンブルグJrコンクールに優勝をすると主催者から優勝祝賀パーティの招待を受けた。もちろん西園寺は喜んで出席をしていく。

「西園寺くん優勝おめでとう。なんだね西園寺君はJr.ピアノは初優勝なのかい。あれだけの技量がピアノにあるからもっと優勝を飾っていたかと思ったよ」

ハンブルグ市教育委員会の方々から言われた。


西園寺としては日本ではいくらでも優勝していたが欧州は初だった。


ハンブルグ市庁舎の晩餐会はアジアから来た豆ピアニストの優勝で盛り上がりを見せてくれた。

「ハンブルグJr.コンクール優勝はアジアから来られた日本である。コンクール準優勝は我がドイツの」

準優勝はユルゲン・ブラックモア・Jr.だった。ハンブルグ市庁舎の中、拍手が沸き起こる。


ユルゲンJr.はあのギタリスト・リッチーブラックモアのお孫さんにあたる。


リッチ・ブラックモアは19歳で最初の結婚をドイツ女性としている。20歳で息子のユルゲンをもうける。しかしすぐに離婚をしてしまう。結婚していた頃はスタジオミュージシャンから有名ギタリストになるかならないかぐらいの時期となる。ディープパープルとなってからは金をバカスカと稼ぎそれなりの女性関係も派手となるようだ。


息子ユルゲンは現在ロックギタリストとして活動をしている。国籍は母親のドイツになっている。


ハンブルグJr.ピアノコンクール準優勝のユルゲンブラックモアJr.は西園寺と同級の小学生であった。


壇上に優勝の日本・西園寺、準優勝ドイツ・ユルゲンブラックモアJr.があがる。

「我がドイツは大変な金鉱脈を今発見いたしました。ユルゲンブラックモアJr.です。皆さんご存知のあのギタリストのお孫さんでございます。ユルゲンJr.よく頑張ってくれた。我がドイツの誇りに思う」

準優勝のユルゲンJr.は恥ずかしそうに壇上で頭を下げた。女性アシスタントからマイクを渡されて挨拶をする。

「欧州Jr.コンクール。地元のドイツで開催されたハンブルグで僕は準優勝ができて嬉しい。次にはぜひ優勝を果たしてドイツの期待に答えたい。これからまたピアノの練習に励みたい。ハンブルグの皆さん応援をありがとう。大変に励まされ勇気となった。ドイツ万歳」

ユルゲンJr.は話がうまかった。市庁舎の晩餐は拍手の渦に囲まれた。


司会者はこれにて閉会としようかと、

「最後に優勝者と準優勝者の握手を写真に撮り御開きとしようか」


西園寺はニッコリとした。その細い小さな手をサッと出す。ユルゲンJr.も細い手をハニカミながら出す。お互いにギュっと握りしめた手の温もりを生涯忘れることはなかった。


ユルゲンJr.は優勝を逃してちょっと残念な顔をした。

「僕は幼少の時からなぜか周りの皆さんから注目されてきたんだ。だから優勝しなくても大丈夫。実力があるか、ないかなんて関係ないさ。あれこれと脚光を浴びるなんてことは馴れっ子なのさ。例えこのように2位であろうとなかろうと」

2位であった悔しい気持ちはヒシヒシと伝わる。

「ユルゲン。君は素晴らしいピアニストだ。今回はたまたま僕が優勝になっているけど。次にコンクールをしたらどうなるかわからない。君は素晴らしいよ」

西園寺はユルゲンJr.を褒め称えた。

「そうかい。僕とジャパンとが差がないというのかい。だったらもう一度コンクールをやろうじゃあないか」

ユルゲンJr.はかなり苛立ちを見せていた。

「いや無駄さ。やっても同じことさ。ジャパンの君は素晴らしいピアノだったさ。幕の袖で聴いていたが引き込まれそうになるmoveが感じられたぜ。なんだって、君にはアンデルセンが憑いているんだってな。アッハハ他の奴等はそんなお伽噺は信じはしない。でもさ僕は信じてしまうのさ。僕はなにかと特産品種の子供さんだから。人が見えないものが見え、人が信じないものが多分に信じられるんだ」

ユルゲンJr.は苦笑いをし腕組みしてさらに続ける。

「西園寺くん知ってるだろ。ブラックモアというギタリストを」

ロックを聴かない西園寺はリッチーブラックモアを知らなかった。

「あれはさ、偉大なギタリストらしいんだ。周りからあれこれと教えてくれたからさ。で、なぜか知らないが僕のおじいちゃんになるんだそうだ」


リッチーブラックモアは20歳で息子のユルゲンを残して離婚をしている。母親がドイツで育てることになる。以後全く息子には逢いにいかない。再開をしたのはユルゲンが成人をしてからだという。時にロックギタリストのユルゲンであった。


息子のユルゲンは父親リッチーは直接には知らない。


しかし音楽シーンであれだけ有名となると、

「あれが僕のパパなのか。あのコンサートで火の出るようなギタープレーを繰り返している男がそうなのか」

映像を通して父親には会っていた。物心がつく年頃からはギタリストを目指し始めた。

「映像の中のパパ。格好いいね。あの格好よさが息子ユルゲンにあることを祈って」

ユルゲンはギターを練習していく。


「僕のパパ。ユルゲンはどうもギターの才能がなかったようなんだ。単にリッチーブラックモアの息子だという以外に取り柄がなかった。今でもロックバンドを組んでギターは弾いているけどね。おじいちゃんのようにはなれない。どうしても越えられはしない」


ユルゲンJr.が生まれたら父親は、

「息子はギタリストにはさせない。あの悪魔のようなギターは息子にはやらせたくはない。おじいちゃんが偉大なギタリストでも息子の俺はショボい。ましてや孫に当たる我が息子に多大な期待は御法度なんだ」

ドイツの片田舎に家族を住ませながらユルゲンJr.にはピアノを習わせていく。


その成果がこのハンブルグJr.コンクール準優勝となった。世界的なピアニストになれる可能性があるという証しでもある。

「僕さ、このコンクールの準優勝で目が覚めたんだ。ピアノコンクールでいくら力いっぱいピアノを弾いてもさダメなんだ。優勝できなければなんにもならないんだ。だからさピアノには限界を感じてしまう。いくら頑張っても今のレベルは越えてはいけない。頑張っても越えないと思う」

あれだけ練習を重ねてもうまく弾けないピアノは限界だと言う。

「ピアノはそろそろやめようかと思うんだ。僕には大した才能もないしさ。やめても未練なんてないなあ」


日本の西園寺に負けるようだから才能がない。


「というのもさ。おじいちゃんのギターを聴いてさ。ギターやりたいなあと思ってんだ」

ユルゲンJr.は手をギターに構えた。エアーギターだった。


「ピアノをやめてギターをやるのかユルゲンJr.」

このピアノを辞めギターへのコンバートは西園寺にも少なからず衝撃を与える。

「僕だって」

なんどピアノなんか弾くのをやめようかと思ったことか。その度に父親の顔が受かんでくる。

「パパが喜んでくれるからピアノを弾く。辞めてしまえば悲しむさ」

孝行息子はここでグッとこらえた。辞めるなよと。


「おいジャパン。お前は英語かいドイツ語かい(どちらを理解するか)」


ユルゲンJr.はドイツ語で話始めた。

「僕のおじいちゃん格好いいんだぜ。ストラトキャスター構えたら世界のロックギタリストの頂点に立ってしまうんだ。知ってるかい、リッチーブラックモアって言うんだ、エヘヘ」

ユルゲンJr.は得意気に話を初め鼻の下を左手で擦る。ユルゲンJr.はサウスポーである。


西園寺はあれこれと説明をされたが、

「ユルゲンの家系は凄いなあ。ロックのギタリストなのか、おじいちゃんは」

西園寺はクラッシックしか聴かない。日本の演歌や流行歌もまずは聴いたこともないくらいであった。ましてややかましいだけのロックなんか無縁であった。

「そうか。クラッシックだけしか聴かないのか」

残念だなと落胆な顔の彼である。なんとか西園寺におじいちゃんの偉大さを教えたいと考える。

「そうだ。この会場の音響室に行こう。あそこなら音源があるだろう」

ユルゲンJr.は西園寺の手を取り誘う。音源室に行くと、

「音源ですか。生憎ロックのものは取り揃えてはございませんのよ。ごめんなさいね、せっかく来ていただいたのに」

ロックはないと言われてガッカリしたが、

「あらっ。ちょっとお待ちくださいね。ユルゲンJr.はおじいちゃん、あっ、リッチブラックモアが聴きたいわけでございますわね。でしたらインターネットで音楽サイト(ロック部門)を開示されたら。おじいちゃんはいますわよ」


音響室から会場の事務所に二人揃っていく。ネットでロックを楽しみたいとして頼んでみた。事務所はいいですよとパソコンを1台解放してくれた。

「よしこれで見えるぞ」

ユルゲンJr.はクリック、クリックと手馴れた操作を繰り返す。ハードロックのサイトを呼び込みDeepPurpleを検索した。

「西園寺はパープルは知らないか。ロックはわからないのか。まあパープルは1970年のバンドだから。おじいちゃんがギター弾いているんだ。見たら度肝を抜かれちゃうよアッハハ」

西園寺は全くわからなかった。今からなにが見えるのか、何が聴いて行けるのか想像すらできない世界である。


インターネットの画像は音楽画像が呼び込まれ準備ができた。

「よし始まる。ギタリストがおじいちゃんだ。ちゃんと聴いてくれよ」

インターネットを子供が二人で覗き込んでいたらハンブルグ会場の職員たちが集まってきた。

「子供たちはJr.コンクールで優勝した子供じゃあないか。ドイツの方は確かブラックモアだ。あらっ、ブラックモアって?ひょっとしてあのブラックモアのことかあ。じゃあこのお子さんは」

画面にはパープルが登場をした。かなり古い画面で白黒であった。

「おい。孫がおじいちゃんの画像を見ているぜ」


西園寺は目をギラギラとさせていた。

「ロックなんてやかましいだけなんだって。後になんにもありゃあしない。パパが言っていた。音楽ではない、雑音の複合体なんだって」

ロックには否定的である。


リッチブラックモアが現れた。ハンブルグ職員は拍手して見いる。

「ちょっと孫は似ているかな。鼻が高いところがおじいちゃん似かな」

ユルゲンJr.は黙って聞いた。みんな好きに言ってくれと。

「実際に逢ったこともないおじいちゃんとあれこれ言われることは慣れている。僕なら構わないよ、好きに言って言って」


画面では激しいロックが始まる。リッチーは暴れまくって神がかり的なギターを弾いていた。ボーカルのイアンギランはハイトーンを自らの肺活量に任せてシャウトしまくである。メタリックな叫びであった。


西園寺は度肝を抜かれてしまう。

「なんだろうか。これからどうなるのだ。ロックとはこうしたものなのか」

パープルの画像を見た後しばらくは呆然として考えがまとまらなかった。


ユルゲンJr.はニッコリと笑って西園寺の肩をポンポンと叩く。

「どんなもんでぇー。僕のおじいちゃんはリッチブラックモアなんだぞ。西園寺くんわかりましたか」

西園寺はしっかりと脳裏に叩き込んだ。


孫のユルゲンJr.としてはあのロックのステージで自由自在に動き回り激しいサウンドを導き出すロックギターに魅力を感じ始めたというところである。

「逢う人逢う人がギターはやらないのか、なぜピアノなんか弾いているんだと言うからね。そんなにも言うんだったらギターを持ってやろうじゃあないか。おじいちゃんのようなギタリストになってやろうじゃあないか」

ユルゲンJr.は父親に相談もせずに決めていた。

「あのやたらやかましいのはロックなんだ。腹の底からの叫びをギターやドラムで叩き出す。クラッシックとは相容れない世界になる。基本がどうだ、旋律が難しいから練習をして克服とかは関係ない世界に聞こえる。ユルゲンの家系の根底にはロックが流れているのか」


そう考えると西園寺の家系の根底には琵琶である。江戸の末期から明治時代にかけての日本伝統武芸のひとつということになる。


ユルゲンJr.は西園寺と別れる際に、

「今度逢う時に僕はロックをしていると思う。有名になっているから遊びに来いよ。なんだろうかな、おじいちゃんの血が騒ぐアッハハ」

ユルゲンJr.は手を差し出した。二人はしっかりと握手をして別れた。

「ユルゲンJr.はピアノでは世界の頂点を目指しはしないのか。ならば僕が君の分まで徹底してやってやろうじゃあないか。面白い。競争してやろうじゃあないか。ロックギタリストが先か世界的ピアニストが先か。僕は簡単には負けたりしないからな」


西園寺は次の欧州Jr.コンクールに向かう。バイエルンの教官の引率に従い欧州を巡るスケジュールに組み込まれていく。

「次は欧州のどこ。バイエルンの同級生はみんな頑張って優勝しているんだろうなあ。教官に聞けば教えてくれるんだが」西園寺は携帯サイトで欧州Jr.コンクールを検索してみる。


まず目に飛び込むのは、

「ルクセンブルクとアルメニアだ。バイエルンの優等生だからなあ」

この二人の成績はずば抜けていた。

「派手に優勝しているなあ。二人が交互に優勝している。実力のある奴等は違っているわ」

Jr.コンクールの実力はとうに越えており一般のピアノコンクールに出場してもおかしくはないものであった。

「ルーマニアとブルガリアはどうかな。あれこいつはダメじゃんか」

ルーマニアとブルガリアは成績不振である。優勝も準優勝も名前がなかった。

「どうしてかな。優等生は優等生だと思っていたが」

西園寺は教官に聞いてみた。教官は少し時間をください調べます。


「ルーマニアとブルガリアですね。コンクールの最中に喧嘩されてしまいましたね。問題があると教育指導には書き込みがあります。バイエルンといたしましては今後のコンクールは出場停止でございます。罰を与えた次第でございます。もう少し様子を見てから参加させるかどうか決めて参ります。実力は確かにあることはあるのです。退学には致しません。今度喧嘩をされましたらばその時に対処致します」

だいたいから敵国同士をくっつけたこと自体が問題になるのだが。


ベトナムと韓国。

「ベトナムは阮朝の王子さまだ。バイエルンは寒くてたまらないと言って凍えていたがどうだろうか」

サイトをクリックしたらベトナムは優勝二回していた。

「やるなあ王子。これでベトナム国民は喜んでいるだろうな。早く王子さまの帰国がみたいものだとかさ」


阮朝の王子は寒さも吹き飛ばす勢いでJr.コンクールを戦い抜いていた。

「寒さに弱い僕はダメになると思ったがピアノに賭ける情熱がこれまでに高まるとは思いも寄らなかった。二回優勝か、まずまずの成績だ。冬はまだ残りがある。全力を出して戦い優勝を詰み重ねていきたい。侍従たちにも多大な迷惑をかけている。王子としての役割もしっかり果たさなくてはならない」


侍従たちは寒さにブルブル震えつつも王子のピアノを支えた。王子が欧州諸国を移動をする度に侍従たちもホテルを転々とする有り様である。


さらに侍従は苦労もしていた。

「王子さまの食事は侍従の私が全てコックをします。滞在先のホテルの厨房を借りてベトナム料理を懸命にこさえて参ります」

至れり尽くせりの侍従たちである。

「ピアノの天才王子さま。ベトナムの未来のために頑張って。おお寒い。早くベトナムに帰りたいぞ」

尊敬される王室である。


その滞在先の厨房。東南アジアのベトナム料理が珍しいとコックやシェフがキョロキョロと見学にくる。さらには、

「どんな味つけになるんだ。ベトナム料理とはどんなものだ。教えてくれはしないか」

評判となっていく。意外なところで国際貢献をしていた。

「シェフの方の中にはベトナムに留学をして料理を覚えてみたいと言われたこともございます。もちろん喜んで受け入れさせていただきます」


フランス料理のシェフだけはさすがになにもベトナムには興味を示しはしなかった。フランスは元植民地の宗主国。プライドがあって植民地になんか教わることはなにもないとツンツンしていた。

「さようでございます。しかしフランスも肥満な方が増えたりとニュースにありますね。ヘルシーなベトナム料理を取り入れてはと思いますけども。まあ歴史が邪魔をするのでしょうね。単にプライドの問題です。私はなにげなくフランスのホテルの厨房にレシピを置いては参りました。見て作ったりしてね」

侍従のコックはニタリとして言う。そこに王子が出て来て、

「僕の侍従の料理は世界で一番美味しいんだよ。フランス料理なんかよりずっとだよ。美味しい料理をいただきますからピアノも優勝できるんだ。ベトナムの力で僕は欧州Jr.でピアノを弾いていける。有難いことだ感謝をしている」

言われた侍従はまたまたたまらない喜びを王子から戴く。

「こりゃあアッハハ。王子さまには頭があがりません。よし今夜は飛びきりの料理を。腕によりをかけて作ってやるぜ」

侍従はまた凝ったベトナム風春巻きを考案してしまう。一口ガブとやるとジューシーさが溢れてくるような逸品である。

「たまらないですなあ」

自分の頭の中ですでに味わいは済んでしまった。


ベトナムの王子はわかったが韓国はどうだろうか。欧州Jr.コンクールはどうしていたか。

「ベトナムは二回優勝がある。韓国は今から調べるかな。口はやかましいやつだけどピアノはやかましいのかな」

韓国の欧州Jr.コンクールの足取りをツブさに辿るが。

「見当たらないぞ。1回だけ準優勝があるだけだ」


韓国は西園寺と一緒に欧州Jr.を回る時には調子もよかった。しかし西園寺のリタイアしてからは今ひとつ波に乗れずであった。

「アイツにしたら珍しいじゃあないか。いつもストイックなまでに自分を追い詰めてピアノ演奏をしていたイメージがあるというのに。それとも僕という日本人がいなくなってライバル心が萎えてしまったのか」

さらに検索をかけたらば欧州Jr.は参戦していないことになる。

「アチャア〜アイツは予選落ちばかり。集中してピアノに向かっていない。本選に進めないじゃあないか。アイツはなにやってんだ」

西園寺は教官にどうして韓国は予選落ちばかりなのかと尋ねた。

「えっと。ご質問の意味が不明でございます。韓国の方がどうかされましたか。質問が分かりにくいのでございます。バイエルンの教育指導書には特に変わったことは記録されてはおりません。インターネットの記載ミスではありませんか。改めて確認をされてください」

教育指導書に何も書いてない。

「バイエルンの学校は生徒の数が多いから誰か他人と間違えたかのかもしれない。もう一度丁寧に調べてみるか」

韓国の名前の読みのスペルを注意深く見る。再度コピー&ペーストしてみる。欧州Jr.のサイトは変わらなかった。

「同じ結果だ。予選落ちばかりだ。えっ、じゃあ教官は韓国は予選落ちで当たり前だと言いたいのか。あのストイックな韓国の実力はそんな程度だと学校は思っているのか」

教官は冷静に韓国の実力を見ていたようである。毎年同じようなレベルの生徒を見ていたから大体の実力は把握出来たということらしい。


「あまり言いたくはないが教官も欧州Jr.コンクールもアジアは低い評価になるんじゃあないか。韓国があまりに可哀想だ」

西園寺は韓国にメールを送る。頑張ってくれ、応援している、と。


最後はトルコである。

「トルコはなにやらわけのわからない男だよ」

西園寺としてもあまり関心はなかったが。


強烈な個性をもつトルコである。権力にはトコトン立ち向かう熱血漢な一面がある。そして自分の国籍トルコが嫌い。

「欧州Jr.コンクールなんてつまらないぜ。欧州のさキリスト教の国ばかりを集めてジャカジャカ演奏させるだけ。まったくさ能がないんだよ。俺のピアノのよさはまったく理解出来ていないしな。あの採点かとにかく気にくわないんだ」

のっけからゴチャゴチャ言う。


欧州Jr.は予選落ちか1回戦負けばかりである。

「けっ、俺がトルコ国籍だからって勝手にダメだと判断するなよ」

国籍が悪いからコンクールには勝てないと文句を言い出す。

「まったくもって、煮ても焼いてもっていうやつだな」


欧州Jr.コンクールも冬のシーズンを回り2月の声を聞く頃には終焉を迎える。


冬のシーズン最後は地元のバイエルンで欧州Jr.コンクールが開催される。

「このバイエルン開催は学校の同級生が全員参加してくる。言わばコンクールの集大成というやつさ。今までは欧州のあっちこっちにみんなが散らばっていたがバイエルンに戻りその蓄えた技量を発揮していくんだ。僕も今までの実力を発揮しなくては優秀な成績は期待出来ない」

最後の大トリというやつである。


西園寺としてはバイエルンは地元であるし当日は

大学教授である父親が特別審査員を引き受けることを聞いていた。

「パパに聴かせたいんだ僕のピアノ。そう考えたら胸がいっぱいになるよ。このひと冬でそれなりに実力はついたと思う」

西園寺はバイエルンのコンクールのために残り少ない日々熱心に練習に励む。少しの妥協は許さない。欲しいのは優勝の二文字のみであった。


西園寺教授も息子のJr.コンクールは楽しみとなっていた。

「欧州Jr.の最後がバイエルン。子供たちは最後の力を振り絞りピアノに立ち向かうことであろう。我が息子のピアノにも期待をしたい。最後の最後のJr.コンクールなんだから頑張って貰いたい」


そしてJr.コンクール当日。張り切っているのは生徒全員である。


優勝候補のアルメニア・ルクセンブルクは万全の姿勢であった。

「ここまで実力を発揮してきたんだ。最後にもう少し頑張って優勝回数を伸ばしたい。ライバルには負けてはいない。優勝候補にノミネートされたんだ。期待されたように優勝するだけさ」


ルーマニアとブルガリア。

「途中で喧嘩しちゃったんだけどさ」

どことなく照れ臭い様子のふたり。喧嘩したハンデを乗り越えてラストスパートを期待したい。

「よし頑張っていくぞ。なんなら二人で1位と2位を狙いたいなあ」

雨降って地固まるなのか仲良くなっていた。


ベトナム・韓国・トルコ

・日本の4ヵ国。奇しくも非欧州諸国が仲良くひとつのカテゴリーに収まる。

「アジアの覇者を決めるつもりでコンクール参加だな」

予選会課題曲を3曲。

「頑張っていくよ。審査員にはパパがいるんだ」

西園寺はチラッと父親を見て丁寧に課題曲を弾き予選を通過する。


脱落は、韓国・トルコ・ルーマニア。


本選は自由課題となる。

「本選には強敵ルクセンブルクとアルメニアがいる。あの二人には勝ったことが一度もないんだ。心して取り組まないといけない」自由課題は西園寺は表現豊かに弾きまくる。まるで跳び跳ねるかのように。


次はルクセンブルクとアルメニアだった。この二人には勝てないや。負けたなと覚悟をした。


正之は中学1年の部活はテニスに入った。


毎日遅くまでボールを追い掛け青春をテニス部で楽しんでいた。

「テニスはいいなあスカッとする。中学入ったらまず一番にやりたかったスポーツだった。お祖母さんの三味線も続けるんだけどね。楽しいことがあればいいけどさ。ないからなあ。テニスみたいにねスカッとしないから嫌だなあ三味線は」

正之は三味線のお師匠さんから手解きを物心のつく頃から受け中学入学の今も続ける。


三味線を始めたのは幼稚園からなので10年近くシャミの音を弾いていることになる。


同じくピアノのレッスンはどうなったか。正之が小学4年の時父親が蒸発をしてしまい家庭の事情が急転をする。一家の大黒柱を失い経済的に窮地に陥ることになる。おばあさんは三味線師匠と協会副理事職の収入があったが母親はパートに出ることになった。

「まったくバカな息子だよ。今頃どこほっつき歩いているかね。もう帰って来なくてもいいよ。誰だい、あんなくだらない男を生んだ張本人は。警察の失踪届も死亡届に書き変えてやりたいもんだ」

おばあさんの怒りは家の権利書を売ろうとしたことが一番だったが。

「あれだけ三味線を教えてやったのにモノにしなかった」

三味線のお師匠としての失敗作でも恨みには思っていたらしい。


父親の蒸発以後はその日その日の暮らしにぼわれることになってしまう。


また失踪しただけなので母親には遺族年金は支給されず、

「本当に死亡届を出してしまいたいくらいよ」

冗談でなく本気だった。


母子家庭にはなれたようで児童手当ては確保できた。

「でね正之には悪いと思うけどピアノのレッスンはもうやめ。児童手当てもらってピアノ弾いてなんて恥ずかしいわ」

正之は小学4年でピアノはピタッと辞めてしまった。


習っていたYAMAHA音楽教室は事情が事情だからと学費を免除する。レッスンだけは続けないかと奨めてくれた。

「世間の目がありますからご辞退致します」

母親はキッパリと断ってしまう。母親が好きで習わせたピアノを母親が辞めさせた形となった。


正之はどうしていたかと言うと。

「パパの蒸発からガラリと生活は変わったと言うところかな。僕はもうピアノを弾くことはないや。三味線だけだな継続中なのは。後は変化なしさアッハハ」


正之の中学生活はテニスに明け暮れる。テニスの空き時間があれば三味線の師匠からお稽古と言うところであった。


お師匠さんは孫の正之がピアノを辞めてくれて嬉しくてたまらない。

「正之には三味線を継いでもらいたいね。私の3人娘はみんな師匠になっているがこの本家には師匠がいないから。正之が師匠になってくれたらねぇ。しかし淋しいね。正之にそんな気がないからね。まったく淋しいもんだ」

お師匠さんは正之の前で皮肉タップリに小言。


正之は三味線あまり好きではない。お祖母さんがあれだけ熱を入れてやっているんだからちょっとは期待に答えてあげようかなと思う程度である。

「三味線はね毎日聴いて弾いていたら慣れてきてさ。前よりは嫌な気持ちが和らいでいる。あのシャンシャンの音色も気のせいかな心地よいかなとなったかな。幼稚園から中学まで習っているからね」

孫の正之の心を祖母の師匠が聞いたら喜ぶだろう。


正之の中学3年。中学最終学年となりテニス部の公式戦を迎えた。


「地区大会が最終試合なんだ。これを勝ち抜いて県大会まで行きたいと練習をしてきたんだ。だから勝ちたい」

中学のテニスは団体戦がメイン。シングルス、ダブルス合わせて5試合あり先に3勝が勝利。


正之はシングルス/ダブルスに大活躍をして団体戦地区大会は勝ち上がる。

「やったね愛知大会に行けるぞ」

最終学年で初めてつかんだ県大会出場のキップだった。選手たちは大喜びである。正之のダブとシングルの2勝が燦然と輝く勝利だった。

「僕が頑張ると県大会も行ける」

夏休みの名古屋東山公園テニスパークは間もなく中学最後の公式戦で正之を受け入れようとしていた。


夏休みに向けテニス部の練習は一段と熱を帯てくる。選手たちは勝ちたい勝ちたいとその一心でボールを追いまくる。

「これだけやったんだ負けるはずがない。東山テニスパークは燃えに燃えてやるぞ」

練習は満足の行くものである。最後の公式戦は悔いの残らないものになりそうだった。


迎えた県大会当日。正之達はすっかり日焼けをしいかにも猛練習の結果ですと言わんばかりだった。


大会は始まりシングルスとダブルスとフル回転。正之はエースとして大活躍をする。


3っ勝てばいいわけだが正之が2勝をしてくれるから後の選手は3試合で1勝するだけだ。気が楽だった。


順調にチームは県大会を勝ちあがり準決勝までくる。


このクラスになるとなかなか簡単には勝たせてもらえないようだった。実力が拮抗して試合時間が延びタイブレークも増えていく。


中学の正之は若さがあるとはいえシングルスとダブルスの2試合の消化に疲労の色が見え始めた。


「こんなことで疲れたなんていったら笑われちゃう。僕はまだまだ倒れはしない。準決勝勝ちたいや、これを勝たないといけない」

正之はモチベーションを高めネットの向こうの敵を倒すまでボールを打ち続けた。


強い精神力で正之はシングルスをなんとか勝ち、ダブルスに挑む。

「ダブルスも落としたくはない。パートナーのやつに迷惑をかけたりしたくないから頑張る」

正之は少し肩で息をしてコートに入った。かなりの疲労である。観客席からは、

「大丈夫ですかあ」

黄色声が飛ぶ。ダブルスのパートナーからは、

「正之先輩、大丈夫ですか?シングルスはタフな試合でしたからね。疲れたんではないですか」


パートナーは正之に気を使ってくれる。

「確に疲れたは疲れたんだ」

ここは勝ちたいから、

「まだまだやれるぞ」

正之は高々とラケットを掲げ鼓舞をみせていく。


疲れは一目瞭然であった。正之は足がふらついてしまいコートの中でよろけた。


となると対戦相手は当然にフラフラの正之を狙い集中的に打ち込んでくる。勝つためにルールはいらない。

「ちきしょう僕が狙われてしまったか情けない」

疲れ果てた正之は力を振り絞りボールを追いまくる。足はフラフラ。体は思うに任せれない。


そして事故は起こった。


相手のリターンが正之とパートナーとの真ん中に緩く山なりで飛んできた。


若干の山なりボール。緩く余裕を持ってリターンしたい球。


見ていた観客は、

「あっまずい」

ふたりは同時にストロークの体勢に入る。合わせ鏡の中と外のように揃った。


強引に山なりをバシッと打ち返してやろうと二人は同時にストロークの構えをした。


バシッツ!


鈍い音がコートに響きわたる。


次の瞬間にはバッタリとコートに選手が倒れる。


正之の倒れた姿がコートにはあった。


事故はパートナーのラケットが正之の"左手首"を痛打したのだ。


当たったのは左手首から小指あたり。

「イッタアー」

左手首はみるみる晴れて激痛が伴った。試合は中断され引率の先生は救急車を要請した。


正之はそのまま病院搬送となる。小指が痺れまったく動かなかった。


搬送先の救急病院でレントゲンを撮ると小指の神経系列が断絶しているのがわかる。直ぐにオペ室へとなり赤いランプが点灯をした。家族に連絡が行く。


自宅ではお祖母さんが連絡を受けた。直ぐに嫁を捕まえて、

「救急病院に行きなさい」

おばあさんは慌てふためき仏壇を開き亡きじいさんにお祈りをする。

「おじいさん、おじいさん、助けておくれ。なにとぞ正之を助けておくれ。私たちの孫が一大事なんだよ。おじいさん助けてやあ」

頭を畳に擦りつけて何度も何度もお祖母さんは祈る。木魚を叩いて読経する声は涙であった。


病院から後報が入り正之の左手首の手術が始まると知る。小指がまったく動かないから緊急手術だと言われた。

「指がダメだって。動かないのかい」

おばあさん天を仰ぐ。気の遠くなる気配がした。

「指がダメなら三味線が。私の教えた三味線が弾けないじゃあないかい。小指がなければ、手首が返せなければ」


緊急オペは残念ながらうまくいかず正之は小指神経が繋がらない。手術が済み麻酔が切れしだい退院をする。

「左手が不自由なままなのか。なんとかなるさ」

ギブスを填め包帯をグルグルにしていた。いかにも痛々しい正之だった。


帰宅をした正之。師匠のお祖母さんは孫になんと声をかけてみたらいいものかまったくわからなかった。


数日して抜糸と包帯が取れる。小指はまったく動かない。医者の言うにはリハビリをすれば少しは動くかもしれないだった。

「おばあさん悪い。僕は三味線が弾けなくなってしまった」

小指だけでなく手首も思うように曲がらないようだった。

「正之大変だったね。もう痛くはないかい」

三味線はもう無理なんだ弾けないとおばあさんは淋しい気持ちがどうしても顔に現れてしまう。

「いけないね、こんな気持ちでは。三味線がダメでも正之が元気ならばいいじゃあないか」


おばあさんは正之に何か買ってあげようとして欲しいものはなにかあるかいと尋ねた。

「欲しいもの?」

正之はおばあさんに誘われて近くのデパートにプレゼントを買いに出掛ける。


おばあさんは孫と暮らしいつも見ているつもりだったが正之の背がいつの間にか伸びたことを知らなかった。

「正之も大きくなったね。いつまでも子供だと思っていてはいけないね。もう立派な大人だね。気がつかなかった」

孫とデパートのレストランで昼食を取る。祖母としては孫とこうした団欒を持つのもいいもんだねぇと楽しんでいた。

「そうだお祖母さん。CDを見に行こうか」

かわいい孫についてデパートのCDショップのフロアに行く。


そこには正之運命の出会いが待っていたとも知らず。


CD屋は若者でごったがえしている。60過ぎのおばあさんには息苦しいところであった。が、孫正之にはお気に入りのCDがあるようで、

「まあ、正之の好きなのを選びなさい。おばあさんはちょっと疲れたからあの目の前の椅子に腰掛けているよ。さあさあ行っておいで」

おばあさんの腰掛けたのは普通の椅子だった。間もなく始まるフィルムコンサートのための観客席の椅子だった。


「うんわかった。ちょっと待って。聴きたいやつがあるかどうか見てくるよ」


フィルムコンサートはその日、9月17日が命日だとかで"追悼フィルムコンサート"をやることになっていた。


アナウンスが入る。

「長らくお待たせいたしております。本日3時より追悼フィルムコンサートを上映いたします。無料のコンサートですから皆さんお気軽に立ち寄りください」


腰掛けていたおばあさん、

「おや、なんのコンサートだろうかね」

あまり気にせず観客席にジッと座り続ける。


間もなく正之が戻ってくる。

「おばあさんお待たせ。残念ながらさ、気に入ったやつまだ入ってないみたい。じゃあ行こうか」

正之は腰掛けたおばあさんを促して出ようとするが。

「悪いね正之。アタシャ疲れたからもうちょっと座っていたいよ。また今からここでなんやらヘントリックスの映画コンサートがあるらしいよ。見ていこうかしら」

正之はそうだね。おばあさんが疲れたと言っていることだしフィルムコンサートぐらい見ようかと観客席に座る。お祖母さんの横の席にチョコン。


時間が迫り観客席は満員となった。


ジミーヘンドリックスのフィルムは始まった。


ジミーヘンドリックス

1942年11月17日〜1970年9月18日。アメリカ、シアトル生まれ。母はインデアン系の血筋を持つ。ジミーが10歳時にアルコール依存症で他界してしまう。


左ギタリストのヘンドリックスだが、元来は右ききだと言われている。観客席のあるコンサート会場では右ギターは一切演奏しなかったが関係者の証言では右ギターもかなり楽屋で弾いていたという。いや右も左も弾くヘンドリックスだった。


ボール投げは右、ギターを壊す時には右ききで壊していた。


おばあさんと正之が座る席にジミーヘンドリックスのパンフが配られた。

お祖母さんは、

「おやっ、この人は左ギターかい?珍しいね」

三味線の世界に左三味線はない。右しか存在をしない。師匠のおばあさんにしてみたら左ギターなどは腕づくでも右ギターに直してやりたいくらいなものだった。現実、左ききの芸者さんはかなり苦労して右ききに矯正されている。


正之も配られたパンフを見た。

「左のギター?逆に持って演奏しているのか」

正之はその場で三味線の仕草を逆三味線でしてみる。動かない左手首の負担はあまりないように感じられた。

「逆にするはいいが無理だなあ。手が逆は逆だ。演奏はできはしないさ」

そしてジミーヘンドリックス追悼フィルムコンサートは観客席の拍手とともに始まった。


のっけからロックだったからお祖母さんはいきなり悲鳴をあげる。

「なんなんだい。やかましい。アタシゃあごめんだよ、あわあ〜煩いね」

正之を置いて耳を塞いで席を出てしまう。疲れたあの体はどこに消えた。


正之はそれまでロックは聴きはしないがフィルム中のヘンドリックスが右ギターを逆にして弾く姿に釘付けとなった。


※ヘンドリックスはデビューしてからも有名になってからも好んで右ギターを逆にして弾いていた。なんと弦は右ギターのまま!あえて左仕様にはしなかった。


正之は逆弾きの左ギターを見るのは始めてだった。

「左は確に珍しいなあ。そうか弾いて弾けないこともないわけか」

ヘンドリックスのロックが正之にもやかましいとその時は感じた。

「このギターリストはジミーヘンドリックスと言うのか。追悼コンサート?なんだいもうすでに死んでいるのか」

曲は替わり"紫のけむり"になる。正之はう〜んと唸る。フィルムコンサートが終わり、おばあさんの携帯を鳴らした。

「終わったよ帰ろうか」

お祖母さんは地下の食品売り場に避難していた。


その夜から正之はジミーヘンドリックスがロックが頭から離れなかった。

「紫のけむり。なんとけたたましい曲なんだ」

あれがロックというものなのか。


正之は左手首の痛みが少し和らいだ頃お祖母さんのお稽古部屋に入ってみた。

「あの事故以来三味線に触ってないからなあ」

正之は恭しくも三味線庫から取り出して袋を外す。少しご無沙汰したなあと改めて自分の三味線を見た。いつものように構えてみる。少し座る座布団がぎこちない。

「右のバチは問題ないが左の運指だな」

左手首が思うように曲がらず三本糸をうまく押さえ切れない。

「チッ、歯がゆいことだ」

シャンシャンとバチを払ってみて基本音階の音色ぐらい出したいと願う。

「ダメだな、左手が押さえ切れない」

正之はすぐに諦めた。三味線の表面を拭い手入れをして袋にしまい丁寧に格納する。

「もう触ることもないんだろうなこの三味線」

と思いながら。

「そう言えばおばあさん、三味線に左ききはないと言っていたなあ」

ふと三味線の歴史を調べたくなり書斎に向かう。


その正之がお稽古部屋から出ていく姿をおばあさんは廊下で偶然見ていた。

「あの左手で三味線をやってくれるつもりかい。左手が使えないとなるとねぇ」

おばあさんは少し目がしらが熱くなる。


正之は書物から三味線の伝統文化を調べる。三味線は楽器としての存在より日本伝統として受け継がれる意味あいがかなり強いと実感をする。

「楽器は楽器なんだろうけども重きは伝統か」

バタンと本を閉じ空を見上げてしまう。

「左バチなら手首を固定したまま弦に触ることも出来る。問題なのは右手がうまく運べるかどうかにかかっているわけだ」

正之は左バチ(逆手)を構えて見てた。どうもシックりとはいかない。当たり前だ、効き腕が右なんだから。

「この際は右だ左だと言っていられないさ。僕は右バチが出来ないのだから左バチをマスターしないと」


翌日おばあさんのお稽古を正之は久しぶりに受けようと部屋に行く。


正之がお稽古したいと申し出たが突然であり師匠のお稽古は忙しいので5人のお弟子さんのいる時間となった。

「あらっお坊っちゃん、久しぶりですわね。お怪我はもう大丈夫?大変でしたわね」

お弟子さんと言っても母親より歳上ばかりだった。

「ええお陰さまで痛みはなくなっているんですけど。まだ左手首が完全には曲がらないんです」

正之は左の手が動かないからうまく弦をたぐれないとジェスチャーを交えて説明をする。


正之は三味線庫から自分の三味線を取りゆっくり袋を剥いでお稽古の準備をする。と、ここまではいつもの正之だった。


三味線を構える時に左バチ(逆手)に構えてそう左バチに構えて、師匠のお祖母さんの出を待った。お弟子さんたちはちょっと怪訝そうな顔で逆バチ姿の正之をみていた。


「お待たせしました。さあさあお稽古を始めましょう」

師匠は笑顔で部屋に入ってくる。


正之の構えを見て腰を抜かさんばかりに驚いた。

「正之、正之。なんですかその三味線は」

口が早かっただろうか辞めて頂戴と手が早かっただろうか。師匠は慌てふためいた。


直ぐ様に正之に左バチ(逆バチ)は辞めるように催促をする。

「なんてはしたないことをしているんですか」


※左ききの三味線も最近は作られてはいるから一概に左バチは間違いであるとは言えない。


「おばあさん左手首が返せないから逆バチで弾きかえそうとしたんだ」


正之は伊達や酔狂で左バチに構えてみたのではないとおばあさんに強調した。


しかしお師匠さまは、

「もうよい。お前の能書きはたくさん。出てお行きなさい。ちゃんと三味線が持てない者がお稽古にいてはお弟子さんにご迷惑がかかります。すぐに出ておゆきなさい」

ピシャリと言われてしまう。言われた正之は、

「そっ、わかったよ」

と、プイッと膨れて荒々しく音を立てて部屋を出た。


正之は面白くないなあと自転車に乗り街をフラフラする。

「あんまり家に帰りたくない気分だ」

繁華街を自転車で駆け巡った。時間でも潰すかとゲームをしたりファーストフードにあてもなくフラフラ入る。

「中3になって遊んでいるやつなんて最低だな」

ハンバーガーをぱくつきながらコーラを飲み自転車を転がす。


が、正之には普段見たり聞いたりしているはずの普段の街の様子がまったく異なった印象に受け取られていた。


それは音楽に関してだった。


正之の関心ある音楽はピアノ曲とおばあさんの三味線だけ。

「なんだろか今の今までゲームセンターや繁華街のBGMなんてただやかましいだけだった。今日はなんか聞いているだけで譜面が浮かんでしまう」

単なるバックミュージックなんだがやけにギター、ドラムス、パーカションが耳に残るのだ。

「気にしなかったが、ピアノなどの鍵盤(キーボード)以外にもいくらでも楽器はあるんだな。まったく気にもしなかったや。いや待てよ」

正之はひょいと自転車に乗り、CD・DVDの店に向かう。どんな音楽が世の中にはあるのか知りたくなったのだ。

「一口に音楽って言ってもいやはやあるなあ。まったく知らない世界ばかりだ」


ピアノ曲のショパン・モーツアルト・ベートゥベン・リスト。その程度だけが音楽だとして聴いていた。あとは三味線。古典クラッシックはどうだろう正之は好きだったのだろうか。CDのパッケージをひとつひとつ眺めながら思い出していく。


YAMAHAエレクトーンの課題曲だったショパン。ピアノ課題曲のベートゥベン。ベートゥベンは定番でかなりやらされたイメージだ。ただ旋律がややこしいから楽しい楽しくないの前に弾くことが厄介だった。逆に憧れたのは技巧派ピアノのリストだった。

「リストは譜面を拾いながら懸命に指を動かしたなあ、マスターできなかったけどさ」

ひとつずつ小学時代の思い出が詰まるピアノクラッシック曲コーナーだった。クラッシックは聴いてみようでなく譜面があれば知らず知らずのうちに見て演奏だな。あとは勝ってに指が音を出してくれる。


ロック(HM/HR)

「なんだぁロックって。派手なパッケージばかりじゃないか。漫画やお子様ランチみたいなのもあるぞ」

正之はロックは疎かった。音源がアメリカか英国かもさっぱりわからない。が曲名とアーティストを単に知らないだけでロックそのものは聴いてはいる。毎日のテレビ、ラジオ、そして街の中の垂れながされる騒音はほとんどがロックに分類されていた。


正之がロック/ポピュラーコーナーのお子様ランチを訳もわからず眺めていると大学生が3人ほどガヤガヤやってきた。

「昨日は新譜は出ているはずだけどなあ。あれないかな。もっと探さないと」

友達同士でお目当てのロックCDを探しにきたようだ。

「なんだなんだまたコピーするんか。あれさあギター進行がやたらクネクネしているイメージがあるから譜面で追うのが早いかなと思ってさ。楽譜入りCDと雑誌にあったんだ。見付からないか」

どうも大学生達は楽器を演奏するらしい。

「まあな、せっかく軽音に入ったからさ、ひとつぐらいまともにコピーしないと。またね、みんなのやらないやつをやって英雄になります、アハハ。で、旋律の易しいやつ、進行コードの少ないやつからピックアップしてみたんだ」

どうやらコピーバンドらしい。


正之にはロックバンドは興味外だった。

「ギターコピーは譜面なのか。お前タブがあるから譜面読めなくたって拾えるじゃあないか」

大学生がボソボソ。えっ!譜面読めなくても楽器が演奏できる。正之は思わず聞き耳を立てた。

「あれか、ビートルズあたり、アニマルズとかさあ、あの程度ならタブ拾えるけどさ。もうちょい難しい曲になると苦しいな」

あん、ビートルズ?ちょっと待てよ、聞いたことがある名だな。ピアノ練習曲にビートルズ、なにかあったなあ。なんだっけ?レットイットビィだっけ?オブラディ・オブラダかな。

「へへ、ビートルズも簡単なフレーズはコピーしたけどさ、もうちょい激しいのがいいあなと思ってさ。ツェツペリン/クィーン/クラプトン」

懸命に会話を聞こうとするが回りがうるさくちゃんと聞き取れなくなる。

「パープルやったんだスモークとレイジー」



その他、ロックの大御所は一通り名前は挙がっていくが断片的にしか正之は聞き取れなくなる。大学生は旋律の難しい曲、やたら指のコード進行がややこしい曲は練習をしてもうまくならないと悲観をしていた。

「お前、ジミヘンやってなかったっけ?左ギターで背中や歯で弾くやつ。コピーはなにできる」

ジミヘン、左ギター?なんだろうか?背中で、歯で弾くとはなんだ。さっぱり訳がわからなくなる。さらに正之は話を聞こう聞こうとする。

「アハハ、ジミヘンかあ。あれは旋律は易しいんだけどさ爆撃音が出せない。なんでだろ全く出せない。歯で弾かないと出てこないかなアハハ」

なんなんだい?理解できない!

「紫の煙やれたかい?」


紫のけむり!


大学生は、その場で、ジミヘンのフレーズをちょっと口ずさむ。この当たりから正之にもロックやジミヘンとはなんだかが、おぼろげながらわかりつつあった。 

「それっジミーヘンドリックス?」

正之は大学生に聞いてしまった。

「うん?」

いきなり見ず知らずの中学から問いを言われて大学生はキョトンとした。

「ああ、ジミー、ジミーヘンドリックスだよ。ボクゥ、ロックがわかるのかい?ロックを聴くのかい?」

大学生は中学の子供っぽいお坊っちゃん顔がロックとはなんか不釣り合いだと思い尋ねてみた。

「いいえ、聴きはしませんが、そのジミーヘンドリックスというギタリストには興味があります」

大学生達はお互いの顔を見た。

「おいどうする、どっか行こうか、もっとコイツにロック話をしてやろうか」

目が泳ぐ。

「ボクゥ、ロックを好きになってよ。その歳から(ギターを)やり始めたらかなりうまくなるからさ」

正之、ピアノなら弾くけどねと答えた。

「えっ、ピアノ出来るってかっ。おい、ちょっと面白いじゃあないか」大学生達は正之の名前と自宅を尋ねた。意外と近くじゃないかと相談する。

「あれ、じゃあ中学は南中かい。俺も出身だよ。車ですぐに音楽スタジオがあるが、ちょっとピアノを弾いてくれないか」

と頼んだ。正之は左手首が気になるところだが、ロックにピアノ(キーボード)があると知り、

「譜面があれば多少は弾けるかもしれないですがやってみたいですね」


自転車は店前に置き大学

生の車でスタジオに連れていかれる。

「スタジオは普段レンタルなんだけどね、今日は借り手がいない。キーボード触っても問題はないだろう」


連れていかれたのはこじんまりとしたビルの中のライブハウスだった。ビルの重い扉を開けて入ってみたら真っ暗闇だ。

「ちょっと足元気を付けて今電気つけるから」

暫くして照明がボンヤリと照らされていく。客席が見えちょっとせりあがったあたりがステージとなっていた。そのスタジオは黒ずくめだった。黒の中にロックの器材は全て置かれていた。

「ボクゥ、ハウスは初めてかい?」

正之はこっくりとうなづく。初めて見るものばかりで興味深々だった。辛うじてわかるのはドラムとYAMAHAキーボードぐらい。

「ちょっとおいで」

大学生に言われてキーボードに行く。

「俺もさ、あまりうまくないけどさ」

イントロを弾いてみせた。パープルのレイジーだった。大学生は右手だけでパープルのナンバーをさわり弾いてみせる。

「ははあん。このサウンドなのか」

正之はパープルだとその場で教えてもらう。スモークオンザウォーターもパープルだ。テレビコマーシャルだとわかった。

「そうそうパープルだね。エッと譜面はと」

ロックミュージック集を探し出し、見てごらんと正之に渡す。

「ありがとう」

パラパラとくくってみるが、知らないバンドばかりだった。

「どのくらいわかるかな。ビートルズとストーンズぐらいかな」

いえいえわからないと返事した。ロックの譜面は初めて見たが、

「16連符がいけるかどうかかな」

譜面を見ていたらBGMが流れてくる。ジミーヘンドリックスのCDをかけてくれた。

「これが歯で弾くやつさ。背中でも弾くのギターがジミヘン。まっ、レコーディングではやってはいないだろうけどさステージではやっていたなあ」

正之は爆撃音にも似たヘンドリックスギターに度肝を抜かれた。

「フィルムコンサートもこんな感じだっけ」

大学生のひとりがギターを抱えて音を出していく。BGMのジミヘンに合わせコピーする。CDのギターはギターで迫力もあったが、コピーギターもそれなりのサウンドだった。

「おーい、ジミヘンは左だぜハハ」

ジャ〜ジャジャン!曲はおわり、大学生はどうかなと正之に感想を尋ねる。

「凄いですね、迫力満点で驚いてます」


今度はピアノを弾く中学だからキーボードの曲を選びかけてくれる。

「俺はキーボードはあまり得意じゃあないけどさ」

鍵盤楽器のパートを辿りつつキーボードは唸り始めた。パープルのレイジーだった。なんだいこのグルーブ感は。正之には中学の子供には未知のサウンドであり得体の知れない魅力を秘めた音階だった。

「ボクゥ、弾くかい?」

BGMは小さくなり譜面が前に置かれる。運指は拍子抜けするかと思うくらい簡単だった。

「もっと難しいかと思っていたから」

正之は簡単に弾く。


大学生達は、正之の即興に驚いてしまう。三人とも今まで聴いたどの演奏よりも軽やかにそして優雅な音色を聴いた。

「この中学坊はレベルが違うぞ」

大学生はこれを弾けるか、こっちはどうかと正之の実力を確かめるかのごとくリクエストをしてくる。

「うーん、まあね、簡単に弾くことは弾くけど」

ロックの譜面は運指が楽だった。


しかし正之は、

「ちょっと教えてくれますか?ギターのタブ符ってのは」

大学生、なんだ簡単なことさ。話題はギターに移り正之の知らない世界に入る。知らないと思っていたのは正之本人だけだったかもしれない。

「ちょっとギター持ってみるかい?」

差し出されたフェンダーはリッチーブラックモアモデル。正之はガチッとフェンダーを押さえゆっくり音を出してみる。

ギター独自の伸びやかなサウンドがハウスいっぱいに響き渡る。左手首が固定されているから正確な運指はとてもできない。それでも三味線の要領で簡単な音は出せた。

「ねぇ、ボクゥ、凄いね。俺達高校からギター、キーボード、ドラムとやっているがなかなかうまくならないんだ。なんか教えてもらいたいなあ」

ギターはともかく、キーボードには全員が度胆を抜かれたことは確かだった。

「えっ、そんなそんな教えるだなんて」


正之は帰り際にロック楽譜を借りて、さようならをする。

「なんかせわしない一日だったなあ。早く家に帰えろう。今晩はちょっと眠れないかな」


正之が連れていかれた雑居ビルの一角にあるライブハウスは26歳の店長がオーナーだった。店長はアマチュアのロックギタリスト出身。自称日本のリッチーブラックモアだった。


Deep Purpleを聴きカルチャーショックを受けた中学時代。なんなのだあっ、あれ。ヘビィさから驚きを超越したロックサウンドにのめり込んでいった。

「世の中にこんな凄い迫力のロックがあるのか」

それからはロックに青春をかけありとあらゆるロックバンドを聴く。そのうちに、

「楽器やるか。かっこいいからギターやってみるか」

1万5千円の中古ギターをバイトで買う。憧れは早弾きリッチーだったが最初からは無理。どうもコピーできない。で簡単なコード進行、易しいリフをロックで探したら、

「AC/DCは簡単だった」

アンガスになれたら後は好奇心の塊のギター小僧になりました。


次々にギターコピーをしていく。

「コピーはしまくりだがリッチーとベックはなあどうしてもできなくて残念だった。高峰の花だなあ。タブを拾うんだけど音がまったく違う」

難しいコピーはやめてある程度アンガスが出来たからバンドをやりたいと願望が沸き上がった。

「大学生のロックバンドにセッション参加したんだ。レベルの差は如実でミストーンの嵐だった。セッションの後メンバーにあれこれ言われて恥ずかしくてたまらなかった。若さとは恐ろしいもんだぜ」


当時は中学生ギター小僧だったけど。懐かしい思い出だ。


夕方に店長はライブハウスの店に出勤する。あらかじめ店を任せてあるバイト大学生達に挨拶をする。

「ヨォご苦労さん。今晩はお客はあまり来ないからまあのんびりやろう。ライブも予定がないしな」

若き店長のいつもの簡単な挨拶だった。


バイト大学生達は、

「ライブがないならせっかくのステージが空いてるならば演奏やらしてもらえないですか」

と頼んできた。お客さんも少ないならば気楽に演奏できるからと笑いながらバイト学生はつけ足した。

「ほぅ。やりたいだなんて珍しいじゃあないか。いつもは開店前にちょっと音を出す程度だからな。いいよ演奏してくれよ。こちらから頼むよ、ワンステージやってくれ。ただしチャージは取るよアッハハ」

わかりましたと恭しくバイト学生はステージにあがる。


学生のセッションはギター、ベース、ドラム、キーボード。コピー曲専門バンドでボーカルなし。


店長はのっけから期待していない。演奏は始まった。最初からひどいできだった。ギターやキーボードは途中で譜面を忘れ演奏を辞めてしまう。ドラムも正確なリズムが打ち出せず不安定なまま。ちから任せに叩くだけだった。アドリブが利かないバンドである。

「やあっ、まいったなあ。まったくもって練習不足そのもの。もういいこの曲でおしまいにしてもらいたい。ただでさえ少ないお客さんが嫌気が差して帰ってしまうぞ」


バイトのバンドは店長に、

「はい、ご苦労さま。そこでおしまい」

と言われステージよりゾロゾロと降りてくる。

「すいません。もう少しやれるかなと思っていたのですが」

リーダーのキーボードが頭を掻きながら釈明をする。すかさず若い店長は楽器のあれこれ基本的な扱い方から教えたくなる。


日本のリッチーブラックモアだからね。

「あのさ、キーボードはさ」

かなり話が長くなる。話が長い店長にあれこれ言われたくないと思ってバイト学生こう切り返す。

「そう言えばキーボードのうまい中学生と知り合いになりましたよ」


その夜はキーボードのうまい中学生正之は自宅でライブハウスから借りたロックの譜面を夢中になって読むところだった。譜面を眺めながらロックを感じていく。

「う〜んピアノ(キーボード)のパートならばなんとなく雰囲気が感じられるけど。打楽器や弦楽器なんかはちょっとわからないや。ジミヘンなんかサッパリわからない。CDの爆音がどうしても譜面からは理解できない」

分厚いロック楽譜集を正之は眺めピアノで音を拾ってみることにした。

「鍵盤の音階にない音色があるからなあ。どうして出すんだろ」

ピアノの前に譜面を置き指をとめる。鍵盤だけでは不足だった。

「ギター弾いてみたいな。ロックギターをやりたいな」

正之の夜は更けて行った。正之の部屋はそれまでロックというものは一切なかった。


ライブハウスの店長はおどけた。

「中学生のキーボードなんだいそれ。昼に来た中学。って言ってもなあ。見たわけじゃあないから」

いきなり言われても店長はわけがわからなかった。26歳の店長にはロックをやるには若すぎる中学生は元来視野にはなかった。


正之はロックに目覚めたらしい。ライブハウスで借りた楽譜をほぼ暗記してしまう。音はピアノから拾いアウトラインぐらいは身につけた。

「譜面からだけではなんとも言えないけれど。ロック自体はピアノ鍵盤楽器よりギター弦楽器が面白いみたいだ。ちょっとやってみたいな。タブを追いながら運指していけばなんとかなりそうだ。さてライブハウスにいくか」

正之は借りた楽譜を持ち自転車を蹴りライブハウスに向かって行った。


ライブハウスは自宅近くにあった。正之に都合のいいことだった。正之自転車を駆り立て到着する。


夕方の早い時間ではあった。ハウスはその日出演するバンドのリハーサルの真っ最中。リハーサルの音はバンバン響く。ロックの激しい音は洩れハウスの扉はビリビリ震えていた。


正之は楽譜を抱えやかましいハウスに入って行った。細い通路を通って扉を開けた。

「ワァー」

大音響が耳をつんざいた。それはまるで工事現場のガアガアギイギイと同じもの。

「やかましーいなあ。たまんないや」

正之がハウスの前で立ち往生していたらバイトの大学生が現れた。

「よぉ、ボクゥ。また来てくれたのかい」

正之はバイト生に連れられ大音響の中ハウスに入っていく。ステージはリハーサルの真っ最中。演奏も照明も本番そのものだった。

「店長店長。この間話をした中学生ですよ」

店長は音響ミキサーをしながらチラリと中学の正之を見る。ああ、わかったと右手を軽く振り、ちょっと待ってもらえよと指図をする。


リハーサル真っ最中だからなにかと店長は忙しい。大音響のリハーサルは長々と続き正之は観客のひとりとして思う存分ロックを堪能をした。リハーサルのバンドはボンジョビのコピーとオリジナル曲をやる。正之はボンジョビは初めて聴くがどの曲がコピーでどの曲がオリジナルかはたちどころにわかった。まったくスピード感が違う。


正之は大学生に何か飲むかいと言われてオレンジジュースを頼む。正之はちょっと氷をかきまぜながらストローで飲むが、

「あれっ、なんでこんなに喉がカラカラなんだ。気が付かなかった」

自分でわからないくらいに興奮をしていた。


リハーサルが終わりミキサーの店長が大きな声で、

「はいご苦労さん。なかなか良かった。ますます腕をあげたな。リハーサルだがある程度聴けるようになってきた」

リハーサルバンドの面々は少し照れながら頭をかきかきする。

「店長褒めていただきありがとうございます」

平均20歳のバンドは謙虚に誉め言葉を受ける。店長はミキサーのスイッチを切り、

「やあ待たせたね。君なのか。中学のジョンロードは。初めてまして、僕が店長の」

店長はヘッドフォンをはずしながら正之に握手を求めた。店長はガッチとした大きな手だと正之は思った。正之はギターを弾くことも知っていたから店長というよりギタリストというイメージが強かった。

「店長さん、楽譜ありがとうございました。すっかり夢中になって読ませてもらいました」

店長はびっくりする。

「おいおい譜面を読ませてもらってお礼を言われたのは初めてだぜ。そうかい楽しめたかい。どの譜面だった」

正之がそっと出した譜面集を店長チラリ見る。やいやいこの中学生スゲェやつかもしれない。これを読むとは。

「譜面を読んでどのバンド。どの曲が気に入った」

店長はちょっとした社交辞令のつもりで正之に聞いた。

「そうですね、僕はピアノを習ってましたからキーボード鍵盤楽器が気になりました」


ほぉー。店長、なんちゅうガキなんだいと呆れてしまう。

「好きなナンバーがあったらちょっとBGMでかけてあげるよ。うん待て。今のリハーサルバンドに好きなナンバーをリクエストさせてもいいかな」

店長はステージにいるバンドの顔を見る。バンドリーダーは、

「ええいいですけど。リクエストによりけりですけどねアハハ」


正之はリクエストした。鍵盤楽器のキーボードをヒューチャーされたナンバーを2〜3リクエストをした。


店長はああ、そのナンバーならと頷く。

「おい、リクエストされたぜ。ひとつどうだ。リクエストナンバーはロックの定番中の定番じゃあないか。演奏ができないなんていいやがったら今晩のライブはキャンセルしちゃうぞ」

ステージのバンドは仲間内でどうどうだできるかと相談。いやいやあれはサァ、これはサァと打ち合わせ。

「店長申し訳ないけどキーボードのパートはちょっと省略させてもらっていいですか。こいつが弾けないというものだから」

キーボード担当は頭をかきかき照れた。

「いやあーいきなりやれと言われてもアハハ」

正之はあれと思う。

「難しいことはないはず簡単な旋律だけどなあ。ただ和音が多用されているからクラッシックの基礎がないと難しいのかな」正之は自分でやりたいかと思う。

「店長さん、僕がキーボードやりましょうか」

店長、うーん、悩む。大学生が演奏できないが中学生ができるとなると、プライドを傷つけやしないか。


キーボード担当の大学は

「あっ、店長。俺なら大丈夫ですよ。全然気にしません。気にしませんから」

大学生はいたって謙虚だった。

「そちらにいらっしゃる中学生って、あの三味線のお師匠さんのお孫さんでしょ。お師匠さんね、うちのおばあさんが知っているんですよ。この前中学のボクが来た時にちょっとばあさんに話したら正之くんを知ってましたよ。なんかピアノコンクールに優勝しているんだね。とんでもなくすごいコンクールに優勝してさ」

正之は有名人だった。

「そんなテクニックがあるのか。ピアノ優勝だって?」

店長は中学の正之に興味を持っていく。

「じゃあボクぅ、キーボードやるかい。いややってくれますか」

正之はニコニコしながら喜んでやらせてもらいますと頼む。


正之はよっこらしょとステージにあがる。鍵盤の前に立つ。キーボード楽器はオルガンであまりちから強く押さえつけなくても良かった。左手首が動かない正之にはなんとか誤魔化せる楽器の部類であった。


バンドメンバーはそれぞれのパートにつき演奏はゆっくり始まった。正之は緊張して楽譜を盛んに追うところだったがひとたび鍵盤を触ると完全にピアニストいや音楽家になっていく。

「意外とロックの旋律は楽に弾ける。早さに馴れたらもっと気楽に弾けるんじゃあないか」

キーボードでベースラインを弾きながら正之は思った。バンドの演奏はキーボード正之がしっかりしたリズムを刻み出しているためまとまった音を出していた。店長はかなり聴きやすいと思った。

「なかなかやるなあ中学ボク。ピアノコンクールに優勝しているからな。道理でうまいや、基礎がしっかりしている」


店長は聴きながらちょっと正之とセッションがしたくなった。自称リッチーブラックモアのギター魂が騒ぐというところだ。

「よーしギター交代してくれ。俺が弾く」


店長は愛器のギターを持ち出してピタッと決めていく。

「ボクゥ次のナンバーはパープル行こうか。ちょっと烈しくやりたいな。Deep Purpleにしような」

正之は譜面をパープルに

切り替える。

「パープルはキーボードの旋律は易しいんだけど速いからなあ。さて演奏したらどうなるかな」

正之はどのくらい弾けるか試したくなる。店長はギターフレーズをゆっくり刻む。スモークオンザウォーターのイントロからゆっくり入った。自称リッチーブラックモアのフェンダーストラスターは正確なリズムを刻み出していく。正之は背筋がゾクッとした。ベースが続きギターを追う。正之キーボードが続く。ドラムはゆっくりだが正確にシンコペイションを叩き出している。

「この曲はみんな馴れているな。自信を持って演奏している」


店長は段々楽しくなった。曲は次々演奏され正之はついていくだけでもちょっと危ないかなの旋律もかなりあった。

「ダメだな、譜面から拾うだけじゃあマスターできていない。さらにはロックのリズムに馴れていかないと音が出てこない」

店長は3曲コピーをやり終わる。もう時間がないから今日はここまでと宣言した。


店のドアは開き営業時間になった。お客はパラパラと入ってくる。

「正之くんありがとう。また遊びにおいで。でねちょっと頼みがあるんだ。キーボードを契約しないか」

最初なんだろうかと思ったが、正之は店長の申し出が嬉しかった。

「キーボード(鍵盤楽器)で契約ですか。一体どんなことをやればいいんでしょうか」


店長としてはスタジオサポートミュージシャンを意味した。中学の年齢を考えたら金銭の発生をする話は少し早いかなとも思えるが、しかしあれだけのテクニックを無駄にしてはもったいない。ライブハウスの店と専属契約を交しバンドのメンバーからキーボードメンバーが欲しい時にサポートしてもらいたいとのことだった。

「わかりました。でも僕はまだ中学ですから毎晩ライブに参加するわけにはいきません」

正之の中学生活は忙しくなってしまった。


ライブハウスを出ると外は真っ暗。ちょっと中学には遅すぎる帰宅となった。自宅では母親が、

「マアくん。どうしたの遅いじゃあないの」

母親は正之の帰宅が遅く夕飯が片づかないから困るわと言う。

「こんな遅くなって。どこをプラプラしていたの」

母親は詰問口調で正之に言う。正之は正直にライブハウスを言った。


正之の話を横で聞いたお師匠さんのおばあさん飛び上がらんばかりに驚く。

「正之、なんだって。ライブハウスに出入りしているのかい?」

三味線のお師匠さんから見たら西洋かぶれの電気音楽なんて楽曲なんかじゃあないと思っている。単にやかましいだけの騒音でありしっかりとした音階はないに等しいものと認識された。さんざんコケにしていた。日本文化伝統の敵であった。

「まあ君、そんな大人の世界にもう行くことになってしまったのかい。弱ったもんだねぇ」


おばあさんの愚痴をちょっと聞きながら正之は夕飯を食べた。つまらないから自分の部屋に入ってしまう。

「ライブハウスはそんなところなんか。おばあさんは毛嫌いしていたなあ」

正之はまだ営業中のライブハウスを知らなかったのだ。


その頃ハウスの店長は店の切り盛りに忙しく立ち振るまっていた。ステージに登場したライブバンドの演奏に不満を抱え、やるせない気分をまぎらわしたいと忙しくしてもいた。

「なんだろあのバンドは。一生懸命にロックに取り組んでいるはずなんだが、その姿勢がサウンドに伝わらないんだ。あれだけ教えてやってもダメなものはダメなんだ。才能がないなあ」

店長には昼の正之の演奏が蘇るところでもあった。

「あの中学キーボードは基礎がしっかりしていた。才能があると言えばいいのか。音に対する姿勢が違うんだよ。全く違う」

店長テーブルを拭きながら、ビールを出しながら

「正之をメンバーにしてバンドを作ってみるか。コピーバンドなんかじゃあなくオリジナルナンバーをバンバン弾きまくるハードロックをやる」


おばあさんは孫のライブハウスが気になってしかたがなかった。かわいい孫を心配していることもそうだが、

「もしまた三味線理事会に苦情が持ち込まれたらね。気になるねぇ」

60過ぎのおばあさんがライブハウスに孫と行ってみようかとふと考えてしまう。


お師匠さんのおばあさん最近考えることがあった。

「最近の若い子がわからなくて困ったよ」


三味線のお稽古。イロハから手を取り教えていくのがお師匠のおばあさんの流儀だった。軽くお師匠さんが手本を見せたら後はちゃんと三味線の音色が出るまで真似ながらお稽古を繰り返す。難しい理屈などはなく単に習うより馴れろの教授方法だった。


今までの生徒さん達にはけっして無理な三味線を強要はしはしなかったし辞めてしまわれることもあまりなかった。それがちょっとしたトラブルを招くことになる。


30台前半の奥さまが三味線を習いたいと紹介者を通しやってきた。おばあさんは、お弟子さんは手一杯なので取らないところだった。紹介者が紹介者で県議だったために、

「断れないわね」

とお稽古を引き受ける。


来られた奥さまは三味線は初心者だった。お師匠さんは手を取り丁寧に三味線のイロハから教授していく。


しかしこの奥さまはプライドが高くまたピアノを習っていたらしい。楽器全般にいろいろ詳しかった。結婚前は教員だった。

「お師匠さま譜面は使わないのでしょうか」

最初の一言が譜面だった。

「和音は?譜面から音を拾わないのでしょうか」

次から次にと師匠さんに質問は続く。その答えを師匠が持っていたらよかったんだが。

「今なにを言ったのか?」


その夜お師匠さんは考えて県議にお断りの電話を入れた。師匠の知らないことをあれこれと聞く弟子はいらない。

「私には若い人の心がわからないよ」


中学の正之はライブハウスに通う。店長から連絡があるとサポートミュージシャンとしてキーボード(鍵盤楽器)を弾きに行っていた。サポートは大半ロックだったがたまにクラッシックも演奏をした。クラッシックは店長のリクエストが多かった。

「まあ君、ピアノよりキーボード(オルガン)の方が弾きやすいのかい。なんか楽々やってしまうからなあ。拍手!拍手だ」

正之はハウスになくてはならない存在になっていた。バックサウンドサポートだが正之のキーボードが入るとサウンドが安定し聴きやすくなっていく。というのも正之が他のメンバーの力量に合わせてベースラインを弾きリズムを整えていくからだった。たぶんに正之自身の編曲の才能も見込まれていた。

「音をまとめるのは最初は戸惑ったが今は楽しんでやれる」

正之はロックの大音響にも耳は馴れた。いや体が馴染んできたとも言える。

「正之は店になくてはならない子だあ。といいたいがまだまだ中学だからなあ。毎晩来てくれとは言えないし」

店長としては観客の反応のいいことから正之にどうしても来てもらいたかった。ぞっこん惚れてしまったようだ。


ライブハウスの入り口。

「いらっしゃいませ。ようこそライブハウスへ。うん?あれお客さんって」

店の入り口でアルバイトの大学生がお客を見てアタフタと口ごもった。慌てて店内に走り店長を呼ぶ。店長はどうかしたかと入り口に走って様子を見にいく。そこには和服を着た品のいいご婦人が立っていた。

「こんばんわ。こちらに正之はいるでしょうか」

お師匠さんは恭しく頭を下げた。あらっそんなと店長は店にお入りくださいと案内をする。

「今正之くんはほらっステージです。キーボードを演奏していますよ」


ロックの大音響の中、おばあさんは店内を案内され席に着く。

「ありがとうございます」

と一礼をして紅茶を注文する。お師匠は店長さんですねと尋ねて、

「いつも孫がお世話になっています。祖母でございます」

店長は恐縮して、

「いいえこちらこそ」

と謙遜しきりである。

「どうぞ、ごゆっくりしていってください。正之くんは後2曲演奏しましたらステージはおしまいです。こちらのテーブルにお呼びいたします」

お師匠さんはそうですかありがとうと微笑みかける。大音響の中、紅茶を飲み、おばあさんはロックを聴くことになる。はたから見たらまったく異様な光景だった。

「それにしても、まったく、やかましいねぇ。うるさいだけの音じゃあないかい。耳栓はないかい」

お師匠さんはしまったね耳栓を持ってくればよかったと後悔をする。


そんなことは露知らず、正之はベースラインを丁寧に弾き当夜のアマチュアバンドをなんとか盛り上げていた。大音響の中極彩色を導き出す。

「この手のバンドは音楽基礎を学んでいないからどうしても我流に演奏してしまう。ロックはアドリブがまかりとおるから我流でもいいことはいいんだけどバンド全体のバランスが壊れがちだ」

正之としては最初に大音響を響かせたらばミストーンは打ち消せるから楽々だなんて思っていた。なんどかセッションしているうちにロックを体感し始めやり方を身につけていた。中学だがすでに師匠だった。


アマチュアバンドは2曲を演奏し無事正之はバックステージに引き込む。


店長が待ち受けていた。

「まあ君、テーブル14におばあさんが来ているよ」

言われた正之は驚いた。

「なぜおばあさんがハウスにいるんだろう?わけがわからない」

正之は観客席におばあさんを見つけテーブルに座る。

「おばあさん、どうしたの?ここはライブハウスだよ」

言われたおばあさん、ジッと孫の顔を見つめ、ふぅーと溜め息をつく。

「さて何から話してやろうかね孫に。正之が楽しんで演奏しているこのやかましいだけの騒音はなんなのかと聞き出すか、もうよいから孫の手を引っ張って家に連れ戻すか」

ちょっと悩んでいた。そこに店長が挨拶にやってきた。大学生バイトもいっしょだった。

「はじめまして、このハウスの店長です。お師匠さまのお噂はこのバイト学生からよく存じております」

と店長は挨拶をしバイトの大学生を紹介する。

「こんばんは。あの僕、駅裏の建設会社の息子です。おばあさんが三味線のお稽古に行ってます」

お師匠さんは建設と聞き、

「あらっ、あの生徒さんのお孫さんなの。そうでしたか奇遇なことですわね。おばあさんはかれこれ30年くらい私が教えています。へぇ、こんな立派なお孫さんがいらっしゃったの。びっくりいたしました」

大学生はしきりに頭を下げ恐縮している。

「お孫さん(大学生)は何を演奏されるのかしら」

建設会社息子は、

「いつも祖母からお師匠さんのことは聞かされていました。僕は三味線はやらないがギターをやります。一度お師匠さんにお会いしたいと思っていました」

深く頭を下げた。

「まあ、なかなかお上手なことですわね」

この息子はおばあさんの理事会選挙や三味線のことを断片的に知ってるようすだった。

「ええ祖母が尊敬してますから。また孫の僕も三味線やればよかったんですがアハハ。ギターになりました」

同じテーブルに正之もいたが建設会社の息子の話を黙って聞いていた。ここで意外なことをお師匠さんから聞くことになる。

「先程のあのギターはお孫さん担当でしたのね。ちょっと注意して見ていたら姿はおばあさまによく似ていましたね」

息子は、

「えっ、本当ですか!嬉しいなあ」

と盛んに頭をかきながら照れていた。

「ギターも三味線も同じ弦楽器ですから基本はあまり変わらないですよ。それにしてもおばあさんによく似ていらっしゃいました」

孫は喜びついでにちょっと質問いいですか?と三味線とギターの違いをお師匠さんに聞いてみた。


店はBGMが流されゆったりとしたムードになる。お師匠さんの回りにはお客さんや店長を含めたスタッフも集まり聞き耳を立ていた。なんせロックのハウスに和服の老婦人だからミスマッチであった。


そばにいた正之は、

「おばあさんなかなかの人気だなあ。でもおばあさんのことだから西洋楽器のギターやドラムに関してはいいことは言わないだろう」

と思った。

「ギターですか。あのステージにある。あの電気で大音響になるというやつですね。ええっ三味線と大した差なんぞございませんわ。両方とも楽しんで弾くものですからね。私も今夜はちょっと楽しんでいましたよ」

お師匠はエレキ三味線というものを知ってる。知ってはいるがあまり喜んでは受け入れてはいなかった。


建設会社の孫は恐縮しながらお師匠さんの話、あれこれと三味線のよさ、ギターのよさを教えてもらう。

「そうですか僕もね三味線をやりなさいと言われたこともあったんですけどね。難しいからやらなかったアッハハ。いろいろご指導ありがとうございます。またウチの祖母によろしく伝えておきます。今夜はいろいろありがとうございました」

お師匠さんとしてはライブハウスで三味線の話が出来たことでちょっと機嫌がよかった。ほんのちょっとだけど気分はよくなった。

「まあ君。私はもう帰えりたいね。おいとましようかね」


正之も、

「そうだね、おばあさんよく来てくれました」

と労う。しかし正之は、

「おばあさんは、僕を連れ戻しに来たんだろうけどね。ライブハウスなんかつまらないとか言っていたからさ」

店長はタクシーを呼んだ。お師匠さんハウスをおいとましましょうかと店長に告げる。

「今宵のライブハウスの体験は大変愉しゅうございました。孫の正之もよくやっていて安心いたしました。正直申し上げましていかがわしいことをしているかなと疑いましてよ」

店長とスタッフ達はどうもどうもそれは恐縮いたしますと軽く頭をさげた。

「正之、あまり遅くならないようにね。またお母さんが怒ってしまいますよ。それでは皆さん、さようなら」

玄関に待たせたタクシーに乗り込んでいく。


「正之お前のおばあちゃん、すごい人なんだってな。バイトから聞いたよ。なんだっけ県の文化伝統楽器の理事をやっているんだって?新聞にもよく載っているもんな。海外からのVIP(大統領や国王クラス)の前で招待されて三味線弾いているんだろ。ひょっとして将来は人間国宝になりそうじゃあないか。いやあ、参った。そんな偉大な方と会えるなんて幸運だよ。ちょっとあやかりたいな」

言われて正之はいい気分であった。

「へへっ偉大なおばあさんか」

正之は鼻の下を照れながらこする。偉大な孫になりますよ。


ライブハウスは深夜2時営業だったが中学の正之は9:30の約束となっていた。常連客もそのことを知って時間が来ると、

「それではキーボード正之、ラストナンバー」

店長が紹介すると、

「よぉ、シンデレラボーイ頑張ってやれよ」

と拍手が巻き起こる。


正之のラストナンバーはDeep Purpleハイウェイスター。


正之のキーボードは店長のギターとのロックバトルを繰り広げ耳をつんざくハイ音域から正之のキーボードは入る。けたたましいイントロから入ると店長のギターとタイミングを合わせていく。キーボードvsギターにアレンジされたハードロックが毎回展開されていくのだ。


ボーカルがないインストはハウスの常連客にはロック格闘技として聴かされておりかなり人気があった。お客はノリノリだった。


演奏を無事終えて正之は汗びっしょりになる。

「ありがとうございました。今夜はおばあさんまでお世話になってしまって」

正之はさよならを言って自転車で帰路につく。まさにシンデレラ時間には厳しい。


店長は正之のキーボードにうまく乗せられ上機嫌なギターだった。

「日増しにうまくなっていく気分だよ俺は。それはそうと三味線をライブステージでやれないだろうか。ロック三味線なんかやれないだろうか」

店長は真剣に三味線とロックの融合を夢見ていた。

「Deep Purpleだってロックとシンフォニックの融合をやっている。日本文化と西洋楽器ギターと組み合わせはやれないか」

テーブルを拭き洗い物を片づけながら店長は考えた。

「ロック雑誌に電気式三味線なんてのあったなあ。お師匠さん三味線もギターも同じだと言っていたと言うことは俺でも三味線ができるということなのか」

店長は店を閉め2階の倉庫にあがる。寝室にしていた。


ロック雑誌をパラパラめくってみた。エレキ三味線はあったにはあったがどうもタブ程度で弾きこなせる楽器ではないなとだけわかった。

「俺もお師匠さんに弟子入りしないといけないかな」

店長は夢を見た。着物を着て三味線を持つ。

「シャンシャンの音はロックしないけどなあ」


知らない間にいつしか寝てしまう。疲れた一日だった。すぐにスヤスヤと寝息が聞かれてくる。


翌春、正之は高校に進学をする。ピアノを続けていたら音大附属も選択肢にあった。左手首の不具合は治りきらず後遺症として残っていた。


正之としては行けるものならば音大と言う気概は充分に持ちあわせてはいたが。

「早いね、まあ君も高校なんだね。おばあさんも歳を取るはずだわ。いやになってしまうわ」

お師匠さんはにこにこしながら新高校生の正之を見ていた。


正之のライブハウスは高校生でも続けられた。高校生の正之は、

「ライブはライブ。楽しみながらキーボードを弾いているよ。またさ高校に入ったらクラブ部活にどっか所属しないといけないらしいから弱ったなあ」

高校の授業とライブハウス。おそらくこれだけでも手一杯の学園生活だろう。さらに部活もやるとは。


正之は文化部の案内パンフを眺めどこにするかなと見ていた。おや?いいのがあるぞ。

「軽音かあ」

高校の軽音部はロック、フォークが混在だった。要は非クラッシックがフキダマリのように集まっていたに過ぎない。あまり部活は期待できないかなと思う。

「まあどっかに所属しないといけないから」

部室に正之は行ってみた。汚いだけの部室だった。

「こんなところか汚い部屋だなあ。たまったもんじゃあないなあ。入部はやめたいや、さっ、帰る、帰りましょう」

さっさと帰ってしまおうとした。が、そこにギターの音がグァーンと鳴り始めた。まったく下手なギターだった。

「なっ、なんだい。この音は。まったくの初心者なのか音調を無視しているや」

帰り足がとまりクルッと回る。部室を再び覗いてしまった。部屋を見たらへたなギタリストは懸命にタブを拾いながら練習していた。

「やっぱり初心者じゃないか。ギターの構えがなっていない。指運が窮屈だ。あれは前屈みを直して右手に余裕を持たせないといくらやってもうまくならない」

正之が部屋の外からギターを眺めていたら後ろから声をかけられた。

「よぉ眺めていないでさ中に入った入った。新入部員なんだろ、入った入った」

後ろから押されて部屋に入ってしまう。部室に入るとへたなギタリストは正之をジロリと一瞬見て指を停めた。少し考えてまたギター練習を始めた。

「やあ新入生の君っ、楽器はなにをやるの?」

先輩であろう男は質問をする。


正之としてはあまり入るつもりがないからぶっきら棒にキーボード鍵盤と答える。

「へぇ、キーボードかい。ピアノを習っていたんかな。鍵盤楽器は独学じゃあなかなか弾くのは難しいから」

そうですよ幼稚園からヤマハでやってました。また今はライブハウスのセッションもやっているとなかば自慢をしてしまう。

「そりゃあ凄いや。この学校にそんなスパースターがいたとはなあ。セミプロなんだね君は。凄いなあ」

正之が話をしている男はドラムを担当だと言った。軽音はかなりの人数が卒業をしてしまい今はバンドを組むことすら難しい人数だとかボヤク。ましてキーボードなんて今までいたのかなあと思われるくらい久しぶりのことらしい。

「なあ、キーボードなんてまずいないよなあ。この数年聞いたこともない」

ドラムはギタリストに聞いてみた。ギターはやまずガシャガシャミストーンを発するが、ピタッとやめて、

「うん?キーボードだって?あのさあ、あれこれ楽器をやる、やらないと云々の前にさっ、どこにオルガンキーボードがあんだよ」

どうしてもやりたければ自前で買ってこなければならないらしい。

「まあね、ないものはないものだから」

ギタリストは練習を再開。まだまだミストーンを出して行くつもりらしい。

「そうそう、こいつね。下手なギターはギターなんだけどさ。元来は左ギターなんだ」

下手なギタリストは自分の愛器左ギターを修理に出しているために、

「右でも弾けないかと思ってさ」

ううんどういうことなんだ。

「単にさ右ギターを左ギターに切り替えたらそれでおしまいとはならないんだなあ。弦張り替えなければならないしさ。かといってこのギターを左仕様としたら持ち主は怒るしな」

とギタリストは借り物ギターをそっと横に置く。

練習はおしまいにするらしい。そして正之にどんな音楽をやるんだいと聞いてくる。


正之はライブハウスのコピーナンバーを覚えている中から2〜3ピックアップして教える。

「へぇー凄いなあ。ひょっとして軽音の連中で一番の芸達者じゃあないか。クラッシックも学んでいるしさ。ところでさあ、キーボードはないけどギターなんかは弾く気はないかな」


これが正之とギターの出会いとなった。

「ギターですか?」

中学時代に一度はやってみたいかなと思ったことはあったが。

「軽音に入るかどうかは別にしてさ。ちょっとギター触って見てよ。俺、教えるよ」

部室には中古ギターが5〜6台あった。

「中古だと言うけどさ新で買うと高いやつばかりだぜ。レスポール、フェンダーからフォークギターもありまっせ」

正之は好奇心からギターのひとつを持ってみた。


運指は三味線の応用だとして触った。

「あれ、音が出ないや」

ギターのフレットがどうも違和感がある。和音が出にくい感じだった。気になる左手首もピックアップの時は気にならないがピックダウンがまったくダメだった。相対的にギターは弾けない。

「そうか手首が動かないわけか。なんか野口英世博士みたいだなあ。じゃあさこれ」

左ギターで持ってみろと進言された。

「俺でも弾けるんだから左ギターやってみて」

モーリスを左に構えてちょっとつま弾いてみる。右手の運指はよかったがピックのアップダウンの左手首はどうだったか。

「そうですね、ゆっくりならば違和感はないかな」

モーリスだからフィットしたのかわからないが正之は右手の運指に馴れたら程度弾けるんじゃあないかと思い始めた。左手のピックはピッタリ決めていた。


「知ってるかい。ギタリストってさ右利きだから右ギター。左利きだから左ギターだとはならないんだ。例えば竹田和夫。元来が左利きなんだぞ。で左ギターをその当時探して弾いてみたんだがいいギターに巡り会わなかった。だから右にしたらしい。まっ器用なところだったんだろうね、猛練習をしてギターをマスターしプロになった」


さらには練習したらロック界の野口英世になれるじゃあないかと励まされもする。

「いえいえ。僕はキーボード鍵盤が本業ですから」

正之は失礼しましたと薄汚い部室を出て行こうとする。

「ちょっとちょっとクラスと名前ぐらい書いて教えてくれよ」

名前を残す?正之は迷ったがまあいいかと帳面に書き込む。


ギタリストとドラマーはお互い見合わせニッコリとする。

「また来いよ。待っているよ」

軽音の部屋を出て正之はちょっと考える。

「入るかな。あの先輩いろいろ教えてくれそうだし。その教えてくれそうなのはギターだけどさ」


軽音部は軽音で、

「キーボードのボウズか。使い道ありだなあ。なあハモンドオルガン借りられないんかな。いつだったっけ鉄道会社の重役の息子がデーンとグランドピアノを高校卒業するまで学校に寄付していた話があったじゃあないか。あんな具合にキーボード鍵盤の寄付はないか」

かなり真顔だった。

「学校に何百万のハモンドオルガンを購入してくれなんて要望書を出したら用務課はひっくり返ってしまうぞ」

なにせ金のかかることはご法度だ。地道な部活が軽音部員の生きる道だと言われていたくらいだ。


そこに軽音のキャプテンがやってきた。

「今年も入部希望者が少ない。校門でスカウトしないといけない」

かなりぼやいている様子だった。

「フォーク部門はそれなりに希望はいるんだよ。問題はロックなんだ。だいたいがロック聴くやつがこの学校に何人いるんだい。いやしないぞ」


バンド組みたくても各パートの楽器がまったく揃わないロック部門。

「楽器パートが揃わないならばよそから借りて来たらいいじゃあない?」

臨時部員だというやり方。それも手は手だが。


翌日の授業後に正之は例の軽音部員ギタリストの訪問を受ける。

「やあお久さだね。昨日以来だがアハハ。今日はスカウトにきたんだ。軽音に来る気にはならないかい」

にこにこしながら1年の教室に入って来る。そしてちょっと黒板を借りたいなっと言うと立つ。黒板いっぱいに軽音部の入部の誘いをサラサラと書いてしまう。なかなかの達筆だった。かなり印象に残るグラフィック文字を組み立てていた。

「先輩は字がうまいですね」

正之はギタリストを褒めてやる。

「お、そうかい、嬉しいことを言ってくれるじゃない」

正之は後から知ったがこの彼は書道有段者だった。


「入部勧誘を熱心にやらないとさ、皆さん我が部にはいらっしゃらないから」

にこりと笑った。正之に一緒に部室に来ないかと誘う。

「ええ部室ですか、いいですよ行きましょうか」


正之を連れて先輩ギタリストは部室で自慢のギターを見せてくれた。ストラトキャスターだった。

「どうかな。見るだけで惚れ惚れとしてこないかい。元来は右モデルなんだけどクラフターに特注オーダーしたんだ。特注は特注だけあってなかなか弾きこなせなくて大変だぞ。これさ手製なんだ。だから細かい部分にまで気配りがあるはずなんだが。アチャア、ないんだなあこれが(笑)なんと目の見えないところは泣けてくるくらい手抜きをされている。名前と実物はかなりの差があるんだトホホだぞ。まったく」

先輩は手抜き箇所を見つけたためにギター修理に出したというわけだった。

「せっかくだからさ」

先輩は軽く指の準備運動をしてから音を出してみる。ガチッとギターを構えた。

「おやっ先輩。左ギターとなると姿勢がよくなっているじゃあないか。シャキッとしている感じだ」

しっかりとギターを持ちいかにも弾くぞと構えた。

「そんじゃあ。ロック小僧のお気に入り定番行こう。俺の練習ナンバーからチョロってやってみるからさ。気合いで聴くようにな」

アンプのハム音がブゥーンと静けさの中に穏やかに響く。


いきなりゼップから始まった。名曲ロックンロールは響きわたる。アンプからはちゃんとジミーペイジが聴こえてきた。

「このナンバーは弾きこなしているな。リズムがあのゼップ独特のリズムに乗れているようだ」

正之にはちょっと先輩の指癖が気になるところだった。大御所どころは大体触り程度に弾きこなしてくれた。さらに定番は続き有名ナンバーが弾かれた。異色のコピーギタリストとしては竹田和夫が入っていた。


エンディングには正之に気を使ってくれリッチーブラックモアだった。


紫の炎〜スピードキングのメロディー。

「とまあコピーギターはこのくらいかな。オリジナルもあるぜ」

改めてギターをセットし自作のロックを弾き始めた。と思ったらガァーガァーと唸るだけの雑音が響く。

「なんなんだ。さっぱりわけがわからないや。曲なのか雑音なのか分かんないや。もうやめてもらいたいなあ」

先輩ギタリストは正之の嫌がる様子を察したかのようにギターをとめた。

正之の反応が鈍いことをかなり気にしたようだ。

「まっこんなとこですわ。どう?君もギターやってみないかい。鍵盤楽器ができれば弦楽器なんてのは楽だと聞いたことがあるぜ」


そこで正之は初めて三味線の話をする。左手首が動かないから運指がままならない。かといって三味線は左弾きはできない。

「そうか三味線はそんな世界なんだ。しかしすごいお祖母さんだな君の祖母は。お師匠さんというやつは偉大なことさ」


ギタリストとあれこれ話しているうちに正之はライブハウスの話を持ち出す。

「どうでしょうかセッションバンドでライブハウスで一緒にやりませんか」

うん?ところが先輩になんだろうかと言った顔をされてしまう。スタジオミュージシャンと言葉を変えたら、

「正之、おまえすごいところに出入りしているんだなあ。ライブハウスなんてプロじゃんかあ」

尊敬されてしまった。

「俺としては興味ありありだな。ようし一丁やってやるか」

ライブハウスに行きましょと腰をあげると、

「ちょっと待ってくれ。

はい君この入部届に名前と学年を書いてくれよ」


学校が終了して正之は先輩ギタリストをライブハウス店長に紹介する。店長は笑顔で対応してくれた。

「やあこんにちは。君は正之の先輩なんだって?嬉しいね。こんな立派なギタリストを紹介してもらえてさハハ。俺の母校だからな。俺は君達の先輩なんだぜ」


店長は先輩ギタリストと握手をする。

「どんなギターを弾くのか聴きたい」

といい真面目な顔になる。

「オーディションをしてあげるよ。合格ならばスタジオミュージシャン契約も構わないよ」

店長は母校のギタリストだということで嬉しかったらしい。

「オーディションですか?いいですね、ギターには自信ありますからやらせてください」

さっそくライブハウスにいたバイト大学生にバックバンドを頼んだ。


左ギタリストはセットメニューをバンドと打ち合わせする。

「おっ珍しいじゃあないか。君はサウスポーか」

話は盛り上がり意気があがる。セットメニューは決まり2曲を演奏してみる。ブルース系とハードロック。


オーディションは始まった。ブルースのスローなギターはより技量を表すからオーディションにはうってつけだった。

「店長、僕もキーボードやりましょうか」

正之も遅れてステージにあがる。メンバーが再度スタンバイして俄かバンドの誕生となる。


左ギタリストはかなり緊張をしていた。というのもギターは個人で好きに弾くのは簡単にできたがバンドとしてちゃんとしたサウンドを出すのは、

「バンドを組んで演奏なんていつだったかな?あれ記憶にないぞ」

オーディションは始まった。緊張の左ギタリストも正之のキーボードがしっかりとしたベースラインを押さえてくれるためリズムの狂いは最小限に押さえられた。

「う〜ん、まあうまくはないがそれなりのギターだな」

店長はブルースを聴いてつぶやく。2曲目に移る。ブルースとは違ってノリノリのハードロックとなる。

「いくぜぇー」

Deep Purpleは紫の炎がけたたましく炸裂した。

「お!ノリノリだな」

Deep Purpleナンバーは正之も懸命に弾きギターをバックアップした。うねり炸裂のギターを。


バンドのメンバー達はしっかりとバックを務め安定したロックサウンドになって終局をむかえた。


オーディションの結果は?

「う〜ん。難しいなあ」

店長は腕組みしながら考える。ギタリストが欲しいのはやまやまなのだが。

「ギターテクニックはあまりないようだ」

と判断されていた。

「これから店で練習しながらうまくなっていくのはちょっと無理だなあ」

答えを悩んでいる店長を見て正之は言った。

「店長、お願い先輩を雇ってください」

その際に条件として正之のキーボードと演奏はユニットとすること。左ギタリストのテクニックは2曲で充分わかったからあと不足する面は正之が埋め合わせをしたいと申し出たのであった。


店長はうーんう〜んと唸るばかりだった。ちょっと無理だったかと左ギタリストはショボンとする。


今度はバックを務めた大学生が助け舟を出す。

「店長、雇ってやってよ!ぎっちょ(左利き)なんて珍しいじゃあない?僕もたった2曲セッションしただけど。何というかなノリがちょっと違うかなとは感じる。いいじゃあない?我がハウスのジミヘンとして売り出しては。今、正之が言った、一緒にやりたいの申し出でさ、ピンと来たが、僕も含めてどうだろうか正式なバンド活動をしたいなと思ったな。まあ、高校とは年齢差があり考えもんでもあるけど」

セッションした大学生がそこまで言うのならばと店長は渋々承知した。

「わかった雇うよ。契約書にサインしてくれるかい?但し条件がある」

店長は事務机から書類一式を取り出しながらこう続けた。

「今の3倍は練習をしてくれ」

左ギタリストは跳びあがらんばかりに喜んだ。人前で好きなロックギターが弾けるなんて。


そして店のスタッフからは、

「ぎっちょのギター、左利きギタリストはジミヘンじゃあないか」

としてあだ名はジミヘンと呼ばれることになる。

「ありがとうございます。ジミヘンなんて有り難き光栄ですよ」


おい、ちょっとジミヘンをやろうか?よしよし行こうじゃあないか!新しくニックネームをもらったジミヘンはにこにこしながら、

「やりましょうやりたいですジミヘンコピーはかなりやっていますから。なんでしたらヘアバンドつけてやろうかな」

新ジミヘンは意気に感じていた。ジミヘンを弾き始めた。そのギターに正之がリズムを合わせドラムが追随する。しっとり落ち着いたベースが正確なラインを刻む。

「ふぅーん、即興にしてはガチッとしたサウンドを出すじゃあないか」

店長はひとり頷きながら店のサインを準備中から営業中に切り換えた。

「皆さんいらっしゃい。ようこそジミヘンのいる店に」

店ではある程度受けはした。ニックネームを"ジミヘン"ともらい左ギタリストは人が変わった。ギターに魂を注入してしまった。

「ハウスとの契約をしたということは俺はセミプロだ。セミプロはしっかりしたテクニックを持たないといけない。練習、練習、練習あるのみだ。

本物のジミヘンは24時間ギターを弾いていたと言われている。ならば俺もやってやろうじゃあないか。このギターをうまく弾きこなすために。そのための初歩は早弾きだ。やるぞ。まずは右手の運指をスムースにさせたい」


※ギターのためにあらゆる努力を惜しまない本物ジミヘンは暇さえあれば右手でフレットを押さえ続けたと言う。


「俺の場合は元来手が器用じゃあないからうまく音が出ないわけだ。ならば努力して器用にしてやろうじゃあないか」

新ジミヘンは手品の真似事を始めた。

「コインマジックをマスターしたら指の動きが滑らかになるんじゃあないかと思ったんだ」

これが効果てきめんだった。五百円硬貨を常にいじり回しコインマジックを完成させる。マジックのトリックは好きにコインを見せたり隠したり。


五百円硬貨が成功したら百円硬貨に。一回り小さいとやりにくいマジックだった。

「どうだい正之。お前もやってみないか。少なくとも鍵盤には影響が出るぜ」

ジミヘンはクルクルと百円硬貨を指の間を回してみせる。それを見た正之あらまっ、とちょっと驚いた。

「先輩器用ですね。僕もやってみようかな」

正之は五百円硬貨の指回しは得意。おばあさんから三味線の稽古でやらされていた。ただマジックにはいたらなかったが。

「あれ?そんなに簡単なことかい」

ジミヘンはへこんでしまった。あんなに苦労してマスターしたのに。


その日正之は軽音部でギターを弾くつもりであった。ギターはジミヘンのお奨めの左ギター。

「じゃあこれを貸してやるよ」

中古のレスポールだった。ジミヘンが好きに改造したやつだった。

「ありがとう。ではさっそく練習をしましょうか」

正之はストラップをかけ形だけはジミーペイジを気取る。が、音はどうにもお粗末である。

「三味線と違ってフレットがあるからしっかりと弦を押さえなくてはならない。かなりの違和感があるなあ」

右手の運指はフレットに戸惑い左手ピッキングは利き腕ではないためまったくちからが入らない。

「両手ともアンバランスなんだな。こりゃあモノにするまで時間がかかるや」

なかなか音が出ない正之。鍵盤楽器と弦楽器の違いはやってみると実感する。正之はあまりタブ譜を拾うことは好まなかったが、

「ひとつひとつコードを確実に押さえ右手に音階を教えこませてやるか」

地道な作業をこなしていくだけだった。


ライブハウスでは、高校生ジミヘンは人気が上がってきた。お客さんとしてはステージに見た目がジミヘン、ギターもジミヘンという似せた形が受けるところであった。それを見て店長も、

「一時はあまりにギター下手だからアハハどうなるのかなと心配したよ」

ステージも慣れてきたようで曲と曲の間にコントを入れたりしてかなりのタレント性も発揮していた。

「何て言うかテクニックをコントでしゃべって誤魔化して」

これで跳んだり跳ねたり転んだりしたらドリフターズになる。

「よーしやってみようか」

ギャグを挟みドンチャンドンチャンふざけが増えると店長がピィーと笛を吹く。バンドはお開きになる。

「まあな、ドリフターズでもなんでもお客さんが喜んでくれたらいいが」

ライブハウスはロックという分野からお笑いになった。店長の希望からほど遠いことになりそうであった。


正之は軽音部で毎日左ギターの練習を励む。右手がどうにも固定されずコード運指がままならない。

「こんなものは慣れだけさ。一度身につけたら体が忘れはしない。身につくまでの辛抱なのさ」

利き腕ではないからギターが弾けないと言われるのがシャクにさわると意地になってギターを弾き続ける。進歩はあまりなかった。


ライブハウスのジミヘンはコントギャグにかなり才能があるらしくもっぱら喋りが多くなる。

「そろそろギターに限界かな。いくら練習してもうまくはならないと見切ったよ」

店長の愛護がなくなりジミヘンはとんとギター練習をしなくなる。コントギャグでステージをこなすハメになった。やたらしゃべっているだけ。これに店長はカチッと来る。

「店にはロックを楽しみに来られるお客さんが大半だ。そんなギャグの喋りだけでステージを任せてはいられない」

ジミヘンと店長は日増しに不仲となっていく。

「いい加減にしろや。ギターも練習しないでステーに上がるな」

ついに雷が落ちた。


ステージの上のバンドとしてはコピー曲ながらお客さんからのリクエストを演奏して希望に答えたいと思う。


がリクエストにジミヘンは、

「すいません、弾けません。できません」

弾くつもりも見せない。

弾ける弾けないでついにギター交代をさせられてしまう。ギタリスト交代して店長登場でその場は収まる。

ドとしてはコピー曲ながらお客さんからのリクエストを演奏して希望に答えたいと思うがリクエストにジミヘンは、

「すいません、弾けません」

弾くつもりも見せないからギター交代をさせられてギタリスト店長登場となってその場は収まる。

「まったく役に立たないぞ。リクエストも弾けないギターはいらない。明日から店には来ないでくれ」


店長は次のギターを欲しいと思い始めた。

「もっとやる気のあるやつギターテクニックのしっかりしたやつが欲しい。しかたがない新しいギタリストを探し名古屋のライブハウスに顔を出すか」

店長はライブハウスのことを考えて次を目指していく。


一方正之のギターはどうなったか。練習は軽音部室だけだから進歩はあまり望めない。


ギターの練習もさることながら正之の師匠がジミヘンであったため店の首は、

「まあ先輩は先輩だから」

そのジミヘンのお陰でギターテクニックは身につきはしなかった。

「ギターも指導が大切なんだな」

正之はポツリと呟いた。


店長は名古屋の老舗ライブハウスにやってきた。

このライブハウスは名古屋のロック・ジャズ・ポピュラーと幅広くアマの新人をステージにあげることで有名だった。アマチュアは観客の乗りをじかに感じながらハウス活動を続けステップとしてプロになるミュージシャンになると言うところだろうか。これから伸びる新人の発掘には欠かせないハウスそんな存在である。


店長自身も大学時代このハウスのステージにあがることを夢見てギターを弾いていた。

「学生時代はハウスに出たいとそれはそれは願っていたよ。今から5〜6年前だっけ。今を思えばかなりの歳月が流れたなあ」

新人発掘のハウスとしてギター小僧ロック野郎はこぞってステージにあがることを望む。


ハウスのステージにあがるには月に一回のオーディションに合格をしなければならない。オーディションは受ける人数がハウスの人気のバロメータとなって常に高倍率だった。

「俺の時は毎回5組ぐらいでオーディションだった。しかし印象としては全体的にレベルが高いハードルで難関だと思ったなあ」

店長は懐かしいと思いつつハウスへ向かう。アマチュアバンド担当者に会い最近のバンド事情はどんな感じなのかと尋ねた。


ハウスを訪問担当の者が対応してくれた。

「やあお懐かしいや、久しぶりです。元気そうでなによりだ。風の便りに聞きましたよ。なんですの自分でライブハウスをやっているんだって?たいしたもんだなあ、えらいなあ。俺はしがないサラリーマン支配人で収まったままなのに。えっとご相談はと。最近のバンドのことが知りたいの?うーん、どんなんかな」

担当者は店長と同世代だった。かつては対抗するライバルバンドでお互いギターを弾きあった仲だった。


店長がしっかりしたギタリストを探しているんだと言えば、担当者はなるほどそういう話なのかと理解を示す。

「最近はなあバンドはいるにはいるんだけどね。なんと言うかなあ。個性的なやつがいないな。ましてやギタリストだと言われたらな。ちょっとお役に立てないかなあ。あっ、そうだ一度よかったらオーディションの受験に付き合わないか。自分の目で耳で確認するのがいいと思う。どうだい昔が蘇るかもしれないよ」

店長は担当から期待しないでオーディションを見てみてはの一言に

「期待しないで?あらまあ」

諦めムードとなる。

「なんだい、見るものなしか。しかし弱ったなあ、ここも人材不足なのか」

ここがダメとなると他の2〜3軒市内ハウスを回って見ようかと考える。その日は思ったギタリストが見つかるまでハウス巡りをするつもりだった。


しかし結局見つからない。2〜3のめぼしいのはいたがハウス専属契約となると二の足を踏むギターテクレベルである。テクニックが希望に達していないと感じ残念がる。

「つまりはギタリストはいないわけだ。まあ焦ってもしかたないところだけど」

各ライブの支配人にはそれなりのギタリストがいたら連絡を頼むと言い残し名刺を置いた。重い足を引きずり帰路につくハメになる。店長のメガネに叶うギタリストは結局見つからない。見つからないこととさらには目の前にいたギター弾きがあまりに酷く幻滅を感じさえしていた。


店長のライブハウス帰りはスタッフ一同が待っていた。

「おかえりなさい店長。ギタリストは見つかりましたか」

店長のハウスだけはちゃんとしたバンド演奏をと意気込んでいたのになあ。嗚呼、いなかったよと軽く手を振りダメだのサインをする。

「当分は俺がギター弾くよ」

店長もギタリストはギタリストではあった。ハウス経営に忙しい身分。いつもステージに立っている余裕はなかった。経営者の店長としてはこのハウスをいつまでも場末の片田舎にある小さなライブハウスのままにはしておきたくなかった。店の拡大と支店の出店を視野に入れやっていきたいと思っている。だから出演のバンドはお客の呼び込める者が欲しかった。

「コピーバンドではなくオリジナルでのバンドを育てたい。英国のゼップが小さなライブハウスから世界に飛び立って行ったようなサクセスストーリーを作ってやりたい」


ロック新人発掘は店長に夢の中の夢となっている。

「人材がいないのか、めぼしいギタリストがないのか、才能のあるやつがギターを持たないのか」

店長はひとり部屋に入り、ストラトキャスターを触ってみる。

「こんなに魅力のあるギターなんだぞ。誰だって夢中になって弾く楽器のはずだけどな」


店長は店のことをしながらもなぜギターは大成しないのか自問する。考えごとをしていたら学生アルバイトが、

「じゃあ店長、僕らは帰ります」

はっとして店長は我に帰る。よそごとを考えていた。いかんなああれこれと考えていては。働いてくれたアルバイトにご苦労さま、ありがとう、また明日と言って店を閉める。


ぐるりと見回したら店はちゃんと掃除され翌日のスタンバイがなされていた。


長いようで短い一日が終わったことを実感する。


店長は二階の自室に戻りひとりオンザロックをやる。久々のウイスキーは喉に強烈なうまさを与えた。一杯やってぐっすり眠ってしまおうと思いひっかけた。


酔いが回り始めパソコンを開こうともしたが面倒だなと辞めた。


テレビをつけてみる。番組は、

「津軽三味線全国大会〜ドキュメント」

三味線の全国大会コンテストが映し出され、それに青春を賭ける若者を特集していた。

「へぇ津軽三味線コンテストなんてあるのか。三味線はA級〜C級とランキングなるほど。なんでかと、ははあん、三味線の習得年数に応じてランキングか」

さらにテレビを見て店長は驚く。

「あっ審査員に正之のあのおばあちゃんが座っている」

正之の祖母は三味線の師匠。津軽地方は分野が違い直接関係がない。しかし三味線の師匠としての実績は日本でも有数のものであり堂々の肩書きを持っていた。日本三味線協会東海支部理事。

「へえっ、尊敬しちゃうな。スーパーばあさんだ」

番組は3人の挑戦者にスポットライトを当てた。かなり熱の入るドキュメンタリーだった。

「しかし正之のおばあさんのお陰で俺は三味線がみじかなものに感じられるぞ。こいつらはどんな三味線を弾くんだい、津軽三味というものはどんなものだい」

店長オンザロックを飲み干すと冷蔵庫から缶ビールを取りどっこいしょとテレビの前に座る。


☆16歳津軽三味線A級2連覇の高校生。4歳で祖父が趣味でひいていた三味線を覚える。師匠は祖父となり孫は毎日毎日三味線三昧。

「へぇーじいさんに教えてもらって三味線か。じゃあ正之のとこと一緒じゃあないか」

16歳の高校生は幼稚園の時代稽古が嫌で嫌で、わざと祖父の三味線の弦を切る悪さをした。切ると祖父はおやっ、自然に切れたかなと思い今日は三味線が弾けないからとお稽古を中止にしてくれる。祖父としては孫の仕業をちゃんと知ってるから敢えてその場で換え弦はしなかったらしい。孫は祖父が死んでからその心を知り、

「じいさんは偉大だったんだ」

ますます尊敬したらしい。


◎21歳のジュニアチャンピオン。

津軽三味線2連覇の高校生が出るまでのチャンピオンだった。ジュニアから一般になったらまったく2連覇の高校生に勝てないらしい。高校生は天敵になる。今年こそは勝ちたい、久々の優勝をしたい。熱心に三味線の稽古に励む若者。元ジュニアチャンプ。

「昔、神童。二十歳越えたら只の人、そんなパターンか」


◎津軽三味線の本番青森引前出身26歳。テレビでは地元の三味線弾きがいないと強調している。

「地元の人。うん、毎年出ても入賞すらしないのか。それにしてもこの人だけかい?地元からの出場はひとりかい。A級36人出場だけど」

テレビでは地元から優勝者を出したいと盛んに言う。青森の文化は青森の人間で盛り上げて行きたい。そんなイメージだった。


そこまで見たら店長は酔いが回り始める。


テレビの中の三味線の音色がチョーキングされるギターに聴こえてしまい幻聴を覚えていく。津軽三味線はギターの早弾きに段々と聴こえてしまう。


「速いじゃあないか。なんとなくビュンビュンと16連符の応酬が聴こえてさ」

店長、時間も深夜になり酔いも回りうとうとしていく。


感性は夢かうつつか幻かで熟睡する。


「では皆さん。ここで新たに審査員をご紹介いたしましょう」

テレビの中でポワンポワンと音がした。三味線がエレクトリックギターに変わる。

「うん?三味線は津軽はどうなったんだい。なぜかロックギターになってきたぞ」

テレビのステージ舞台には店長の憧れのギタリストがぞろぞろ現れてきた。

「あっジミーヘンドリックスがいる。なんで?なぜいるのか。確か死んでいるはずだぞ」

画面の中に後から後から店長の好きなギタリストはどんどん現れる。

・エドガーウインター

・エディバンヘーレン

・ロイブキャナン

店長は驚くばかり。なぜこんなにもギタリストが出てきたのか。


昔懸命にコピーをしたギタリストが舞台にあがり審査員になっている。続いてアナウンサーが、

「ではエントリーナンバー1番」

えっ16歳高校生が呼ばれたぞ。今からギターを弾くのか。パッとみたら店長馴染みのストラトキャスターが膝にあった。

「よし高校ゃ、ひとつぶちかましてやれ」

ステージにはすでにバンドのメンバーがスタンバイしていた。


高校生は静かに目を閉じスゥーと深呼吸をして三味線(ギター)を弾き始める。舞台はきらびやかな照明に変わり一気にハイボルテージに。ハードロックは始まった。大興奮のルツボになった。


「エントリーナンバー2番」

アナウンサーが紹介する。元ジュニアチャンピオン21歳の登場になる。おやおや審査員が出てきたぞ。

「君はストラトキャスターだね。そうだね」

舞台の上にジミーヘンドリックスが指さしながら上がってきた。そしてなにやら袖に手を振り早く出てこいと誘う。なんだなんだ。一瞬静寂がありBGMがいきなりかかる。Deep Purpleになる。

「うわぁ幕からリッチーブラックモアが出てきた」

リッチーは舞台正面で深くお辞儀をしてマイクを向けられる。

「日本でこのようなギター大会が開催されて私は大変にエキサイトしている。是非ハイウェイスターを完全にやって貰いたい」

観客からは大声援が沸き上がる。リッチーは軽く右手をあげてジミーヘンドリックスの横に立つ。カメラのフラッシュが一斉に焚かれた。すごい光景だ。ジミヘンとリッチーブラックモアが並んでいる。

「よし、行こう」

バンドメンバーはイントロを弾き始めた。後から三味線の音色が続いていく。審査員席のジミヘンはリッチーに耳打ちをして、俺らもやるぜと叫んだ。


二人はストラトキャスターを肩にかけなんと三味線にリエゾンをかけていく。なんとやあ圧巻なこと。


ジミヘンとリッチーのツインギターに三味線だ。


見ているだけでは我慢できないと店長も舞台にあがる。


右手のフレットをギュと握り、ピックを当て爆音を出してやれ、ギターディストーションをしてやれと準備した。しかしいくらピッキングを繰り返しても音が出ない。やいどうしたんだ。焦り始める。バンドメンバーはイントロを辞めて苦情を言い始めた。

「やっぱりあなたがギターだと役に立たない。違うギターが欲しい。新しい斬新なギタリストを頼む」

と言いよられた。

「なっなにを。俺のギターがダメだと。役に立たないだと。冗談じゃない俺のテクニックは俺のギターは最高なんだぞ」

焦りまくる店長だがまったく音が出ない。

「アガア!なんでだあ」

店長寝返りをしてラックに足をガッツンとぶつっける。

「あっ、なんだ今のは夢だったのか」

テレビでは津軽三味線の決勝が盛大に行われていた。優勝候補、決勝進出者は、16歳高校生3連覇がかかる。そんなシーンだった。ジュニアチャンピオンか地元弘前の三味線青年か。


3人の三味線試技が始まる。店長は再び目を閉じてうつらうつら寝てしまう。


「ではジミーヘンドリックスさん。リッチーブラックモアさん。エドガーウインターさん。舞台にどうぞお願いします」

アナウンサーに紹介され3人のギタリストはスタンバイを始めた。


まずジミーヘンドリックスが登場。ちょこんと頭を下げたと思えば、キューンと、けたたましく爆音サウンドを繰り返し出す。破壊力抜群のヘンドリックス。店長がやぐるって聴いたあのジミヘンのギターがそこにはあった。


続いてリッチーブラックモア。くるくると回りを見渡してストイックな顔をしストラトキャスターを構えリッチーブラックモアは弾き始めた。繊細にして正確なリズムが聴かれた。バックにドラムが入るとリッチーは豹変しけたたましく勇猛さを前面にして攻撃的なサウンドに変えた。インロックそのもの。


最後はエドガーウインター。エドガーのギターは高校生時代に取り付かれたように店長はコピーをした。長い髪をなびかせエドガーが丁寧に弾き始める。店長は堪らなかった。エドガーウインターは大好きだ。ギターソロの聴かせどころになると居ても立ってもいられず、ストラトキャスターを片手にしてステージにあがりたくなる。

「よし行くぜツインギターにしてやる」

グイッとフレットに力を入れ立ち上がろうとしたら誰かに停められた。誰だろうと振り向くと、

「エリッククラプトンがいる」

クラプトンが煙草をくゆらせ、俺が行くぜと舞台にあがってしまう。


テレビでは津軽三味線の本場弘前青年が満場の拍手をもらって登場していた。舞台にはライバルの二人がすでに弾き終り笑顔津軽の青年を待っていたのだ。


「クラプトンがいるだなんて」

エドガーウインターとエリッククラプトンは舞台でなぜか津軽弁で挨拶を始める。満場の拍手をもらってふたりは頭を下げた。ツインギターになり場内が暗くなりピンスポットを津軽青年に当て三味線まずゆっくりとしたテンポでリズムを刻んでいく。イントロだ。次になにがくるのだ。


クラプトンがギターをかきむしるかエドガーウインターが極彩色の音色を披露するのか。おや場内になにやら白いものが降るぞ。雪だ、雪が舞い散るぞ。津軽青年は三味線を情感込めて弾きあげた。暗闇に雪は津輕をイメージした。そしてクラプトンがウインター(冬)が続いていく。その音色は津軽地方の厳寒を彷彿させていた。観客は魅了されていく。年輩の観衆は涙をためて聴いていく。

「すごいなあ、津軽地方が目に見える気がする」

津軽地方を完全に弾き出した青年はさらに激しく己の感情を三味線にぶつっけた。クラプトンが応戦しエドガーウインターが負けまいとバックコードを弾きまくる。見ていて泣けてしまう。

「すばらしい、すばらしい」

場内は拍手の渦に巻き込まれていく。


演奏が終わりクラプトンがエドガーウインターが抱き合ってお互いを称える。


アナウンサーが、マイクに、

「ありがとうございました。以上でエントリーされた方はすべてです。では成績発表までの間、本日のゲストの皆さんにすばらしい演奏をお願いします」

場内がサアッと暗闇になりエディバンヘーレンが弾き始める。いやいやバンヘーレンだけでないなジミヘンも参加していく。

「まさに夢だぞ夢だなあ」

店長は寝返りを打ちふと目覚める。アチャアつけっぱなしのテレビがザアザアと砂嵐状態だった。ゆっくりリモコンを探りテレビを切る。電気を消してパチン。

「皆さんおやすみなさい」


翌週の中日新聞三面記事に店長は釘づけになる。記事は二段抜き程度のものだったが。

「第6回浜松国際ピアノコンクール開催。世界のピアニストが浜松に集まった。なんだいな。コンクールはコンクールだけど」

あんな静岡の片田舎で国際ピアノコンクールが開催されている。参加者は世界の国と地域から25。73人の腕自慢のピアニストが集まる。

「ワアッ凄い。浜松国際で優勝や入賞してポーランドのショパンコンクールやロシアのチャイコフスキーコンクールにバンバン優勝していると書いてある。ピアニストの腕試しの国際コンクールだぞ」


浜松国際ピアノコンクールは1991年浜松市政80周年を記念して創設。第1回浜松国際が開催された当時は知名度も低いコンクールで浜松の地元の楽器ヤマハや河合楽器が少しでも宣伝になればいいかな程度のものだった。それが第4回開催からガラリッと一変する。


浜松国際ピアノコンクールが世界にある170ぐらいある国際コンクールの仲間入りを果たし審査基準や出場者の質とレベルを高めたのだ。審査委員長には中村紘子を抜擢したことも一因にはある。


中村紘子が言うには世界のピアノコンクールの中で権威と名誉を高めた主催者の努力の賜があるからこそ浜松国際は知名度があがり優秀なピアニストがコンクール参加者に名を列ねてくれた。

「ポーランドのワルシャワにはショパンコンクール。日本の浜松市には国際ピアノコンクール。と定着させて見たいですわ」

中村紘子審査委員会会長さんはニコニコしながらコンクール開催を喜んでいた。


コンクールは73人の出場者を1・2・3次予選の篩にかけて決勝6人に絞る。

「なんだい、予選がたんとあるなあ。1次2次3次予選だって。その予選の課題曲はそれぞれ違うナンバーを演奏しなくてはならないんだろ。すげぇなあプロ並の腕がなければ参加者になるなんて夢だ。また勝ち残りにはなれないじゃあないか。ピアノコンサートが開催できるくらいの実力を備えないといけないわけか。ドヒャア」

店長は国際的なピアノコンクールには詳しくはなかった。


自分の参加したロックバンドのコンクールをふと思い出す。ロックのコンクールは名古屋のライブハウスが主催者になってバンド部門・ギター・ボーカルなどと順列をつける。予選もなにもなし。審査委員のその専門もあまりあてにならない。ライブハウスのお客の好みだけのリクエストで決めていた。

「ロックだって国際的なコンクールをやろうとしたらできるな。俺が知らないだけでやっているかもしれない」

ただ権威を持たせることはどうやってやるのかサッパリわからなかった。


浜松国際ピアノコンクールは連日テレビやメディアで報道された。主催者には中日新聞があった。


1次予選で浜松出身期待の2人がいきなり落選したとか日本人は3人残り次に進むとか。

「予選がたくさんで大変なコンクールだな。ピアノの演奏だってかなり長く弾くわけだし。体力勝負もありだ。うんもしウチの正之が出場したらどうか。あいつ小学でピアノコンクール優勝しているからな。なんだっけヤマハのコンクールだったかな。だが日本のコンクール、ヤマハと国際はかなり差があるだろうなあ」

浜松国際の1次予選通過は25/73人。日本人が3人いたが正之のライバル西園寺の名前が入っていた。


地元の新聞にかなり大きく西園寺は取りあげられもうひとりの日本人には北村と言って名古屋の中学3年がいた。浜松国際に参加は中学3年15歳は最年少。新聞の論調は西園寺よりも2歳若い北村に傾いていた。


正之は西園寺のピアノコンクール参加を新聞ニュースで知る。

「浜松国際ピアノコンクール。確か3年に一回開催なんだよ」

正之が小学時代ヤマハ音楽教室に通っていた頃ピアノコンクールとして最高峰に位置をすると見ていた。

「ヤマハのマスターコース(世界を目指す指導をする)から出場した子は大抵入賞をしている。北村は知らないがマスターコースだからかなりのテクニックなんだろう」

ヤマハは世界を浜松-ショパン-チャイコフスキーと世界レベルのコンクールとしてその地位を確立をしていく。

「天才ピアニスト西園寺くんは浜松国際コンクール出場は当然だろうな。ドイツバイエルン留学生としてまた腕をあげただろうなあ」

正之はピアノの腕があがった西園寺がちょっと羨ましかった。西園寺はいずれの日にかワルシャワのショパンコンクールに名を刻む天才ピアニストでもある。


新聞は予選経過を次々に伝えていく。

「本戦は6人だけ残りか。西園寺くんは通過だろう」

予選経過は1次2次3次と見事なに(ふるい)にかけられてどんどん優秀なピアニストたちが落ちていく。

「結局決勝本戦に残るのは日本から2人か。西園寺くんと北村くん。北村くんは名古屋出身でヤマハマスターコース在籍か。基礎はしっかりしている。後はいかにして曲奏により応用を加えるかだな」

浜松国際は随時インターネットで予選の演奏を配信していた。正之も西園寺と北村のピアノは気になるところで、

「ちゃんと配信ネットで聴いていますよ」

北村のヤマハマスターコースは正之が小学時代に憧れたクラス。小学でヤマハを辞めていなければひょっとしてマスターコースに推薦をされコンクールに行けたかもしれない。

「決勝は8人の勝ち抜きか。ここから甲子園大会のトーナメントになるんだな。残りは日本・ロシア2。ウクライナ・韓国・ドイツ・ポーランド1。トーナメントは厳しいもの。さらに8人みんなレベルが高いからなあ。


トーナメントは始まった。まず最初は西園寺の登場になる。西園寺と対戦はロシア人。


トーナメントは前半お互いにピアノ独奏した後オーケストラとの競演。

「ピアノのバトルだな」

ピアノの独奏はいかに自分の持ち味を引き出せるかにかかっていた。


またオーケストラとは自分のピアノを最大限に聴かせてくれる環境にいかにして持ち込むかが勝負のアヤとも言われていた。


天才西園寺のピアノは確に絶品。会場の聴衆はすっかり魅了されてしまう。しかし競演はいただけなかった。西園寺のテクニックがまさるのかオーケストラとのハーモニーに違和感が感じられてしまった!

「ああっ西園寺くんしっかりしてくれ」

西園寺勝ち抜き失敗する。


次に北村の登場。対戦相手は韓国。北村は落ちついてピアノ独奏を始める。うっとりさせるムードはとても中学には思えないテクニックだった。


オーケストラ競演は絶品だった。北村は乗りに乗りピアノを弾きまくり指揮者の熱意を引き出した。見事の一言だ。

「うーんうまかった。うっとりしてしまうよ」


トーナメントは8人が4人になり準決勝。73人もいた出場ピアニストがいまや4人。凄いコンクールになったものだ。


北村は準決勝をエチュードを弾き戦う。しかしもう少し技巧の出せる曲でもよかったのではないかと聴衆の中からざわめきもあった。対戦相手のウクライナは超技巧のリストを選んだ。両者の力量は一目瞭然であった。

「あっ。これは選曲に問題ありだなあ。リストに対してあれではおとなし過ぎないか」

正之は残念がる。北村少しのところで落ちてしまう。会場では悔しい顔の北村があった。


決勝はウクライナとロシア。旧ソ連の共和国対決になった。


インターネットで店長は配信を熱心に聴く。これだけ技巧に走ってピアノを弾きまくられてはピアノのシロウトでも胸がワクワクしてしまう。

「ウクライナとロシアか。バレリーナの綺麗な国同士だな」

決勝は技巧の二人が火花を散らし最高の決勝となる。

「勝者ウクライナ」

優勝が決まったら店長も正之もホッとした。

「ウクライナ、ウクライナ。ヘリコプター作ったのはウクライナだった」


英国ハードロックバンドDeep Purpleは1968年に結成された。

ジョンロード(key)

リッチーブラックモア(g)

ロッドエバンス(Vo)

ニックシンパー(b)

イアンペイス(D)


5人組でロンドンで結成される。当初はロックをやるハードロックの激しい路線ではなかった。


メンバーチェンジをおこない第2期になると


イアンギラン(Vo)

ロジャーグローバー(B)


加入によりハードロックが追及されていく。ギターリッチーブラックモアとボーカルイアンギランのロック魂にメラメラと火がついた形になる。ボーカルとギターに火がつくとドラムイアンペイスが激しいシンコペイションを叩き出してパープルサウンドに味付けをしていく。


そのパープルのロックを第一人者として奏でていたのが人気ギタリストリッチーブラックモアであった。リッチーブラックモアの16連符は1970年代当時のロック小僧たちの度肝を完全に射抜いた。


「そうなんだ。ロックはギターが肝心なんだ。ギターがかっこいいとバシッと決まるんだ」

正之は音楽雑誌を見て頷く。

「しかしジミーヘンの場合はどうなんだろうかな。あのエクスペアリアンスなんかはさ」

ちょっと首を傾げた。ギターだけでもいけないらしいとちょっと修正する。


正之は部室に籠るとひたすらギターを弾くことにした。ギターのフレット板が三味線と比べ最初は邪魔に感じられた。

「右手の運指が滑らかにいかないんだよ。三味ならばツルと弾くんだが。この板邪魔だなあ」

文句タラタラ正之のギター練習だった。


しかし日を増すうちに、ギターそのものが手に馴染むことになる。

「音が出るようになってきたな。欲しいフレーズが拾えたらあとは練習あるのみさ。三味線の師匠のばあさんの小言みたいだ。ばあさん良いこと言っているじゃあないか。改めて尊敬しちゃうや。ひたすら練習あるのみか。ばあさんは習うより慣れだと繰り返して言うからなあ。まるで煩い姑みたいにさ。さすが日本文化継承の親分だけのことはあるハハ」

正之のギターはこうしてテクが磨かれていった。


軽音の教室に正之は入り浸りになっていく。ギターをあれこれいじり音が徐々に整えられていった。三味線の知識は100%活かされ弦楽器の習得は目を見張るものがあった。


ギターをマスターする正之の軽音の教室に訪問者があった。

「こんちわあ、こちらは軽音のクラブだと聞いて来たんだけど。よろしくお願いします」

正之のギターがチョロチョロと音を出しているだけの軽音教室に訪問者があった。


正之は訪問者を見て、

「軽音は軽音だがフォークソングだろう。見た目もなんとなくフォークだな。フォークは人気があるからいつでも入部希望がある」

と言うことで無視してしまう。しばらくしたらフォークの部員も部室にやってくるであろう。そちらに行ってくれ。


訪問者は無視されたまま、

「すいません。そのギターを聴かせてもらいましょか。よいしょっと。近くの椅子に座ろうか。うまいギターなのかどうかさっぱりわかんないけど」

こうして二人のミュージシャンはギクシャクしたまま黙ってひとつの部屋に対峙する。


訪問者は正之と同じ学年の畔柳(くろやなぎ)と言った。学年もクラスも同じであった。中学が違うため名前は知ってるが顔が一致しないそんな程度である。


正之は畔柳を見てギターをやめた。

「なにしているんだ」

畔柳が気になる。

「ギターに集中できやしない。あのねフォーク部員ならまだ来ないよ。そこで待っていてはちょっと邪魔なんだけどさ」

正之は不平をブゥブゥ言う。


隣の部屋に行かないか。フォークの連中にいかないか。どうでもいいや、どっかに行かないかな。


言われた同級生の畔柳は、

「おい気がつけよ。正之だろ、おまえ。俺だよ畔柳だ。同じクラスの畔柳」

男は名乗り顔をはっきり見ろとあげた。


正之は、

「畔柳?どっかで聞いた名前だなあ」

あっ、クラスメイトだ。

「その畔柳がなんの用?フォークはまだ部員来ないぜ」


畔柳は軽音でロックをやりたいと言った。パートはドラムスをやりたい。

「えっ、畔柳が。太鼓叩けるんか」

正之は驚く。同じクラスに、いやこの学校にロックをやるようなやつがいたなんて。

「なんだよ。驚くことないじゃあない。ロックは好きさ。それでさ、俺はドラムスやる。まだバンドを組んで叩けないけどさ。この軽音で練習してドラムスをうまくなるかなと思ってさ」

畔柳は中学は剣道部だった。少し小柄な体格だったが上段から振り下ろされた面はかなりの破壊力を持つ。

「そうそう。畔柳は剣道部はどうする?まあ運動部と文化部の掛け持ちもできないこともないが」

剣道はやめないと畔柳はキッパリと言う。小学から続ける剣道は大学になってもやりたいと言った。となるとドラムスは趣味の域と言うことだった。

軽音に畔柳のドラムスが加入した。


畔柳は正之を入学した時から知ってる。

「ああ知ってるよ。三味線の正之だろ。俺の死んだばあさんも三味線やっていた。確かおばあさん同士仲良く三味線弾いていたんじゃあないか。戦前ぐらいアッハハ」


バアサンは年寄りだけど戦後生まれだぞ。


軽音教室の練習はちょっと煩くなった。正之のギター、畔柳のドラムス。その他に隣部屋にフォーク部員のアコースティックギター。


なんせエレクトリックギターの正之と畔柳ドラムスは一段とやかましいサウンド。

「うるさいわあー。ええ加減にせんかい」

ついにフォーク部員からやめないと部屋から出て行けと言われてしまう。

「出て行けって言われたところで」

他に練習の場所が学校にはなかった。正之はやれやれ困ったもんだと両手をあげた。

「ウチのライブハウスで練習してもいいが店長はダメだろうな。ヘタな演奏を嫌がるんだ。お客がソッポを向いてしまう」


畔柳はそうかそうかと頷くと、

「ならさ俺の家に来ないか。いくらやかましくても関係ないよ」

農家の畔柳の家は大変な敷地だった。母屋を中心に畑や庭が広がる。庭には鶏がクワックワッして地面が見えない。離れには牛舎になり使用人が世話をしている。10頭がモウモウしていた。

「離れの豚舎が来月まで空いてるんだ。電気通すからあそこでガンガンやれる。なっいいだろう」


豚舎の中を二人で綺麗にして音響のための器材を搬入する。

「ここにあるアンプは俺が自作したんだ」

プリメインかメインかのアンプは今にも壊れそうな外観だった。

「出力は?おーすげー30W」

豚舎にドラムスセットが置かれ畔柳はよいしょと座ってみる。

「うーんなかなかの居心地だ。おい正之。ひとつ練習曲で演ってみないか」

ギターとドラムスだからバンドとしてはベースやボーカルが必要だった。

「よしやろ。CD掛けるからさ。コピーやろう。畔柳との初ジャミングやってやるか」

正之は畔柳と簡単な曲をやろうと相談する。

「正之よ、俺まだまだドラムスはシロウトだからさアッハハ。お手柔らかに頼むぜ」

DeepPurpleとゼップのナンバーを楽曲符から選ぶ。

「ヨシッこれいこかっ、なっ」

正之はCDをバッグに流した。曲に任せてギターをコピー演奏をしていく。


『スモーク・オン・ザ・ウォーター』


正之ギターとCDリッチーブラックモアはリエゾンしダブルギターの音色になる。遅れてCDベースが入っていよいよ畔柳ドラムスが静かに静かにシンコペイションを奏でていく。畔柳は真剣な眼差しである。


正之は日頃リッチーブラックモアはコピーしていたから馴れた運指で見事なコピー。


そして畔柳のドラムスは、素人のドラミングは。


安定してリズムをつかんでいた。

「畔柳叩けるな」

CDボーカルが入りDeepPurpleはロック調に変わる。


ドラムス畔柳は少しぎこちないようなフラフラしたドラミングをしていた。正之のギターに合わせて叩けば音程が安定してなんとかロックらしくはなっていく。


CDコピーも終わりに近くなる。正之と畔柳は正確にコピーをし満足しながら演奏を終える。


ジャーン


二人とも笑顔だった。

「畔柳やるなあ。最初はふゃふゃなシンバルだから心配したけど」

ふにゃにふゃで悪かったなあ。畔柳はドラムスの中でちょっとムクレた。


この日初のジャミングは二人には忘れられない記憶を残す。


それからは土日に畔柳の豚舎でギターとドラムスの練習に励むことになる。


正之はキーボードが弾けるからリズムを取りベースをやるバックサウンドを作ることは容易であった。畔柳の練習不足のドラムスは少しずつではあるが正之のペースで上達をしていった。

「もうちょいレベルがあがればいいんだけどね。店長にドラムスとして紹介してやりたいと思う」

畔柳のドラムは初歩クラスから少し上、中級の手前程度だろうか。


中級-上級-プロ。ステップはいくらでも踏んであがらなければならなかった。


畔柳は曲のスピードをあげてやると正之のギターに早弾きにまったく合わせられない。テンポが変わってもダメであった。アドリブが欲しい曲想もできない。

「あれこれできる、いやできないは練習あるのみ。頑張ってやろうな」


ドラム練習があまり芳しくないと畔柳はまたまたムクレた顔になる。


顔を真っ赤にしては、

「正之もう一回やろぜ。もう一回ギターをやってくれ。2回目からはついていける。いやなんとか叩けるからさ。すまん。今度こそはちゃんとやるよ」

プライドの高い畔柳はできるまで引き下がりはしなかった。


二人だけの練習は正之のリードギターによりさらにレベルアップがはかられた。

「畔柳。テンポ速めにしてやってみるよ」

リッチーブラックモアコピーを正之はひたすら弾く。追いついていく畔柳ドラムス。まるで短距離ランナーのように走り弾き、そして、走り叩きまくった。

「うーん、スピード感がつくとドラムに安定感がなくなるわけか。安定を求めたら速く感じない」

まだまだ畔柳は練習不足でテクニックが覚束ないままだ。


正之は畔柳のドラムにワンポイントアドバイスを与えた。

「畔柳。ドラムスを力いっぱい叩くな。今の30%ぐらい。チョコンチョコンの触る程度で力を抜いてやったらどうだ。音量はアンプのパワーをあげることでチャラにする」

なんだってと不満タラタラではあった。畔柳は触る程度のバチ捌きをしてみた。


叩きに力任せがなく、やさしいビートだから体がぶれることもない。スピード感は確かに出た。手数が増したからだ。

「スピードはあるな。でも軽いタッチはストレスが溜るよアッハハ。ぶっ叩きたいな。このドラムセットが壊れるぐらいに激しくエイヤァーとな」


正之はライブハウスに畔柳を紹介する。充分に叩けるドラマーになったと判断したからだ。

「紹介してもらいありがとうよ。正之ブラックモア様さま。ハウスでは頑張っていく。叩けるかぎり叩きたい。ロックの真髄を極めて行きたい」

バンドのギタリストとドラムが少しずつ完成をしていく。


立派な屋台骨が骨格が朧げながら見えて来た。

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