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第六章:新しい名前

 譲二は無事に現実世界に帰還した。彼の決死の告発によって、アスクレピオス製薬の非人道的な実験は白日の下に晒され、関係者は全て逮捕された。同時に私の所属する研究機関の一部職員の関与も明らかになり、大きなスキャンダルとなった。


 事件は解決したが、私たちの戦いはまだ終わっていない。アスクレピオス製薬が開発していた技術は氷山の一角に過ぎない。世界中で類似の研究が秘密裏に進行している可能性がある。


 私の言葉はまだ完全には戻っていない。時々単語が入れ替わったり、語順がおかしくなったりする。しかしもう以前のようにそれを恐れてはいない。


 私は同じ人間ではない。言葉との関係が根本的に変わってしまったのだ。言葉は完璧な道具ではなかった。それは不完全で曖昧で、しかしだからこそ美しい魂の器だった。


 父のことも理解できた。彼は戦争の罪に苦しみながらも言葉の力を信じていた。そして私がその力をいつか正しい目的のために使うことを願っていたのだ。父が遺した暗号書には、人間の尊厳を守るための技術的対抗手段が詳細に記されていた。


 譲二は今私の隣にいる。彼は私の拙い言葉を辛抱強く聞いてくれる。そして私が本当に言いたいことを言葉を超えて理解してくれる。それが私たちの愛の新しい形だ。


 私は言語学者として新しい研究分野を開拓することを決意した。『病理言語学と意識の関係性』――私のこの特異な体験を学問的に昇華させることで、いつか同じような苦しみを持つ誰かを救うことができるかもしれない。


 失語症研究の新たな地平線を開くこと。言語を失った人々が持つ潜在的なコミュニケーション能力を発見し、それを社会復帰に活用すること。そして何より、言葉の暴力や洗脳技術から人々を守る方法を確立すること。


 これが私の新しい使命だった。


 私の名前は栗澤薫。私は言葉を愛している。不完全で不自由で、しかし無限の可能性を秘めた、この美しい言葉という名の奇跡を。


 そして私は今、言葉を超えた愛も知っている。


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