第35話
――あの後、学校はガス漏れによる事故が朝方に発生したとして休校になった。
安全確認のため、という名目で並河高校は一週間の休校となり学生たちは喜び、その期間に回復させるため結子は入院していた。
晶もまたダメージが大きく、クロが手助けを求められる状況では無かったため、否応なしに祓い師本部の医療施設に入院になった。
入院翌日に結子は一回目を覚ましたが、今はまた眠り続けている。
「よう。安心しろ、思ったよりはダメージ無いそうだ。唯子の協力もあるだろう」
『……』
「そう邪険にするなよ。今お前らに何かする気はねえし、唯子の登場で結子は幸いなことに安定しそうだ」
苦虫を噛み潰したように嫌そうな顔をしつつ、目の前の気に入らない男に聞かないと分からないこの状況にクロは渋々口を開いた。
『アキラとジンは?』
案の定男は嬉しそうにするのが、目障りだ。
「厳槌は昨日から訓練開始してる。瀬名は身体への影響は実は深刻だったが、これも唯子を拾ったのが幸いした。
流石に結子の双子の姉だな、瀬名の使い魔となったばかりなのに蜃気楼の力を使いこなしている。瀬名の魂が傷つかないように保護していたから回復は早かった。今日には退院して義体の調整に入るとさ」
『そうか』
クロにとって仁も晶も既に切り捨て難い程度には仲間だと認識している。
結子以上に大切なものはないが、あの二人は結子も自分のことまでも大事だと全身で伝えてくるから、苦手で大事になってしまった。
大切なものは増やさない方が良いと言うのに、クロは二人が無事なのを聞いて間違いなくホッとしていた。
聞くことは聞いたので、クロは男の前から姿を眩ませて消える。結子の上司にあたる担任の男は胡散臭いから関わりたくない。
「え、ちょっとクロさんやー!!もう少し話そうぜー!!」
クロが戻ることは無いと理解しつつ、男は敢えてそう大きめの声で言い、大袈裟にがっかりして見せる。
クロの気配が完全に遠のいたのを確認しながら顔を上げた男の表情は普段と違い表情がすっぽり抜け落ちたかのように無だった。
「ふむ、随分と人間臭くなったもんだな。黒い悪意と呼ばれた妖魔のはずなんだがなあ……」
「先生、わざとらしいです」
突然かけられる声に驚くふりもしない男、結子にとっては脳筋の癖にやたらと意地の悪いことばかりして来るクソ教師は、目だけ細める。
「クロもお前の意識が戻っていることに気付いてるんだろ? なら、お互い様だ」
「クロと一緒にしないで下さい。図々しい」
「おまっ、流石に失礼だろ? 俺は教師で上司だぞ!?」
「性格が壊滅的に悪く脳筋の癖に怠惰に見せながら誰よりも慎重でエグい作戦ばかり立てる教師ですね」
結子の発言に顔をしかめるが間違っていないために否定もできず、無言で煙草を咥える。
「先生、ここ病院の病室なんですけど?」
「だから火はつけてねえ。いいだろ咥えてるくらい」
「チッ、これだから! ……それで、要件はなんでしょうか?」
目的無くこの教師がクロをわざと追い払うような発言をすることはないことは分かっている。まず間違いなく、クロには直接まだ聞けない、または聞かせられない内容なのだろう。
「結論から言う。お前の寿命は後数年だ」
「っ!!」
不意打ちに、一瞬息が詰まる。けれど、みっともない態度は取りたくない。指先が冷えていくのを感じながらも、意地で冷静さを取り戻す。
「……そう、ですか」
「自覚はあったか?」
「明確な自覚ではないですが、年々回復に時間がかかってきているように思っていましたが、唯子と再会して顕著に体に力が入りません」
「クロは分かっているのか?」
「恐らく。私よりも私を分かっているはずです。それで、私たちはどうなりますか?」
気になるのはそこだけ。
人間、いつかは死ぬ。それは純然たる生きとし生きるものの定めで明確なルールだ。私はちょっとだけズルをしているけど、この身体が完全に死を迎えれば私も死ぬ。私の寿命はイコールどこまでこの身体を生かし続けられるか、だ。
それよりも、私が寿命を迎えた時、クロは自由になる。つまりただの妖魔に、しかも強大な力を持った妖魔が世に解き放たれるということを祓い師が見逃すわけがない。
目の前の教師の反応を一瞬たりとも見逃すまい、一言たりとも聞き逃すまいと集中する。
「……ふう、焦んな。すぐにどうこうするつもりはない。
これでもお前たちの教師だ、お前を死の間際まで扱き使ってその後は殺すとか、封印するとかはしたくねえ。だから早く今は回復して、十全に動けるようにしろ」
火もついていない煙草が煩わしくなったのか、律儀にもポケット灰皿に突っ込みながらこちらを見ずに続ける。
「いいか、この伊津那市の残りを片付けて山の神を封じるぞ。
その実績をもってクロはこちら側の存在だとアピールする」
「はい!」
「って、ことだから~今はさっさと寝とけ。必要なら瀬名から唯子を派遣してもらえ、流石にお前の姉だ有能だよ」
「ゆい……はい、ありがとう、ございます」
乱暴に頭をぐしゃぐしゃと撫でて去って行く教師に、初めて教師らしさを感じたのは内緒。そう言えば、まともに先生の名前を呼んだことがないな、と改めて気付いた。
高階岳真は清浄高校の2年の担当教師。
何時もやる気無さそうで、服装もだらしなくて、その癖体術も剣術も大抵何でもこなしてしまうし、座学もガチでできる嫌味な奴。
前回の不意打ち戦闘訓練で先生をとりもち結界に捕えられたのは先生に避ける気が無いから、それだけ。先生がその気なら、あの結界は一刀で切り裂かれる。
先生の気配が十分に離れた事を確認して、クロを探すと呼ぶまでも無く目の前に現れて、そのふて腐った表情に苦笑してしまう。
「酷い顔。どうしたの?」
『あの野郎、ユウが後数年で死ぬとか適当抜かしやがって!』
そう、数年。2年なのか3年なのか、でもまだ十分に時間はある。
「ふふ、そうだね。クロ、私は死ぬ気ないよ?」
『当たり前だ。ユウは死なせねえよ』
「うん。クロ、私が危ない時はクロが連れ去ってね」
『……そんな日は来ねえよ』
「うん」
抱きしめている黒猫の姿をしたクロが温かくて、それだけでホッとする。同時に、クロをいつか一人にしてしまうことに罪悪感と寂しさに身体の奥がそっと冷える。
私は、死なない。今は、まだ。
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