第39話
翌朝、目が覚めた時、珍しく疲労が抜けていない感じがあった。そこはかとなく全身がだるく、特に頭が鉛を詰められたみたいに重い。
「ん〜〜、これが蓄積疲労かあ」
『ユウ、オッサンっぽいぞ』
「失礼ね、せめてオバサンにしてよね!」
そんな軽口を聞きながら、さっさと着替えて昨日買っておいた食パンの間に具材を挟んでホットサンドメーカーにつっこみつつ、冷たい麦茶を入れる。
溶けたチーズと合わさったハムが美味しい。
そうこうして食べている間に、パチリ、とずれていたパズルがはまったような、急にスイッチが入ったような感覚があった。
「あっ、クロ、なんかハマった。今急に首周りがすっきりして頭痛が消えた……」
『馴染み始めたな。あと数日かけて完全に馴染めば今までよりも動きやすくなるだろう』
「へー! 楽しみにして、今は耐えるよ」
暑さ対策をしつつ、あまりのポンコツ状態にクロの過保護ぶりが全面発揮され、最初からタクシーで八重子夫人の家に伺う。
久々にお会いする八重子夫人はいつも通り穏やかな笑顔で迎えて下さった。
「まあ、結子さんに玖朗さん、お会いできて嬉しいわ」
「こちらこそ、私たちの先輩までお世話になりまして、いつもありがとうございます」
「夫人、よろしければこちらを。暑い日が続くのでご自愛ください」
夫人にだけは丁寧なクロ兄が丁寧にアイスの持ち運び用の袋で渡すと、優しげな笑顔で喜んで下さった。
「いつもお心遣い嬉しいわ。さあ、上がってくださいな」
「ありがとうございます。お邪魔します」
エアコンの効いたリビングはいつも通りシンプルながらも品良く、居心地が良い。
「結子さん、少し塩分を取ってね。もちろん玖朗さんもね」
そう言ってチャーミングにウインクしながら渡されたのは、氷を浮かべたスポーツドリンクのグラスだった。
「すみません、ありがとうございます!」
「お身体が弱いのなら、この暑さは堪えるもの。私も今年はちゃんと塩分をとっているのよ」
「年々暑さが厳しくなっていますもんねえ」
季節の話から、仁先輩と葵ちゃんは学校の休みが長いので離れていることなど世間話から入った。雑談の中で結局以前に伺った神社にたどり着けなかった話をそれとなくすると、八重子夫人は面白そうにされていた。
「まあ、お狐様に化かされているみたいね。神社はお稲荷様を祀っていたのかもしれないわね」
「たしかに! 昔から良く言いますよね」
話しながら、クロ兄と視線で合図を交わし、結界の境界へ向かうことを決めた。八重子夫人には丁寧にお礼をして近日中にまた書斎にお邪魔させていただく約束をした。
結界の場所は相変わらず住宅街のど真ん中だけあって、日差しを遮るものがなくて、辛い。首元を冷やすアイスリングと小さい冷風機を全力活用して向かったところ、結界は今日も健在だった。
稲荷や狐系の妖魔なら、どこか獣臭さがあるはずなんだけど、私には無臭でむしろ無機質過ぎて妖魔ではなく完全に人によるもののように見える。
「クロ兄、どう思う?」
「狐の気配は……ないな。この結界は、少なくとも人間によるものだ」
「やっぱそうか~、じゃあもうタクって南に行こう」
「そうだな、ここで得られるものは今はないな」
迷子を装ってアプリでタクシーを呼んで、そのまま観光地にもなっている元は湖だったという花畑へとお願いした。
休憩を兼ねた移動で着いた伊津那湖跡公園と呼ばれる場所は、秋桜が溢れる華やかな光景が広がっていた。同時に人の多さにも驚いた。
「うわー! 綺麗だね~!」
「人が多いな」
「もう少し涼しければ良かったね」
タクシーの運転手さんの情報によると、元は湖だった場所を中心とした広い公園で、湖は何十年も前には沼のようになっていて埋め立てられたらしい。
そのままでは勿体ないと、四季折々の花を楽しめるように設計された公園になったそうで、この街の目玉のひとつらしい。
人の流れに合わせて進んでいくと、入口の秋桜の花畑から始まり、林には金木犀や萩、小さな人工の小川の周りにはススキがある。奥に曼殊沙華の群生地もあって、公園をぐるっと回る散歩コースは見ごたえがあった。適度に木陰やベンチ、休憩所などもあり、私も無理なく休み休み進んで行けた。
ただ、何か所か、やけに人がいない場所があった。
「クロ兄、どれが本命かなぁ?」
「いいから先にそのアイス食っちまえ。溶けてるぞ」
「はぁ~い」
答えながら、結論はほぼ出ていた。曼殊沙華の群生地、あそこは別に立ち入り禁止になっていた訳ではないのに、全然人がいなかった。
そして別名である「彼岸花」が原因ではないけど、私が思い出したのはもうひとつの別名「狐花」の方。
溶けかかっていたソフトクリームをやっつけて、クロ兄と一緒にゆっくり曼殊沙華の群生地へと戻った。
一見すると綺麗な赤い花々。
けれど、空気が重い。自然と進みたくない、という気持ちになる。目を凝らすと、地面から滲むように妖気が立ち上っているようにも見えた。
遠目ではこれ以上分からない、と進もうとしたら腕を引かれてバランスを崩す。驚いて引っ張った張本人に文句を言おうと振り返ると、クロ兄は感情が抜け落ちたように真顔で、言葉が出ない。
「ユウ、当たりだ。けど、何かおかしい」
「どういうこと?」
「今はダメだ。帰るぞ」
それ以降クロ兄は一切口を開かなくなった。それでも、私を気遣いながら最速でタクシーを捕まえて帰路に就いた。特に追跡されている感じもないし、平穏なことを確認しながら自宅前で降りる。
帰宅して施錠、結界も確認したところでようやくクロが口を開いてくれた。
『悪かったな』
「ううん、話せない何かがあったんでしょう?」
『ああ、あそこは人にはあまり影響はないが、妖魔は取り込まれかねなかった』
「妖魔にのみ影響があるの?」
『あれは、妖魔を捕らえて逃がさないための檻だ。
しかも、かなり強固な。
中にはきっとそうまでして封印しないといけない存在がいるはずだ』
「……え、それってやばそうなんだけど?」
『止めただろ?』
それはそう、としか言えなくて悔しいけど、自分が感じ取れなかったのが悔しかった。クロはまだ私が本調子ではないから、と珍しく慰めてくれるのが余計に情けない。
そこで凹んでいても仕方がないので、どう臨むのかをクロと相談する。祓い師はみんな妖魔の力を借りていることから、相棒である妖魔を守る手段を設けてから、と言うことで晶くんと仁先輩の帰還を待つことにした。
クロ、と言うか半分私自身、蜃気楼と雷伝、全員を守る。その上で南の頂点の秘密を解き明かし、奴らの野望を、必ず、潰す。
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