第38話
結子は寝たり起きたりを繰り返し、完全に復活したのは高階と話してから三日経っていた。
合間合間で食事もしていたし、水分も取っていたけど、喉がカラカラだ。
外を見ると、まだ日が昇り切っていないにも関わらずセミの声が賑やかで、残暑はまだ酷そうだ。
とりあえず水、と錆びた機械のようにギシギシ言いそうな重い身体をゆっくり起こすと、すっとストロー付きのコップが差し出された。
「ん」
ひんやりとした水が喉を流れ、寝てばかりで火照っていた身体が目覚めていく。
「……ふぅ、おいし」
ふと見上げると、珍しく人型になっているクロはどこかくたびれていた。
「クロ?」
「問題ない」
「……まだ何も言ってないよ?」
「チッ! お前の言いそうなことくらい分かる。だから、大丈夫だ」
「そっかぁ〜」
スッと目を逸らして逃げたけど、妖魔であるクロが疲弊している。それは、それだけ私に力を割いているということと同義。思い当たるのは、唯子が人で無くなったこと、だろう。
魂と身体は密接に繋がっている。
今までは、唯子の魂が人だったから助けてくれていたんだって、自覚できるくらい急激に何かが抜け落ちたような喪失感がある。この喪失感は、唯子がいない今、私の魂や生命力とクロの妖力で埋めないと動けなくなる予感がある。でも、それでクロが妖力不足になると戦術の幅が狭まるから、リスクも高くなる……。
考え込んでいると、いつの間にか猫の姿に戻ったクロに尻尾で顔をはたかれた。
「いったぁ!」
『はあ……消耗が大きいのは今だけだ。急に状態が変わったから同期にオレ様が手間取ったんだが、ユイコが助けてくれた。だからもう大丈夫だ』
「そっかぁ、ありがとうね」
『礼はユイコとアキラに今度言っておけ』
「ん、そうするよ。学校の休みは後何日あるんだっけ?」
『二日だ』
「じゃあ、ひと眠りしたら退院しようか。体力も戻さなきゃだし、先輩と晶くんが離れている今、各頂点の状況も視られる範囲で確認しなきゃ」
『そうだな。じゃあ、ユウ、寝ろ』
私の額を押す猫の手の力は強く、そのまま枕に押し倒された。
「ちょっ!」
『オレ様も寝る』
「えっ、もう! 強引!!」
私のクレームは全て無視して、私が動けないように布団の上で丸くなってさっさとクロは眠り始めた。クロは心配性だからきっとずっと緊張していたのだろうと思うと、憎まれ口ばかりの黒猫が可愛い。
とは言え、一度覚醒してしまったので寝る努力はしつつも、ずっと気になっていたことがあった。
伊津那市の六芒星の頂点の内、北の高校と南東のスポーツ施設は潰した。南東の住宅地の行方不明の神社、北西の工場、北東の御山、中央に神社、ここまで把握できている。
一ヶ所、抜けている。これに気付いたのは先日だった。
不思議と意識から外れていて、それに全く気付いていなかった。私だけでなく晶くんも同様だとすると、そこには確実になにかある。
そんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていたようで、顔をぺしぺしされて目が覚めた。痛い。
「ぉはよ」
『あと15分で朝食が来る。起きておけ』
「はぁい」
朝食、朝の検診を受けて問題ない、となったのでお昼頃には退院して伊津那市の中心の繁華街まで車で送ってもらった。クロはクロ兄姿で荷物を持ってくれているので、繁華街からはすぐにバスに乗って自宅までの様子を見ながらゆっくり帰宅することにした。
「クロ兄~あづい……」
「残暑だ」
「そうじゃなくて~!! もう! お夕飯はそうめん」
「いいぞ。ツナとネギは多めにな」
「冷蔵庫の中何があったっけ?」
「腐らないもの以外は空だと思うぞ」
「じゃあ、スーパーでお買い物だね」
何気ない会話をしつつ周りを確認していくけど、大きく変わった様子は今のところはない。人の多い所には低級の妖魔がちらほら見えるけど無害な範囲だ。市役所やその近くの伊津那神社などは避けたルートなので危険はない。
監視されている気配も、ない。
当主を失った二宮や、未だに姿を見せない一家がアクションして来るかと思ったけど、向こうもまだ混乱しているのかもしれない。少なくとも表面上私や葵ちゃん、仁先輩はただの高校生だから大っぴらにはできないんだろう。
夕方になると言うのに、まだまだ日は高く、暑さも全然引かない。涼しいバスから降りると、むわっとした熱気に、身体が一気にほてるのを感じる。
「あっつぅ~……」
日傘が日差しを防いでくれるだけマシなんだけど、この湿度の高い暑さは体力を削っていく。ちょっと、良くないな。
「ユウ、ここで休憩しても疲れるだけだ、店まであと数分頑張れるか?」
「うん……」
大分体力が落ちているのか、ちょっとの距離がやけに堪える。息が上がって、会話もまともにできない自分が情けない。スーパーについて、涼しい空調の中、二階にエスカレーターで上がると待ち合わせなどに使うのか多少椅子がある開けた場所で休憩する。クロ兄から貰ったスポドリが沁みる。
「ごめん、もう大丈夫」
「分かった。今日は必要なものだけ買って帰るぞ」
手早くロックアイス、そうめん、ツナ缶や今日はつゆは3倍濃縮を使う予定。ネギも最近は万能ねぎの切ったのが売っているから、それと生姜、ミョウガを買った。翌朝用に食パンとチーズ、卵、それだけささっと買って自宅のマンションへと帰宅した。
「はあはあはあ……きっつい、これ、やっぱ唯子の影響?」
「一面ではそうだな。ユイコの魂が無意識に補填していた分も、今はユウの魂がエネルギー補填している。ただ辛いのは馴染むまでで、そこをオレ様が手助けすると苦しい時間が長引く」
「なる~……頑張るっきゃないね。ずっとじゃないんでしょ?」
「ああ、長くて十日だ」
「なら、楽勝だね。クロ、しばらくだけクロ兄でお願いね。明日は八重子夫人に会いに行きたいから」
「了解だ。今は慣らすことを中心にしとけ。……そうめんくらいはオレ様でも茹でられる」
意外過ぎる言葉に思わず、嬉しくなる。
「じゃあ、お湯沸かすのと器とかだけお願いできる? 私はエアコン入れて、リビングで調味料準備しとく」
「おう」
ご飯の時間は、私にとって日常に戻った合図だ。
食材を刻んで、調理して、クロと一緒に食べる。それだけ。
でも、それだけで、ホッとする。
ご飯がちゃんと美味しいのが、嬉しい。最近は晶くんに仁先輩もいたから賑やかで、食事の時間は本当に楽しみで。
だから、私も一緒にやりたい。
お湯が沸いたのを確認してそうめんを茹で始めたら、深めのどんぶりのような器に冷水と氷を入れる。お椀にはつゆを適切に割ったものを用意して、薬味やハム、ツナなどは取りやすいように並べた。
茹で上がったそうめんを流水で締めて、ザルに一口サイズに簡単にまとめて並べていく。
食べる時はこの麺を氷を浮かべた水に入れてほどけたものを汁につけて食べるのだけど、口に入れる直前でもう一回冷やすのでひんやりして美味しい。
クロも目を細めて食べているから、きっと美味しいんだと思う。久々の二人きりの食事は静かで、でも落ち着く。
クロは他に人がいないと私に甘いから、片付けも当たり前にしてくれた。ありがたいな、とソファで地図を見ている間に寝落ちていたみたいで、気付いたら寝室で寝かされていた。
「……クロ?」
『寝ろ。深夜だ』
「うん……クロ、ありがと」
クロの返答は聞こえなかったけど、ふんって鼻をならしたように聞こえた。
明日は住宅街と、地図で確認した南の方にある湖跡に行かなければいけない。
あそこは、なにか、ある。
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