第5話
佐々木美優は今月頭に東京から来た転校生の神崎が手を振って帰宅して行ったのを見ながら思わずため息が漏れてしまう。神崎結子、病気の治療も兼ねて空気の良いこっちに転校してきた少女は普段一人暮らしをしているが、今朝からイケメンの従兄弟が送り迎えを始めたので、クラスでは大騒ぎだった。
神崎さんはちょっと人見知りなのか、少し言葉は少ないがいつも丁寧で感じが良い。でもやっぱり、病気だというだけあって線は細いし、肌もとても白い。もしかしたら紫外線にも弱いのかもしれない。そんな儚さのある神崎結子は、美優の理想とする女性像そのものでお近付きになりたかった。
なので本に興味があり、この地域の事を知ろうとしてくれている事が凄く嬉しかった。
「美優ちゃん、なにかいいことあったの?」
「あ、先輩!前に話した転校生の子、彼女がこの地域の事を知りたいって地域新聞を見に来てくれて!ちゃんとここの事を知ろうとしてくれてるのが、なんか嬉しくて」
「へえ、真面目な子なんだね。じゃあこの地域の昔話とかまとめている本があるからお勧めしてみたらどうかな?」
「えっ、なにそれ!私も興味あります!」
「はは、ちょっと待って…確かこの辺に……」
そう言うと3年の田辺先輩が受付の奥の棚から一冊の本を持ってきてくれた。それは薄いけれど凝った装飾のある本には「伊津那の御伽草紙」と書いてあった。伊津那はこのあたりの昔の呼び名だ。
「へえ、なんか雰囲気あっていいですね」
「だろう?中も定番なようで知らない話もあるよ」
言われるままに本を開いて目次を見ると昔話らしいタイトルが書いてあった。
「案内蛍、山人、隠れ里、山の神…山人と山の神はおばあちゃんから聞いた事があります」
「この辺りは山に囲まれているから、山にまつわる話は多いよね」
「先輩、これ借りてもいいですか?私も読んでみたくて!」
「もちろん、ちゃんと貸出票いれといてね」
「はーい!」
その後は図書委員の仕事に勤しみつつ、帰ったらさっきの本を読むのが楽しみだった。お風呂に持ち込んで読みたいくらいだったけど、流石に学校の本だし、紙が痛むので我慢してやっと本を読めた!
◇◆◇◆◇◆◇
それは一人の男性が伊津那にある村に引っ越してきて、村のみんなと少しずつ交流する中で村長の娘と出会った。娘は滅多に顔を見せず、体が弱いからと祭りにもほぼ顔を出すこともなかったが、その分博識で楚々として美しかった。何よりもその声は鈴の鳴るような美しい声で男はすぐに惚れ込んでしまった。
だが、男は余所者で、村長の娘を娶れるような稼ぎも家もなかったが、勤勉だった。男は何度も村長の家に通い、どうか娘と夫婦にと頼みに行ったが、村長は頑として首を縦に振らない。あまりに熱心な男に村長が折れ、とうとう娘との婚姻を許せない訳を話してくれたが、それは更に男を絶望に落とすものだった。
「娘は、16まで生きられればいい方だと言われ、もうすぐ17になろうとしている今、いつ亡くなるか分からない。お前は働き者ので良い奴だ、娘は諦めてもっと良い娘を娶った方がええ」
村長の言葉は優しさに溢れていたが、男にとってはただただ絶望だった。それでも男は諦めきれず、村はずれにあるおばばの庵を訪ねた。おばばには不思議な知恵を持つと言われていて、藁にもすがる思いで尋ねた男におばばは語る。
神の住まう山に行き、冬も間近なこの時期でも飛んでいる蛍を捕まえよ。蛍に娘を助けるために山の神の力を借りたいと伝えて放せば、神の御許に連れて行ってくれるだろう。ただし、神の力と引き換えにするものは、くれぐれも気をつけろ。
おばばの話しを聞いた男は翌日準備をして朝早くから、神の住まうと言われる普段入る事を禁じられている山へと入って行った。山を登れども登れどもどこにも辿り着けず、男は三日三晩山を彷徨い、疲れ果てた時に水の音が聞こえて来た。ちょうど飲み水もなくなっていたので、水の音のする方に向かうと小さな池と蛍が多く飛んでいた。
歓喜した男は水を汲むと、優しく蛍を一匹捕まえて、手の中にいる蛍に囁いた。
「俺は村長の娘を助けたい、どうか山の神へと案内して欲しい。頼む、頼む……」
そうして放すと、蛍は男の周りを数度飛び回ったあと、案内するようにゆっくりと飛び始めた。男は疑うことなく蛍を追いかけて行った。
◇◆◇◆◇◆◇
そこまで読んだ時、ふいにスマホのアラームが鳴った。
「っ!!びっくりしたぁ~……って、もうこんな時間?やっばぁ、寝なきゃ」
そう言って本を閉じた美優の目に本の表紙が目に入る。なんとも不思議な装飾で、西欧の縁飾りのデザインでもなく、どちらかと言うと近代アートのような、ずっと見ていると目が回るような気がしてくる…。
ハッとして、軽く頭を振るとちょっとスッキリした。
「集中しすぎたかなぁ? でも、オーソドックスなお話しなのになんか引き込まれるんだよね」
そう独り言を言いつつ改めて本を見るとラベルが見覚えのないものだった。しかもラベルには「禁帯出」の文字があった。
「うっそぉ!先輩普通に貸し出してくれたし…あれ、うちの図書室の禁帯出シールこんなんじゃないよね?あーでも、これ旧校舎のだから古いラベルかもしれないなぁ、とりあえず明日田辺先輩に聞くしかないよね」
私は悪くないよね、と言い訳しつつ振り切るように美優は布団に入った。
――全てが寝静まった頃。
本からぽわんと光が飛び出て、美優の周りを数回飛ぶと布団の上に止まった。
その日、美優は不思議な夢を見ていた。ひたすらに霧の中を進む夢を。怖くはない、焦ってもいないけれど、確固たる意志を持って美優は霧の中を歩き続けていた。
翌朝母親に叩き起こされて、なんだかスッキリしないまま朝食に降りると兄と父が苦笑して迎えてくれた。
「おはよぉ」
「おはよ、美優。まーた夜更かししたんだろ?」
「違うよっ!確かに本は読んでたけど、23時半にアラームつけてるからすぐ寝たんだよ?」
「美優にしちゃ早いじゃないか。じゃあどうしたんだ?体調悪いのか?」
「うーん、そんな事はないと思うんだけど、なんか凄い疲れてて……」
「風邪のひきはじめかもだから、気をつけろよ?」
「仕方ない子ね、ほらこれ飲んで温まって」
そう言いながら母が猫舌の私のためのちょっとぬるめのココアを出してくれたのを嬉しく思いながら飲む。なんだかんだいいつつも優しい家族にほっこりしつつ、昨日の本をカバンに入れて学校へと向かう。普段ならバスの中でも本を読むんだけど、流石に禁帯出のラベルのついた本は読みにくいので自重した。
校門につくと、丁度神崎さんも来たところで噂のイケメンな従兄弟さん!神崎さんも美人さんだから、美男美女で絵になるな~なんて見てたらこっちに気付いて手を振ってくれた。本当に彼女は癒しだわ、と手を振り返して近づく。
「おはよう、神崎さん!」
「おはよう、佐々木さん。こっちが昨日話したクロ兄だよ」
「クラスメイトの佐々木美優です!昨日から噂の従兄弟さんに会えて光栄です!」
「噂…?」
「クロ兄がカッコイイって昨日からみんな凄いんだよ」
「………帰る」
「あ、もう!!ごめんね佐々木さん、クロ兄は照屋さんだから……」
「いーのいーの、さっ遅れるし教室いこっ!」
「うん」
イケメンの照れ顔プライスレス。なーんて思いつつ、今日も一日楽しくなりそう、と美優は結子と校舎へと入って行った。
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