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主の気まぐれ小説

主の気まぐれ小説『走馬灯』

作者: 狩瀬

私は小さい時から,怒られてばかりでございました。

疑問に思ったことは直ぐに口に出し、間違っていることがあれば相手が誰であろうと指摘しました。例えそれが教師であろうと、先輩であろうと変わりは有りません。

先生方はそれを評価してくださいました。小学校の頃の成績表には、必ずと言っていいほど『正義感が強い』と書かれており、当時の私はそれを誇りに思っておりました。

ですが段々、気が短い方々は私が反論するたび小言を吐くようになりました。ストレッチをしろと言われた際、「体硬いからなー」等と友達と話していたら、怒られたりもしました。

「体が硬いから,じゃあなんだ。お前だけやらなくていいって事か?私は特別,格別なのでストレッチしませーんってか。それはそれはまぁ大層なこって」

このような内容だったはずです。

私は,「何故体が硬いと話しただけでそういう考えになるんだ。馬鹿なのか?」と本気で思っておりました。

そう、相手が馬鹿だと考えていたのです。今となっては,五月蝿いので静かにしようとしたんだろうと、容易に想像できますが,当時の私は態度を変えることはありませんでした。自分が絶対に正しいのだと,そう思っていたからです。

そんな性格であったが故、中学校の生活というものは,今までにないほどストレスを感じました。校則や時間に厳しくなったからではございません。これまで以上に話が通じなくなったからです。例を挙げてみせましょう。私がインフルエンザを発症し、自宅療養を終えた頃の話です。

久しぶりの学校を楽しみにしておりました。ですが咳はまだ出ていたので、友達に移すことがないよう、不織布マスクをして学校へ登校しました。特に何の問題もなく授業を終えましたが、問題が起きたのは部活の時です。


「マスクを外せ」と、顧問の先生が仰りました。


もう直ぐ大会があるのに、先輩方や同級生に移ったらどうするんだ。それに空気が乾燥しているから,マスクをしていないと咳が止まらなくなる,と私は説明しました。

ですが、分かって貰えませんでした。季節は冬で,熱中症の心配もなかったはずです。先生方の間で、運動中は必ずマスクを外させなければならないと云う決まりでもあるのかと思いましたが、隣で活動していた部活の約三分の一がマスクをしたまま運動していた為,それはないと考えました。

私は反論しました。でも、と言い続けました。

すると、「言うことを聞けないなら参加しなくていいよ」先生はこう仰りました。一見棘の無い口調ですが、これは実際に聞かなくては分かりません。薔薇より海栗より棘が鋭い言葉でございました。

私は楽しいからと言うより,運動不足にならない為に部活動をしておりました。ですから他の部員より熱量も有りませんし、出来ればサボっていたいと言う感じでした。

普段の練習の時に「参加するな」と言われれば,サッサと荷物をまとめて帰宅していたでしょう。ですが、今回は違いました。

「マスクを外したまま運動して,エースにでも移ればいい。そうすればどんな馬鹿でもマスクをしてろと言うだろう」私はこう考えました。名案だと思いました。

そうと決まれば、決行するのみです。急がば回れ,いかにも反省したような、自信なさげな表情を浮かべて顧問の元へ行き、参加させてくださいと頼み込みました。数分私を叱った後,許可を得られました。

練習の内容は,五分間,兎に角全力でコートの周りを走ると言うものです。私の最高記録は19週でした。強豪校の,本当に凄く努力している方は,25週ほど走れるようですが、私はその人には敵いません。普段と同じように、前の同級生に着いていくような形で走っておりました。

走っていると、咳が出てきました。何故か運動すると止まらなくなるのです。ですが本当にただ咳が出ているだけなので、休むわけにも参りません。走って,走って,走りました。

途中で前の同級生の走るスピードが早くなりました。一瞬の間に引き離されて、十秒後には十五米ほど差が開きました。前を走る同級生はとても努力家で、練習がない日は毎日ランニングをしているほど部活熱心な方でした。そんな方に私がついていける訳もなく、30秒後にはあっさり一周の差がつきました。遂には後輩にも抜かされ,順位は最下位になってしまいました。

そして丁度、骨折中で見学していた先輩の前を通った時。

視界にぼかしがかかりました。

目に映る全ての物の輪郭はぼやけ、‘消火栓’の文字も読めなくなりました。普段でしたら数回瞬きすれば直ります。ですが今回はどれだけ瞬きしても,治る気配は有りませんでした。

それだけではありません。段々と呼吸がしずらくなって来たのです。

「これは拙い」と思いました。

壁際に行って足を止めると、その時にはもうほぼ空気が吸えていませんでした。口を開ければ空気がはいってくるのに、吸い込めないのです。目を見開きました。

同年代の方がこのような状態に陥ったら、まず確実にパニックになるでしょう。ですが、私は冷静でした。否,冷静なふりをしていました。推理小説やドラマ、アニメに出てくるキャラクターは,自分が危機に陥ったとしても冷静に行動し,いつでも最善策を考えて、実行していだからです。

犯人と勘違いされて銃で撃たれても、残りの30秒ほどの寿命で相手に復讐するトラップを仕掛け,自分に罪はないと証明した書類を握りしめて逝ったキャラクターもいました。

私はそんなキャラクターたちに憧れ、たとえ強盗に人質としてナイフを突きつけられようとも,冷静でいようと決めておりました。

ただ、呼吸困難になった時の対処法など知っている訳がございません。だんだん考えるのも難しくなってきたので、力を振り絞って壁を殴りました。助けて、と言えないのなら、音を出して目立てば良いのです。

ゴォン、と体育館中に音が響き渡り,チームメイトは気づいてくださいました。頭は悪いですが冷静なキャプテンは直ぐに私の異常さに気づき,体育館を飛び出して行きました。保健室へ行ったのでしょう。

他のチームメイトたちが寄ってきて,椅子を用意してくれたりしましたが、立ったら余計酸素を消費すると思ったので、床に突っ伏して動きませんでした。いまだに呼吸は出来ないままです。息ができなくなってから,ゆうに三分は超えていたと思います。

私は若くして死を覚悟しました。

ですが死ぬのが嫌だという感情より,死ぬってどう言う感じなのだろうという単純な興味の方が勝っていました。

5歳ころから、死んだらどうなるんだろう。本当は意識があって、体が動かせないだけじゃないか。思考できないってどんな感じなのだろう。絵本では,他の動物とかになってまた生まれ変わると言うけれど、記憶を持っていなかったらそれは私じゃないんじゃないか。走馬灯は本当に見えるのか、死にかけの人に聞けば分かるかな。痛みは感じるのか。川の向こうでひいおじいちゃんが手を振っていたりするのか。もしそうなら,蘇生できる状態だったとしても,その川を渡れば死ぬのか。振り返って川と反対方向に進めばどんなに絶望的な状態でも生き返るのか。

等、それはまあ色々なことを考えていたものでございます。書いた順が、そのまま時系列順です。

早く死にたいわけではありませんが、楽しみだな、位には思っておりました。ですが、酒も飲まずに、怪人二十面相も、人間失格も読まずに,何より漫画の最終回を見ずにこの世を去るのは名残惜しいと思いました。

ですがそう思ったところで空気を吸えるわけではありません。

もうどうとでもなれと思い、なけなしの空気を全部吐き出してから吸ってみました。空気が無ければ反射的に体が空気を吸おうとするだろうと言う考えです。

私は焦りました。吸えなかったのです、空気が。

意識が朦朧としてきました。

最後の晩餐が残飯のおにぎりというのが悪いとは思いませんが、折角ならフグの肝臓を食べたかったです。

走馬灯は見えませんでした。川の向こうでご先祖様が手を振っている様子も見えませんでした。昔童話で見た美しい女性が舞い降りてくることも,魂を運ぶ天使が来ることもありませんでした。

ただ、

「走馬灯は見えなかった」

これを言いたくて、伝えたくて、口を開きました。

声にならない声で呟くと、私は口角を上げて微笑しました。友達は「何を言っているんだ」と言う顔でしたが、伝えられたならそれでいいのです。

そして、だんだん意識が薄れていきー

その日,私は世界から消えました。

この作品はフィクションです。

なかなかに痛々しいなぁと思いながら書きました。

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