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第六話 新しい家族


 「ほらゆり! 部屋の案内が分かったんだから居間に戻って、手伝って頂戴!」


「ほーーーい!!」


 あやめさんがそう言うとゆりさんは右手を力強く天高く伸ばすとすたこらと部屋を後にした。


「あの、何かあるなら僕も手伝いましょうか?」


「あっ、くおんはいいのよ、今日だけはあんたはお客さんなんだから」


「お客さん……?」


「まあそういう事だからあんたはここに居て頂戴、あとで呼びに来るからさ」


「はぁ、そういう事なら……」


 軽く手を振るとあやめさんも部屋を出て行った。


 ここに居ろと言われてもなぁ、着の身着のまま家を飛び出して来た手前、荷物も無し、おまけに着ていた服まで処分されてしまっては今現在何もやる事が無い。

 取り合えず既に布団が準備されているベッドに腰を下ろす。

 そう言えば予想外にメイド喫茶スカーレットでの職業研修を受ける羽目になってしまったからここ数時間スマホに目を通していなかったな。

 スマホをスカートのポケットから取り出し画面を見ると夥しいまでの着信履歴とメール着信を知らせるメッセージがずらりと並んでいる、ざっと百五十件程ある。

 全て母さんからだ、彼女の事だどうせかどこにいるのかとか、帰って来いだとかのメッセージを文章でまで口汚く書き綴られているに決まっている。

 僕は履歴を見ようともせず全てを消去しスマホを再びポケットにしまった。

 ふと顔を上げると目に映るのは相部屋となったゆりさんの居住スペースだ。

 大体部屋半分で僕のスペースと均等に分かれている、きっとここに住んでいる皆平等にされているのだろう。

 しかしそんな事はどうでもよい、問題なのは壁に掛かっている可愛らしい洋服、ぬいぐるみにピンクやラベンダー色の布団や家具や小物でびっしりなのだ、姉妹のいない僕には中々目のやり場に困るというか少し恥ずかしくなってくる、ゆりさんのそれはほぼ女の子の部屋そのものなんだから。

 部屋に漂う匂いもそうだ、さっきゆりさんに抱き付かれた時にふわっと漂ったあの甘い香りが充満している、ずっと嗅いでいるとどうにかなりそうだ、いや不快という意味ではなく。

 そういう意味でもあまりこの部屋には長居したくないな、住む以上おいおい慣れて行かなければならないのだろうけど。

 あやめさんは後で呼びに来るとは言っていたけど手持無沙汰ってのもありさっきまで居た今の方へ行ってみようかな。

 ドアを開け一歩廊下に出ると何やら美味しそうな匂いがして来た、料理をしているのかな?

 そう言えば今日はお昼にオムライスを食べてから何も口にしていないな、そろそろ晩御飯の時間でもあるしお腹がぐぅぐぅなっている。

 そんな事もあり匂いに惹かれてあやめさんが呼びに来る前に僕は今の方へと歩き出した。

 

「……あっ……」


 今に入るなりあざみさんと目が合った、台に昇って天井付近に何かを飾り付けている。

 

「あ~~~っ!! 何で今ここに来ちゃうかな!! 呼びに行くって言ってたじゃない!!」


 キッチンの方から不機嫌そうな顔をしたあやめさんが出て来た、手には唐揚げやエビフライなどが載った皿を持っている。


「あははっ!! ばれちゃったねぇ!!」


 相変わらずの明るさで屈託なく笑うゆりさん、彼女もテーブルに食器や飲み物を配置している真っ最中だった。


「あら~~~くおんちゃんを驚かせようと思っていたのに~~~残念だわ~~~」


 エリカさんも皿に載った料理を持って登場した。


「これは一体……?」


 沢山の料理が豪華に並べられた食卓、これはどう見ても普段の晩御飯の量と質ではない、これではまるで……。


「今更隠すのは無理があるわね、今夜は久遠あなたの歓迎会を開く事にしたのよ」


 トワ様が奥の部屋から出て来た、手には一本の洋酒の瓶の様な物が握られていた。


「歓迎会、ですか?」


「そう、今日からあなたもメイド喫茶スカーレット並びにこのシェアハウスの一員になったんだから、歓迎するのは当然でしょう? ささっ!! 本日の主役はここに座って!!」


 僕の肩を軽く手を置くとそのまま僕を席まで押していって座らせた。


「くおん、これこれ!! この襷を肩から掛けて!!」


 ゆりさんから渡された赤い縁取りの白い襷を肩から掛ける、それには『本日の主役』と書かれていた、これはよく雑貨屋やおもちゃ屋などに置いてあるパーティーグッズじゃないか。

 

「さ~~~みんな~~~コップに飲み物を注いでね~~~」


 エリカさんののんびりした掛け声にみんな各々着いた席にあるコップを持ちオレンジジュースやウーロン茶を注いでいく。


「くおんは何飲みたいの?」


「じゃあ僕はコーラで」


「オッケー」


 僕のコップにはあやめさんがコーラを注いでくれた。


「飲み物は行き渡った? じゃあみんなコップを持って立ってちょうだい」


 トワ様の号令でみんなが席を立ちコップを片手に僕の方に向き直る。

 何か緊張するな、こんなの小学生の頃の僕の誕生会以来だ。


「さあ久遠、何か一言、乾杯の音頭を取ってもらえるかしら?」


「えっ、僕がですか?」


「当たり前でしょう、これはあなたの歓迎会なのだから」


 トワ様、無茶振りするなぁ、僕がこういうのを苦手なの分かってるくせに。

 だけど仕方ない、メイド喫茶で働く以上人前で話す事にも慣れなければならない、これも練習と思えば。


「ほ……本日は僕の為にこんなに盛大な歓迎会を開いてくれてありがとうございます!! 明日からお仕事頑張りますのでよろしくお願いします!! 乾杯!!」


「かんぱーーーーーーい!!!」


 コップを高く掲げたあと両隣に居るゆりさん、あやめさんとコップを軽くぶつけグッとコーラを飲む、喉を通過する炭酸が心地よい。

 それを皮切りにみんなそれぞれ大皿から料理を取り分けたりおしゃべりを始めた。

 こんなに賑やかな食卓を囲むのはここ数年経験が無い、普段は僕と母さん、まだ疎遠になる前はたまに永遠叔父さんが居た程度だったから。

 そんな時だった、妙に目の奥が痛いというか熱いというかそんな感覚を覚える。


「くおん、どうしたの? どこか痛いの?」


 ゆりさんが心配そうな眼差しで僕の顔を覗き込む。


「えっ……?」


「だって涙が出ているよ?」


 はっとして頬を手で触れると確かに、ぬるめの液体が僕の頬を濡らしている。


「ごめっ……ちょっと……」


 そこから何故か大粒の涙が溢れてくる、何とか止めようとするも僕の意思に反して次々と目から止めどなく溢れてくるので慌てて手で拭う。

 しまいには声を上げてしゃくりあげてしまう始末、どうしちゃったんだろう僕は?


「いいよいいよ、無理に泣き止まなくても、これからは私が付いてるからね……」


 ゆりさんが僕の身体を自分の胸に引き寄せて軽く抱きしめてくる、そして優しく頭の撫でてくるのだ。

 平常の精神状態ならきっと手で突っぱねて押し返すのだろうけど今の僕は完全に泣きじゃくる子供だ、そんな気力も無くゆりさんのなすが儘にされている。


「わ、私も付いてますから……」


 あざみさんも後ろから抱き付いて来た。


「な、何よ!! あたしだっているんだからね!? 忘れるんじゃないわよ!?」


 あやめさんも側に寄り添ってくれる。


「そうよ~~~みんなくおんちゃんの味方だからね~~~」


 僕に抱き付いているみんなの外側から更に抱き着いてくるエリカさん、くっ苦しい。


「まあ、久遠たらモテモテね」


「見てないで止めて下さいよ!!」


 茶化すトワ様に助けを求めるも生暖かい目でこちらを見るだけで何もしてくれない。

 女の子、じゃない見た目こそそうだが実はみんな男の子だ、一体どのような感情を持てばよいのだろうか?

 でも不思議と不快ではない、寧ろどこか心地良ささえ感じている自分がいる。

 大家族であったり兄弟がいたらこんな感じなんだろうか?


「遅れました、頼まれたケーキ買って来ましたよ」


 ケーキの箱を手に下げながらシオンさんが部屋に入って来た。


「あらシオン、ご苦労様」


「これは一体どうした事ですか?」


 みんなに抱き着かれて押しくら饅頭とかしている僕らを見て怪訝な顔をするシオンさん、でもあぁっと口を開けると納得したように目を細めてこちらを見守っている。

 一人で納得していないで、シオンさんでもいいから助けて欲しかった。

 もうメソメソ泣いていられない状況になっていていつの間にか僕の涙も止まっていた。

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