第30話
慣れ親しんだ気配が近くにないことの違和感に一気に心身が覚醒する。スマホを確認するとあれから丸一日経っていた。
満月は明後日。では何か別のトラブルがあったのかもしれないと、そっと音を立てないようにベッドを抜け出し、戦闘服を取り出して着替える。ついでに自分のダミーを簡易的に作り出してベッドにまだ寝ているように偽装する。
音を立てずにキッチンに行き、とりあえず水分と栄養として10秒チャージのゼリーだけ飲む。うん、体調に問題はない。
クロとの繋がりも問題ない、クロは私が起きた事が分かるはずだけど、連絡も来ないということはその余裕がない可能性が高い。
人間と違って私とクロの間で裏切りはありえないから、その可能性は考慮もしない。
と、そこで違和感を感じる。自宅は普通のマンションを改造しているから、例え夜中でも人の気配が複数あるのが当たり前だ。
なのに今はまるで結界の中か、どこか隔離された場所のように静かだ。
「うーん、この状況初めてじゃない気がするのよねぇ……。
よし、攻勢結界起動!」
パリンと言う音ともにここを囲んでいた結界を中から破る。あまりに手応えがない。
同時に複数の気配を確認して全てにマーキングして
「起動、黒縛」
一気に拘束する。
捕獲した対象を見に行くと案の定訓練用のダミーだった。
「はあ、最後はここ!」
地面に潜んでいる反応を黒爪の檻で捕らえて、お終い。
「せんせー終わったでしょ?って、ああもう、面倒だなぁ!!」
背後から来ていた人影に黒爪で先手攻撃を仕掛け、「クソ!」とか言ってる声を無視して距離を取ってトラップの準備をする。
餌は私。あの脳筋は、必ず力では対抗できない私に直接攻撃を仕掛けてくるのは分かってるから自分を起動ポイントとしつつ、背後に注意する。
脳筋は自動迎撃で良いとして、背後に来るのは誰か、って仁先輩!!気配しなかったってことは晶くんもどこかにいる!
仁先輩とは直接対決せず、黒盾で受け流す。そのまま影に沈む。一瞬で先輩の背後に移ってから逃走、寝室に戻って自分の作ったダミーに見える晶くんにクナイを突きつける。
【終了!全員戦闘解除して下さい】
機械的な女性の音声で戦闘訓練終了が告げられた。
「はぁあああ〜、もう何なのよーー」
「ユウちゃん、お疲れ様。災難だったねぇ」
「ホントよー、寝起きからさいてー」
「それで、ボクがここに居るってなんで分かったの?」
「ん〜? 仁先輩居るのに気配がしない時点で晶くんはいる。変化をざっと計測して変化が《《無かった》》のがここだった。それだけだよー」
「偽装し過ぎたのが仇になったか、あ〜盲点……悔しい」
晶くんと話しているとクロが解放されたのか戻ってきた。とても不機嫌そう。ブスくれたまま私の頭に上って尻尾でぺちぺちと叩いて来る。
「クロ? あのクロさん…?」
『……』
「クロさーん?? 地味に痛いんだけど?」
更に力を入れてベチンベチンやってくる。ペチペチなんて可愛いものじゃない、いやホント痛いんだけど捕まえようとすると手を叩き落として来る。
「クロ、ユウちゃん何も知らないんだから……」
『けっ!』
ふて腐ったままクロは何処かへと向かって行ってしまったが、晶くんが『シー』って指立ててたしクロも怒っているというよりは悔しそう?悲しそうだったから、ちょっと様子見ようと晶くんのところへ戻る。
「晶くん、話してくれるよね」
「ユウちゃん、笑顔が怖いよ?」
「うーん、晶くんにしてはデリカシーがない発言だね?」
「あ、うん……とりあえず、まずはあそこでゴロゴロしている教師を確保しよっか。」
「うんっ!ちゃんと逃げられないようにとりもち結界でミノムシにしてやってあるから、任せて!」
「……ハイ」
晶くんが割と本気でドン引きしてるけど、私も割と怒ってるので知らない。あの脳筋アホ教師を何度かどついて、仁先輩も私に知る権利はあると後押ししてくれてようやく吐いた。
「ほら、お前らって共依存に見えるんだよ」
「会話は簡潔に分かりやすく、主語は明確に!」
「ったく、口うるせえ。神崎、お前とクロに決まってんだろ。確かにお前らはセットでつえーよ。
だが、どちらかが戦力にならん時はあるだろう? けど、クロは過保護だからな、お前を危険にさらす訓練に反対だったんだよ。だから……」
ふて腐るように黙り込むいい年下担当教師の様子に晶くんは苦笑しながら、続けてくれた。
「ボクがクロを強制的に隔離したの、先生の上司命令で。
クロも分かってはいるんだけどね、説明なしだったし。ユウちゃんの危機に自分が何もできず何も伝えられず、不意をつかれたのが悔しかったんだと思うよ」
「そっかぁ……クロに心配かけちゃったね。そこのポンコツ教師、クロの機嫌が直るまで特製薬湯飲ませるわ♡」
「うげっ、いや、それはちょっと……」
「ユウちゃんの薬湯?」
「うん、実用性バッチリの薬湯なんだっ」
「厳槌、オレをここから解放しろ! 早く!!」
にっこにこで、部屋に戻って冷蔵庫を開けるといつも通りの場所に黒っぽい粉の入ったタッパーがあった。それと蜂蜜ととろみを混ぜてお湯で解いたものを準備する。蜂蜜ととろみは冷やしておいたので飲むのに熱くはない。
ただし見た目と匂いからして色々アレなのを察したのか晶くんはそっと避けていた。
「うわぁああああ、来るなーー!!」
「先生、諦めろ」
「うわぁ~、だから言ったじゃないですか……二人に言わず強制はダメだって」
「うごあっ、にっ…がぁ……うおえ……」
そう、この薬湯は効く。疲労軽減、眠気解消、胃腸を整えてくれる生薬。ただし、果てしなく苦い。しかも蜂蜜の甘味が苦みを倍増して来る上にとろみのせいで口に残る。まあ、だから眠気も吹き飛ぶんだけど。
私は案外嫌いじゃないんだけど、皆に嫌がられるので、敢えてより苦みを増す方向に調整したものをやらかした仲間に半分罰ゲームで身体に良い、でも果てしなく身体に悪そうな薬湯を飲ませる事にしている。
ちなみに、あの脳筋教師は大笑いして調整に協力してるので一度ぐらい身をもって体験させることができて満足だ。
薬湯を最後まで飲んだのを見届けて、私はクロを探しに出た。
晶くん曰く私と連絡が取れず、私の様子が見れないように完全隔離した上に能力も封じられていたらしい。相手が仲間である晶くんであるため攻撃もできず、非常に不安で心細かっただろうと思うと申し訳ない。やっぱりあの脳筋アホ教師は数発殴っておくべきだったかも、とちょっとイライラしつつ屋上目指して階段を登っていた。
「クロ」
こっちを振り返る事もなく、クロは猫の姿のまま遠くを見ていた。
屋上に出てようやく場所が分かった。伊津那市にある隠れ家の内の1つの雑居ビルだったが、ここまで魔改造されているとは知らなかった。
『ユウ、オレ様は甘かったかもしれない。
俺はアキラを傷付けるのを恐れ、アキラであればお前を傷付ける事はないと思っていたから大人しく封じ込められた。あの訓練はお前を一人で戦わせるのではなく、オレ様が試されていたように思う……』
「私たち人間は弱いし、嘘をつくからね」
『大丈夫だとは思っていてもお前とジン、アキラが戦うのを見て……訓練であるとは分かってても、いつか戦う日が来るかもしれないと思い知らされた。
オレ様はお前を人質に取られたらきっと仲間だろうと戦う。それは人間とか妖魔とか関係ないんだと思う』
「そうだね、お互い大切なものを守るために、大切な人と戦わなきゃいけない事ってきっとあるね。
悲しいけど……晶くんは葵ちゃんが絡むなら容赦しないだろうし、仁先輩も守るものがきっとあるから。
私はずっとクロと一緒にいるよ。人も妖魔も敵になっても、クロだけは裏切らない。最後の最後まで一緒に居てね」
『ああ、オレとお前は運命共同体だからな』
「ふふ、そうだよ! ……でも、出来るだけ仲良くなった人とは敵対したくないね。そうならない事を祈ろう」
クロが大人しくしていてくれたのが正解なのか、結界を突破してでも私の元に来るのが正解だったのか、分からない。でも祓い師の組織に所属している現状では協調性を見せておいて間違いはないと思う。
その上で私が一人でもちゃんと祓い師として戦えるのも証明は必要だと思うので、きっとクロが耐えてくれたのはきっと正解だったんだと信じて私たちはもう明日の深夜に迫っている満月に備える。
満月の新校舎と旧校舎を繋ぐ二階の空中通路、そしてその出入口にある鏡。そこで何が待ち受けようとも私たちは祓う。
そして、きっと出てくるであろう黒幕を討つ――。
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