第37話
サーバー室のような複数のタワー型のPCと多数のモニターに囲まれた部屋に瀬名晶は居た。モニターには何かの波形が複数映し出され、晶はその波形を見ながら機材を調整していた。
『晶様、これは何をされているのですか?』
「ん~~、ユイは何が感じられる?」
そう言われて唯子は波形を見ながら、そのリズムに合うものを探すと、晶の義体である葵に行きついた。
『葵様、でしょうか?』
「正解。ここ何年もボクと葵ちゃんのリズムは変わっていなかったんだけど、葵ちゃんの魂を受け入れたことで差が出ちゃってね。これをちゃんと調整しておかないと、どこかで綻びが出ちゃうんだ」
蜃気楼の力は幻術。一口に幻と言っても、現実味を伴う幻は現実になる。それは見た目だけではない、その対象の声、体温、リズム、霊的な波長までを完全再現することにより、本物になる。
この調整を経て、晶はより完璧な葵になる。
論より証拠、と義体に力を通し、完全に同調させると、それは葵以外の何物でもなかった。
『凄い……晶様の気配が、ない』
「ふふっ、そうだよ! これがね、ドッペルゲンガーの神髄なんだ~」
『これが葵様の気配、波長……覚えます』
ユイの目には何かが視えているようで、それそのものを写し取るように眺めていた。本来であればただのマネキンのような人形は今、生きている人間にしか見えない生気、存在感、重さを持っている。
「蜃気楼はね、夢を見せてくれるんだ。夢はね、具体性がないと面白くないのに、あまりに現実的だとそれはそれで面白くないって言われちゃうの。理不尽でしょ?」
くすくすと葵の姿で笑う主人にユイはどう反応すればよいのか分からず、大人しく続きを待っていた。
「じゃあ、ここでユイちゃんに質問で~す! 結界に不可欠な能力は【同調】だと思う? それとも【拒絶】?」
ユイは【結界】の特徴を考え、妖魔をその攻撃を無効化または完全防御を行うイメージなので拒絶のように思えるが、晶の言い方からすると同調なのだろう。でも、何故【同調】なのかが分からない。
「どお?」
『同調なんだと思いますが、何故同調させるのかが分かりません』
「うんうん、素直でよし! じゃあ説明しようか~」
「ちょっと違うんだけど」と前置きをした上で晶は語った。
色の打ち消しで考えると分かりやすく、赤を打ち消すのであれば青緑で白にできる。同様に、青を打ち消すなら黄(赤+緑)で白になる。つまりそれぞれの特性に合わせないと敵の攻撃の無効化は難しい。仮に、全てに対して反射するような、完全防御を行う結界を作ろうと思ったなら、ありとあらゆる攻撃について想定したものとして作らないといけないので、現実的ではない。
そこで【同調】が必要となって来る。
攻撃に対して【同調】を行って、方向性をひとつに絞る。そうすることで、無効化しなければいけない攻撃の種類はひとつになり、負荷が少なく防御を行える。
「どう? イメージできたかな?」
『つまり赤だろうと青だろうと、白を常に混ぜることで【白っぽい色】を弾く、という認識であっていますでしょうか?』
「ピンポンピンポーン! 大正解!! 特に【っぽい】ってとこが大事だね~。そこが幻の曖昧で融通が利く最大のポイントだよ」
『なんとなく、分かった気がします』
「うんうん、流石だね!」
晶の結界が有能なのは結界が二層に分かれていて、一層目で同調させて弾きやすくして、二層目で無効化する。但し、結界はどんなに高性能なものであっても数、また強すぎる攻撃も耐えられる限度はある。
「そこでユイちゃんだよ。ユイちゃんは波長と波長の橋渡しが上手いから、あたしの守りを第一にお願いしたいの。
次にそれぞれみんなの特徴を覚えてね。ユウちゃんも、分かっているだろうけど今のユウちゃんはユイの知るものとは違うからね」
『はい。私もまた唯子の時とは違うので、大丈夫です。クロ様は過保護ですしね』
「そうそう、普段はすっごい不愛想なのにね~。良かったね、ユイちゃん♪」
『はい! ユウちゃんが無事で、幸せそうで、私も幸せです』
「ユイちゃんも良い子だよ~! じゃあ、残りの調整しつつ修行もしないとね。あたしは義体を何度か失っているから、敵も裏に別の人物がいる事には気付いてるはず」
そう悔し気に話す晶は、葵の義体を失った過去2回、そして葵自身を殺されたことを思い、自然と眉間に皺が寄っていた。
「……だからね、これからは本体も狙われるはずだから、ユイちゃんが頼りだよ!」
『承知しました。葵様の元へは何者も辿り着かせません』
ユイの宣言に晶は満足して、義体から意識を自分の身体に戻して再度調整に入った。一筋のずれもなく、葵が完璧に生きている人間としか認識できないように。
調整が終わってからは新たな結界の検討のため、結子の攻勢結界について調査と、直接結子と話しながら構成を確認するために通話していたが、突然晶が爆笑を始めた。
「やっば、ユウちゃんさいこ~! あっははははっ、わ、わらいすぎて、くるしっ……ぷっくくくっ」
『晶様?』
晶が大丈夫と手で合図するので、大人しく待っていたユイだったが、晶はまだ顔を真っ赤にして笑い転げている。そしてスマホからは結子の声が漏れ聞こえてた。
「ふっ、ふふ、……ほ、褒めてるんだよ。ありがとうね、明日にはそっちに戻るよ~」
会話を終えて、スマホを切った晶は目に涙を溜めて、まだ笑いが抜けきっていないようだ。
「ふふふっ、ああ~苦しい……ユウちゃん最高だ」
『晶様、ユウがなにか?』
「うん、聞いてくれる?」
結子の攻勢結界は単純に【近づいてきたもの全て】が対象になっていた。悪意の有無は、悪意なく攻撃して来るパターンも考えられるので、【今この瞬間近づいてくるのは全て敵】という物凄く割り切った、論理的だけど割り切りが良すぎる条件だった。
『……味方が近づいたらどうするのでしょう?』
「うんうん、そう思うよね? ユウちゃんは【近づいた方が悪い】、事が終わったら謝るよって!」
『なんというか、ユウらしいけど、あの……』
「すっごいよねぇ。でもさ、もっと凄いのはそれでユウちゃん味方巻き込んだことないんだよ。そっちのが凄いよね」
そう話す晶の視線は真剣だった。単純条件の方が制御が楽なのは間違いない、その代わりミスがリスクとなるはずなのにそれがゼロだと言うならば、使い方と戦況の見極めが秀逸だと言うことだ。
「結界は万能じゃない。どこで、どの結界を、どう使うか。それは術者の腕だからね」
『はい』
「ユウちゃんも結界は複数持っていて、ちゃんと状況に応じて使い分けている」
『ユウは昔からストラテジーでしたっけ?戦略ゲームが好きだったので』
「なるほどねぇ。ボクも負けられないな。ユイ、搦め手はボクの得意分野だからね、もっと手札をそろえて以降」
『できる限りのお手伝いをします』
伊津那市に戻ったらまた調査と残り三カ所の攻略と、大本命の山神が待っている。現状分かっているだけでまだ道半ばなのに、伊津那に仕掛けられているものが六芒星だけとも限らない。
この貴重な時間は一瞬たりとも無駄にできない。
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