第11話
翌朝いつも通りにクロ兄と登校してクラスに行くと何かあったようで、いつもよりも賑やかだった。席にカバンを置いて、隣の子に聞くと、今日から転校生が隣の2−Dに来たとのことらしい。瀬名が早速来たか、と思いつつ素知らぬ顔でクラスメイトたちと話していると、珍しく佐々木さんが教室に走りこんできた。
「セーフ、間に合った~」
「美優遅いじゃん、どしたん?」
「いやぁ~なんか昨日本を読みながら寝ちゃって。久々にお母さんに起こされたよ」
いつも通りの賑やかな感じで、元気そうでちょっとホッとしていると視線があって手を振ってくれた。
「佐々木さん、おはよう」
「神崎さんおはよ~! 心配かけちゃった?」
「うん、でも元気そうだから良かった。今日は放課後に図書室行くね!」
「やった~! じゃあ一緒に図書室に行こう?」
「うん、楽しみにしてるね」
そんな会話をしつつ、私は佐々木さんの周りを飛び回っていた蟲がいなくなった反面、全身に妖魔の気配を纏っていることから状況は悪化しているのを確認して、表情にも態度にも出ないように気を付けていた。佐々木さんは、助けられないかもしれないと、冷静な自分は判断しているがまだ可能性は残っていると自分に言い聞かせていた。
佐々木さんは視る限りでは、目の下に多少クマはあるものの基本的には凄く元気で、むしろテンションが普段より高い位に見える。もしかしたら佐々木さんが慕っていそうな田辺先輩と何かあったのかもしれない、とできるだけ悪くない方に考えるが、現実逃避している自分の思考にふと気付き、自分の情けなさに少し苛立つ。やっぱり任務中に少しでも親しくするのは良くないな、と思いつつこの後のスケジュールを再確認する。
ホームルーム後に瀬名が来て、テンション高く絡みに行く!と聞いているので、そこに佐々木さんを上手く巻き込んで、昼休みに中庭で一緒にランチに連れ出す。目的は佐々木さんの髪の毛を1本確保したい。瀬名の能力で佐々木さんの身代わりを作って放課後に使用する予定だ。
ほぼ聞かないまま、ホームルームは終わり、待っていた瀬名の高めの声が聞こえてきた。
「すみませ~ん、おっ邪魔しま~す! ……あ、あなたが神崎結子さん? ホントだめっちゃ美人さーん!」
「えっ……あの?」
「あ、アタシ、瀬名ですー! 瀬名葵、葵ちゃんって呼んでね?」
「ええと、瀬名さん? 初めましてだよね? 今日転校してきたって聞いたよ」
「そそ、先月転校してきた子が美人だよーってクラスで聞いて遊びにきちゃった! 他のみんなもよろしくね~! 楽しい場所とか、おいしいカフェとかいっぱい知りたいんだー!」
人懐っこく明るい瀬名はクラスの女子とすぐに打ち解けて、どこのプチプラが可愛いや、お勧めのカフェがあると様々な話で盛り上がって、なし崩し的に私と佐々木さんとお昼の約束まで取り付けて自分のクラスへ帰って行った。流石のコミュ強っぶりに私は圧倒されつつ、正直助かった。私の軟弱な身体だとそんなに周りとコミュニケーション取っての調査など無理ゲーすぎるので。本当に、体力的に無理ぃ。
そんなこんなで瀬名のお陰でまったりと授業中は過ごし、お昼休みになると瀬名がうっきうきで迎えに来てくれた。佐々木さんは圧倒されながらも笑顔で一緒に来てくれた。学食にはサンドイッチなども売っているので3人で買って中庭は混んでたから裏庭の木陰にあるベンチに座って話しながらランチになった。
「2人共アタシに付き合ってくれてありがとうねー! 改めて瀬名葵でーす♪ 葵ちゃんって呼んでくれると嬉しいなぁ」
「あは、葵ちゃんノリがいいねー!」
「おっ、ありがとありがと! 佐々木さん、だよね?」
「うん、佐々木美優です。美優でも、佐々木でもどっちでも呼びやすい方でいいよ」
「じゃあじゃあ、みゆちゃんって呼んでもいい?」
「もちろん、よろしくね葵ちゃん」
「うん! 嬉しいなー! 結子ちゃんもお名前で呼んでもいーい?」
「うん。私だけ苗字呼びは寂しいよ? 佐々木さん、私もせっかくだから美優ちゃんって呼んでもいいかな?」
「もっちろん! なんかこーゆーの楽しいけどちょっとだけ照れくさいね。改めてよろしくね、結子ちゃん!」
ちょっとこそばゆいガールズトークにキャッキャしつつ、私は葵ちゃん、瀬名の目が全く笑っていなく何かを狙っているように見えた。瀬名は幻術やその応用で戦う祓い師だから、私には視えていない何かが見ている可能性があるので慎重に様子を見つつ瀬名に対応できるように気を付けているとふと瀬名がハンドサインで仕掛けると合図して来た。
次の瞬間何かが私たちの頭上でパーン!と音を立てて何かが割れた欠片が落ち、瀬名は「きゃあ」と悲鳴を上げて佐々木さんに倒れ込む。
「葵ちゃん! 美優ちゃん! 動かないで、尖った欠片だから気をつけて取るから少し我慢してね……!」
「あいたた、結子ちゃん助かる~。みゆちゃんケガはない?」
「うん、痛い場所はないけどびっくりしたね……一体なにが割れたんだろう?」
「分からないけど、これ、そのひとつ。ガラスじゃないようだから良かったけど、もうちょっと待ってね」
私は二人に落ちた破片を丁寧に取り除きながら瀬名の口が「かみ」と言っていたので、視線で「了解」を返してちょっと髪の毛に引っ掛かってるからと言い訳しつつ数本抜いた。少し大げさ目に謝ると佐々木さんは気にした風もなく、本当に一体誰がこんなもの落としたのかと憤慨していたので、ちょこっとだけ心が痛んだが背に腹は代えられない。
――放課後、私は一対多数の対決に持ち込まれていた。これ自体はよくあることであり慣れていたけど、悲しいかな。佐々木さんは敵の手に落ちていた。
佐々木さんの状態の進行が速いので、早々に仕掛けてくるだろうことは分かっていた。元々の約束通り佐々木さんと2人で放課後に旧校舎に向かい、新校舎から旧校舎に入ると、耳障りな壊れた金属とも電子音とも違うチャイムが響き、周囲の雰囲気が一変する。冷たいような緊迫感を持った空気が満ちる。
一面夕日に染まった校舎はオレンジとも、血のような紅とも言える禍々しい色の中、複数の影が差した。影の方向を振り向くと田辺先輩と共に複数の生徒たちが貼り付けたような、仮面のような、全員同じ顔で笑っていた。
嘲笑っていたのではなく、とても楽しそうに笑って、いた。隣にいる佐々木さんを見ると、普段の明るい様子は消え去り、糸が切れた人形のように濁ったガラスのような目で宙をうつろに見ながら座り込んでいた。彼女の状態は心配だが、今は目の前の敵の対処が先だ。
こんなことで私は動揺しない、と笑みを浮かべて煽るように田辺先輩に話しかける。
「まさか、こんなに歓迎してくれるとは思わなかったな~」
「なんで? 君はずっと僕を挑発していたでしょ? そろそろ目障りだから、片付けることにしただけだよ」
「ふうん? ……ねえ、なんで焦ってるの?」
「僕が? まさか! 単に時は満ちた、それだけだよ」
「そっかぁ、じゃあ手加減はしないけど。ごめんね?」
私はその場を一歩も動かずに小さく「起動」と呟くと床から一気に生えた漆黒の槍、黒爪が空気を裂き、田辺先輩を含め目の前の人型をしたナニカを貫く!全員血を流したり、バランスを崩しているが、無反応のままニヤニヤと笑顔を浮かべたままだった。
「はあ、面倒ねぇ……」
「君も可愛い顔をして容赦ないね。さあ次はこっちも行かせて貰おう」
田辺先輩の手が異常に大きくなり私を殴ろうとしているのを見て、冷静に防御のための黒毛盾で難なく防いだが、見た目のゆっくりさの割にはかなり重く、ダメージがあったようで、盾がミシミシ言っている。同時に田辺先輩の周りに居た人型、恐らく元は図書委員のメンバーたちは崩れ落ち既に人型を取らずに足元から攻撃を仕掛けている。
佐々木さんはまだ、ぺたりと座り込んだままだった。
「美優ちゃん!」
声をかけるがやはり反応は無かった。田辺先輩が「無駄だよ」と笑いながら言うのが癇に障る。
何度か田辺先輩の攻撃と、雑魚の攻撃をいなしながら、そろそろ面倒だな、と思いクロを呼ぼうとした瞬間、腕が背中で強く固定された。息が詰まる。佐々木さん――彼女の力は、人間のものじゃなかった。私を拘束する佐々木さんに、田辺先輩は心底嬉しそうに微笑むと、悠然と私に向かって歩いてきた。
「良くやったね、美優」
佐々木さんの表情は無のままだったが、田辺先輩が「いいや、美也子」と続けると鮮やかな笑みへと変わった――。
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