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第五章:魂の言語

 ついに私は従来の意味での言葉を完全に失った。私の口から発せられるのはもはや意味をなさない音の断片だけ。しかし私の意識はかつてないほど明晰だった。


 私は言語を失ったのではない。言語を超越したのだ。


 言語学者として長年研究してきた私は知っていた。人類が言語を獲得する以前にも、思考は存在していた。感情も意思も記憶も、全て言葉以前に存在していた。私は今、その原始的だが純粋な思考状態に到達したのかもしれない。


 譲二の意識の牢獄。その最後の扉の前に私は立っていた。その扉には複雑な鍵がかかっている。それは数字と記号だけで構成された究極の暗号。


 しかし私にはそれが読めた。これは言葉ではない。これは魂の言語だ。父が私に遺してくれた最後の暗号。生と死の境界にある純粋な真実の言語。


 その暗号は父の戦時体験から生まれていた。極限状態で人間同士が交わす非言語的なコミュニケーション。恐怖、絶望、希望、愛――そうした感情の原型が数式として表現されていた。


 私はその暗号を解いた。私の思考はもはや言語の制約を超えていた。扉がゆっくりと開いていく。


 その向こうに譲二がいた。彼は涙を流していた。

「……薫」

 彼は私の名前を呼んだ。


 父の声が聞こえた。

『薫、お前は言葉の檻から解放された。これで本当の戦いができる。私にはできなかった真実の開示を、お前が成し遂げるのだ』


 譲二の意識が私の中に流れ込んでくる。彼の記憶、彼の恐怖、彼の絶望。そして私への変わらぬ愛。私たちは一つになった。


 私は彼の手を取り、現実世界へと戻る光の道を歩き始めた。私の使命は終わった。いや、ここから始まるのだ。


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