第34話
巨大な自分を模した妖魔との戦闘は、正直やりにくい。屋上は狭く、相手は崩れては修復を繰り返すゴーレムのような怪物――無数の小妖魔が集まって形を成す集合体だった。。
集まってうごうごする様は集合体恐怖症じゃなくても悍ましさに寒気がするが、目を離す訳にもいかない。気持ちの悪さに切り落としてやったら自分の上に人の手のようなぶよぶよしたものが多数降ってきて、本当に吐きそうだった。
ほんっとうに趣味が悪い!!
「ああ、もう! 柔らかいから、斬るのは楽勝だけど!! 終わらない!」
『ふふふ……ほらほら、油断すると転ぶよ?』
足首を掴もうとする手を踏みつぶし、黒刀で巨大妖魔の足を切り離すとバランスを崩して旧校舎の屋上を埋めるようなアメーバのようになる。そこからチラホラと手がむくりと起き出し、また一塊となりながら人型を作っていく。
いっそ燃やせればいいんだけど!
「クロ、何か手はないかな?」
『マーカー用のビーズが余っているだろう?アレを起点に黒爪の撥で滅多刺しにしてやろうぜ』
「あ、なーる! じゃあ、もっかい、こかすかっ!!」
振り回しやすいように黒刀は斧に形を変えて、私を踏みつぶそうとするデカいだけの敵を避けて、軸足を切り飛ばす!!
一方、葵は鐘のある塔を登っていたが、清水がそれを邪魔していた。
「清水くん、そこどいてくれないかな?」
『ごめんね。でも、鐘を守るのが僕の役目なんだ』
「そっか、あたしは清水くんと戦いたくはないんだけどなぁ」
お互いに困った顔で向き合っていたが、ふと清水の顔が曇る。
『ねえ、なんで僕を助けてくれなかったの?』
「助けようとしたけど、それは言い訳だね。妖魔の方が一歩早かった。助けられなくて、ごめんね」
眉を寄せ、泣きそうな表情で清水は睨むように葵をじっと見ながら一歩、また一歩と近づいて来る。狂気すら感じるが、葵もまた動けなかった。
『僕はね、怖くて、恐くて、コワくて、こわくてこわくてこわくて……!!』
「そっか、眷属にされた後もずっと恐怖に支配されていたんだね」
『助けて、助けて、タスケテ、タスケテタスケテタスケテタスケテ!!
ハッ、ハハ、ハハハハハハハ! ボクハ独リ、独リハヤダ! お前モ、逝コウ?』
清水浩一の姿は崩れ、水のように透き通った大蛇になり葵を喰らわんとその顎を大きく開いて威嚇する。葵の目には蛇となった清水は怯えているようにしか見えず、その蛇の胴に巻きつかれぎゅうぎゅうと絞められても、斬る気にはなれなかった。
むしろ、彼に必要なのは……
「くぅっ……し、清水くんの望んだ、救いはここにあるよ」
そう言って前に差し出した葵の手にはバレーボール大の輝く玉があった。それは冷たい冷たい水底に沈められた清水が求めていた温かい光、温かい夢そのものに見え、迷うことなく食った。
光の玉を食べた瞬間に清水の魂に響いたのは家族の心配する声、クラスメイトの、友人の嘆く声。自分を探し、心配し、清水浩一が大切なのだと、生きていてくれ、誰か救ってくれ、せめて温かい場所へと導いて欲しいとの切実な願いで祈りだった。
『浩一、浩一、どこにいてもいい、生きていて』
『誰か!! 俺の弟を、浩一を見てませんか!? いなくなる子じゃないんだ! 優しい奴なんだ!!』
『すみません、どんな情報でもいいんです! 息子を見かけた人いませんか?』
『あいつはお人好しで、自分の事より他の奴気にするような奴なんだ!!』
『ごめん、気付いてあげられなかった!大事な息子なのに!浩一!!』
母の、父の、兄の、友人の悲痛な声が、心から心配する声が、寂しくて寂しくて凍えていた気持ちを溶した。ただただ涙が溢れ、気付けば清水は人の姿に戻って立ち尽くしていた。
『僕は、忘れられてなかったんだね。母さん、父さん、兄さんがあんなに泣くなんて……初めて見た』
「清水くんは愛されているよ、ごめんね助けが間に合わなくて」
『ううん、分かってた。夜のプールで神崎さんが本気で怒ってくれて、罠かもと思いつつも瀬名さんも神崎さんも助けようとしてくれた。わか、ってはいたんだ……ただ、怖くて、本当に怖くて、寂しかったんだ』
「うん、もう解放されよう? 温かい方にいこ?」
『まだ、間に合う?』
縋るような、不安そうな清水に葵は明るい笑顔で答えた。
「もちろん。君は誰も殺してないし、傷付けてもいないよ。上に上がれば、もう怖いことはないよ」
『ありがとう。僕の、家族に……父さんと母さんの子に生まれて、兄さんの弟で幸せだったって、伝えて。先に、逝っちゃって、ごめんって』
「必ず」
『瀬名さん、ありがとう。神崎さんにも、よろしく』
清水浩一の姿が空に溶けていくのを見送って、葵は崩れ落ちた。
大蛇の万力で絞められた肉体へのダメージが酷く、同調が高くないと操作する上で不便だけど、同調が高いゆえに肉体がダメージを受けた際に葵の魂の受けるダメージも大きかった。
「きっつ……でも、ユウちゃんまだ戦闘中だし! がんっばる!!」
口に出すことで自分を鼓舞しながら塔へと昇る梯子に手をかける。
巨大妖魔の足を再度斬り飛ばして転ばした結子は目印用のビーズを撒きつつ、足元に寄る数体を蹴り、斬り、消滅させていく。2度、3度と同じ事を繰り返し、美優の嫌味を無視して目印が妖魔の全身に行き渡らせた!
「クロ、今!!」
『おう! これはいってぇぞっ!』
【ギャァアアアアアアアア】と何重にも響く妖魔の声と共に巨大妖魔は崩れ、そこかしこから黒い粒子となって行く。8割の部分に黒爪が貫き、既に1つの個体として動けなくした。ここまでくれば後は黒爪を雨のように上から降らせば!
『そこまで! この子を死なせたくないなら、止まりなさい!』
視界の端に美優と葵ちゃんが見える。殴ったのか顔を腫らした葵の首を掴んで顔にナイフを向けている美優の顔は愉悦に歪んでいた。「ご、めん…」と小さく言う葵ちゃんの全身には散々蹴られたような跡が多数あった。
葵ちゃんの身体はダミーだけど、晶くんも無事ではいられない事を考えるとこの状況で強引に突破は難しい。同調中の身体を壊せば最悪晶くんにも障害が残るか、ワンチャン植物人間になる。
「ふう……はい、止まったよ」
黒斧は手を離したとたんに消え、私は両手を上げて降参を示した。
クロも敢えて私のすぐ横で、何もしていない、しないと姿を見せて恭順しているように、見せる。
『まさか、アレを倒すなんて思ってなかったけど……やっぱり甘いわね。この子はユウちゃんの足手まといね~』
ニヤニヤと嗤う顔が醜い。こんなにも醜悪な子だっただろうかと思うものの、これが妖魔の眷属になるって事なのかもしれない。そして彼女を追い詰めたのは、半分は自分のせいだ。田辺誠一、洗脳もあるだろうけど彼が目標だと慕っていたのは本当だったのだと思う。
清水くんも美優ちゃんも救えなかった、それは確かに私に罪悪感を刻んでいた。いつか対立するだろうとは思っていたけど、会いたくなかった。
「それで、どうするの?」
『そんなの決まってるじゃない。邪魔な祓い師は殺して、山神様に降臨願うのよ』
「宮司はもういないのに?」
『宮司様はいらっしゃらなくても、もうほぼ環境は整っているから、後はあなたたちを餌にすればお終い』
「ふぅん、そっか」
『……状況が見えないのかしら? あなたの態度、ムカつくわ』
「そりゃ申し訳ない。でも殺されるってのに、丁寧な態度なんて取る気になれないしぃ~」
『そうね。面倒だし、先に殺してあげる』
にこりと笑ってあげれば益々頭に血が上って行く美優ちゃんを煽りながら、時を待つ。
そして、【キキキキィイイイイイイイイ】と頭が痛くなる、金属同士をひっかくような、神経を逆なでする嫌な音を立てて世界に青空が戻った。
『な、なんで?!』
「あたしが偽物だからね~。ばいばーい」
葵ちゃんの形をした罠はそのまま、自分を掴んでいる佐々木美優の全身を黒爪で貫く。いみじくも田辺誠一と同じように、そのまま首を切り捨てる。
「ごめんね美優ちゃん。憧れの人とゆっくり眠って」
目を見開いたままの美優ちゃんの首を拾い上げ、瞼を閉じさせると、徐々に黒い粒子となって消えて行った。
空には青空が広がり、一連の並河高等学校で起きていた七不思議による事件はこれでやっと解決した。
今まで何人の人が亡くなったか、正確な人数は分からない。ここ5年ほどで10人近く亡くなり、今回も先任の祓い師を含めて生徒は4人、祓い師のサポートをしてくれる方々も数人亡くなられている。
この街を覆っていた大きな野望は、まだ完全には終わっていない。だが、その中の二つは確実に崩壊した。計画は遅れ、私たちは少しだけ時間を稼げた。
今は、失った友人が安らかに眠れることを……ただ祈った――。
読んでいただきありがとうございます!
ストックはここまでになりますので、週1~2回更新になります。
よろしくお願いいたします。




