第七話 それぞれの事情
妙な流れでハグ祭りと化した歓迎会だったが一旦落ち着いて普通に宴が始まった。
「私はやる事があるからこれで、後は若者たちで楽しみなさい」
そう言うとトワ様はシェアハウスから出て行ってしまった。
乾杯だけして去るなんて一体こんな夜に何の用があるというのだろう。
他の人達はゆりさんを中心にはしゃぎ倒し、疲れたのかあやめさん共々テーブルに臥せって寝てしまい、あざみさんはいつの間にかいなくなり、エリカさんは料理が食べつくされた食器を洗いにキッチンへ行ってしまった。
テーブルに着いて起きているのは僕とシオンさんだけになった。
二人きりは何となく気まずい、何せシオンさんは絶世のイケメンだ、男の僕ですらその美貌にどぎまぎしてしまう程だ。
一体何を話せばよいのか。
「ねえ、くおんはトワ様の甥っ子って本当なのかい?」
一人で思考を巡らせているとシオンさんの方から僕に話し掛けて来た。
「は、はい、トワ様は僕の母方の叔父です」
「そうなんだ? 確かに君はトワ様と顔立ちが似ているね、うん、きっと将来美人になるよ」
そう言うとシオンさんは不意に僕の顎先を右手で触るとクイッと上に持ち上げたではないか、所謂顎クイと言うヤツだ。
「や、止めて下さい、僕は男ですよ?」
顔が近い、息がかかりそうな距離だ、まさかシオンさん僕の唇を?
「………!」
思わず目をギュッと瞑ってしまった、胸の鼓動が高鳴り今にも胸を突き破ってしまいそうだ、これではまるでキスを待つ女の子そのものではないか。
「あははゴメンゴメン、ちょっと悪戯が過ぎちゃったかな、でも可愛かったよ」
「えっ……」
目を見開くとシオンさんが悪戯っぽく微笑みウインクしていた。
「なっ!! 酷いじゃないですか!! 僕を弄んで!!」
何て事だあのドキドキは何だったんだ?
「あれ? もしかして期待していた? じゃあ続きをする?」
「ちょっと、あたしの目の前でいい度胸してるじゃない」
シオンさんがもう一度僕に顔を近づけ様とすると眠っていた筈のあやめさんが仁王立ちで腰に手を当てこちらを睨んでいる」
「や、やあ、あやめ起きてたんだ?」
「起きてたんだ、じゃないわよ……浮気は許さないっていつも言ってるでしょうが!!」
「いててててて!! ゴメン!!」
あやめさんが物凄い剣幕でシオンさんに詰め寄り手の甲を思いきり抓った。
堪らず悲鳴を上げるシオンさん。
「浮気? って事は二人は付き合ってるんですか?」
「そうよ!! シオンったら可愛い子を見つけると男女構わずすぐに手を出すのよ!! 彼氏であるあたしってものがありながらね!!」
「彼氏? あやめさんが彼氏何ですか? 彼女じゃなくて?」
「あったり前じゃない!! あたしは男でシオンは女なんだから!!」
「へっ……?」
はい? 今なんてあやめさんは何て言いました? シオンさんが女?
こんなイケメンが女なんて御冗談を。
「酷いなあやめ、くおんに暴露しちゃうなんて、僕が女だって分かったらこれからくおんが変に意識しちゃうじゃないか、ねぇ?」
いやいや、あなたの外見じゃ男だろうが女だろうが意識しちゃいますって。
「こっち来なさい!! 今から説教するから!!」
「痛たたたたたた……耳を引っ張らないでおくれダーリン!!」
シオンさんはあやめさんに耳を引っ張られあやめさんの部屋へと連行されていった。
「騒がしくてゴメンね~~~」
キッチンからアイスティーのグラスが載ったトレイを持ってエリカさんが戻ってきた。
僕の前にグラスを置くと彼女(彼?)も僕と差し向かいに座る。
「いつも二人はあんな感じなんですか?」
「そうね~~~仲が良いんだか悪いんだか微妙よね~~~」
相変わらずのおっとり口調で頬に手を当て柔らかい表情で目を細める。
「あっ、そうでした、さっきは着替えの途中で更衣室に入ってしまって済みません!!」
仕事終わりにノックもせずに更衣室に入ってしまい着替え途中のエリカさんとばったり遭遇してしまったのだ。
しかしあの時のエリカさんは女装であるから女物の下着、ブラジャーを着けているのは当然として胸には明らかに大きく実った二つの膨らみがあった。
作り物を着けていたにしては境い目が無くまるで本物の様だった、あれは一体何だったのか。
「ううん、いいのよ~~~逆に驚かせてしまったんじゃない~~~?」
「はい、確かに驚いてしまいました、本当に女の子の更衣室に入ってしまったんじゃないかと……」
今思い出しても恥ずかしい、いや僕が恥ずかしがってどうする、本当に恥ずかしい思いをしたのはエリカさんの方だろう。
「無理も無いわよ~~~私はこんな身体だからね~~~」
「えっ……?」
「この大きな胸もお尻も本当の私の身体なの~~~、昔母親に薬を飲まされ続けちゃって~~~」
「そ、そんな?」
何て事だ、じゃあ僕は本当に本物のおっぱいを見てしまったって事なのか?
でも母親に薬を飲まされたって? それは尋常じゃないんじゃ。
「私の母はどうやら女の子が欲しかったみたいね~~~だから最初は男の子の私を毛嫌いして育児放棄をしていたと聞いたわ~~~」
「………」
「でもある時を境に、私が小学校に入る頃かしらね~~~急に母がやさしくなったの~~~家ではフリフリの女の子の服を着せてくるようになってね? 私も母が喜んでくれるなら、自分に興味を持ってくれるならと喜んで着ていたものよ~~~? でもある日、高校生になる頃に私の身体に異変が起こったの~~~胸が膨らみお尻が大きくなってきてね~~~一体どうしたのかと思ったわ~~~」
困り眉になりストローでアイスティーを一口含むエリカさん。
「学校側もそれに気付いて家庭に児童相談所の人が大勢押し寄せて母に尋問したわ~~~そうしたら母が言ったの、小学校の頃からずっと私の食事に女性ホルモンを混入させていたんだって……だから私には子供を作る身体機能はもう無いんだってさ~~~悲しいわよね~~~」
エリカさんは少し涙ぐんでいる様だった。
僕も母の事で色々とあったので話しに相槌を打つ事も彼の母を否定する事も出来ない、家族ってどちらかが死ぬまで、いや死んでからも関係が続くものだ、断ち切る事は容易ではない。
「母は児童虐待と傷害の罪で捕まってしまったけれど仮に今更謝られてももう取り返しがつかないのよね~~~私の身体が元に戻る事は無い訳だし~~~」
淋しそうに微笑むエリカさん。
「ご免なさい、僕にせいで思い出したくない事を思い出させてしまいました」
「あ、いいのよ~~~こちらこそ勝手に自分の過去話をしてしまってゴメンなさいね~~~でもこんな感じでここに居る子たちはみんな、くおんさんあなたも含めて辛い過去を持っているのよ~~~同じ境遇の者同士支え合って行けたらと私は思っているの~~~」
「ありがとうございます、僕はまだ恵まれている方なのかも知れませんね」
「辛い過去を人と比較してはダメよ~~~? みんなそれぞれがそれぞれで辛い思いをして来ていて自分が一番辛かったの~~~この話しはこれでお終い、片付けは明日やるからそろそれ寝ましょうか~~~」
エリカさんは胸元でポン、と胸の前で手を叩く。
「はい、でもここで寝ているゆりさんはどうしましょう?」
「悪いんだけどくおんちゃん、ゆりちゃんをお部屋まで連れて行ってあげてくれないかしら~~~? 同じお部屋なんだし~~~」
「はい、分かりました、ほらゆりさん部屋に行きますよ」
「むにゃむにゃ……」
ダメだ、完全に寝てしまっている、僕はゆりさんの腕を自分の肩に掛けそのまま引き摺っていく事にした。
抱き抱えられれば良かったんだけど小柄で非力な僕にはこれが精いっぱいだった。
「さあベッドに着きましたよ」
「ううん~~~……」
ごろんとゆりさんを彼のベッドに横たえる、さて僕も自分のベッドで寝ようか。
そこを離れようとすると腕に何かが掴み掛かってきて一瞬ドキリとした。
何だ、ゆりさんが無意識に僕の腕を掴んで来たのか。
引き離そうとしたその時だった。
「……パパ、こんな事もう止めて? ママ、違うの私そんな事して無い、信じて……」
あの明るいゆりさんのこの寝言、きっと家族との過去の出来事を夢に見ているのだ、余程過去に辛い事があったのだろう、先ほどのエリカさんの言葉が胸を過る。
やはり僕の抱えている悩みはみんなより些細なものの様な気がする、えりかさん、ゆりさんだけでなく他のみんなもきっと……しかし僕が彼らに何が出来るって言うんだ?
自分のベッドに入り深く布団を被る、何かから自分を遮る様に。
しかし僕は暫く眠りに就く事が出来なかった。