第四話 シェアハウスとスカーレットの秘密
「お疲れ様、今日はもう上がっていいわよ」
「……うう」
トワ様から仕事の終了を告げられた。
やり慣れないメイド喫茶の仕事に僕の精神的、肉体的疲労はピークに達し、閉店後の清掃が終わったタイミングでテーブルの上に突っ伏してしまった。
今日は色々あったな、常連客というもろにオタクといった佇まいの三人組の相手をさせられたり、運んだ料理を落としてしまったりと散々だった。
あやめさんやシオンさん、あざみさんのサポートで何とか乗り切れた恰好だ。
料理の作り直しでエリカさんにも迷惑を掛けてしまったな。
「こら、だらしないわよ! さっさと着替えちゃいなさい!」
あやめさんが少し怒った様に腰に両手を当て僕を見下ろしている。
「……済みませ~~~ん」
よろよろと起き上がりバックヤードへと歩いていく。
着替えるとなると今朝無理矢理に僕がメイド服に着替えさせられた部屋だよな、記憶を頼りにその部屋と思しきドアを開ける。
「きゃぁ!!」
「あっ、ご免なさい!!」
ドアを開けると中でエリカさんが着替えており、下着のブラジャーを付けているとはいえ上半身がはだけている状態の彼女と遭遇してしまった、僕は慌ててドアを閉めた。
うっかりしていたな、この店は男女の更衣室が分かれていないのか
いや待て、ウエイターのシオンさんが居るって事は男性の更衣室だってあっても不思議じゃないのに……それか一部屋を声を掛け合って譲り合って使っているのだろうか。
仕方ないエリカさんが出て来るまでは離れて待とう。
「ちょっと何やってるの?」
「あっ、あやめさん」
そこへあやめさんがやって来た。
「まだ中でエリカさんが着替えていたものですから」
「……? ああそういう事、まあいいわ、じゃあ私が先に着替えさせてもらうわね」
「はぁ、良いですけど……」
何だよ結局僕は後回しじゃないか、先に着替えて良いと言われていた事もあって少し釈然としない気はする。
「やぁ疲れさん、どうだった初めてのお仕事は?」
「シオンさん、お疲れ様です」
今度はシオンさんがバックヤードにやって来た。
しかし何度見てもイケメンだよなぁ、僕もこれくらい背が高くて整った顔立ちに生まれていたらどれだけ良かっただろう。
何せ生まれてこの方男なのに可愛いと言われたことはあってもカッコいいと言われた事は無いからなぁ。
「こんな女の子の恰好をして接客なんてやった事が無かったからお客さんにばれたらとか仕事をミスったりしたらどうしようかとヒヤヒヤしました」
「大丈夫、みんな最初はそんなもんだよ、明日からも頑張ってね」
ウィンクしながらそう言い残しシオンさんは今エリカさんとあやめさんが着替えている部屋の更に隣の部屋に入って行った。
あれ? 更衣室は一つじゃないのか? 気になってシオンさんの入って行った部屋のドアに掛かったプレートを見た。
「『女子更衣室』……えっ?」
何だもう一つ更衣室があるじゃないか、って言うか何で男のシオンさんが女子更衣室に?
「ほら着替え終わったわよ、くおん」
「……」
僕が混乱している所に着替え終わったあやめさんと顔を真っ赤にして俯き気味のエリカさんが更衣室から出て来た
「エリカさん、さっきは済みませんでした!!」
「……いいえ~~~いいのよ気にしなくて~~~」
気丈にそう言ってくれてはいるが恥ずかしさの余り僕と目を合わせてくれない、エリカさんはそそくさとその場を駆け足で去って行ってしまった。
「次はノックぐらいしなさいな」
「……はい」
確かにさっきの出来事は一方的に僕が悪いが何かが引っ掛かっている、何だろうこの違和感は?
悶々としながらも僕は二人が出て行った更衣室で着替えを開始した。
「あれ、背中のジッパーが……」
このメイド服は腰から背中、首元までジッパーを閉める様に作られている服で、僕の身体が固いせいもあって腕が背中まで回らずジッパーが下げられない。
何とかジッパーの摘まみを掴もうと一人悪戦苦闘していると不意にジッパーが独りでに下がっていく、何で?
「……こ、この服、ひ、一人で脱ぎ着が、た、大変ですよね……」
「わぁ……!!」
びっくりして振り返るとそこにはあの根暗メイド浅見さんがいるではないか。
「手伝ってくれてありがとうございます、ってか何で女の君がここに居るの!?」
「……な、何でと言われましても……わ、私はいつもここで着替えていますので……」
相変わらず暗い表情ながらキョトンとした顔で首を傾げる。
「……ああ、そういう事ですか、わ、分かりました、で、出直して来ますね……へへっ」
何かを悟ったのかそう言うとあざみさんは薄ら笑いを浮かべながら更衣室を出て行った、何だったんだ今のは?
寒気で身震いがしたがいつまでも着替えに手間取っていられない、僕は急いで着替えを終えた。
「遅いわよくおん! 待ってたのよ?」
「済みません服を脱ぐのに手間取っちゃって」
着替えを終え店舗側に戻ってみるとあやめさんが仁王立ちでそこに居た。
相変わらずいつも怒っている印象があるなあやめさんは。
でも待っていたとは一体?
「久遠、今日からあなたはあやめたちの住んでるシェアハウスで暮らしなさい」
「はい?」
そこにはトワ様も来ており突然そう告げられてしまった。
「そう言えば説明がまだだったわね、この喫茶スカーレットには従業員の住まうシェアハウスがあってね、シオン以外のみんなが暮らしているの」
「そうなんですね、でも何で僕がそこで暮らすんですか?」
「あなた着の身着のまま家を飛び出して来たんでしょう? どこで寝泊まりする気だったのかしら?」
「それは……」
確かにそこまで考えてはいなかった、母さんと喧嘩して突発的に家を飛び出してしまったからな。
最悪は叔父さん……もといトワ様の所に泊めてもらおうと考えていたんだけれど。
「じゃあ決まりね、あやめ、久遠を案内してあげて」
「分かりましたトワ様、ほら行くわよくおん!」
「あ、ちょっと待って!」
あやめさんに手を引かれて僕はスカーレットを後にした。
女の子に手を引かれて街中を歩くなんて経験が無い僕は緊張のあまり顔が紅潮し胸がドキドキしてしまう。
そんな精神状態もあり道中の記憶が無く、あれよあれよといつの間にか件のシェアハウスと思しきマンションに到着していた。
「さあ着いたわよ、ここがスカーレットの従業員共同住居よ」
「はぁ……」
ここがそうなんだ、現在何人住んでいるのかは分からないけど結構な大きさのマンションだなぁ。
ここがトワ様の所有物件だとするのなら彼には一体どれだけの収入があるのだろうか、メイド喫茶だけでそれ程の稼ぎがあるとは到底思えないのだが。
「さあ遠慮しないで入んなさい」
「……お邪魔します」
玄関入ってすぐに下駄箱がある、そしてそこに入っている靴はどれも可愛らしいレディースの靴であった。
廊下を抜けリビングらしき一室に入ると清潔感と可愛らしさが同居する『THE女の園』といった佇まいの部屋のお出ましだ。
でも待てよ、この家って所謂女子寮的な場所じゃないのか?
「あのあやめさん?」
「何よ?」
「ここはスカーレットのメイドの皆さんが住んでいるんですよね?」
「そうよ、それがどうかした?」
「それなら男の僕が住むのは色々と問題があるんじゃないでしょうか……」
そうさ、いくら僕が人畜無害に見えるかもしれないけどれっきとした男だ、流石に女の子ばかりの寮に一つ屋根の下で暮らすなんて問題があり過ぎる。
「ぷっ……あはははは!!」
それを聞いたあやめさんは急に大声を上げて笑い出した。
「あの……どうかしたんですか?」
「あははは……ゴメンゴメン、そっかーーーやっぱり気づいて無かったんだ、更衣室の時にそんな気がしてたんだ」
「それはどういう……?」
何だ何だ? 猛烈に嫌な予感がする。
「私達スカーレットのメイドはみんな戸籍上は男なのよ、黙っていてゴメンね」
あやめさんはウインクしながらチロっと舌を出して首を傾げた。
「は……はいーーーーーー!?」
僕は強烈な眩暈を起こしてその場に倒れ込んだ。
(何だそれ……こんなのってアリか? ……今日一日の僕のときめきを返せ……)
「ちょっとくおん!? しっかり!! しっかりしなさい!!」
あやめさんが僕の上半身を抱え上げるが僕の意識は徐々に遠のいていった。