第31話
――満月。月は明るく柔らかい光で地上を照らす。
無人の学校はそれだけで神秘的で、怖い。昼間の賑やかさとのギャップに寂しさと孤独さが募るからそう思うのだろう。
今私と葵ちゃんは旧校舎と新校舎側に分かれて、2つの校舎を繋ぐ通路を月が真上から照らして全てを白く染め上げる瞬間を待っている。両側にある、不思議な装飾の鏡……恐らく何かある。ただ、現状では何かが読み解けない。
写メって反転させたりしたけれども、結局意味のあるものにはならなかったため、その場での対応をせざるを得ないとの結論になった。
今夜、仁先輩は私と葵ちゃんの戦闘中に邪魔が入らないように、中庭で待機している。ほぼ間違いなく宮司を務める一家が来るだろう。既に七不思議の内4つを行っていた妖魔は滅殺した。残りはこの合わせ鏡を祓えば神に贄を送るシステムは完全に崩壊する。そうすれば、神を降ろすあの魔法陣も意味をなさなくなる。
既に一角は崩した、あとはこの学校と工場、住宅街の社を崩せば魔法陣は完全に崩壊する。
月光が徐々に上から射すようになってきた。あと10分もしないで月は真上に来るだろう。
「葵ちゃーん」
「どうしたのユウちゃん?」
「ううん、体調はー? と思って」
「眠いけど、調整はバッチリだよ。同調率も95%だから無様な真似はしないよん!」
「あは、かっこいー! そうそう、バッグに小さめの水筒入れといたよ。中身は勿論、コーヒー!」
「えっ、マジ!? ……あったー! ユウちゃん素敵すぎ~マジ女神では!!」
「ふふふ、讃えてくれて良いのだよ?」
「神様仏様ユウ様~」
そんな無駄話をしつつ、冷たいブラックコーヒーを自分も飲んでスッキリさせる。普段はあまり好まないけど、この苦みと冷たさが蒸し暑い夜で少しだれていた気分から覚める。
普段なら綺麗なだけの月光が今日は不穏さしか感じない。私たちが待ち構えているように、向こうも待ちかねていたんだ、と。
月が真天に上り、月冠となった瞬間、世界は白く輝く光に覆われた。
通路の窓は月明りを反射する鏡となり通路は一気に広がる。そしてそこに居る私たちもまた実像と虚像が入り混じるミラーハウスそのものへと変化した。
「行きます!」
声掛けと共に一歩進むとそれまで見えていた外の景色は全て見えなくなり、完全にミラーハウスの中に入ったような感じだった。
まずいことに葵ちゃんの気配も感じられなければ、声も聞こえない。
「クロ」
『おう』
「これは持久戦かもしれないね」
『それは面倒だな。ならこの趣味の悪い鏡を壊そうぜ』
「そうね、それが手っ取り早い、ね……」
目の前の、手に触れた鏡の中の私がにこっと笑ってくる。うん、気持ち悪いな……。容赦なくクナイで割る、が自分の顔をしたナニカはぴょんと避けて距離を取る。
即座に追いかけて何度も切りつけていく。
【ひどいなぁ、お姉ちゃんに対して】
「ふぅん、そーいう手かぁ。私のおねーちゃんは、もう何年も前にお前たちに殺されたんだよ」
【そうだよ、怖かった……結子の手が、足が食べられていく様子は怖かった。なのに、魂を食べられたのは私だった】
「そうだね、ショックで動けなかった唯子はあっさりと食べられてしまった」
【なんで助けてくれなかったの?】
「ごめんね、もう手も足ももがれてて動けなかったんだ」
【じゃあ、なんで私を今攻撃するの?】
「唯子が妖魔だからかな」
【酷い妹だなぁ。ねえ、私の身体を返して?】
「唯子が本物で、ちゃんと人の魂で、私の寿命が尽きたらいいよ」
【おばあちゃんになっちゃうじゃない】
話かけながら攻撃して来る唯子モドキは見た目には自分なので、気分が悪い。仮に本当に唯子だったとしても、妖魔の方に立ったのならば、それはもう人間じゃない。敵だ。
「黒爪・散!」
一気に周りの鏡を壊すが、壊しても壊しても鏡に囲まれる。間違いなく隔絶された妖魔の領域だと思われるが、幸いな事に葵ちゃんが領域の外にいるので境界を壊してくれるまで耐えれば良い。
私が疲労することなく鏡を壊し続け、唯子を撃退し続けるうちに、唯子に焦りが見え始めた。その様子を見てひとつの可能性が思い浮かんだ。
「そっか、満月の力が最大である真天にある間しかこの特殊な空間は維持されないからか」
分かりやすく動揺する唯子に、悪い笑みが浮かぶ。
「という事は、この領域の境界も脆くなる、と~……葵ちゃん、真上!!」
【外にはここの声は聞こえない!】
「普通なら、ね」
葵ちゃんが合わせてくれているのを信じて、杭ほど太い黒爪を打ち上げるとキシリと嫌な音を立てて上に亀裂が生まれ真っ暗な空が見えた。
『掴まれ』
【ダメ!! 行かないで!!】
そう言われた時にはクロに抱き上げられ、高く飛んで亀裂から飛び出ていた。
外から確認すると、通路の左右に合った鏡が両側を塞ぎ、2つの鏡をもって1つの魔法陣となっていた。
「葵ちゃん、ありがと~」
「ユウちゃん、ナイス判断!この魔法陣は封印の魔法陣でこっちは壊しようがなかったの!」
「上ならどっちからでも変わらないと思ってね」
クロに下ろしてもらうと、唯子が封印の魔法陣からよろよろと這い出て来た。
【結子、ゆうちゃん!! やだっ! 置いて、いかないで。おねがい……】
「ゆい……」
【おねがい、独りは寂しいの。独りは怖いの、もう独りは嫌なの! 結子おねがい私をこっちに!】
白い通路を出ようとした唯子の手は消えそうになり、焦って白い光の中に戻ったがその瞳が助けを何よりも訴えている。
「ゆい、唯子……クロ、どうしよう、どうすれば」
クロが怯えたように私を抱きしめて離さないので、唯子に近付くことは出来ないけど、唯子の言葉に嘘は見えなかった。でも、私もこの身体を明け渡すこともできない。
【……ごめん、ゆうちゃん。困らせて、ごめんね。お姉ちゃん妖魔の眷属になるのは嫌だから、祓ってくれない?
魂まで、私の気持ちまで、妖魔の好きにさせたくないの】
「ゆいっ!! そんな、何か、何か手はないの? お姉ちゃん……」
月明りから出られない唯子と、クロに抱えられて陰から出られない私。光と闇、人間と妖魔に分かたれてしまった私たち双子を暗示するようでどこまでも皮肉な状況だった。
唯子を助けたいのであれば、祓うしかない。でも、その決断ができない。これこそが妖魔の狙いだろうに。
『ユウ』
「クロ、私は死にたくない。クロとこれからも生きていきたい! でも、でも……唯子を、殺せない……」
『……オレが、やる』
クロの言葉に唯子は涙を浮かべながらも微笑んでいた、けど、クロに背負わせるのも違う! クロを引き留めてクナイを持ち直す。
唯子を見ると、唯子は涙を流しつつも頷いている。
私の半身だった唯子を殺すのなら、それは私じゃないといけない。そう覚悟してクナイを振り上げた私の手を、華奢な手が止めた。
「なんで」という気持ちと、「良かった」という気持ちがぐちゃぐちゃで、我慢していた涙が溢れてくる。
「殺さなくていいよ」
【えっ】
「あ、おい、ちゃん……?」
驚きに言葉が続かない。いいの? 本当に?しか頭の中になくて、どうすれば?とか何も思い浮かばないまま、葵ちゃんの言葉を呆然と待つしかなかった。
「唯子さん、でいいのかな? ユウちゃんの双子のお姉さんの」
【はい】
「今はほぼ魂魄そのままだよね? 妖魔化するほどのエネルギーも感じないし、それなら仮初の身体に唯子さんの魂を入れて式神のような形でこっちに留めておけると思うんだ」
「本当に? 唯子は消えないで、いいの?」
「うん。ただ、人間にはなれないし、ユウちゃんの魂を身体から引きはがすわけにもいかないから、そこは理解してね」
【ありがとう、もう独りじゃないなら、それだけで嬉しい。ゆうちゃん、形は変わっちゃうけど、また仲良くしてね】
「唯子! ありがとう、葵ちゃん!」
『ユイコ、恨むならオレだけにしておけ。お前の身体をユウに与えたのはオレだ』
【まさか、あなたのお陰でゆうちゃんは生き延びたって分かってる。私はちゃんと死んだの、一度は死を受け入れてしまったの。
それでもやっぱり寂しくて、寂しくて、でもこうして受け入れて貰えるなんて……本当に、ありがとう。これからも結子をよろしくね、黒猫さん】
葵ちゃんが唯子の魂を水晶玉のようなものに受け入れたタイミングで月冠の時間は終わり、合わせ鏡の通路はただの通路に戻った。
一方、仁先輩もまた厄介な敵と対峙していた――。
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