第16話
清水浩一は目を覚ますと水着のままで、見知らぬ場所で寝ていた。
「あれ、僕は一体……」
きょろきょろと見まわしていると、カーテンの奥から女性の声がした。良かった誰かいたみたいだ。
「目が覚めた?カーテン開けるわよ」
「は、はい」
「おはよう。2-Cの清水浩一君、で合っているわね?」
「はい、あっています。あの、僕はどうしてここに?」
「ここは保健室よ。あなたのクラスが水泳中に事故があって、あなたは熱中症っぽかったのよ。」
「そうだった、急にあたまがくらくらして……」
「本当に危なかったわよ……今は頭痛とかはない?できれば1回水分を取って欲しいのだけど?」
「はい、頭痛もないし、水分飲めると思います」
「良かった、じゃあ待っててね冷たいお水持ってくるから。その間に着替えておくといいわ、そこの椅子にあなたの着替えとカバンがあるから」
そう言うと養護の先生はトタトタと保健室を出て行ったので、カーテンを閉めて着替え始めた。ふと、着替えさせられていなくて良かったと思う反面、布団が濡れないようにバスタオルと全身拭いてもらったんだと思うと羞恥で顔から火が出そうだった。
でも、本当に僕は熱中症だったんだろうか……。
思い出そうとすると……息が苦しくなり、何かに足を、腕を、喉をつかまれた感覚が戻って来る。あれは、熱中症なんかじゃないと確信できるけど、あんな事あったとして次回も助かるとは思えない。認めるのが怖い。
ぽちゃん
ギクッとなる身体を抑えられず、震えてくる。保健室に蛇口なんてない……はず。先生はまだ戻って来ない。着替えを終えてカーテンを思い切って開ける。
ジャッと割と大きな音が響いたが、自分以外は誰もいない。不審なものも、なにも、ない。けれど、どこからか磯臭い……なんとも生臭い匂いが保健室に溢れていて、吐き気がこみ上げる。喉が焼けるようなむかつきに、窓を開けようと窓のの鍵を外して開けようとしたけどビクリともしなくて焦る。
大丈夫、早く、大丈夫、早く、と相反する気持ちが身体を満たして、動悸が酷くなっていく。ドクドク言っている自分の心音が五月蠅くて、開かない窓がもどかしくて、早く早く早くこの窓を、開けないと……!!
「清水君?」
「ヒィッ」
「きゃあっ!!ど、どうしたの……?」
「せ、んせ……い?」
優し気な養護の先生の顔を見て、全ての力が抜けてしまった僕は、情けなくも座り込んでしまった。その後養護の先生に何があったか説明すると、胃の中に残っていた水分が逆流しかけて胃酸による不快な匂いになったのかもしれないと説明を受けて納得はしにくいものはありつつも一理あるなと無理やり納得して帰宅した。
あの生臭さは、潮の匂いは胃酸じゃない……だけど、認めるのも怖い。あんな恐ろしいものが世の中にいるだなんて知りたくなかった。プールはしばらく、休めませてもらえないだろうか、と思いながらバスに乗り込むとポツリポツリと雨が降り始めた。
最悪だ、同時にこのまま振り続けるならプールはなくなるのでラッキーでもある。
ぽた
首筋に水滴が落ちたような感覚に身をすくめるが、周りは気付いていないようだ。上を見る勇気は、ない。早く、早く降車するバス停について欲しい。早く、早くと祈るしかなかった。
ようやく目的のバス停に着き、みなれた景色にホッとする間もなく雨の中自宅へと走って帰った。
「おかえりー?」
「ただいまー!急に雨降って来てやられたよ~」
「あら、やねぇ。お風呂湧いてるから行ってらっしゃい。制服は干しておくから洗濯機の上に置いておいてね~」
「はーい、制服よろしくー」
濡れて身体に張り付いた制服をぽいぽいと脱いでから、母さんに怒られるからズボンとシャツは軽くたたんで洗濯機の上に置き、下着類は濡れているのでそのまま洗濯機の中に突っ込んだ。
今日は嫌な緊張が続いていたから、正直湯船にゆっくり浸かって力を抜きたい。
「はぁ~~……」
落ち着く。少し熱いくらいのお湯が気持ちいい。体が冷えていたんだと、改めて実感した。きっと自分はプール内で意識を失ったことに本能的に怯えてしまって、幻覚?幻聴?を聞いてしまったのかもしれない、とようやく気持ちも体温も上がって、少し前向きになった。
ぽちゃんっ
ぽとん、ぽとん、ぽと、ととととと……
背後は壁で、熱いお湯に満たされたはずの湯船に、じわじわと冷たい水が混ざって来る。
そして、あの潮臭い、生臭い匂いが風呂場に溢れていた石鹸の良い匂いを書き換えていく。
嘘だ、嘘だ、嘘だ!
こんなのは、自分の思い込みでっ!!
ぬちゃあ、と何かが首に巻きつく。
「や、やめ!!」
首がじわじわと絞められ、首を絞めているものをつかもうとするとぬるぬるして引っ張れない。
「かっ……」
息も苦しくて、必死に手を伸ばすとシャワーヘッドにぶつかった拍子に、シャワーが外れてジャーー!!っと頭から熱いシャワーをかぶってしまった。
驚いたが、その熱さが嫌だったのか、首に巻き付いていてなにかはいつの間にか消えていた。
ああ、あいつは……お湯が苦手、なのか?
僕は呆然としてしばらく動けなくなってしまった。
翌日から、潮の匂いは常にまとわりつくようになってしまい、僕は少しずつ、確実に追い詰められていった――。
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