彼女の等価
彼女は、金の話をするときだけ声が柔らかくなる。
「ねえ、今月さ……お父さんの病院、また請求きてて」
嘘だ。
先月も同じことを言っていた。父はもう退院している。
でも男は黙って財布を出す。その仕草を、彼女はちゃんと見ている。
――ほら。出した。
心の中でそう呟きながら、彼女は男の腕に身体をすり寄せた。
体温を預け、顔をうずめ、猫みたいに喉を鳴らす。
「ありがとう。ほんと、あなただけだよ」
(ちょろい)
その言葉は声にはならない。
代わりに、頬に軽くキスを落とす。感謝の印みたいに。
彼女の頭の中は、いつも計算でいっぱいだ。
次はいくら引き出せるか。
どのタイミングで泣けばいいか。
家族に何を買ってやるか。
母の新しい冷蔵庫。
弟の学費。
実家の外壁塗装。
――私が守らなきゃ。
そう思っている。
自分が悪いことをしている自覚はない。
奪っているのではなく、使っているだけ。
使えるものを、使っているだけ。
男の生活は、どうでもいい。
給料日が来れば回復する。
彼は一人でも生きていける。
でも、うちの家族は違う。
「ねえ……最近、疲れてる?」
彼女は男の顔を覗き込む。
弱った表情を見逃さない。
少し目を伏せて、声を落とす。
「無理しないで。私がいるでしょ」
(だから、もっと出しなさい)
男は何か言いかけて、やめる。
通帳の残高を思い浮かべているのが、手に取るようにわかる。
彼女はその沈黙が好きだ。
沈黙は、降伏の前触れだから。
夜、布団の中で彼女は男にしがみつく。
子どもみたいに甘え、指を絡める。
「ねえ、ずっと一緒だよね?」
(少なくとも、金が尽きるまでは)
男は小さく「うん」と言う。
その声が、彼女には少しだけ重く感じられる。
――まあいいか。
彼女は目を閉じる。
家族の笑顔を思い浮かべながら。
この生活は、正しい。
自分は、愛している。
愛しているから、奪っていい。




