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第五話 ルームメイトは男の娘


 「……う……ん……ここは……?」


 徐に瞼を開くと馴染みのない部屋の天井が見える。

 何か柔らかいものに横たわっている感覚がする。

 どうやらぼくは余りの衝撃的な出来事によりショックで気絶していた様だ。


「あら、気が付いた?」


「あっ……」


 視線を僅かにずらすと視界にはトワ様に顔が見える。


「あなたが倒れたって聞いた時は本当にびっくりしたわよ、もう……帰宅途中だったけど急いでとんで来たわ」


 トワ様の顔との位置関係でソファの上、僕は彼女(彼?)に膝枕されているんだな、ゆっくりと上半身を起こす。

 そうだ僕はこの人に言ってやらなければならない事があった。


「……酷いじゃないですかトワ様!! みんなが男の子だって知らせずに一緒に住まわせよ様とするなんて!!」


「あらご免なさいね、ちょっと驚かせてあげようと思っただけなのよ、あなたにはちょっと刺激が強すぎたかしら」


 トワ様は悪びれもせずそう言うと悪戯っぽくウインクをして見せた。


「でもいいじゃない、、女の園にあなただけじゃ逆にここには居づらかったでしょう?」


「そう言う問題じゃないでしょう!! 彼らを女装させているのもあなたの差し金ですか!?」


 一体何なんだこの人は、メイド喫茶で男の僕を女装させて働かせようとしただけに留まらず沢山の男の子まで同様にメイドとして働かせていただなんてどうかしている。


「……全員では無いわよ?」


 トワ様の目が泳いでいる、全員じゃないにしてもそうし向けていたのは認めるって事なんだな。


「狂っている……もういいです、こんな所には居られない、出て行きます」


「あなた、行く当てはあって?」


「ぐ……」


 もちろん着の身着のままで家を出て来てしまったので行く当てなんてない。


「それにその恰好で外に出るつもり?」


「……えっ?」


 立ち上がって部屋を出ようとした時に棚に置かれていた鏡に映る自分の姿が目に入る、まさか……。


「何じゃこりゃーーーーー!!」


 鏡をしがみ付き自分の姿をまじまじと見る、おかしい、確かに仕事が終わった時に着替えてここまで来たはずがメイドの恰好をしていた時に被っていたショートシャギーのウィッグを付けられているじゃないか、おまけに両サイドにリボンまで結われて。

 しかも服まで男物のトレーナーにジーンズから何故かワンピースのスカート姿になっていた。


「こ、これは一体!?」


「ああ、あなたが気絶している間に着替えさせたのよ、ここは一応表向きは女の子専用のシェアハウスという事になっているからあなたに男の恰好でいられると困るのよ」


「返せ!! 着替えてここを出て行くんだ!!」


「あら残念だわ、あなたが着て来た服はもう処分しちゃったわよ」


「何で!?」


「だってスカーレット(うち)で働くんですものもう必要ないと思って」


「………」


 絶句した、一体どこまで僕を玩具にすれば済むんだろうこの人は。


「まさか……!!」


 嫌な予感がしてトワ様に背を向けスカートをたくし上げてみた、するとレースをあしらった女性ものの下着を履かされていた。

 僕は恥じらいと言いようのない怒りがない交ぜになって沸騰したように頭に血が昇って顔が真っ赤になっているのを感じる。


「まあ久遠ったら大胆」


 トワ様は口元に手を当てわざとらしく恥じらいの仕草でこちらを見ている。


「だっ……誰のせいでこうなってると思ってるの!?」


「まあまあ落ち着きなさいな久遠、あなたはいま行き場所が無い、千歳姉さんに見つかる訳にもいかない、ならこれは逆に好都合なのではなくて? 千歳姉さんはきっと今頃はあなたの行方を探している筈、もし街でばったり会ってしまったら連れ戻されてしまうわよ、ならばこの女装を変装だと思えばいいのよ、まさか息子であるあなたが女装までして隠れてるとは思わない筈、それなら恥ずかしくないでしょう?」


「うっ……」


 何かが間違っている、間違っているはずなのに謎の説得力もあるのせいでこれ以上反論できない自分がいる。

 トワ様意外に他に頼れる人を僕は知らない、やり方がおかしくても折角匿ってくれるトワ様にいつまでも文句ばかり言っていては愛想を尽かされ追い出されてしまいかねない、ここは辛抱の時。


「分かった、分かりましたよ……」


 半分諦めを含んだ弱々しい口調でトワ様の提案を聞き入れる事にした。


「さあそうと決まれば皆さん、こっちへいらっしゃい」


「「「はい、トワ様」」」


 トワ様が奥のに声を掛けるとあやめさん、エリカさん、あずみさん、それともう一人の女の子(いや男の子だな)がこの部屋に入って来た。


「改めて自己紹介して頂戴」


「私はあやめよ、もう今日一日一緒に働いたから分かっているわよね、宜しく!!」


 活発そうな吊り目気味の金髪ツインテのあやめさん、ツン寄りのデレ少な目でお店でも人気の彼女(彼)だ、第一印象のルックスは可愛いと思っていただけにまんまと騙されてしまったな。


「改めまして~~~エリカです~~~お店でもここでも主に調理を担当してます~~~宜しくね~~~」


 女性らしい物腰柔らかくお辞儀をするエリカさん、だが男だ。

 しかしお店で背中に当てられた大きな胸、更衣室でも不可抗力的に見てしまったがあのお胸は何なのだろう、詰め物でもしているのだろうか? それにしても柔らかかったな、あれが偽乳(ぎにゅう)だとは到底思えないんだが。


「あ、あざみです、よ、宜しく、お、お願いします、でへ……」


 最後に不気味な笑みを浮かべるあざみさん。

 根暗不気味系キャラというキャラ付けに拘っている様だがオフでもこのキャラなんだ、それって素なのでは。


「やあ、初めまして!! 私はゆり!! 今日は非番だったのでお店には出ていなかったけど仲良くしようね!! 宜しくーーー!!」


 元気いっぱいに挨拶を言い終えるとゆりさんは僕にハグをして頬を摺り寄せて来た、ふわっとしたサラサラのボブカットの髪から仄かに甘い香りがする。

 女の子って女同士で結構際どいスキンシップをすると聞いていた初対面でここまでするものなのか? 僕はどぎまぎしてしまったが冷静に考えろ、彼女(彼)も男だという事に。


「皆さん今日から宜しくお願いします!!」


 ここに居候させてもらう以上みんなとは仲良くしていきたい、その意味も込めて僕も丁寧にお辞儀をした。


「久遠、ここでは基本的に家事の分担を当番制でやっているけれど手が空いていたら関係なしにみんなを手伝って頂戴」


「はい、トワ様」


「それと家賃はきっちりバイト代から天引きするからそのつもりで、身内だからって特別扱いしないからね」


「分かりました」


 まあ当然だよな、働かざる者食うべからず、住むべからずって事だ。


「じゃあゆり、久遠を部屋まで案内してあげて」


「はい!! トワ様!!」


 相変わらず元気いっぱいに返事をし、ゆりさんは僕の腕を掴むと力強く引っ張っていった。


「ちょ、ちょっと……」


 僕は戸惑う。


「今日からくおんと私は相部屋よ!! わたしずっと広い部屋で一人住まいだったから超嬉しいんだ~~~!!」


 屈託なく笑いかけてくるゆりさん、そのあまりの可愛さに胸がドキンと高鳴る。

 いや待て待て、だから相手は女の子のように見えても男なんだって、いい加減慣れろ僕。

 相部屋……まあ男同士だから特に問題ないよな、大丈夫だよな?


「ここが私達の部屋でーーーーーす!!」


 ドアを開けると八畳ほどある部屋があった、右半分がゆりさんのベッドや机、座卓やぬいぐるみなどの可愛い小物がびっしりと置いてあった。

 しかし僕を戸惑わせたのは部屋の端から端迄張ったロープに掛けられていた《《ある》》物であった。


「もうこんな事だろうと思った!! 本当にだらしないわね!! 事前にくおんが相部屋になるの伝えてあったんだから片付けなさいよ!!」


 後から付いて来たあやめさんがゆりさんを諫める。

 ロープに掛けられていたのは女性物の下着であった。

 色とりどりのブラジャーにショーツが万国旗の様にぶら下がっている。

 僕も母との二人暮らしでその手の物には免疫がある、しかし母はそう言った物を放置したり僕の目に留まる所には絶対に置かなかった。

 しかもいま目の前にあるものはどれも可愛らしい装飾の若無の向けの下着だ、流石の僕でもこれには目のやり場が無かった。


「にひひ、ゴメンね~~~!! 今すぐ片付けるから!!」


 苦笑いしながら手慣れた手つきで次々と下着を取り小脇に持った籠に入れていくゆりさん。

 そんなに手際がいいのならすぐに片付けられただろうに。


「この癖さえなければいいんだけれどね、これだから私はゆりとの相部屋を解消したのよ」


「その事はご免て!!」


 ゆりさんは後頭部に手を当て誤魔化し笑いをした。

 そしてあやめさんが僕に耳打ちをする。


「ゆりのペースに巻き込まれない様に気を付けなさい、くおん」


「はぁ……」


 本当に僕はこんなカオスなシェアハウスでやって行けるのだろうか?

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