第33話
全員撤収前に、魔法陣の六芒星の頂点であるこの学校に存在する、霊的・魔術的な“要”を探すため、校内に散らした目印を起動する。
反応があったのは、旧校舎の屋上にある――今は使われていない鐘だった。
足を負傷した仁先輩はクロとともに防御結界の内側に残し、私と葵ちゃんで屋上へ向かう。
昇る朝日がまぶしく、丘の上の学校から街を一望できる。けれど魔法陣は見えない。本当に良く設計されていて、あの一点からしか見えないよう細工されているのは凄い。
先輩からさっきのおっさんは二宮家の初代当主であり現当主、200年以上生きている眷属だと聞いてぞっとしたが、同時に眷属なので本人は強くなかったのかもしれない。正直手応えが全然なかった……宮司なんだったら、もっと搦め手いけるだろ? と思ったんだけどその代わりの大量の雑魚妖魔だったのかもしれない。
まあ、その辺の考察はまた後にして、エレベーターのない旧校舎を6階である屋上まで上るのは疲れた。
目の前には小さな塔と鐘、そしてその前に人影が2つ。
どちらも会いたくなかった、人たちだった。
佐々木美優、清水浩一、行方不明となった二人。
『ゆうちゃん、理事長まで殺しちゃうなんて……そんな酷い子だったなんて、知らなかったなぁ』
「そうだね、生徒を妖魔に捧げてなんとも思わない化け物だったから、仕方ないよね」
『そうだったね、ゆうちゃんはそういう人だった。だから、私の誠一さんも殺した。山神様が、誠一さんはいつか帰って来るって教えてくれたよ。それでも……私は、お前を許さない!!』
「うん、それもまた仕方ないね。私は多くの幸せの為に戦うって決めたから。美優ちゃん一人の為に何十人も何百人も何千人も犠牲にはできない」
『ふぅん、じゃあその一人が残り何千人の命の保証をしたら生かすの?』
「保証ができるなら、ね? でも、たらればの話は意味がないよ。美優ちゃんは殺し合いに来たんじゃないなら帰りなよ」
『ふっ、あははははは!! そうね、始めましょうか!』
キィイイイイインンクォオオオオオオオンン……カァアアアアアンクォオオオオオオンン……
旧校舎のチャイムが、戦闘の開始の鐘が鳴った。
最近は良く見る事になってしまった、真っ赤な世界。
佐々木美優の足元からこぽこぽと某国民的ゲームによく出てくるような、田辺誠一が「できそこない」と呼んだ粘土細工のような人の手の形をした妖魔が多数湧いて出た。
『私たち山の民は、伊津那の山の神の眷属。山は数多の命を育む。小さくとも、塵も積もれば山となる……さあ、怨敵に神罰を!!』
美優の言葉と共に手が重なり合って、一つの人型を形成していく。それは人の形をしているのに、冒涜的で悍ましく、気持ち悪い。ぼとり、ぼとりと手を落としながら形を作っていくのは、恐らく私に似せた人型。
「ユウちゃん、アレ、耐久度はないけど、かなりダメージは大きいと思うから気をつけて」
「了解! さっさと気色悪いゴーレムもどきは退場して貰おうかな!」
◇
結子と葵が敵と対峙し、旧校舎のチャイムが鳴ったのを聞いた瞬間クロは仁を担いで走り出した。校門を通れるかもしれない、僅かな可能性に賭けて。
だが、進入時に開いていた校門は閉じていて、クロは黒爪で攻撃したが弾かれてしまった。
「クソッ!やっぱりダメか!」
『私にやらせて?』
「……ユイコか」
『うん、私は半分妖魔になりかけていたのと、奴らの合わせ鏡を使って顕現したからまだ敵認定されていない。だから、この門を幻惑で騙してそのヒトを出してあげる。その代わり、クロはゆうちゃんの元へ』
「ジン、行けるか?」
「ああ、応援は呼んでおこう。先生は待ち構えていそうだが、あの人が介入したら俺らは減点だからな」
「チッ! ユイコ、ジンを頼んだ」
『はい、それでは行きましょう』
結子に似た細身の女性とは思えない力強さで厳槌仁に肩を貸して校門を通り抜けて行った。
校門の外は朝の眩しいほどの光の中、全てが色鮮やかに見えた。想定通り脳筋のくせにやる気無さそうな、覇気のない格好で担任教師が待ち構えていた。
「よう、厳槌。お前の課題は見えたな?」
「はい、痛感しました」
「前衛を張るためにも、この件が終わったら多数戦に特化したカリキュラムだ」
「了解です」
「んで、君が神崎の姉だったかな?」
『はい、唯子です』
「うーん、山神というより蜃気楼の力の方が大きいか?」
『お察しの通りです。私が眷属になりかけた妖魔はとうにクロ様に滅ぼされ、山神は通路を借りただけです。今は保護していただいた蜃気楼様の力を多く借り受け、山の特性はほんのわずかになります』
「うんうん、じゃあこの結界を壊さないままオレを入れて戻れる?」
『は、はい……あの、覇気を抑えていただければ』
「あ、なるほどね。ほい、こんなもんでいいか?」
驚くほどスムーズに存在感が小さくなるような、圧が一気に減った。
『はい、では、隙間を練るようにはいるので私の手を離さないようにお願いします』
「んじゃ、行ってくるから厳槌の保護と学校の立ち入り禁止手配は徹底しておけよ~」
唯子に手を引かれ、並高に入って行ったのは、清浄高等学園で結子や厳槌の担任を務める男だった。男は面白そうにワクワクして進んだ。霧に閉ざされたような何も見えない、ミルクで染め上げたような真っ白の空間を唯子は迷いなく進む。
自分の目には何も見えない、妖気の濃淡があるわけでもない、その中を当たり前のように唯子が歩けるという事は幻惑の類を強く持っている結界の一種だ。
「なるほど、隠れ里か」
『は、はい、その通りでございます。山神が眷属を守るための用いた「霧」です』
「あー御伽草紙か。結局入手できなかったが…」
『あの本は眷属の素質を篩にかけるためのものでございます』
「へえ? 詳しく」
『田辺を始め、眷属である山の民はみな待ち人がいるのです。待ち人だと、物語に共鳴した者は眷属に、それ以外は「できそこない」となり眷属の手足となります』
「君は眷属にされなかったのは何故?」
『単純に、もう死んでいたから。私の魂には既に力がなく、取り込む旨味がなかったので助かった。要は運ですね、平時だったら「できそこない」にされていたと思います』
「なるほど、なるほど。君はちゃんと冷静に状況判断できているのは高評価だ。よし、不出来な生徒たちの様子を見に行こうか」
真っ赤に染まった校舎の方から、絶え間なく戦闘音が響いてくる。
そして見えた明らかに人の5倍はありそうな、崩れかかった気色の悪い、人間を冒涜したような巨大な妖魔と戦う結子と葵。
『ゆうちゃん……! 葵様!』
「大丈夫、2人共まだまだ余裕はありそうだ」
確かに結子の表情には余裕があり、クロか葵と会話しつつ対応していたが、ここからではよく見えない。唯子自身に戦う力はないため、教師を連れてそのまま新校舎の屋上へと向かった。そこから旧校舎の屋上は良く見渡せた。
「おー!特等席だね!あー神崎それは悪手だろう、ほら、やっぱり」
結子が攻撃して切り落とした巨大妖魔の手が崩れ、結子の上に細かい手に戻りながら降ってきた。結子はぎょっとしながらギリギリで避けていたが、多少は当たったり足を取られたりしていた。妹がずっとこんな戦いをしてきたのかと思うと、唯子は複雑な気持ちを抱えつつも、ただただ結子と葵の無事を祈るしかなかった。
『ゆうちゃん、葵様、負けないで……』
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