第2話
転校して2週間が経過し、大体の校内の状況が把握できた。最初の1週間の事はあんまり思い出したくない……どこに敵が、妖魔が潜んでいるか分からない中、クラスメイトをはじめとした生徒達が常に見張るかのように、いつも誰かに見られている状況で心身ともに疲弊した。
本当に、なんでこの学校の生徒はそんなに転校生が珍しいのか理解できない。転校生なんてちょいちょい居るだろうが!! と、思うが声には出せない。出せない……代わりに、続いていた緊張感に身体がとうとう限界になって倒れた。それが功を奏したのか、クラスメイトや他の生徒達も少しは遠慮してくれるようになって、ようやく息がつけた。
本来は倒れるなんて言語道断だけど、病弱である、という証明になったので結果オーライだろう。うん、私は悪くない!
改めて私は病弱で療養を兼ねてこの学校に来たって設定を大いに活用して、クラスメイトたちと少しずつコミュニケーションを取りながらまずは学校内の把握を始めた。
「並河高等学校」は新校舎と旧校舎、体育館、部室棟、プールで構成されていて少し田舎にあるせいか中々広い。まずは基本的に過ごす「新校舎」から確認する事にした。校舎の中央に広い下駄箱などのある入り口があり、入って右側に職員室と保健室、理科系の実験室とその準備室などがある。実験室は2つあり設備も新しくて充実している。
玄関から反対側は広い学食と購買があり、軽食や文房具などは何でも買えるようになっている。学食は一面ガラスで明るく、オープンな雰囲気が過ごしやすそうだ。実際何度かクラスメイトとお昼に来てみた時は、カフェのような感じでみんなリラックスしていて、楽しかった。その中で気になったのは「この学校の七不思議はちょっと変わっている」と言う一言だったのだけど、すぐに話題が変わってしまって深くは聞けなかった。残念。
「学校の七不思議」はどの学校にもあるけど、妖魔絡みな事が多いのも事実なので、要調査項目としてメモしておく。
新校舎の2階には図書室があり、テスト前などは結構混みあうらしい。後は各学年の教室があり、屋上も解放されていて景色が良いと聞いて行ってみた。この学校は高台にあるので、屋上からは学校全体と、街の方まで全部見渡せて確かに見晴らしが良かった。
旧校舎は、移動教室で足を運ぶことになった。今時の綺麗な校舎が新校舎なら、旧校舎は飴色の木造床やレトロな雰囲気のあるレンガ調の壁などが魅力的だ。1階に美術室や美術関係の準備室があり、2階には音楽室、楽器の保存室と新校舎よりも広く立派な図書室があった。図書室は中々の蔵書量と質で本好きにはたまらない紙の匂いで溢れていた。
そして、異変も旧校舎にあった。
街には多少なりとも弱い妖魔が居たのに、学校内にはあからさまな感じで1体も妖魔が見当たらない。空気もクリーンすぎて逆に異常さが際立っている。
そもそも人が多い場所それだけで生命エネルギーが漏れるため、妖魔は自然と集まって来る。学校やショッピングモールなど人が集まる場所では弱い妖魔の数体を見かけるのは当たり前で、多少妖魔の気配があるのが普通なのだが、学校内はこれがさっぱりない。神社仏閣などのように超強力な妖魔、または神の領域の中にいるような状況に気を付けないと緊張で平静が保てなくなりそうになる。
お昼休みに新校舎の屋上から見渡すが、やはり妖魔の気配は微塵も感じない。
「クロ」
『なんだ?』
「定時報告」
『なんもねーよ。恐ろしいくらい真っ白だ。オレ様の気配が際立たねぇように、なるべく呼ぶな』
「了解。夜、自宅で」
さっさと消えたクロの様子に焦りは、分かる。クロの気配は、この真っ白な空間に墨を一滴たらしたかのように目だってしまうのだ。それは私を危険に晒すのと同義であり、クロには許容できないリスクなのは分っている。
……正直言うと、この真っ白な空間は私も息苦しい。それは精神的にも、肉体的にも、クロのサポートは得られないから常に無理を強いられている。
心配しているだろうクロに「ごめんね」と呟きながら、結子は目印となる小さなビーズのようなガラス粒のようなものを屋上の数か所にさりげなく落としながら外を見ているフリをする。
2週間かけて、ようやく学校全体に捲き終えた事で、脳内に学校のマップが描けるようになった。その中で唯一妖魔の反応が見えるのが旧校舎にある図書室だった。
「わざとらしいんだよねぇ。罠にしか見えない」
そう独り言ちながら、新校舎の屋上から少し奥にある旧校舎の図書室が見える。見えると言っても本が焼けないように常にレースのカーテンは閉まっているので、ここから見えるのは白いカーテンが閉まった窓だけだけど。
私は身体能力的には最弱だが、クロと生死さえも共にする契約のため、クロの持つ能力のほぼ全てが使えた。このマッピングと呼んでいるものは、検知も出来ないくらい僅かなクロの妖力を込めてあり、特殊な巾着以外に触れると溶けて消えるが、目印だけが私とクロに分かる形で残る。
そしてマーカーは探知機能、音波によるソナーのような役目も果たすのだが、この綺麗過ぎる環境では使えないため、密かに街で低位の妖魔を街で捕獲していた。合計で6匹捕獲した妖魔は時限式に順次この後解放される。そのタイミングでソナー機能を使い探索予定だが、それ以前より存在をアピールする気配が気にかかる。もっともその存在がどう反応するかを見極めるためにも、低位妖魔の解放とソナーは決行だ。
ワンチャン、同業者の契約妖魔の可能性もある、とは思っている。未だに接触のない同業者。死んでいる可能性もあるが、それならそれで実害は無い上、敵の能力把握も出来る。冷たいようだが、常に死と隣合った仕事をしているのだから、例え悔しくても悲しくても、辛くても最善を尽くし妖魔を滅せないなら最大限の情報を残すのが祓い師の役割だ。
「発動は30分後、と。仕掛けは上々、さあ寄って見て御覧じろ!ってね」
誰に聞かれることのない独り言は、爽やかな初夏の風に消えて行った。人だけでなく妖魔の気配もないままの屋上は無人になり、チャイムの音と共に風の音以外は無くなった。教室が並ぶ廊下にも教師の声と板書の音以外はしない、平和な学校そのものだった。
きっちり30分後、突風が学校を突き抜けた。それは一瞬で、視えない者には強風が吹き抜けたとしか感じないほどの一瞬。視える者には複数の弱い妖魔が3方向から解放され、走り抜けて行った。
弱い妖魔達はこの真っ白な空間に突然放り込まれ、パニックを起こして縦横無尽に走り出した。この真っ白な空間が乱れる一瞬を待って私は気配をずっと探っていた。失敗したらソナーだけが発見され、それは自分とクロを危険に晒す事になる。けどノーリスクでの調査は不可能なので、できるだけの対策はした。全ての妖魔が学校内を駆け回り、分散した、そのタイミングでソナーを起動する。
緊張で自分の心臓の音、呼吸音が煩い。まだ妖魔たちは固まっている。早く、と祈りつつ、6体の妖魔が学校全体に広がった瞬間、祈るように、ソナーを一瞬だけ起動。その後は妖魔たちの気配だけを追った。
妖魔たちは、学校のある1点を避けて散って行った。
ソナーの方に反応したものは確実に反応するであろう旧校舎の図書室を除いて、いち、に、さん、よん……意外と多い。反面どの反応も物凄く弱く、封印されているのかと思うほどに丁寧に隠蔽されているのが分かった。どう考えても相手は強敵だ……私とクロだけでは手に余るのが確定した。応援要求は勿論するとして、既に居てもおかしくない味方の反応は相変わらず、ない。
授業も特に問題ないまま継続していた。内容は一切入ってこないが、冷静を保つことはできた、と思う。ソナーもあの一瞬のみで、目印に変化もない。敢えて見逃された可能性はもちろんあるけれど、マーカーは消えたらいつでも感知できるので、問題ない。むしろ意識から外して忘れているくらいの方が隠蔽のためにもいい。マーカーにはもちろん自動反撃機能も付いている。
そのままいつも通り授業をこなし、そのまま複数のクラスメイトと共に帰宅した。一人になってからはより注意しつつ帰宅し、玄関の扉を閉めるなり全力で結界が張られる。この2週間かけて仕込んだ仕掛けの結果はベストではなくとも、想定していた中ではかなり良かった。ベストは雑魚妖魔たちで大物が少しでも反応してくれたら完璧だったのだけど、それでは今回のミッションには簡単すぎるのだろう。
玄関に座り込んだまま、今日の結果についてミッションの情報と合わせて分析していると、クロがひょっこり現れた。なんだか、機嫌が悪そうだ。
「クロ?」
『いいかげん家の中に入れ。セイコーから通達があった』
「わかった、着替えるからリビングで」
急いで制服からそのまま戦闘に行っても問題ないように戦闘服に着替える。と言っても、一見私服にしか見えない。ただし、服のあらゆる箇所に仕込み武器が入っているお気に入りだ。
「お待たせ」
『おう。良い情報と悪い情報がある。どっちから聞くか?』
「悪い情報から」
『端的に言う。今回のミッション、四国と九州の分校からも潜入していたが、今日の調査で2人共遺体が見つかった』
「どこ?」
『プールと体育館』
「いつから2人は潜入してたの?」
『四国は3ヶ月前、九州は半年前だ。どっちも音信不通になったのは1ヶ月前』
「私が来る前じゃん!!」
『そう、そこに良い情報が繋がる。2人は合流して合同調査していたらしい、そして図書室があからさまに怪しい事にも気付いてたから学校全体を調査していたらしい。その時の報告と今回の遺体の発見場所で全体像が見えた』
「なんだか厄介そうね。……本当に良い情報なの?」
『テーマが分かったんだ、対処はしやすくなるだろ?んで、そのテーマっつーのが【七不思議】らしいぜ』
「あの?」
『あの』
「もちろん七不思議の内容は分かってるんでしょうね?」
『ほらよ、調べる手間が省けたぜ。これがその内容らしい』
クロから渡された紙を確認すると七不思議の内容がまとめられていた。
読んでいただきありがとうございます!




